第20話、王都、王城、会議場

 

 ライト王国王都。


 王城の会議場には、ライト国王“レッド・ライト”と補佐のジョルジュ。それ以外には3人しか存在せず、議題の重要性かつ機密性の高さを現していた。


「――陛下。シーリーの尋問の進展状況はいかがでしょうか。近衞騎士団長にも私にも関与を認められないお気持ちも痛い程に分かるのですが、最低限の情報くらいはいただきたいのですが」


 王の右斜め前に座るライト王国騎士団長の“ライオネル・イー”が、遠慮もなく言い放つ。


 ジョルジュと同じく古くからこの国に仕える老騎士で、いくつもの戦いで武勇伝を打ち立てて来た、誰もが認める国の英雄だ。


「ならん」

「……承知しました」


 流石の豪傑も取り付く島もなく一言で切り捨てるライト王に、食い下がる事もできずに頭を下げた。


「ご理解くださいませ。あれ・・から再び訪れた手がかりなのです。セレスティア様からも、誰も関わらせないように仰せつかっております」


 王の隣からジョルジュが補足する。


「……無論、理解はしておるつもりだ。だが、かつての汚名をそそぐ機会をいただきたく思う我らの気持ちも察してくだされ、補佐官殿」


 かつて一度、遥か昔からライト王国で度々起こる誘拐事件の手がかりを持っていると思しき貴族を捕らえた。


 3年も前の事だ。


 セレスティア主導で動き始めたこの件は一気に進歩を見せ、やっとの思いで得た成果であった。


 だが、尋問を担当した近衛騎士団の中に敵方に通じる者がおり、その貴族は暗殺。殺した騎士も自害してしまった。


「……」


 王の背後に控える近衛騎士団長の“ハルマール・エル”が、居心地悪そうに僅かに身じろぎする。


「ただ、これだけは伝えておこう」


 おもむろに、王が口を開く。


「現在、セレスティアが次々と関与の疑いのある貴族や容疑者を特定しておる。じきに、その背後関係も暴かれるであろう」

「おおっ、それは朗報ですな。その時は、このライオネルに何なりとご用命を」


 嬉々として鼻息荒く身を乗り出す老騎士に、誰もが若さすら感じる血の気の多さを思った。


「セレスティア殿下様々ですね。僕達からしてみれば、頼もしさと自らの不甲斐なさで何とも複雑な心境ではありますが」


 公爵の地位を持つ、“マートン・ディー”だ。


 眼鏡をかけた優男で、気の良さそうな笑顔を見せている。既に50歳になるにも関わらず、激務を平然とこなし続けている。


 だが他の国からは、その見た目に反した強気で容赦のないやり口から、“化け狸”だなどと呼ばれている男だ。


「ディー公爵の言う通りだな。儂も殿下の名を持ち出されては何も言えんわ。ガハハハハ!」


 ライオネルが、太い腕を組みつつ豪快に笑う。


 セレスティアはその絶対的な美貌もさる事ながら、学生の身で既に国にかなりの貢献を果たしていた。


 おまけに―――ライト王国最強。


 公式の場においてもライオネルやハルマールに勝利し、まさに疑いようもない完璧超人となっている。


「して、その姫殿下は珍しく会議にお見えになられないようですが」

「あぁ、セレスは学園に用があるとの事だ」




 ♢♢♢




「――ハルマール」


 会議が終わって所用を済ませた後、ライオネルが王城の通路を足早に歩くハルマールの背に声をかける。


義父上ちちうえ。……先程は私に気を遣っていただき、ありがとうございました」


 ライオネルと同様に、短く刈り上げた頭を深々と下げるハルマール。


 鋭さのある整った顔立ちには、申し訳なさから陰が見える。


「うむ。なに、気にするな。元々駄目元でもお聞きしようと思うておったのだ」


 ハルマールはライオネルに幼少期の折に才を見込まれ、ある男爵家から養子として引き取られた。


 剣や魔力を教え、貴族として、騎士としての在り方を説いたのもライオネルであった。


 近衛騎士団長になれたのも、全てライオネルのお陰だと言っても過言ではない。


「しかし、以前にも私をかばい、今回もとなると義父上の立場が……」


 かつて近衛騎士団員が誘拐事件の容疑者を口封じした時にも、ライオネルは近衛騎士団長のハルマールが責任を追及されるのを庇い、口利きしていた。


 そして今回も、汚名返上の機会を王に何とか頼み込もうとしていたのだ。


「老骨の立場など若者が気にするな。ましてや息子の事を思わぬ親などいるものか」

「義父上……」


 照れ臭そうにしわだらけの頰をかき、息子とするハルマールの尊敬の眼差しから目をらす。


「あ、あぁ、そうだ。本題は別にあるのだった」

「……本題、ですか?」


 うむと首肯し、真面目な顔付きを意識するライオネル。


「例の噂だが、……確定かも分からぬ内から先走るでないぞ?」

「……例の噂とは、何の事でしょうか」

「むっ、し、知らなんだか」

「申し訳ありません。義父上さえ宜しければ、是非お教え願えませんか?」


 あからさまにバツの悪そうな顔になるライオネルが気になってしまい、間髪入れずにたずねるハルマール。


「……うむ。……………うむ。まぁ良いだろう。……実はな……」


 ハルマールの視線に耐えきれなくなったライオネルが、意味深な間を作りつつ言う。


「……陛下が、ライト王国から“エンゼ教”を排斥なさるお心をお持ちだという噂だ」

「何ですってッ!?」


 冷静沈着なハルマールがライオネルでさえ見た事もない程、驚きを露わにする。


 それも仕方のない事だ。


 エンゼ教とは、遥か昔からこのライト王国に根付く宗教で、ライオネルやハルマールは勿論の事、ライト王国の殆どの国民が入信している国教とも言えるものだ。


 かつて天より舞い降り、ライト王国のあった近辺の人々を、種族や性別なども関係なく無償で救い続けたと言われる“白き天女”を崇拝し、平等や潔白である事を何よりも重視する教えを説いている。


「……なんと――」

「その先は口にするな。儂に息子を斬らせるつもりか?」


 歴戦の猛者による鋭い視線と強い口調で、強制的に制止される。


 “なんと愚かな”、自然と口をついて出てしまった王への失言をライオネルに止められ、またしても救われる。


「……申し訳ありませんでした」

「気持ちは分かる。儂もお前程熱心ではないにしろ、信徒ではあるからな」


 ハルマールが熱くなった頭を冷やす為、一つ深呼吸をする。


「……分かっておるだろうが、早まった真似はするなよ。確定ではないのだし、陛下にも当然深いお考えがあるのだろうしな」

「はい。……では、私はこれで」

「あぁ。……何かあったら訪ねて来い。あそこはまだお前の家なのだからな」

「……はい。お気遣い、有り難く……。では」


 晴れぬ顔で立ち去るハルマール。


 ライオネルはそのまどう胸の内の透けて見える背を、姿が見えなくなるまでずっと見送っていた。




〜・〜・〜・〜・〜・〜


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今日のやつはあんまりでしょう?

分かります。……分かりました。今日はもう1話、更新しましょう。


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