第6章、魔女達の死闘編
第105話、無欲と強欲
王都を旅立ち一週間、宿泊した街を後にしてしばらく進んだ戦車の如き馬車の車内。
「――改めて、この度はお世話になりました」
ベネディクト・アークマン他、エンゼ教の重鎮達や最高司教を守護する直属の戦士達。彼等は一人の大物の協力により、全員が王都脱出を成功させていた。
「オッホッホ。……いえいえ、困った時はお互い様。私も
マダムが満足げに微笑む。
「えぇえぇ、勿論とびきりのものをお渡ししました。……ですが、王都脱出の手引きと言い……大変ご協力頂きました。お礼は当然なのです。ありがとうございました」
対面に座るベネディクトが謙虚に頭を下げた。
「もうよろしいですのに。……ふぅん、この後は別行動ですわよね。あたくしは王国の注意を引きつつ目的地を目指しますわ」
「私の方も、約束を交わしたあの都市に向かいます。しかし……アマンダさんや選りすぐりの大司教達を同行させましょう」
「あら……よろしいのかしら?」
別の考えを巡らせながら会話していたマダムだったが、驚きと言うよりも訝しげにベネディクトを見る。
経験豊富なマダムは、“厚意の裏に悪意あり”を基本としている。
胸の内の透けて見えない……底知れないベネディクトならば尚更だ。
「えぇ、あなたの悲願が果たされれば、それは今後の良いお付き合いになりそうですから」
「あぁ……そう言う事ねぇ?」
ベネディクト直属の大司教を数人、しかも凶悪な魔眼を持つアマンダまで同行させる理由に納得する。
マダムの悲願。
それは……。
「あの子を殺し……いえ、絶望させ、商会を取り戻した暁にはあなた方に相応のお返しをさせてもらいますわぁ。例の都市でも先立つものが無ければ、宗教活動もままなりませんものね。ましてや、そんなにも急いでいらしているのですもの」
「あまり大声では言えなかったものですから……察しが良くて助かります」
優雅に、満足げに扇子を煽ぐマダムに、もう一度頭を下げるベネディクト。
立場を弁えよと不服そうなアマンダ達の視線にも、マダムは平然としている。
「あなた達の行方が分からないよう、妨害工作は済んでいますわ。次の街からは安心して旅を楽しんでくださいな。あたくしに関しましても、証拠など無いのですから王国も手は出せません。ご心配は無用ですわ」
「重ね重ね、お世話になります。……して、あなたはやはり?」
「えぇ……」
マダムが、閉じた扇子でチラリとカーテンを開け遠くの空を睨め付ける。
欲望に染まり切った濁る瞳。
ベネディクトから与えられた新たな力が、それに拍車をかける。
「……ヒルデガルトお気に入りの街、あの肝入りの街であの子を壊しましょう」
そして、備え付けの菓子代わりに……魔石をごりごりと食す。
マダムの異常な奇行。
上位者の自覚を持つ大司教達さえも目を疑う所業である。
魔石は通常、魔力を込め様々な魔術的反応を活用するもの。
発火、凍結、送風……、それらは魔石特有の魔力による反応で引き起こされる。
魔力を高める為に体内に取り入れるなど、どのような反応や害があるか分からない為、リスクを恐れて試すものなどいない。
事実、燃えて灰になるなどの失敗例で研究は諦められている程だ。
ヒルデガルト絶望の為とは言え、そこまで貪欲に力を求めるマダムをを笑顔で見守られるのはベネディクトのみである。
彼女はまだまだ強くなる。ベネディクトは確信してその貪る様に感心していた。
天使には無いこの強欲。独自の進化を続けるマダムは一人の欲望で第三天使を超えるのではと思える歴史上数少ない例外であった。
現に、……ナリタスとグルタスは既に消滅している。
例外というならば、あの王女も同類だ。まさかとの思いが現実となり、人が天使を真に倒してしまった。
想像を遥か超える逸材であった事実に、ベネディクトは彼女を始末しておくべきであったと過去を悔いる。
「……ベネディクト様、勇者や黒騎士を我等で倒さなくて良かったのでしょうか」
胸中複雑なベネディクトへ、長身の男性大司教が訊ねる。
「えぇ、それよりも我等は迫る国軍に対する守りを固めましょう」
「と言う事は……」
「おそらく【黒の魔王】とは、あの御方のことです」
大司教の間に、形容し難い強い戦慄が駆け抜ける。
「セレスティア王女の携えていた装飾剣……、あれは紛れもなく“
「…………」
「あの御方の前には、常識を覆すと言われる遺物の力でさえ全くの不要となる……。その証拠に、あの剣の能力を私も初めて目にしました」
ベネディクトの見せる真顔。
