第212話、死霊、雲、お化け

「この辺境に、将の器を持つ者がいたか……」


 シャンクレアが珍しくも感心を呟いた。


 戦闘が始まってから経過した時間と、現状を鑑みて自然と感嘆を口にしていた。


「ちぃ……!」

「その若さで素晴らしいっ! ここで燻らせるのが惜しまれるよ!」


 此度も頼もしく振られる剣により、デューアが押される。賢く振られる力強い剣は、双剣の疾さを封じ、手数を禁じる。


 されど、あのテトを相手にして、既に一分が経っている。


 竜ですら四秒と経たず斬殺されて首を落としていたと言うのに、デューアはその場で確かに渡り合っていた。


 加えて更に驚嘆するのが、遥か遠方にいる暗殺者である。


「……このような技を持つ者がいるとは、王国も捨てたものではない」


 シャンクレアを天蓋のように覆う翼腕竜ミゼルリオの死霊。紅い仄明るい発光体となって、カンテラの遺物〈死霊ガ残ス光〉により現世に舞い戻っていた。


 その背に降り注ぐは、魔弓の時雨。


 角度を変え、威力を変え、変幻自在にシャンクレアを狙う。正確さは言うまでもなく、時には竜の背を抉るまでの強さを見せるその弓は、ババッカでさえ驚きを禁じ得ない。


「ババッカ、意見を申せ」

「見たところ…………不自然に矢の速度が加速しているので、魔弓の類でしょう。能力はそれとして……この目にしなければ信じ難いことに、矢の軌道や遠方からの狙撃はその弓兵の腕前のようです」

「つまり、無力化は不可能。反撃も、攻略も同様。矢が尽きるか、敗北を待つだけと?」

「認めたくはありませんが、この射手は倒せません。むしろこちらが遊ばれている印象すら受けます」

「であろう。であるからこそ、惹かれる。其奴、おそらく美しき女子であろうと余の勘が喚いておるわ。加えてこの手練れ……辛抱できようはずもなく、連れ帰るぞ」


 無理難題を容易く命じる主人に胸の奥で溜め息を吐き、ババッカはどのようにして射手を引き摺り出すかを熟考し始める。


 と同時に視線を前方へ向けると、テトの指導で終わると思われていた戦況が変わりつつあった。


「うぬっ……!?」


 距離を取った青年が爆発的な踏み込みで双剣を振るい、テトが溜まらず押し退けられた。


 順手に持つ左の剣を当て、続けて逆手に持つ右の剣で押し飛ばしていた。


 更に順手に持ち替え、追走して怒涛の連続突きを放つ。


「驚異的な握力と足腰よ。夜の方もさぞ捗るだろうな」

「…………」


 いくら窘めても治らない下の話癖に、ババッカの眉根が寄る。


「ぬっ……?」


 突きが掠めた左肩に違和感を覚え、続いて斬られた左太腿で確信を得る。


 美しくも毒気のある翠の魔剣。その効果とは斬り付ける度に身体能力を削いでいくことに違いない。


(拙い……魔剣もさることながら、使い手が私に適応している)


 格上との戦いに慣れているのか、臆さず斬り結ぶことにより見事な洞察力で既に剣技を見切られていた。


「っ――――!!」


 並べて揃えた双剣を振り被り、回転。首元を狙って斬り付けるものを弾いても、もう一つ回転して足元を連続して狙われる。流れる刃が螺旋を描いた。


「中々にやるっ……!」


 賞賛を残して飛び退いたテトだったが――


「―――フッ!」


 逆手に持つ翠の魔剣を斬り上げ、順手に持ち替えて振り下ろし、飛翔する斬撃を二つ放った。


「ッ、ッ――グッ……!?」


 空中にて不恰好に剣を振り、飛ぶ斬撃を払うも翠の鱗粉が飛散してテトに浴びせられた。


「ッ…………」


 着地後に衰弱の度合いが強まり、足腰に重みがのしかかる。


「悪いが、無力化させてもらうっ!」


 眩暈すらする視界で、疾走するデューアを捉える。


「…………認めよう。剣技のみでは不足だったと」


 若々しく躍動的でもあり、妙な冷静さで追い詰めるデューアを前に、テトが決意する。


 遺物は、人類に与えられた超兵器である。


 抗うことを許さない強き者達に立ち向かう為、人に与えられた万が一を起こし得る恵みだ。


 光を操り、人形と手を組み、死者を死霊として蘇らせる……。


「〈ブレイド・オブ・クラウド〉……」

「ッ……!?」


 テトが地に突き立てた剣より、雲が噴き出す。


 防波堤から決壊した水流の如き勢いで発生した雲は、デューアを呑み込み吹き流してしまう。


「この剣は雲を生み出す。殺傷能力は低くとも応用力と広域支配力に優れ、この剣を持たされてからの私は負けを知らない」

「っ……何事にも初めては存在するっ」


 石像にぶつかって停止したデューアが起き上がり、雲の余韻を残すテトを睨む。


 血の滲む口元を袖で拭い、打開策を模索しているようだ。


「この剣は他の遺物に比べれば、そこまでの強力さは無い」

「くっ、ちぃ……!」


 話しながら雲の斬撃を撃ち出して、能力を思い知らせる。


 デューアがいくら優れた剣士で、魔剣を携えていようとも、雲を斬ることは不可能。


 斬り払おうと剣を合わせるも、決して消えることはなくデューアに吹き付ける。吹き飛ばされまいと踏ん張るのがやっとであった。


「これは“圧”というものをそのまま発生させているようなものだ。自分で言うのも恥ずかしいのだが、破格ではなくとも無敵ではある」


 地面から剣を抜き、そっと差し向ける。


「〈クラウドストリーム〉」

「グッ――――」


 無造作に振られた剣から雲の濁流を生み出し、デューアを大きく吹き飛ばした。


「……素晴らしい人材ではないか。やはり王国も侮れんな」

「ふはははっ! テトと同等の剣術とは恐れ入った! 回収して参れ! 買収を試みる!」

「お任せください」


 シャンクレアの目に留まったことに、期待感を高めたテトが遠くへと飛ばされたデューアへ歩み出そうとする。


 未だに矢は気ままに降りつけるも、竜の死霊がいれば問題はないだろう。


 と、その時……。


「…………ふむ?」


 鍛治士の家らしき建物の方から人影が歩み寄っているのを目にする。


 何やら騒がしく、よく見れば人影は二人の男を引き摺り、一人の少女にしがみ付かれていた。


「ええい、聞き分けぃ! 其方はもう妾の物じゃ! 妾が連れ帰るのじゃ!」

「また縁があれば会える。その時にまた考えよう。そうだ、文通でもするか?」

「な〜にを戯けた事を申しておるかぁ!! 聞けぃ! 妾の話を鵜呑みにするが良いッ!」


 頭からゲーテルに抱き付かれ、筋骨隆々の格闘家を二人引き摺り現れたのは、漆黒の鎧騎士であった。


 引き摺られるのは言うまでもなく、ムロンとギモンの兄弟。肉弾戦において無類の強さを発揮するゲーテルの護衛だ。


 鍛治士獲得に向かった三名と鎧騎士との間に何かあったのだろうと、容易に推察される。


「ゲーテル様っ、その者からお離れください!」

「嫌じゃ! これは持ち帰ると決めたのじゃ!」


 漆黒の騎士を警戒して窘めるテトに、歯を剥くゲーテルは高々と言い放つ。


「此奴さえ妾のシモベとすれば、ババッカもテトも要らぬ! 妾の布陣も盤石確実となろう! ほほほほほっ!」

「他人の頭から高笑いを響かせていないで、早く向こうに帰るんだ」


