第18話、廃材じゃない、有効活用だ。
人里離れた緑溢れる森林。
木漏れ日の中を当てもなく歩き回り、噂に聞く『夜渡り』なる輩を探す男が一人。
ライト王国の用事の前に、金剛壁を取り巻く周囲にいるとされる北を除いた東西南の主達と、山賊狩りに手合わせを願いたかったのだが、どちらも姿が見当たらない。
「……」
戦闘部族と呼ばれる『滅鬼族』に生まれ、強さに何よりも重きを置く環境の中で生きてきた。
幼き頃より槍を持ち、親兄弟とも熾烈な競争を繰り広げてきた。
滅鬼族は生まれ出でたその時より、ただ一人の戦士となる。
その中でも若くして頭角を現し、追随を許さぬ強さを誇ったのが、アスラであった。
滅鬼族は魔力量に恵まれ、身体能力に優れ、鍛えずとも非常に高い戦闘力を持つ、心に『鬼』を飼う者達である。
皆が魔力を育て、来る日も来る日も立ち会いを行う中にあって、アスラは武術に目を付けた。
か弱き人間や亜人種の中で受け継がれる武術には、滅鬼族にはない力があるのではと。
当初は里の総てに笑われた。
武術を弱者の足掻きとして、弱さの象徴と捉えて嘲笑った。
だが、アスラが人間の村で武術を学び帰ったその日に、滅鬼族の猛者達は揃って彼の前に打ち倒された。
力と技を併せ持つ鬼の前に、呆気なく敗れた。
アスラはここに自分が闘うべき相手はなしと切り捨て、鬼族の生でたった一度の繁殖期を終えてすぐに旅立った。
それから数年。
各地を放浪して情報を集め、噂の強者と立ち会って来たが、未だアスラの渇きを潤す相手には出会えない。
今回も金剛壁周辺に怪物達がいると聞いてやって来たのだが、まだそれらしきモノとは遭遇しない。
「……………ッ!」
荷物を投げ捨て、異様な気配を放ちながら有り得ない速度で急接近する気配の方へと身構える。
その何かは、音もなくアスラの目の前に降り立った。
「……このような森の奥深くに若僧とは面妖な。……何者だ」
黒髪の艶やかな、闇夜よりも暗い黒目の少年であった。
その目を見ていると、底なしの暗闇に吸い込まれるような気分になった。
鬼の血が戦場へと己を駆り立て、満たされる事のない闘いへの欲求を持つアスラだが、……妙な違和感を感じる。
「君が、この辺りで『夜渡り』を探して回ってる『鬼』とやらだね。今日はちょっと話があって来たんだ」
こいつが、『夜渡り』なる山賊狩りだろうか。
それにしては、不自然な気品と威厳を感じる。
いや、何者であろうと構わない。
未知の感覚を覚えるが、自分の血に従い槍を構えるアスラ。
この飢えを多少は満たしてくれる、そう期待して。
♢♢♢
「――ガ、フッ……」
アスラが膝をつく。
森にポッカリとできた円形の大きな更地の中心で。
衣服や鎧の吹き飛んだ上半身は大小様々な傷だらけで、手にある矛は無残にへし折られている。
「驚いたよ。まさかここまで強いとはね」
「ッ!」
滅鬼族の名の所以とも言える、敵を滅するまで理性のほとんどを捨てて限界を超え暴れ狂う真の姿も解け、目の前の……変わらぬ溌剌とした笑顔で見下ろす無傷の少年へと向き直る。
『魔』の権化がそこにいた。
衣服には破損はあれど、底知れぬ魔力をその身に宿し、黒く染まった剣を担いで悠々と佇んでいる。
差が埋まらない。
どれだけ破格と言われた力を振り絞ろうが、どれだけ策や技を駆使しようが、この者との差が離れていくばかりだ。
あまりに次元の違う実力差に、天へと矛を振りかざすような無力感に襲われていた。
「久々にいい運動になったよ。まぁ言いたい事も色々あるかも知れないけど、今回は俺の勝ちだね」
その超越的な強さとは裏腹な爽やかな微笑に、先程の感覚を再びアスラは感じた。
己の全てを捩じ伏せられて敗北した今だからこそ、すんなりと理解できた。
畏怖だ。
人間が神を畏怖するように、アスラは無自覚のうちにこの少年を大いに畏れていた。
「それじゃ、俺は行くよ。またどこかで会ったら手合わせしよう。さいなら、アデュ〜」
そして、畏怖はやがて―――――信仰に。
「お待ちくだされっ」
「待ちましょう」
自分を軽くあしらい、何事もなく背を向けて立ち去ろうと手を振る少年に、我に返ったアスラが制止の声を上げた。
「なぁに?」
「――どうか、このアスラを貴方様の臣下の末席に加えてくださらんか。未熟な身なれど、必ずや貴方様のお力に。伏して……伏して願い申し上げる」
「……………ぇ」
すんなりと歩みを止めたクロノに片膝をつき、頭を垂れ、興奮を抑えきれずに熱を持った真摯さで願い出る。
強さを求め続けたアスラには、この少年が魔神や破壊神の類だと思えてならなかった。
これ以上、自分の矛を預けるに値する存在はいない。
♢♢♢
とりあえず武器を弁償してから話そうと提案され、クロノの後を付いて居城のある金剛壁へと向かう。
