第148話、間話『骨へのお便り』

 

 オークなどの魔物が多く棲息する危険極まりない森林の中心には、禍々しく聳え立つ城が新たに存在している。


 どす黒い雲の立ち込める空に相応しく、重々しく不気味な雰囲気を纏っていた。


『――小娘、やってみぃ』


 不気味な骸骨というだけでなく、凶悪さを表す棘や醸し出される膨大な魔力の気配。


 魔王も認める強大なる【沼の悪魔】が、隅で震える人影に絶対的に命じる。


「わ、わかりました……」


 嫁入り前であったおっとりとした大人の女性で、清潔な身体を申し訳程度に覆うボロ布同然の布切れを抑え、羞恥に耐えながら歩み寄る。


 彼女は今日のモリーの実験担当とあって、昨晩から眠れずにいた。


 そして命じられるがままに実験の為に、渡されたものに魔力を込める。


「……――っ! っ! はいっ! えいえいえい!!」

『危なっ!? や、やめんか!! 一回で諦めい! また火達磨になってしまうぞ!? そんなやけくそに何回も振るでないわ!』


 開発途中の魔導の杖をがむしゃらに振る女から、慌てて取り上げる。


 前回のように、上等なメイド服ごと炎上されかねないと見て。


『まったく……。しかしお主等は存外に魔力が少ないのぅ……。これでも発動せんとは、参ったわぃ』

「すみません……」


 魔術的刻印を施した魔道具の作成に着手していたモリーだが、現代の一般的な村人のレベルは彼からしてみれば予想以上に低かった。


『せめて第一階梯魔術相当のものは発動できんと話にならんしのぅ……』

「第一、かいてい……?」

『…………』

「それって私達でも戦えるくらいに強くなれるんですか?」

『…………“魔法大国ツァルカ”によって定められた魔術の格付けじゃ。数字が多いほど高難度とされておる』

「へぇ〜、凄いんですね」

『…………』


(……無視してもしつこく訊いて来る癖に、答えたら答えたで半端に返事しおって。これじゃから人族の女は……。興味ないんじゃったら、黙っててくれんかのぅ)


 魔術は賢き選ばれた者にしか扱えないもの。


 自分もそれが扱えるかもしれないとあって、興奮を隠し切れないまでも小難しい細部にまでは興味はないようだ。


『……小娘、すぐそこまで陛下の使いが来とる。窓を開けい』

「っ、かしこまりました……」


 かつてミスト・サイゾウを縛り付け、強引に命令を実行させていたラルマーン共和国の鎖の魔道具。


 魔道具作成は小休止とし、小さな魔術陣を展開して鎖の解析を続けていたモリーが、愚か者によりグールとさせられた女性に不貞腐れてながら命じた。


「…………モリー様、魔王様からご命令のようです」


 梟から手紙を受け取り、目を通した世話係の女性が震え声で言う。


 いくつもの村で殺戮を尽くした死霊魔術師を神の如き力で屠り、モリーやミストなどの怪物をも否応なく従える魔の王。


 味方である筈にも関わらず、自然と身体が震えてしまう。


『……陛下がか?』

「は、はい、なんか緊急な感じです……」

『……なんか緊急? 緊急でえぇじゃろ、それは。言葉の端々におっとりを出すのは止めぃ。……しかしそれは、興味深いのぅ……』


 これまで、この魔道具の解析とこの城の防衛任務しか命令らしい命令を受けていなかっただけに、モリーの関心も自然とその手紙へ向かう。


 しかも、緊急だ。


『……最近の人の文字はまだ読めん。要約して話してみぃ』

「はぃ……えっと、手を貸して欲しいと……」

『ほぅ……、あの陛下が助けを求めとるのか……。あちらにはミストやあの暗殺者の小娘も向かっとるんじゃなかったか?』

「その筈です……」


 骨の指を器用に使って鎖の魔道具を片していたモリーが、続けて言う。


『……ここを留守にしてもええのか? お主等も知っての通り、儂の知らぬ間にこの森林はいくつかの国に囲まれとる』


 ライト王国、ラルマーン共和国、そしてあと二カ国に囲まれたこの森林付近は、モリーの存在によって絶妙な均衡を保っていた。


『儂がおらん内に攻められれば、下僕であるソルナーダ等やオーク共だけでは数刻も保たずして壊滅するじゃろうて。お主等に魔道具を持たせようと考えたのも、微々たる戦力でもないよりはマシと考えての事じゃ』

「…………」

『カカカッ! お主等も力を望んでいたのじゃろぅ……?』


 上機嫌のモリーが、小気味良い音を立てて嗤う。


 二つ名に相応しい邪悪な笑みで、残ったグールを嗤う。


 二十四名の内、八名は永遠の眠りを選択。


 残る十六名、死して尚も現世に留まることを選んだ者達の生きる理由は様々だ。


 中には、魔王への恩返しや……魔王への復讐などという者達もいる。


「あの……あの娘達にも魔道具を渡すんですか……?」

『無論じゃ。……カカッ、お主等がどう足掻いたところで、あの陛下がどうにかなるとでも思うとるのか?』

「それは……ないです」


 口籠るグールの女性。


 一目だけしか目にしていないが、あの魔王には勝つことはおろか傷一つ付けられないのは明らかである。


『そうじゃのぅ……放っておいてもええが、陛下を倒してくれるのなら倒してくれるで儂も自由になれるしのぅ。ちなみにじゃが……儂が魔道具を作成するよりも安易に力を得る方法はあるぞ?』

「わ、私は魔王様に感謝してるんですけど……」

『知らん。彼奴らに伝えるも伝えんも、主の自由じゃ。儂は独り言を呟くだけよ』


 魔王の配下らしく、悪辣に嬉々として告げる。


 モリーが座する背後の窓の外で、曇天の中を強烈な稲妻が走る。


『才無き定命の者が儂等とやり合えるようになるのは、ほぼ不可能じゃ』


 当然だ。


 自分達のようなただの村人でさえ、【沼の悪魔】と言えば必ず耳にする伝説なのだから。


『じゃが手段を問わずならば話は別でのぅ。しかも可能な限り安易にその程度までに強くなりたいのなら、儂が真っ先に思い付くのは……『契約』じゃ……』

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