第104話、この景色を見たかった
午前の晴れやかな陽光射し込む王宮の一室には、二人の人物がいた。
ベッドで上半身を起こす女性と、傍らの椅子に座る男性。
「……体調が良くなるまで、ゆっくりと休んでいなさい」
ライト王が他には決して見せないとても穏やかな面持ちで言う。
深い思い遣りの情が感じ取れる声音を受けた本人は、さも可笑そうに微笑んだ。
「うふふっ、私は固まっていただけですよ? こんなに休まなくても平気なのに、あなたや子供達が騒ぐからじっとしているだけです」
橙色の髪色は長く、柔和な面持ちをした物静かな女性。
“レラザ・ライト”、ライト王国の王妃である。
「ベネディクトはアルトが主導して捜索している。呪剣も無事確保し、セレスも何やら協力しているみたいだ」
アルトはとても頑丈で一日経った頃には粛清部残党の取り調べや、掴めないベネディクトの足取り調査など、忙しなく仕事に励んでいる。
セレスティアは重要な仕込みがあると言い、独自に動いていた。
「みんな、それぞれお見舞いに来てくれましたよ」
「……アルトもか? そのような素振りは少しも見せなかったのだがな」
「私の就寝前に少しだけ。昔からあの子はいつも妹達とは時間をズラして来てくれるのですよ。話したいことや悩みだったりとかがあるとね」
「そうだったのか……、我が子のことだというのに全く知らずにいた」
子供達のことはレラザに任せ切りであったように思い起こす王。セレスティアを始め皆、幼き頃より才覚に目覚め、手のかからないものだと王のみならず誰しもが考えていたことだろう。
「セレスちゃんも初めに来てくれましたし、エリカちゃんもよく顔を見せてくれます。あの子達は今が本当に楽しそう。アルト君も何か目標みたいなものができたのかも」
「……子供達のことは何でもお見通しだな」
「あら、私はあなたのことが一番詳しいですよ?」
「わ、私はいいのだ……」
照れるライト王に微笑み、レラザは庭の方から聴こえる騒ぎに気付き……何かを察すると笑みを深めた。
そう言えば今朝に、エリカがお気に入りの使用人を呼ぶのだと嬉しそうに話してくれたことを思い出す。
♢♢♢
ティーセットを持たせた使用人を連れ、腕や頬に治療を受けたエリカが庭に用意されたテーブルへと歩む。
その後には騎士や使用人が列を成しており、先を行く使用人に嫉妬の眼差しを向けていた。
テーブルに辿り着くと、使用人は無言で一杯の紅茶を淹れ始めた。
「…………」
「……ねぇグラス、私はおかしいと思うの」
「いや、おかしいと卑下なさるほどでは……」
「私がどうかしてるかもって意味じゃないっ!! 自分で“おかしくなってしまったよぉ”なんて言うわけないじゃん! 初めっから腹立つ奴なのやめなさいっ!」
宮殿に召集されたグラス。王都を護る為に奮闘したエリカ王女の身の回りの世話をせよとの命令であった。
本人は不可思議であるも、王宮からの命令には逆らえない。
庭園を一望するテーブルで涼しい風に頭を冷やしながらもエリカのぼやきは止まらない。
「あれっだけ鍛錬をしているのに、グラスの弟弟子とかいう変な男には負けてドヤ顔で嘲笑われるんだからっ」
「…………」
「そしてアーク大聖堂での活躍は姉様に、空の魔術陣を破壊した手柄は黒騎士に全部持っていかれちまったんだよっ?」
「あの、ちまった……とかはあまり言わない方がよろしいのではありませんか? 何故ならどことなくガラが悪いから」
不貞腐れるエリカは不貞寝でも始めようかという程に身体を楽に椅子にもたれかかる。
「ふぃ〜……。グラス、ちょっとあのぉ……アレしてていいよ」
「アレ? ……あっ、かしこまりました」
「うん、苦しゅうないよ」
適当に手を振られ、少し分かりづらい命令を受けたが使用人の勘で察しがついたようだ。
「ふぅ……………………ん? ……何してんのっ!?」
目を瞑って背もたれに身を預け、のんびりほのぼのと日向ぼっこしていたエリカが上半身を起こして仰天する。
「え……、ご指示された通りにお茶をして小休止していましたけど」
「お茶しろなんて言うわけないじゃんっ!! 他の騎士や使用人達みたいにっ、少し離れた背後に控えてていいよって言ったの!! なんでお茶飲んで寛いでんの!?」
向かいの椅子に腰掛け、足組みまでして王女のお茶を嗜むグラス。淹れ立てのティーカップ……エリカのティーカップを使い、庭園を眺めながら優雅な時間を過ごしていた。
「それはっ……それはアレなんて言われても伝わりませんよ……。苦しゅうないとか言うから日頃の労を労っているのかと思いましたし……あむ」