速度を合わせてもらい、いくつかの山を越え、森を駆け抜け、渓谷を抜けた先に、それはあった。
「……」
陽光降り注ぐは、見上げなければ全貌を知る事ができない崖に囲まれた谷。
崖は深緑を宿し、滝は清らかに流れ落ち、終着点である黒く照り返る壁と合わせて万人を魅了する。
「いい景色でしょ。この壁も君なら登れるよね。先に行って待ってるよ」
壮大で幻想的な光景に目を奪われていたアスラを置いて、クロノは軽々と金剛壁の中腹まで跳び上がっていった。
クロノのような芸当はとても真似できないが、自分も続こうと壁へ手をかける。
たったそれだけで、この壁が『神の盾』とも言われる由縁に合点がいった。触った瞬間、あまりに硬質な感触に背筋が寒くなった。
とてもこの世のものとは思えない。
そんな一瞬の思考が、上方からの視線で打ち切られる。
慌ててアスラも強靭な肉体を駆使して崖を登る。
「――来たね」
「お待たせして申し訳ありませぬ。……ッ」
崖を登りきったアスラが異変に気付き、崖上にいたクロノとその背後の大扉との間に庇うように立つ。
「お退がりくだされッ」
「退がれって……もう崖っぷちなんだけど。落ちろって言ってんの?」
その両開きの大扉の隙間から、――巨大な大蛇が顔を出す。
ぬるりと流れるように、かなりの重量を感じさせる派手なオレンジ色の巨体を這い出す。
ドラゴンのような鱗に覆われた全長10メートルを優に超えるであろう巨体をうねらせ、クロノの元へと一直線に進んでくる。
「ここは俺にお任せ――」
「あぁ、違う違う。この子は門番を任せてた子だよ」
「……門番、ですか?」
その言葉通り、大蛇は猫のようにクロノに擦り寄り、頭部や胴体を擦り付けている。
「うん。こいつは“ドウサン”。それと、もう1匹……」
無音で滑空してきた物体が、鎌首を持ち上げた蛇の頭に乗る。
「こっちが“ヒサヒデ”。俺が留守中に我が家を守ってくれてるんだよ。なにぶん人手不足なもので、
「そうでしたか……。……お前達、俺はアスラだ。これからよろしく頼む」
飛来した真っ白な梟と大蛇に軽く挨拶をしたアスラは、森の主が見当たらなかった理由について密かに納得していた。
東には巨大な大蛇が、西には邪眼を持つ白い梟が
「ドウサンはたまに熔岩を吐くけど、そしたらちゃんと叱ってね。よし、じゃあ中へ入ろうか」
♢♢♢
金の装飾が施された黒の扉を抜けた先は、――全くの別世界であった。
入ってすぐには、高い天井の奥行きのある広い空間があり、適度な篝火が黒を基調とした壁や床を照らし、厳かな雰囲気を醸し出している。
怪しげでもあり、神秘的でもある、そんな不思議な空気であった。
何より凄いのは、視線を下げれば自分の顔が映る程に綺麗に磨かれている事だ。
不壊と名高き金剛壁が、完璧に研磨されていた。
クロノ曰く、“高級ホテルをイメージした”との事だ。
他にも、側面を水が流れ落ちる通路や、清らかな川の流れるラウンジなどを自慢げに紹介されたが、とても現実のものとは思えず頭が真っ白になる。
いけないと理解しつつも、世界が異なるかのようなデザイン性の違いに歩みが遅くなり、クロノを待たせる失態を繰り返してしまう。
そして、他のスペースとは異なる厳格な空気のある『魔王の間』に通され、待機するよう言い渡された。
目の前の天上世界のそれを思わせる玉座に圧倒される中で、1つの疑問が浮かぶ。
何故、あれ程の御方が魔王などと名乗るのだろうか。
確かに魔王は強大だが、あのような醜悪な輩と同じ称号というのは腑に落ちない。
(……いや、全てはクロノ様のご意思のままにだな。あの御方の事だ。俺では察せぬ深謀があるのだろう)
「――待たせたね」
玉座右方の扉から、ドウサンとヒサヒデを伴ったクロノが戻って来た。
即座に跪くアスラ。
「滅相もありませぬ。俺如きに時間を割いていただけている事自体が、この身に余る光栄なれば……」
アスラの言葉に耳を傾けながら、クロノが眼前へとやって来た。
「ぅ、うむ。……では、アスラ。まずは面を上げなさい」
「はっ!」
誰の下にも付かなかった不慣れな自分に失礼が無いか、内心で不安になりつつも、許しに従い顔を上げる。
そこには、クロノが担いで持って来た……特殊な形状をした漆黒の槍が差し出されていた。
「……これは……」
「これは、廃材……じゃなくて、金剛壁を削り出して作ったもので、名はぁ…………………『
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連絡事項
とりあえず、難しく考えず既にある分は更新する事にしました。
夏ですし。
ありがとうございました。
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