 自身からは下僕を求めず、下僕から主人と願われて然るべきとの考えを持つゲーテルが、珍しくもその男は配下にすると宣言している。


「ゲーテルよ、聞き捨てならん。忠義を尽くす両名を不要と申したか」

「事実よ、兄様。今日から妾が飼うこの者こそ、歴史に語られる真の国士となろう」

「言うではないか、愛い奴よ。しかし、雲は斬れん。魔導は比べられん。二者共に替えの効かぬ臣下である」


 上機嫌の妹に笑みを浮かべるも、これまでの忠臣を残材に扱う点は許せない。


「魔導は分からないが、雲は斬れるだろう」

「…………ほぅ、斬ると申すか」

「少しだが見ていた。その剣だろう?」


 空気が変わる。


 黒き騎士に嬉々とする戦意が宿り、全員が漏れなく息を飲む。


 騎士はテトの剣へ視線だけ向け、ゲーテルを抱き下ろす。


「そこまで言われては引き下がれん。しかし貴殿の剣が必要だろう」

「剣が無くとも斬れる。槌が無くとも砕けるように、槍が無くとも貫けるように」

「…………」

「とっておきの武器は、常にこの身にある」


 脱力するのに応じて、研ぎ澄まされていく気。鎧越しにも見て取れる凄まじい気迫。


 中でも、刃を思わせる鋭利な気質となっていく右手は、縁取る周囲が光っているようにさえ見える。


 指先からスラリと通る輝きは、まさに鋭利な刃先であった。


「……テト、後のことは考えるな。最大出力で吹き飛ばしてみせよ」

「し、しかし、ゲーテル様がまだあちらに」

「構わぬ。そうだな、ゲーテルよ!」


 兄の挑発的な言葉を受け取ったゲーテルは、勇ましく笑みを浮かべる。


 そして兄と同じく腕組みして胸を張り、挑戦的な言葉を返してみせた。


「わざわざ問うとは見損なったぞ、兄様っ! 其の方の真髄、片手間に打ち破ってくれるわ!」

「……どうして君が言うんだ」


 ゲーテルの覚悟を目にしたテトは、命を賭して雲を放つ。


 二歩だけ歩み出て下段に剣を構え、黒騎士もまた三歩歩み出て左足を前に半身で構える。


「…………」

「…………」


 いつの間にかテトの面を濡らす汗が物語る。相対した者のみが分かる凄みがある。


 中身がまるで違うのだ。自分の知らない何かが鎧の中にいる。


 斬られる、既にそう確信していた。


 が、衝突はならず。


「悪いが、まだこちらの相手をしてもらう」

「…………」

「それ程の遺物を持つからには、こちらも加減などとは言っていられない。だろう?」


 像の頭に飛び乗ったデューアの剣から、眩い光を散りばめた青紫のオーラが昇る。


 左の翠が醸す燐光の剣とも相まって、頭から血を流していようともただならぬ気配を感じさせている。


「頑強よの、其の方。あれだけの勢いに流されてまだ立つか。しかし道理である。テトよ、まずは己が好敵手を相手せよ。黒き闘士はババッカに相手させよう」

「…………では、そのように」


 相対した両者の立ち合いは、双方の合意でなければ矛を収められない。


 テトの視線に黒騎士が頷き、了解を得たところで改めてデューアへと向かう。


「これ、気を引き締めよ。ババッカもテトと同様、かなりの魔導師であるぞよ」

「君は早くお兄さんのところに帰りなさい……」


 主人を気取る幼女に悩まされる黒騎士だったが、その二人を巻き込んで覆い隠す影が生まれる。


「余所見をしていて良いのですか? そのような場合ではありませんよ?」

「…………」


 ババッカが宙に浮かべて広がる巻き物から、魔物とも違う創作物めいた絵柄が飛び出し、様々な異形となって踊り出す。


「〈道魔怨々どうまおんおん妖絵巻あやかしえまき〉」


 水ゴブリンにも似た怪物やトロールにも似た角の生えた化け物達が犇めき合い、黒騎士の前に群を成して立ちはだかる。


(三つ目の遺物だとっ……!?)


 いよいよデューアには、この集団の正体が掴めない。遺物を三つも有する団体など見当も付かない。


「……悪いが」

「何でしょう。やはり止めておきますか?」

「いや……悪いが、余所見をしていて困ったことはない。次からは遠慮せず、いつでもかかって来るといい」


 熾烈に斬り合うデューア達を指差して何らかの合図を見せ、黒騎士が物の怪達へと歩み出でる。



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