第220話、スタンリー劇場開演

 デューアが発見した犯人の特徴。


 それは三番目の被害者が口にしたある言葉にあった。


『でも、髪留めなんてあったかしら……。そもそも、あなたなら付けなくても問題はないんじゃない?』


 髪留め。被害者の大司教はメイドとして現れたトニーに必要がないのではないかと言った。


 トニーは髪の毛が短い、もしくはきっちりと纏めてあって、髪留めとは縁のないメイドではないかと予想される。


(該当者は十二名……遺物の存在も極秘にしてある。トニーは知らずにまた殺人を実行した。スタンリー君が見た景色次第で、正体が掴めるやも…………この犠牲も役立てられたなら、止むなしと言えるでしょう)


 デューアの持ち帰った謎の遺物……。本人は頑として詳細の黙秘を貫いているが、今にあっては救いでしかない。


 サンボの際には一瞬の出来事で何が起きているのか分からなかった。今回はまた違う可能性もある。


 犯人が判明すれば、総戦力で奇襲。〈夜の剣〉等を用いて怪物退治となるだろう。


 パッソは立ち上がり、じわりと滲む汗をタオルで拭って服を着替え、三名を招集した。


 トニーや他の者達に悟られないよう、領主ギャブルのみは例外として知らせてから遺体安置所に集合する。


「……始めましょう。それでは、デューア君」

「はい、使います」


 集められたのは遺物の現所持者であるデューア、ミッティの後任であるサドン、そして戦力として二番手となるチャンプ。


「…………」

「……う〜む……」


 頭部だけとなったスタンリーに眉を顰めながらも、取り囲んで映し出される紅い煙を見守る。



 ………


 ……


 …



 日常を送っていた。


 ここアルスへ赴任してからの日常を、スタンリーは送っていた。


 変わっていたことと言えば、怪物トニーへの交渉要請をメイド達に通達したこと。


 パッソからの指示で夕方に伝え、夕食を摂り、山積みされた仕事を僅かばかりか減らして就寝した。


「――――……?」


 眠りが浅かったのか、スタンリーは意識が覚めていくのを感じ取る。


「……っ!? ぐゥゥっ――――」

「静かにしなったらっ……! 快眠中の皆様が起きちまう。眠りを妨げるってホントに駄目。ダメダメ駄目なのダメなのよって、ママから教わらなかったか?」


 眼前僅か拳一個分の距離に、大きな狼の顔面が覗いていた。


 失神しそうな恐ろしさと驚きに、止むなく絶叫を上げるも慣れた手付きで口を塞がれ、二つの目にダガーを思わせる鋭さの爪を突き付けられる。


「しっ! しぃ〜〜〜っ!」

「っ……っ……!」

「交渉したいって言ったのお前らだろう? しようよ、腹を割って話そうぜぇ。あっ、この椅子、使わせてもらうわ」


 人並みには頭の回るスタンリーは目の前の怪物がトニーで、今は千載一遇のチャンスであることを悟る。


 サンボが死に、パッソの後釜が空席となった今、単独で怪物との交渉を成功させたなら誰もが認めるに違いない。失敗は許されなかった。


