第21話、風変わりな使用人

 

 ライト王国国営の学園、『ライト学園』。


 王族と貴族の子息息女、そして高額な授業料を払う事のできる富豪の子供のみの通うこの学園は、現在……大陸史上最も美しく聡明とされるセレスティアの在籍により、最高の盛り上がりを見せていた。


 各国から留学や寄付の話がひっきりなしに上がり、施設のレベルや教師の質までもがうなぎ登りとなっている。


 このサロンもその一つだ。


 専用の使用人が付いた個室がいくつもあり、その中で生徒達が談話などを楽しみ、将来の社交会や貴族同士の会話を学ぶのだ。


 高貴さを感じさせる白と金の制服に身を包んだ生徒達が多く出入りをする中に、他の生徒達が道を譲る2人組が。


「疲れたねぇ〜」

「まだまだだ。こんなんじゃあ……傷一つ付けられない」

「黒騎士の事? それはそうだけど、休む時には休まなきゃ。シーロ先生にも言われたでしょ?」

「そりゃ……まぁな」


 エリカとハクトだ。


 見目麗しい男女のオーラに、人々は自然と道を空けている。


 学園の剣術の講師であるシーロとの鍛錬の後に、サロンで軽食を口にしながら休む事が入学してからの日課となりつつある。


「あんな化け物に1ヶ月やそこらで追い付ける訳ないんだし。――あの、案内してくださる?」


 受付にて、待機している使用人に呼びかける。


 現在は、ガタイのいい20歳くらいの使用人が一人であったので、いつもの贔屓ひいきにしている使用人ではないが迷わず声をかけた。


「かしこまりました。こちらです」


 黒縁メガネをクイっと上げ、クネクネした髪をなびかせて先導する男性使用人。


「……あんな人いたっけ」

「いや、見た事ないな。あんなに仕事ができそうな人を忘れる訳ない。……物腰と言うか、挙動と言うか、只者じゃなさそうだな……」


 キッチリと着こなした高級燕尾服に相応しい洗練された動きだ。


 そんな使用人の後に続いて通されたサロンは、他と違うテイストであった。


「な、なにこれ……」

「……部屋が……」


 テーブルや椅子はなく、代わりに……岩や木が置かれていた。


 それ以外にも、壁際に竹を並べて立てられていたり、苔の生えた岩が置かれていたりと、とてもここがサロンだとは思えない。


「ね、ねぇ、あなた。これは……どう言う事?」

「それは、このサロンのテーマをおたずねになられているという解釈でよろしいのでしょうか」

「まぁ……うん。とりあえずそれでいいや」


 すると、自然とエリカの手を引いて岩へと座らせて語り出した。流れるような動作で剣を受け取り、竹で作られた台に立て掛ける。


わたくし、ここのサロンを目にした時に思ったのです。あ、そちらのお方もこちらへどうぞ」

「あ、あぁ……」


 断れる雰囲気では無くなってしまった。


 この使用人の空気にやられてしまっているのだろう。素直に剣を差し出してしまう。


「私は思ったのです。子供の癖になんて贅沢ぜいたく……………自然が足りないな、と」

「この人今、結構はっきりと失言しなかったか?」


 そんなハクトも華麗に無視して、メニューをエリカへと差し出す。


 サロンでは、ホスト役にメニューを渡すのが一般的だ。ホストとして、もてなすメニューを決めるのも義務である。


「いいよ。もうあなたに任せるから、何か軽い物を頂戴」

「かしこまりました。サラサラっと食べられるものをご用意いたします」

「えぇ。……ん? サラサラ?」


 聞き慣れない擬音を聞いた気がしたが、既に使用人は素早くサロンを後にしていた。


「……変な人だな」

「うん。……でも、この岩は意外と座り心地いいね」

「……そう言えば……そうだな」


 絶妙な曲線で削られた岩は、硬いにも関わらず癖になりそうな程お尻にフィットしていた。


「それで、オズワルドはどうだった?」

「あぁ、楽しくやってたよ。性に合ってたのかもな。……女性客に声をかけ過ぎて、マスターに叱られてたけどな」


 貴族でないオズワルドは、学園に入学できない。


