第213話、黒騎士、学生時代に通った習い事の賜物を披露する


 シャンクレアから見て、戦況は明と暗にきっぱりと別れていた。


「否ッ、誰の目にも明らかであろうッッ!!」


 焦燥感に駆られるシャンクレアは平静を装い、されど拭えぬ不安により怒号を発した。


「ふん、今に見ておれ。余は臣を疑わぬ、臣に余を疑わせぬ」


 強気を放つも、動揺は滲む汗により証明されていた。


「ぬぬぬぬぬっ……」


 シャンクレアの声は今日もよく通り、遠慮も無しに響き渡る。


「えぇいっ、そこはもっとこうせぇーいっ!!」

「し、シャンクレアさまっ? 如何されましたか……?」

「シャーカよ……其方、いたのか」

「勿論、お供させていただいておりますが……」


 終始に及び背後に控えていたシャーカの存在を忘れる程に、想定外の展開となっていた。


「ッ……っ……!」

「っ……!? 多彩なことだっ!」


 青暗い剣を回転させて地面と並行に投げ、テトが下がった瞬間に掴み取って左の剣を縦に高速回転させて放る。


 溢れる青は酷く重く、飛び散る翠は激しく痺れる。


 剣戟さえ命取りとなりかねない状況に苦しむテトは、後退りながらも投げられた剣を弾いて蓄積させた雲を放出する。


「――――ぬぅッ、〈クラウドドラゴン〉ッ!」


 黒ずんだ暗雲が長い竜を形成し、電雷を発生させながらデューアへ迫る。


 纏わり付く電流は雷そのもの。近付くだけで雷光が走り、致命的な電圧に焼かれてしまう。


「ッ――――!!」


 一突き。


 深い星空の輝きが巨剣を形取って突き抜け、雲竜を顎から尾先にかけて破り散らしてしまう。


「ハッハ! 素晴らしき魔剣かな!」

「笑みが止まらないな。だが……息は上がっているぞっ!」


 翠の魔剣を拾って、交差させた魔剣を擦りながら振り抜き、星空の川をテトへ撃ち出す。


 デューアの放った星雲は雲竜よりも重く、静かに通過していき、道中の一切を押し潰す。


「なんのまだまだぁ!!」


 逃げの一手を辿るテトだが、回避後すぐにまた雲の斬撃を撃ち込み隙を探る。


 しかし、“雲”は決して“夜”に届かない。


 その魔剣は強過ぎた。剣士としての技量は並び立つも、遺物とは言え剣の差が如実に現れている。


「そして…………更なる問題がある」

「っ…………」


 ただでさえデューアの快進撃は止まらない。スピードはテトを上回り、流れる双剣は勇ましくも心地良く、力強さも魔剣により不足ない。戦える者は限られるだろう。


 テトでなければ、持ち堪えることすらできないことは明らかだ。


 だと言うのに、アレはどうしたことだ。


「ふんっ!」


 遺物により現れた悪鬼の棍棒を回し受けで逸らし、踏み出して逆突きを打ち込む。


 悪鬼は腹から弾けてしまった。


「ふっ、フンッ」


 目を疑う間にも、背後から襲撃を図った一つ目の巨体を下段蹴り。掬われるように地面と並行に浮いた胴を、その蹴り足で前蹴り。


 石像もろとも巻き込んで、一直線で岩壁まで飛んでいく。


 物の怪の重量は描き手の表現力に依存する。即ち、見たままかそれ以上の重さがある。それが、飛ぶ。


「あ〜〜〜れは、どう言うことでどうなっているのだ?」

「おほほほほほほほほっ! 蹂躙せよ! 轢き殺し、すり潰すのじゃ! 妾が国士よ!」


 兄妹が対照的な面持ちで心情を表し、凄まじい武術で妖達を殴り蹴り飛ばす騎士を見る。


 ワームのように首を伸ばして噛み付ける物の怪を外受けで弾き、上段回し蹴りで頭部を破裂させる。


 続き横合いから掴みかかる何本もの腕を持つ妖の側頭部を、後ろ回し蹴りで蹴り飛ばす。臍下辺りを中心に回転するその胴を貫手で貫き、風穴を穿って構えへ戻る。


 続いて裏拳から中段逆突き、顔面への掌底から飛び足刀、膝蹴りからの肘打ち。


 手本のような武術の連続。シンプルで基礎的。されど巨体が飛び、又は弾ける。遺物〈道魔怨々妖絵巻〉から生まれる淡い色彩の化け物達が、面白い程に次々と素っ飛び、霧散していく。