 口元から毛に覆われた凶悪な手が退けられ、自由となったスタンリーは上半身を起こす。


「……よく来てくれたね。それで……何と呼べばいいのかな」

「トニオス・トニー・トリンドラで頼む」

「トニオス……?」

「……冗談だよ。トニーってのだって別に俺が決めたわけじゃない。お好きにどうぞ」

「そ、そうかね……」


 機嫌はいいようで、組んだ脚を揺すり、落ち着きなく窮屈そうに座るトニー。


 決して分の悪い賭けではない。スタンリーもベッドに腰掛け、奮い立って交渉に挑む。


「それで、トニー。君の目的は何なのだろう。我等が君の気に障ることでもしていたのかな? それならば最大限の謝罪をする必要がある」

「全然? おたくら、立派に働いてるよな。国軍もあんたらは見逃してくれるといいよな…………あの筋肉以外」

「では何故だろう……歩み寄るには、君が我等を殺害する意味を知らなければ」

「ふむふむ、モコッチョスの木もこれにはニッコリ。では教えよう」


 トニーは変わらず上機嫌に、交渉者スタンリーへと語る。


「まっ、英雄物語を作る為だ」


 トニーが立ち上がり、部屋を歩き回りながら身振り手振りで大仰に語る。


「英雄物語を、作る……?」

「うんうん、訳が分からんだろ? でも簡単な話だ。スタンリーは本とか読む系の人間なのかな?」

「あ、あぁ……」

「だったら分かるさ。小説とかあるだろ? あれに出て来る英雄って、どうやってなってる?」

「…………弱者を助けたり、王に認められたり、かな」

「まぁまぁまぁまぁ、ノーマル解釈だったらそういう捉え方もあるわな。けどアレだ、怪物を倒すのが早いだろ?」


 悪竜、魔物、魔女、それら悪役を倒す者は即ち英雄である。


「民を殺せば殺すだけ、俺は怪物として認められる。認知される。君達はその“民”だ。英雄を作るにはまず怪物を作り、それから民を殺された英雄が立ち上がって、怪物と殺し合う」

「それはっ……」

「これこそが“英雄譚”だよ、スタンリー君」


 トニーと民、そして英雄が作る物語。


 かの怪物が繰り返す殺戮は、全て英雄譚を作り出す為だけに行われていた。


「どうして、そのようなことを……?」

「え……? ……スタンリー君は、何で私と交渉をしているんだ?」

「それは……これが使命だからです」

「同じ同じぃ、ウェ〜イ!」

「う、うぇ〜い……」


 トニーが気さくに拳を翳し、吊られてスタンリーも拳を合わせた。


「つまりはそれと同じだ。怪物には怪物の生き方がある。怪物として生まれたんだ、“怪物”をやらなきゃいけない。世間様が絶対に許さない。つまりは俺も物語ってやつが好きなんだよな」


 トニーは生粋の怪物としてある以上は、怪物を全うするべく殺人を犯すのだと言う。


「英雄を見つけるのも難しくてねぇ……。だから悲劇を作って盛り上げてやってるんだが、弱っちいのなんのって。はぁ……でも手を抜いて殺されるのも違う。手を抜いても……死んでやれる気もしないけど。だから毎回、最後の大舞台ですぐに食い殺しちゃうの…………ぐすんっ」