 なので平時は、シーロの紹介で品格高いバーで働いていた。


「ふーん、それなら――」


 サロンが揺れた。


 爆発にも似たものだった。


 黄色い声と低く響き渡る野太い声が混じって上がり、徐々にそれが近付いてくる。


「……もう! ビックリするよ!」

「慣れないな、こればっかりは……。心臓に悪い事この上ないぞ……」

「口元がニヤケてるよ?」


 おもむろに、扉が開いた。


「――御機嫌よう、2人共」


 耳にするだけで心が清らかになるような、そんな声と共に入室してきた。


 完璧に過ぎる端正な顔立ちは、美しさと愛らしさを過剰に表して万人を魅了し、女性的な魅力の究極系と言える身体付きは誰しもの目と心をとりこにして離さない。


 セレスティア・ライト。


 “美の女神”とも、“光の女神”とも称される世界の宝だ。


「ご、ごき、御機嫌ようです!」


 瞬時に赤面したハクトが跳ねるように立ち上がる。


「……姉様。とりあえず外が五月蝿うるさいから早く入って」


 セレスティアが軽く微笑んだだけで骨抜きになったハクトに代わり、エリカが入室を促す。


 外では鼻血を出す者や発狂じみた声を上げる者が後を絶たず、阿鼻叫喚あびきょうかんの地獄絵図となっている。


「そうですね。それでは、失礼します」


 煌めくような金髪をなびかせ、エリカ側の席……岩へと腰を下ろした。


「……変わった椅子ですね。ですが、よく考えられています。人体の構造を理解している方の作品でしょう」

「えっ、そうなんだ。あの人が作ったのかなぁ」


 相変わらず尋常じゃない良い匂いがするなとか、やっぱり男に対してガードが固いななど、いつも思う感想を胸に秘め、エリカは姉の到来の理由に心当たりを探る。


「それで、忙しい姉様がわざわざ私達に会いに来た理由は何でしょうか。早くしないとヘンテコな使用人が帰って来ちゃうよ?」

「ヘンテコ、ですか? ……ふふっ、貴女あなたがそのように言うなんて。とても楽しみです」


 おしとやかに微笑むセレスティアに、ハクトも……そしてエリカまでもが、あまりの可愛らしさにやられて顔を赤く染め上げてしまう。


「も、もう! 心配して言ってあげてるのに!」

「……そんなに怒らなくてもいいでしょう?」


 女神も嫉妬するであろう容姿で、少しねたように言うセレスティア。


 明らかに可愛さや愛らしさが暴走している。


「……本日は、少しお話を聞きたくてお邪魔しました」


 クラクラしているハクトを余所に、セレスティアとエリカの顔付きが変わる。


「もしかして、……黒騎士について?」

「はい」

「漬け物は3種類ご用意しました」




 ……。




「こちらから、たきゅあん、クウリの浅漬け、ウミェ干しとなっております」


 いつの間にか帰って来ていた使用人が、テーブル代わりの岩へと手早く食器を並べて、左から順に漬け物を紹介していく。


 そして、それぞれの目の前にホカホカのお米の盛られたお椀を。


 室内とは正反対に騒々しい室外の雑音の中、お椀にお茶を注いでいく。


「お茶漬けははし派の私ですが、気を遣ってスプーンをご用意しておきました。お好きな方でどうぞ。私はスプーン肯定派ですが、本場は箸で食します。参考までに」

「……あなた、空気を読んでもらえる?」

「も、申し訳御座いません。ただちにお代わりの準備を――」

「足りないって言ってんじゃないッ!」


 普段のエリカらしからぬ激しさで使用人に怒声を飛ばす。


「姉様ッ、この人だよ! ヘンテコな……………姉様?」


 セレスティアが、ジッと使用人を見つめている。


 その顔は普段の余裕あるものではなく、全てを見透かそうとしているような真剣なものであった。


「……ご安心を。きちんと余裕を持って――」


 使用人の言葉が途切れる。


 首筋に突き付けられた、セレスティアの白銀の刃によって。


「ね、姉様……?」

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