第147話、道化師

 

 複数の能力を持つ道化師を前に、セレスティアは呑気とも思えるほど柔らかく尋問を続ける。


「教えてもらえませんか? いくつか理解できない点があるのです」


 ドゥケン卿と同じ『遺物』の黒剣を手に、冷たい慈しむ微笑で問いかけた。


「あなた自身はあまりお強くないのでしょう? だからアスラさんのいる状況は避けたかった。ならば何故、拐ったのがエリカではないのでしょう」


 扱い辛いアスラをグンドウの元へ向かわせるには、真の標的であるセレスティアをしても無視できない存在でなければならない。


 この町で言えば、第二王女であるエリカしかいなかった。


 しかも、ブレンはこの状況下では切り捨てられる可能性は決して低くない。


 結果として何らかの理由によりアスラは去ったが、とても納得できる人選ではなかった。


 するとドゥケン卿は、その小枝の手先を怖気のする速度で成長させ、デープの頭を掴む。


「……アクイは、スデにこのマチにあった……」

「悪意、ですか?」

「ハハッ……ボクはホしがっていたからアタえただけだよ。ミンナ、エガオ。ミンナ、シアワせ。それがイチバンだろう?」

「……やはりそうですか」


 弾むようでいて尚且つ機械的、それから異常に甲高い声音でデープを通して対話している。


 誰もが意思持ち喋る遺物に目を剥き驚愕する。


 しかしその内容を理解できるのは、セレスティアのみである。


「では……」

「ッ……?」


 氷の如く凍てついたものを瞳に秘め、セレスティアが黒剣から光を放ち始める。


「……あとは捕獲してからにしましょう。グンドウがいるとは言え、クジャーロ王が単独で送り出したのですから難しいとは思いますが」

「イッショにいたいならいようよ!! カレもそれをノゾんでる!!」


 無邪気にしか見えないドゥケン卿だが、その容貌や空虚な瞳はどこまでも悲しげで、何かに飢えている。いや、乾いている。


 潤うことを求め、しかし遺物である以上は満たされるはずもなく、彼だけはその事実を知らない。


「申し訳ありませんが、私の居場所は既に見つけてあります。なので……」

「…………」


 部屋の凍ったような空気が、一際張り詰める。


「……捕らえられないにしても、あなたはここで破壊します」

「――ザンネンだよ」


 無感情に返答したドゥケンが、服の裾から身の丈に合わない巨大な鋏を取り出す。


 明らかにその身に隠せない大きさだが、当たり前のようにドゥケンはデープの亡骸を捨ててそれを構えた。


 瞬間、セレスティアとキリエ以外の全ての騎士達が剣を抜く。


「フッ!!」

「――ッ!?」


 ドゥケン卿へ斬り付け、一瞬の猶予を得たセレスティアはその僅かな間に、全ての騎士達に視線を行き交わせる。


 視線、動作の起こり、意識の矛先。


 十四名全ての騎士達を見切る。


「キリエ! ――全員です・・・・!!」

「了解しましたっ!! ハァァァッ!!」


 いつの間にという疑問を後回しに、セレスティアがドゥケン卿の手にかかり傀儡と化した騎士達の相手をキリエへ命じた。


 柄の長い剣を豪快に振るうキリエが、屈強な騎士達相手に大立ち回りを繰り広げ始める。


「――ッ!!」


 分が悪いと判断したドゥケン卿が、窓を突き破り外へと飛び出す。


 中身を抜いて特殊な人形とするこの〈隣人〉を始め、ドゥケン卿の能力のいくつかは既に割れている。


 自身の有する誘拐に適した能力もセレスティアならば調べは付いているであろうと、不意打ちでなければ効果はないと察した。


「――ここは行き止まりだ」

「ッ……!?」


 窓から小さな身体を投げ出したドゥケンへ、変幻自在の双剣が容赦なく襲い掛かる。


 逆さまのまま鋏を巧みに扱い何とか凌ぎ切るも蹴り飛ばされ、近くの木に鋏の歯が突き刺さり吊り下げられる。


「……彼女には特別にエリカの護衛などに就いてもらっていました。そちらは無駄に終わってしまいましたが、念には念をと今回はここに陣取ってもらいました」

「…………」


【踊る二刃】のアサンシアが、華やかなセレスティアの笑みに顰めっ面で赤面する。