「指摘されても続けた!? もう飲むな食べるなっ!! それ私のお茶っ、私のカップに私のお菓子!! ここは私のテーブルなの!!」
立ち上がるなりテーブルをどんどんと叩き、空のカップを乱暴にぶん取ってしまう。
「ぽりぽりぽりぽりカチャカチャカチャカチャ聴こえると思ったらっ、予想を大胆に超えて来たよ……!! だって王女のお茶を我が物顔だもん!!」
「まぁ、そう言われると確かに。じゃあ…………お互いに謝りましょうか、ね?」
「私も謝るの!? 勝手に飲み食いしてたグラスに!? そ、そんな大人の提案みたいな感じでよく言えたね……」
エリカと共に使用人にあるまじき行いを前に唖然とする背後の者達を置き去りに、グラスは頭を下げる。椅子に座ったまま。
「大変申し訳ございませんでした。……はい、私
「なにっ、それ! どうして私が意地になって謝ってない感じ出すのっ? …………ああっ、やっぱりダメっ! これで謝罪したら私の謝罪の方がなんか大きくなっちゃう感じがするっ!! グラスよりも謝罪してる感じにされちゃう!!」
何故か窮地に追い込まれていくエリカであった。
………
……
…
ベルナルドの墓参りにやって来たジェラルドとコォニー。
王都、特に歓楽街辺りをを見渡せる小高い丘の墓地。
手袋やブーツで身を隠し、フードを深く被るコォニーは祈りを捧げた後も暫く墓前に立ち尽くす。ベルナルド・アーチという刻まれた名をじっと見つめ、そっと指でなぞり……もういないのだと実感しているのかもしれない。
やがて名残惜しさを感じさせて振り返り、ジェラルドと共に王都へと戻った。
「飯と酒でもやっていけ。あの魔王も来るってよ」
「そうさせてもらおう。礼を伝えねば。どうやら魔王殿のお力添えにて解決と相成ったようだからな」
「今回はいつまでだ」
「滞在期間か? ……捜し人がいるのだ。今回は最低限に挨拶をして早々に旅立つつもりであった」
「うちのモンを使え」
「いやなに、カジノ業務で忙しいところに手間をかけさせる程のものではない。伝言を預かっているに過ぎない。それが終わればまた近いうちに寄るだろう」
「そうか」
何気ない会話をしながらカジノへの帰り道を行く。
ジェラルドの知名度や会話相手との身長差もあり、訝しげな視線はあれども気にも留めず帰路に就いた。
そうして営業前のアーチ・チーまでやって来たところで、何やら騒ぎが起きているのを耳にする。
「こらっ、まだてんで変わってねぇじゃねぇか!! 男になってから顔を見せやがれ、弱虫オズワルド!!」
「ぼ、僕達はただコォニーさんと父さんにお礼を言いに来ただけですよ……!!」
ディーラー姿のラナに蹴り出されるオズワルドとハクト。
「私と兄貴が結婚する時には帰って来いよ。お義母さんって呼べよ」
「嫌ですよっ!? 仮にそんな状況になってもラナを母扱いなんて虫唾が走ります!!」
「なにぃ!? 母ちゃんに向かって何てこと言うんだっ、このガキ!!」
「まだ結婚してもいないのに母振らないで!? ラナは子供の頃と変わらず無茶苦茶ですっ……!!」
幼馴染の顔を見れて嬉しいのか、ラナがいつも以上に血気盛んになっていた。
「何でオレまでっ? 初対面なのに……」
「オズワルドの友達なんて、オズワルドみたいなもんだからだ」
「どういう意味っ!? オズワルド扱いは止めっ……オズワルド扱いとかいう単語を生み出してしまっただろ。あんたのせいでオレまで失礼な事を言ってしまったぞ……」
「どんまい」
「あぁんっ!? 何なんだっ、こいつ!! おかしくなりそうっ!!」
ラナに翻弄されるオズワルド達を目にして、同僚やジェラルドの部下達は苦笑いを浮かべるばかりであった。
「…………」
「この光景が見られただけでも、立ち寄る価値があったな」
内で騒ぐ声と揃って嘆息するジェラルドに対し、コォニーは心中穏やかに素直な感想を呟いた。
そして———
『…………』
それらの騒ぎを王城高くから見下ろす青い猫。
王都で騒ぐ知人を見比べ、機嫌良さげにその尻尾を揺らしていた。
〜・〜・〜・〜・〜・〜
新五章終了
ここからは再公開です。ただし、ベネディクトの兵器の描写をどこかに混ぜたいのと、ハクトが天使化しているので七章八章は手直ししなければなりません。
今、謎に作業量が多いので一気に公開しても問題無さそうであった六章も1話ずつ公開する予定です。六章は最初辺りに少し書き加えるかもしれないので、遅れる恐れありです。
新五章のコメント返信は、……再公開が遅れるようなら纏めてやりたいなと。後半だけになるかも。
それでは、失礼します。
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