第218話、次の選択
「あ〜、アカン。肩、凝るわぁ〜」
「えっ? じゃあ戻そうか?」
魔王式施術により豊満な胸を手に入れたユミ。これ見よがしに肩を揉み、特有の不満を訴える。
しかしその口元は緩みっぱなしであった。
ベッドに身を預け、自分にはなかった重みを手で感じながら、手に入れたものの柔らかさにニヤける。
「一生、このまま戻さへんよ。明日になったらビーチに出陣したんねん。そこの男共を発情させて、女共を嫉妬させたんねん」
「……言っておくけど、明日には元に戻すからね?」
「絶対に逃げ切ったる。いくら魔王はんと言えども、これだけは譲られへんわぁ」
「君って、何か譲ってくれたことあったっけ」
「ええから気にせんといてぇ。……お疲れやのに、大変やなぁ」
昼間から昨夜に作れなかった刀の鍔を作製する魔王を労い、ユミは気を利かせて肩を揉む。
「……ちょ、止めて! 触らんとってっ、エッチ!」
「…………」
「あっ、ウチのおっぱいが大き過ぎて当たってたんか。堪忍な、魔王はん」
「楽しんでもらえてるみたいで何よりだよ……」
テンションの高くなったユミに幾度となく絡まれながら、鍔に細工を刻む。酒まで飲むようになって過激になるユミは手に負えず、夕方から疲労感を滲ませることとなった。
そして、この夜…………再び事件が起こる。
♢♢♢
深夜の厨房に、その影があった。
コミカルな動きで調理を進め、スープに前菜、魚料理にメイン料理にとフルコースに小躍りしている。
「左手は狼の手にして、指を切らないように…………アタタタタタタタタタタタっ!」
根菜を千切りに切り分ける手際は、自負するのも納得の手際であった。
「ふんふん、ふふ〜ん…………ん? ……あぁ、やっと来たか。元気だったか? それだけが心配で心配で……」
白いコック帽とコックコートを身に付け、大きな身体を器用に動かしてスープをかき混ぜる手を止めた。
トニーは傍観者に背を向けたまま話す程、礼儀を損なってはいないからだ。
「その通り。招待しておいて残念なことに、これを食うのは俺だけだが。だってお前らはその…………向こう側にいるだろ?」
トニーは申し訳なさそうな顔をしつつも、屋敷の器具や調味料を無断で使う。
「……それくらいはいいだろう? 普段から人間に煩く言われながらもか弱いフリして仕事してるんだからな。それより…………どうだった? お前らの期待通り、あの憎たらしいサンボを殺してやったぜ!」
傍観者が選んだサンボを殺し、鏡合わせにしてお披露目とした。
廊下を行くサンボを空き部屋に引き摺り込み、人差し指の爪で縦に引っ掻き、裂いた。
「その後しばらくは動いてたんだが、喉が渇いてたもんで血を飲むのに夢中だったんだ。教えて欲しいのは分かるが、今回は勘弁してくれないか? …………えっ!? ダメ!?」
誰もそのような説明は望んでいない。
「あぁそう、それなら良かった」
トニーは調理を再開する。
…………。
「…………」
…………用があるから読んだのではないのだろうか。
「…………えっ、それだけだぜ? 約束の包丁捌きもさっき見てたんだろ?」
出番が少な過ぎる場合、特に覚えられることもなく忘れ去られるかもしれない。
「いやそれは拙い! トニーともあろう俺がそれは拙いっ!」
演者としてあってはならない危機に慌てふためき、コック帽を落としそうになるも、冷静に考えると殺人絡みでの話題が無いことに改めて思い至る。
「でもなぁ……」
トニーは香り立つ鍋や炎を上げる鉄鍋に視線を向けて、何気なく告げた。
「……今度の奴はもう殺したしなぁ」
頭部以外を今夜のディナーに料理し、頭部は今後の演出の為に遺体安置所に隠してある。
誰が殺されたのかは、今はトニーのみぞ知るところ。
「う〜ん…………あっ、思い付いた。よっしゃよっしゃ、感謝感謝……あ〜〜〜むっ!」
名案に思い当たったトニーは、いい頃合いに炒まった野菜やモモ肉を鍋振りの要領で宙へ浮かばせ、そのまま口に放り込む。
「うま〜〜い! うん、それよりも…………もう一人だけ殺す事にしてるんだが、次に殺す予定のキャラクター達がいるから、どいつを殺せばいいかを決めてくれるか? それなら来た意味もあるだろう?」
皿に盛る作業は食器を洗う面倒故に省かれ、鍋のスープもこのまま直に飲み干されてしまうだろう。
「次は……二人のうち一つを選んでくれよ」
トニーが人差し指を立てた。
一人目の候補が示される。場合によれば、この者が次の犠牲者となる。
「まずは、グーリー。あの食い甲斐がありそうな肉の塊だ」
トニーが中指を立てた。
徐々に、殺される者は当事者に近しい者になっていく。
「もう一人は、ユミ。あの馬鹿げて弓の上手い姉ちゃんだ」
トニーから、二つの選択肢が提示された。
「さぁさっ、選んでくれ。どちらか選ばれた方を殺すから」
トニーが、選択を待つ。
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