彼のこのような表情の変化を、誰も目にした事は無かった。
「あの御方らしくありませんが、手勢を集めているとも聞きます。これは本調子には程遠い事の証。あの御方が動き始める前に……、つまり今の内です。ほっほ」
柔らかく笑うベネディクトだが、この用意周到な最高司教が性急に行動を起こすなどこれまででは有り得なかった。事態はそれほど深刻である。
「あら、何のお話? あたくしも混ぜてくださらない?」
「ほっほ。このような楽しくない話題ではなく、私が訪問して来た面白い町のお話などどうですか?」
「はぐらかされたわね。まぁいいわ、シッジ」
端の方に座る老執事が、紅茶を2つ用意し始める。
豊潤な香りが馬車の中を満たす頃には、2人の会話と魔石を砕く咀嚼音も更に弾んで聞こえていた。
そしてマダムとも別れ、十八の少数部隊に隊を分けたベネディクト達は……とある出会いを果たす。
夜の平原であった。
曇り空の平原に嵐を予感させる強い風が吹き付ける。ベネディクト並びに護衛する大司教十六名の前には、一人の魔術師らしき男が立っていた。
「——ん〜……。お前さん、どっかで見た事ある顔だよなぁ」
「…………」
「誰だったかなぁ……、すみませんね? おじさんになるとこういうの増えて仕方ないんだわ。おたくらもあるだろ?」
飄々とする男を前に、大司教達は反して表情険しく動向を窺っている。すると、ふと一人の大司教が緊張からかその男の名を呟いた。
「……ネム……」
「おっ? 俺のこと知ってくれてんのかい? そいつぁ、嬉しいじゃないかぁ」
ライト王国最強。
黒騎士が現れるまでは誰もが認める抜きん出た強さを誇った【旗無き騎士団】の第一師団長、ネム。《反則》などと呼ばれ、たった一人で各地の達成困難な任務を請け負う変わり者である。
掴みどころのない性格とは聞くが、今も魔術槍を手に、敵を前にしても長い赤茶色の髪を風に揺らして呑気に考え込んでいる。
「あっ、ベネディクトさんか! だろ?」
「お会いするのは初めてですね。私はベネディクト・アークマンと申します」
「えっ、敵じゃん!? あんた、生死問わずの指名手配されてたぜ!?」
「……悲しい限りです」
王女の行動が早い。既に王国中に手が回っていた。
微かに目を細め、今後の計画が成功するか否かはセレスティアとの頭脳戦により決すると予感する。
「確かに悲しいねぇ……。……まっ、出会っちまったし、やるかい?」
「っ……!?」
苦笑いで無精髭の生えた顎を指で掻くと、ネムは手を翳して魔術陣を構築した。
次々と魔力の翼を生やす大司教等を前にしても平然と、その魔術を行使した。
「おたくら、知ってる?
この魔法一つにより、大司教は壊滅した。
残ったのは、変わらない姿でそこに立つベネディクト・アークマンのみ。
「ヒュ〜っ、やるねぇ。ただのお爺ちゃんじゃないわけだ」
「…………」
噂以上に強い。ベネディクトをして評価を改め、セレスティアと同じく危険人物であると判断された。
「……べ、ベネディクトさまぁ……私を、お使いくださいっ……」
「……あなたの信仰心に感謝と敬意を」
条件が達成され、聖域守護の兵器が誕生する。
「…………惨いことをするねぇ」
小雨が降り始め、フードを被ったネムが憐れみを口にした。
視線は再び、変貌遂げる大司教へ。
大司教の頭上に光の輪が生まれ、その生命体の有する魔力は余すところなく外部へ。魔術陣とも魔術式とも違う未知の紋様となって大司教の周りを彩る。
更に大司教自身も緑に発光する巨大な紋様の中心で、“矢”へと作り変えられた。
発射する力は、その生命体の魔力。
矢の強度は、その生命体の身体が持つ強さ。
完成したそれは、広がった紋様が弓である事を除けば確かに矢であった。
骨とも肉とも皮とも取れる細い形状。天使が造り出した悍ましき兵器。
光の輪が浮かぶ鋭利な矢尻は人面とも骸骨とも取れる異様なものであった。
「…………」
「…………」
変わらず微笑むベネディクトと、“聖域守護の矢”を前にしても不敵に笑うネム。その瞳に、魔眼の魔術陣が浮かぶ。
降りしきる雨も強くなり、胸騒ぎでもしたのか風も慌てて吹き抜けていく。
そして、矢は……解き放たれた。
〜・〜・〜・〜・〜・〜
連絡
ネムはキャラを変えるかもしれません。
ベネディクトの兵器も変えるかもしれません。実はグロテスクなのがあまり得意ではないので。
この描写自体も怪しいところ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます