第27話、騎士の惑う先には
王城の会議室の扉前には、ハルマールと近衛騎士団の新兵が緊張感を持って直立していた。
だが通路の遥か向こうからの人影に、王を前にしても崩れぬ精神が難なく崩壊した。
「――ご機嫌よう」
「騎士への
セレスティアがマリーを
あの衝突以降初めて顔を合わせたのだが、セレスティアは勿論の事、ハルマールも気にしてはいないようであった。
それは良い意味ではなく、セレスティアを決して
「まだお続けになられているという事は、騎士である事を取ったと考えてよろしいのですか?」
「どうお答えしても、何も変わらないのではありませんか?」
言外に、自分が会議室外に出されている事実から、もはや信用はされていないのだろう? と、皮肉として言っているのだ。
王女の問いに問いで返す無礼にマリーが鬼の形相になるが、当のセレスティアは温和な微笑みのままだ。
「迷いなくはっきりとお答えしてもらえない内は、そうなのでしょうね。……開けてもらえますか?」
ハルマールとは別の騎士に、扉を開けるように命ずる。
「は、はっ。申し訳ありませんでしたっ」
見惚れてしまい、赤面して固まっていた騎士が弾けるような動きで扉を開ける。
「――では」
「はっ」
セレスティアがマリーを連れて、姿勢良く歩いて会議室へと入っていく。
「……は、話してしまった。あのセレスティア様と……」
「……」
腹の内がまるで見えないセレスティアを、底の知れない化け物を見るような目で見送るハルマール。
内なる
♢♢♢
会議室には、王とジョルジュとライオネル。そしてセレスティアとその付き人であるマリーの5人だけがいた。
「それではアルト様が帰還されるのは……本当に、予定より大幅に早まるのですな?」
本当に本当なのかと、ライオネルが再三の確認を行う。
「えぇ。届いた書状を読んだ限りでは、2週間もかからぬ内に帰還なさるとの事です」
アルト第一王子は精鋭揃いの第一騎士団団長として、そのカリスマと武勇を遺憾なく発揮している。
セレスティアに及ばないまでも、既に傑物と呼ばれる程の逸材である。
「……うぅむ。原因不明、ですか」
「書面からは、あちらもあまり把握していないようでしたな」
アルト第一王子が国境付近へと赴いた理由は、例年のラルマーン共和国からの偵察部隊への牽制であった。
稀に戦闘へと発展する為、ライオネルやアルトなどの実力者が赴く必要がある。
それが、今年は……。
「……まさか、共和国の偵察兵が既に全滅させられていたとは」
ラルマーン共和国の部隊が、
山に囲まれた地形の多いラルマーン共和国には、様々な種類のモンスターがおり、しかも多い。それを飼いならしたラルマーンの部隊は中々に厄介なはずなのだが、それが壊滅していたとの事だ。
「強力なモンスターの仕業にしても違和感のある死体だったそうです。食われたような様子がまるでないと」
「……分からんな。あそこは他の国からはある程度離れている。もし彼奴等の仕業なら何らかの目撃情報があるはずだ。唯一考えられそうなのは、近くにいる【沼の悪魔】だが……アレがあの地より離れるなど未だかつて聞いた事がない」
ジョルジュとライオネルが頭を悩ませる中、セレスティアは何食わぬ顔で発言する。
「分からないものを唸っていても仕方がありません。次のお話に参りましょう」
「いや、しかしこれは重大な問題ですぞ」
「情報を集める、兵を派遣する。今の段階でできる事などそのくらいです。それに、頭を悩ませるのは自室でもできる事です。今は皆が揃わないと片付かない物から片付けましょう?」
セレスティアはマリーが用意した緑茶を飲みながら、冷ややかとも思える言葉で熱くなった両者に水を差す。
「そうだな。アルトから直接話を聞くまでは結論を出せんのだ。まだまだ議題は山積みなのだぞ。少しは余を労れ」
王なりのジョークで、ジョルジュとライオネルがすんなりとセレスティアの言葉を呑み込めるように配慮する。
「それもそうですな。早く終わらさせて陛下を解放せねば」
「はっはっは。そうと決まれば、陛下に夕食くらいはごゆっくりと召し上がっていただく為にも駆け足で終わらせましょうか」
肩から力を抜き、笑顔をなったのも束の間に、次の話題に移る。
「では、次に御前試合の警備についてですが……」
そう切り出したジョルジュが、あからさまに眉間に
「……う〜む、……何とかなりませんか、殿下」
「なりません。ハルマールには、陛下の観覧席とは別の場所を守ってもらいます」
ここでハルマールが陛下の護衛から外されれば、きっとそのまま遠ざけられていくとでも考えたのか、いつになく真剣な顔付きだ。
「そこを何とか。陛下を狙う暗殺者の情報もあります。ハルマールめのこれまでの功績を
深く頭を下げて頼み込む。
「今回の警備に過去は関係ありません」
「……そこを曲げて、どうかッ!!」
額をテーブルに勢い良く叩きつけ、真摯に懇願する。
「ライオネルよ。そのような私情を多分に含んだ言では、余もセレスの案を変えようとは思わん。今回は潔く諦めよ」
王の平坦な言葉には、有無を言わさぬ意思が込められていた。
「……かしこまりました。……………そうですな。確かに熱くなっておりました。皆様も、申し訳ありませぬ」
王へ頭を下げた後、セレスティアやジョルジュにも謝罪するライオネル。
王はおろかジョルジュからも助け舟が出されないのならば、もはや説得は不可能だろうと判断したのだ。
「いやいや、息子殿の事ですから当然と言えば当然です。……それにしても、先程から気になっていたのですが……」
ジョルジュが場の空気を変えようと、セレスティアの湯呑みを見る。
「……セレスティア様が紅茶ではないものを飲まれていらっしゃるのは珍しいですな」
「実は余も気になっておったのだ。……それは緑茶か?」
王の視線もセレスティアの湯呑みに向かう。
「はい。先日頂く機会がありまして、非常に好みに合ったので最近はこればかりです。ですよね、マリー?」
「はぁい、それはもうお可愛いらしく飲まれております」
「「……」」
いくらなんでも、一々可愛いらしいなどと付け足す必要はない。
いつものそんな王とジョルジュのジト目も、最初の内は恐縮していたマリーだが、今ではむしろ胸を張り始める始末。完全に開き直っていた。
しかしそんな独特の和やかな雰囲気の中でも、ライオネルの表情には固さが残ったままであった。
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