「…………」


 どこからともなく取り出したハンカチで涙を拭うトニーに、スタンリーは唖然となる。


「…………トニー、ならば民であれば我等でなくともいいわけだ」

「ビ〜〜〜〜っ…………んぅ、でも関係者じゃないと盛り上がらないじゃん? 気が狂いそうな悲劇じゃないと、英雄もその気になれないだろ?」


 鼻をかみ、ふさふさの胸毛にハンカチを仕舞い込んだトニーは、あまりに恐ろしいことをさも当然と言う。


 そこでスタンリーは気が付く。既にトニーは自身と対となる英雄を選んでいることに。


「徐々に、デューアに近しい民を殺していくんだよ。ぷちっと、スパッと、ザクっとな。だったら自然とエンゼ教関係者になるくなぁ〜い?」

「…………」

「質問に答えたからさぁ、俺からも一ついいかな? ダメかな?」

「あ、あぁ……いいとも、聞かせてくれ」


 トニーは再びスタンリーと対面する椅子に座る。


「なんかぁ……鍛治士から武具を持って帰って来たデューアと仲間達がさ、遺体安置所に入っていくのを見たって奴がいるんだよねぇ〜」


 口から飛び出すのではと思う程に、心臓が跳ね上がる。


「早朝から、遺体安置所に何しに行ったんだ? あるいはあそこに何があるのかなぁ〜? トニー、とっても気になっちゃう」

「…………っ」


 スタンリーはパッソと共にデューアから報告を受けた数少ない一人だ。


 つまり、遺物〈死霊ガ残ス光〉のことも知っている。


「交渉しようってヤツが誤魔化すなんてねぇよなぁ〜?」

「……勿論、勿論さぁ」


 髪の生え際を抜けて垂れる汗にも構わず、震える声で答える。


「デューア君達は葬儀が迫るカナンさんの遺体を、いつでも移動できる状態に準備をしに行っていたんだ」

「ん〜ん? ん? んんんんんん?」

「ど、どうかしたのかな……?」

「身体を綺麗に拭いたり、綺麗な服を着させるとかだろ? 普通さぁ、同性がやるんじゃね?」


 咄嗟の言い訳はトニーにより看破された。


「っ…………」

「まぁいいよ、どうせ初めは嘘を吐くだろうなって分かってたからよ。気にすんな、俺等の仲だろ?」


 絶体絶命を悟り息を呑むスタンリーに、トニーは気にするなと手を振って思いやった。


「じゃ、改めて訊こうか。奴等は何をしに遺体安置所に行ったんだ?」

「…………」


 ここで当然の迷いが生じる。


 二度目の嘘は見抜かれれば確実に殺される。かと言って遺物の話を正直に話せば、正体が分からなくなる恐れがある。


 どうすれば…………しかし、スタンリーに与えられたのは不自然に悩んでいると取られる前の一瞬。


「……実は、デューア君が謎の人物から遺物を譲り受けたんだ」

「えっ、そうなのっ……?」


 スタンリーは遺物の話を聞かせた。


 自分とトニーはある程度の友好関係にある。ならば一定の真実を伝え、トニー側にも立つことで信頼を得て、改めて交渉するのが最善と考えた。


 肝心な能力のみを偽ればいい。真実の中に虚を混ぜることで、真偽を見極め辛くする。


「あぁ、実はね。まだ数名しか知らないことだ。その遺物は――」

「俺に知られるわけにはいかないわけだ」


 トニーは落ち着いて考察する。意外も意外な展開なわけだが、むしろ喜びに頭は冴え渡っていた。


「俺を殺すとか、正体に迫るとか、そんなところだろ? 遺体安置所ってことは人間の死骸に関係してそうだ。ん〜、死骸とお喋りできるとか? おわっ、だったらヤベェじゃん!」

「い、いやっ――」

「でも今日、交渉しようってことなら、まだはっきりと特定できてはいないと。けど三人目とは顔を合わせてるもんなぁ。デューアが焦って帰還したんだったら、期限があるのか又は遅ければそれだけ使えなくなるとかあるんだろうなぁ……」


 指でこめかみを打ちながら、怪物的思考を加速させる。


「知りたいなぁ……」


 まだクライマックスには早い。その遺物がどのような能力なのか、トニーは非常に強い関心を持っていた。


 反して、スタンリーの第六感が死期を告げ始める。無意識に、自覚することもなく……。


「あっ……」

「っ…………どうか、したのかね?」

「あんたで試せばいいんだ」

「…………は?」

「デューア達に伝えてくれ。今夜、パーティーを開く。それをクリアできたなら、民を殺すのはここまでだ。できなければ、あと一人の民を殺してクライマックスといこうぜ」


 トニーがスタンリーの首を指で摘む。


「これぞ交渉っ! 交渉バンザイっ!」

「なにっ、カッ……コッ…………」


 視界が暗転する。


 首元で鳴った鈍い物音と同時に、身体が自由を失い全身の感覚から置き去りにされる。


 すぐに思考は途絶え、拒める筈もなく虚無に浸る。


 スタンリーはこれが死であると、最後まで気付くことがなかった。



 ………


 ……


 …



 スタンリーの生前の記憶は長く、遺物を操作して各所を省く程であった。


 時を置かなければ、それだけ鮮明に記憶を辿れるようだ。


「……………………スタンリー君」


 失望から漏れ出たであろうことが明白な呟きだった。


 サドン達も全く同じ思いを抱いている。トニーに遺物の情報が漏れてしまった。


 もう正体に行き着くことはないだろう。


「兎に角、トニーの言うパーティーとやらに警戒すべきでしょう。何が起こるか分からない」

「そうだね。僕達だけじゃなくて、傭兵や剣闘士のみんなにも用心してもらおう」


 サドンに追随して提案を発したチャンプだったが、その後に口を開いたパッソの言葉は突然に遮られる。


 ……扉の向こうで、物音がした。


「ッ…………!?」

「…………」


 担当者には特別の休暇を与え、遺体安置所には誰もいない筈。近付く者もいない筈だ。


 まさか…………。


「…………」

「っ…………」


 デューアとチャンプが身構える。


 耐え難い静寂の中で、僅かな異変も見逃さないよう気を張る。


 そして――


『――ビクシっ!』


 扉越しに、トニーがいた。

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