 しかしその腕は傭兵達の中でもソウマと同格。


 戦闘に優れない『遺物』相手では、彼女一人に任せてもお釣りが来る。


「…………」

「……姫様、あれは如何する」


 自身の身体を丸々と膨らませて、鋏を置いて浮かび上がる。


 そして、友の家から帰る子供を気取り手を振る。


 不気味に、無邪気に。


 あれを少ししか目にしていないアサンシアでさえ、酷く憂鬱で気落ちしてしまう虚な姿。


「……ふっ」

「見逃すおつもりか……?」


 にも関わらず優雅に手を振り返すセレスティアに、アサンシアは怪訝そうに眉を寄せる。


「まさか。別れの挨拶ですよ。――〈ルーチェ〉」


 それはただひたすらに恐ろしい無慈悲な光。


 凍てつく面持ちへと一変したセレスティアが黒剣を逆手に持ち替え、右手の人差し指に……膨大な光を集めていく。


 凍える程に残酷で美しく、寒気のするドゥケンやアサンシアは目が離れない。


 彼女等の脳裏に浮かぶイメージは、『女神の裁き』。


「これでお別れとします…………」


 しかし極光の狙いを定めた瞬間、ドゥケン卿の姿が消えた。


(……能力の一つでしょうか。『遺物』と言っても本当に別種なのですね。他にも能力があるのなら【炎獅子】と同等に危険かもしれません)


 誰に成り代わっているかも分からず、多数の能力を持つ存在。


 おまけに今の、瞬間的にこの世界から居なくなったのではとも思える能力。


 憶測が憶測を呼ぶ現段階では捕獲や破壊はおろか、今すぐに追跡することすら不可能であった。


「…………」


 しかもこれで、最後の問題・・・・・への手がかりも無くなった。


 解決するのは絶対ながら、もしかすると……被害者を出してしまうかもしれない。


 光を眺めるセレスティアは、密かにその可能性を危惧し始めていた。


「ご報告できる情報を得ただけでも良しとしましょうか……」


 おそらくドゥケンは帰って来ない。


 そう推察するセレスティアが小さく呟き、一難片付けたことに一息吐く。


「……姫様、あの使用人の援護に今のを使うのが良いのでは?」

「…………ご心配には及びません。彼ならば私の助力など少しも必要としないどころか、もう既にニダイを打ち負かしている頃合いでしょう」


 突如として年頃の恋する乙女の如く頰を染めて微笑むセレスティアに、魂を鷲掴みにされてしまう。


 セレスティアは……この時まだ死に物狂いで剣戟を繰り広げているボロボロのグラスの勝利を少しも疑わない。


「私はいつも守られてばかり……。……あなたもマリーのようなことを言わないでください」

「マリー……? マリーとは何者なのだろうか。お教えいただきたく。姫様……姫様っ!」


 出迎えを思案しながら屋敷へと歩み始めたセレスティアには、アサンシアの問い詰める声など入り込めないのだった。







 ………


 ……


 …









 セレスティアとアサンシアがいる中庭とは全く離れた別館の裏側。


 一人の騎士が、屋敷の持ち場を離れて人気のない方へと歩んでいく。


 そして木の陰に身を隠す。


「…………」


 腹部から鋏が突き出る。


 そして血も出ない傷口を強引に押し開き……ドゥケンが姿を現す。


 ドゥケンの持つ能力の中でも、常識外のものである傀儡内への転移能力。


 これ故にドゥケンは奪取される可能性はほぼなく、クジャーロ王は何の憂いもなく自由に野に放てる。


「…………」


 コロコロと、子供達が遊ぶような球体を取り出してその上に乗って移動する。


 しかし一度屋敷に目を向け、ある者を思う。


 その者は渇望していた。


 クジャーロ王に次いで渇望していた。


 だからこそ、手を貸した。


 その自覚なき悪意がこの町を呑み込む程に大きな花を咲かせる様を見届けられない事を悔やむ……フリをしてみる。


 決して満たされない伝説を持つ『遺物』でありながらも、あそこにいる慈悲深くも罪深き者を――




 ――嗤った。



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