第19話、もてなしなし

 

 クロノが片手で差し出したのは、三日月状の刃と槍が合わさったような見慣れない形状の漆黒の武器であった。


げきっていう種類の武器なんだけど、君の持ってた槍の代わりとなるとこれくらいだったんだ。……………とりあえず、持ってみたら?」

「は、はっ! ……ぬっ!?」


 あまりに見事な作りに見入っていたアスラが、『黒天画戟』なる戟を手にした。


 が、想像を遥かに上回る重量と質量であった為、ひざをついたまま情けなくもよろめいてしまった。


(……なんと不甲斐ふがいない)


 クロノほど軽々と扱えると自惚うぬぼれている訳ではなかった。決して。


 だが、こうまで武器に振り回されるのであれば、クロノの期待に応えられなかったのと同義だ。


 クロノによれば、斬る、薙ぐ、打つ、突く、などの色々な扱いが可能である特徴を持つという。


 確かに、この重さを差し引けば、かの『遺物』にも劣らぬ武器であるのかも知れない。


 何せ、あの金剛壁から作られているのだから。


 クロノの実力を知るアスラで無ければ、そんな事がある訳がないと一笑に付す事だろう。


「しばらく練習して使えなかったら、その三日月状の刃を千切ってただの槍にするから言って来てね」

「……」


 玉座へ向かいながら何気なく言うクロノ。


 細工を傷付けるような雑な作業を好まないクロノは、本人的にウィットなジョークで千切ると口にしたのだが、それが可能であるだろうと解るアスラにはとてもではないが笑えなかった。


「――さて」

「ッ!!」


 玉座へ座ったクロノが、足を組みながらアスラを見据える。


 雰囲気をガラリと変えて、己が強大な魔力で魔王の間を埋め尽くす。


 堪え難い重圧に晒されながらも、アスラは歯を食いしばり今まで以上に気を引き締めてひざまずく。


「率直にくよ。……どう思う?」


 慈悲深くも酷薄にも思える微笑みを浮かべて、黒き眼で睥睨へいげいするクロノ。


 問いの意味はすぐに理解できた。


 授けたげきも扱えぬ者が自分の配下足り得ると思うか、と訊ねているのだ。


 当然だ。


 クロノの強さから見れば、自分など路傍ろぼうの石。足手まといにしかならないのだから。


 情けなさから、無意識に歯噛みする。


 だが――


「――鍛え直して参ります……。授かりし『黒天画戟』を自らのものとし、貴方様の配下として胸を張れる。その確信を抱いた時にこそ、しもべとして改めて御前に馳せ参じます」


 思いの外、力強い声が出た事に自分自身で驚いた。


 これが、アスラの精一杯の言葉であった。


 クロノの魔力に押し潰されそうになりながらも、手にある戟が期待の証と自らを奮い立たせ、再度の臣従のチャンスを請う。


「……うん。待ってるよ」


 その言葉に、感情を面には決して出さず、秘めた内心で安堵の溜息を吐き、何より奮起し、深く頭を下げるアスラ。




 ♢♢♢




 アスラがクロノ邸を去った。意気揚々と。


 それを見送って、ドウサンとヒサヒデに再び入り口付近のエントランスを守ってもらい、一人で魔王の間に戻る。


 静かに玉座に座り、思考を巡らせる。


 ……なんだなんだ? なんか、どっか行っちゃったんだけど。


 壊した矛を原価0の武器で弁償して、このクロノ邸の感想を訊いただけなのに、そそくさと出て行っちゃった。


 自慢のマク家のお米とか、温泉とか、まだまだもてなす準備があったのに……。


 もしかして、初めての自宅の感想だから嫌な意見を聞きたくなくて、魔力(微風)で威圧してしまったのがいけなかったのだろうか。


 気をつけよう。魔力マナハラスメントになりかねない。


 ……まぁいいや。なんか帰って来るみたいな事言ってたし。血気盛んな奴っぽいけど警備員か清掃員として雇おう。


 それまでに、さっきアスラから譲ってもらったライト王国での日雇いアルバイトにでも励むか。


 王都にある老舗しにせの酒場で詳しい話を聞く事になっているらしい。


 キナ臭いからあまり勧められないと言っていたが、俺には金が必要なのだ。


 それに………1ついい金儲けの手を考えついた。





 ♢♢♢





 急いで実家へと戻る。


 野山を駆け回り、木や石なども無視して直線で進む。


 ドドドドドドドドと、大木が倒れ、地が抉られ、岩が砕かれていく。


 我が覇道を阻む事は、何ものでも許されないのだ。


「――母ちゃん!」

「クロノ! 良かった! まだこの辺にいたんだね!?」


 玄関を押し開けて呼びかけると、母ちゃんが安心したような顔で駆け寄って来た。


「朝から地響きはするわ、ついさっきも凄い音がしてて、天変地異だって大騒ぎだったんだから!」

「……」


 さっきの俺のソロパレードと、アスラとの手合わせだろう。


「……そんな大騒ぎになってたの?」

「いや大騒ぎしてたのは長老だけで、一人で騒いだ挙句アゴがハズれて帰ってったよ」


 いつもの事じゃないか。


「あたしゃアンタが何かに巻き込まれてないか心配で心配で。もしアンタになんかあったら犯人を探しだしてこの手で……………アンタ、こんなに若かったっけ」


 やべ、15歳クロノのままだった。


 顔や身体をベタベタと触っていた母ちゃんが、不思議そうにしている。


「あの〜、……昼時に会った旅の商人に教えてもらった“マオーヨガ”を試したせいかも。1日たった1時間のマオーヨガで血行が良くなって、マオグロビンっていう細胞が老化細胞を駆逐してくれるんだってさ」

「それ、後であたしにも教えな」

「う、うん……」


 えらい剣幕で命じられた。鼻ヨガでも教えちゃお。


「あ、そうだ。母ちゃん、米を少し貰ってくよ」

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