「……シャンクレア様、少々手荒くなります。ファウストも気を張りなさい」

「小中の妖では足りないと来るか。良かろう、ならば“大”を見舞えいッ!」

「参ります」


 表情を固くするババッカが〈道魔怨々妖絵巻〉を再び広げる。


 宙に浮かんだ絵巻は仄かに明るく光を発して、一つの物の怪を外界に生み出した。


「ベンテル山に棲まうとされる狂気の妖……」


 青白い色使いで浮かび上がるそれは、妬みから赤子を攫って食らうとされる物語上の化け物。絵巻の中でも、刃物を片手に血気盛んに魑魅魍魎を追いかけ回す姿が描かれている恐怖の人喰らい。


「おいでなさい、オロンバ」


 悪鬼達すらも見下ろして、歪む顔付きをした老婆の妖が出現した。綻びだらけの薄衣を纏い、錆びた包丁を振り翳して黒騎士へ歩む。


 高山の猛吹雪を思わせる恐怖の絶叫を上げ、黒騎士へと刃を振り下ろす。


「…………」


 ババッカが額に手を当て、頭を悩ませる。


「おおっ! や、やれぃ、その調子じゃ!」

「……噂以上よ、王国の黒騎士とやら」


 殺到する物の怪達を投げ付け、中段回し蹴りで蹴飛ばし、オロンバを岩壁へと押し返していく。技巧が光る武術の際と転じて、惚れ惚れする剛力を遺憾なく発揮する。


 頭を掴み、殴りかかる腕を握り、投げ付ける。


 それが顔面や胸元を強打し、オロンバは程なく岩壁にぶつけられる。


「……――――」


 力みを緩めた黒騎士が無造作に指先を振る。


 脱力様に振られた指先から小さな黒球が放たれた。


 渦巻く黒球は内包された魔力を解放させ、巨大化しながら突き進む。


 やがてオロンバや物の怪達に達すると、掘削するように数秒間だけ破砕音を立て、地を揺るがして暴れ狂い……。


「……ババッカよ、奴を倒せそうか?」

「やれと仰るならば、命を賭してでも。……けれど万が一の為にも御身とゲーテル様は素早く退避してください。通常の魔術では歯が立ちません」

「ならば却下とする。忘れよ」


 暴虐の黒球に滅された物の怪を見れば、〈道魔怨々妖絵巻〉はもう使えない。


 残る“特大”もあるが、シャンクレアとゲーテルを考慮すれば解き放てはしない。


 傷も疲労もなく相対する黒騎士を前に、その隣に立って自慢げで爛漫な笑みを見せるゲーテルと相まって、苦慮して止まない。


「ふむ……テトとババッカが危うしとなれば、潔く我等の負けを認めようぞ」

「……申し訳ございません」

「良い。いざとなれば、余の言霊で逃げ果せば安泰である…………ん?」


 威風堂々と黒騎士に対するシャンクレアが、彼の者の肩越しから生える獣の耳に気付く。


「……もう殺してええんちゃう? ウチがやろかぁ?」

「待て、向こうに殺意は無いようだ。殺すのはやり過ぎだし、まだ何者かも分からない」

「はぁ? あんた、気付いてへんの?」


 突如として現れ、黒騎士と親しげに話す獣人族の乙女。


 彼女が発した次の一声で、否応なくシャンクレアの正体が暴かれる。


「こいつらな、帝国の奴等やで?」

「帝国っ?」

「しかもあいつとこのガキ…………多分やけど、皇族や」

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