第211話、鍛治士ボボン

 おかしい。


 絶対におかしい。


 あの師匠だってそんな事できっこないんだもん。


 気配を絶って幾星霜(二十秒)、真正面から鍛治士の家へ侵入する。


 鍵はかけられておらず、不用心な鍛冶屋へと乾杯を決めて木扉を引く。


 中は至ってシンプル。リビングとキッチン、それから二つの扉があり、他に部屋もあるようだ。


 テーブル上の燭台は灯りが点けられており、室内はよく見渡せた。


 それに雑に置かれた大斧も。


 鍛治士は大斧のコンディションを見るなどすることもなく、こちらに背を向ける形で椅子に座って作業をしていた。もしかしたら、何か道具の具合いを調整しているのかもしれない。


 黙って見守ってみよう。


「…………何で夕方に来るんだよぉ。飯を作る時間だって分からねぇかなぁ、分かるだろ普通さぁ。泊まりたいとか言っても、絶対に入れてやらねぇかんな」


 ……愚痴を言いながら、ベーコンらしき塩蔵物を切っていた。


 鍛治作業などする気配もなく、夕食作りに励んでいた。


「はいコレも入れて、アレも入れて、ん〜……こいつも入れてみちゃって、ちょいちょいちょ〜い」


 それはもう楽しそうに、一人でも調理を満喫している。こんなに能天気になれるとは羨ましい限りだ。


 棚に置いてある瓶詰めにされた香辛料などを鍋に摘み入れ、室内は芳醇な香りに満たされる。


「ちょっと煮込もうかしら…………あっ、直すの忘れてたわ」


 すると鍛治士はエプロンを外し、腰元にぶら下げていた金槌を手にする。


「はい、カツン」


 一度だけその金槌で大斧を打つと、欠けていた刃が不思議とみるみる復元されてしまう。


「はい、それぇぇぇぇぇーっ!!」

「ドワァァァァァァフっ!?」


 世にも不思議な光景をありがとうと、お礼代わりにインチキ鍛治士を睨み付ける。


「このなんちゃって鍛治士っ! それ“ノールハンマー”じゃないかっ!」

「だだだだだだ、誰だっ! 他人の家に勝手に入ってからにっ! 言っておくが知らんぞ! ノールハンマーってなんのことぉ!?」


 鍛治を教えてくれた師匠が言っていた。


 鍛治士ならば誰もが知る伝説がある。それは種族の名前にも付けられる史上最高の鍛治士ノールの逸話であった。


 鉄を打てば現代では作製不可能な刀剣を次々と生み出し、どのような状態であろうとも破損前を上回る修復を成したという鍛治の神様。


 そのノールが使っていた金槌はいつしか不思議な力が宿り、あらゆる品物を立ち所に完全復元してしまうという。


「あんただろっ! 五十年前にノール族の宝物庫からノールハンマーを盗んだっていう奴っ!」

「知らんっ! 金庫番だった儂がつい欲に目が眩んでノールごっこをしていたら、見つかりそうになって逃げてしまい、取り返しが付かなくなったなんて事は一切ない!」

「一切あるよ! 一切合切だよ!」


 よく見たら家は立派だし、使っている食材から調理具から家具まで高級品だし、ノールハンマーを使って荒稼ぎしているらしい。


「鍛治士としてのプライドとかどこやった!」

「だって儂……そもそも鍛治士じゃないし。鍛治とか……ふっ、ちょっと何言ってるか分からねぇっす」

「だろうねっ! 作業する場所も道具も見当たらないからね! そうだと思った!」


 何を鼻で笑っているのだ、こいつ。こっちが何を言っているのか分からない側だ。


 それっぽさを出す為だけに腰やら壁に、金槌や木槌を並べているが…………使われている様子は見受けられない。


「……何が悪いの?」

「開き直りやがった……」

「大切なノール様の金槌かもしらんが、あの長老達は置物として崇めるばかりで埃かぶってんだぞ? 使ってあげた方が金槌の調子もいいってもんよ」


 お玉で鍋をかき混ぜながら、いけしゃあしゃあと言い放ってしまった。


 スープを小皿に移し、味まで確認する余裕を見せる。


「世界が愛する塩胡椒で味を整えてと…………ふん、盗んだから何だ。外の空気が吸えて、ノールハンマーも喜んでるだろうぜ」

「……臭っ、オレここにいたくない! そこの鎧の人に渡せ! この盗人!」

「あっ!」


 裏声でノールハンマーの心の声を代弁して、鍛治士から高速でノールハンマーを引ったくる。


「……やっぱり止めた! オレ、ボボン様と一緒がいい! 今すぐ帰る!」


 鍛治士……ボボンというらしい。ボボンが俺の真似をして取り返そうとして来たので、当たり前にその手を躱す。


「ナ〜イス! ボボン、臭過ぎて嫌だったんだ! さっさと帰ろうぜ!」

「待て待て待て待てぇ! えっ……? そんなに急ぐ? ちょっと待って、話とかするでしょ普通。えっ、それって非常識だからね。言っておくけど、ちなみに」

「…………」


 盗人ボボンがあからさまに交渉に入ろうと、言葉を弄して俺を引き止めにかかる。


 何食わぬ顔で腕を組み、指まで差して常識人面で説かれる。


「はい、質問。他人の家に来ました。挨拶もできていません。それなのに忍び込んで来たそいつは、その人の家の物を力づくで持って行こうとしています。こんなこと有り得ますか? 尚、これによりその人は職を奪われ、収入が無くなります」

「いや、君みたいに盗品で金儲けするくらいなら――」

「はいかいいえで答えてくださ〜い。そんな話はしていませ〜ん」

「…………有り得ま〜す。はいさよ〜なら〜」

「有り得ませ〜ん! そしてごめんなさ〜い!」


 あまりにも腹立たしいので帰ろうとするも、慌てたボボンに回り込まれてしまう。


「そもそもさぁ、おかしくない? ノール族の奴等が持っていくのは分かる。取り返しに来たんだなってなるよなぁ? ……誰、お前。そんなテッカテカの黒い鎧着て、儂よりよっぽど怪しいよ。儂より遥かに悪用するでしょ」


 そう言えばこの鎧も盗んだ物だから、俺もボボンと同種ではあったか。たとえ呪いの鎧と言えども、悪党から盗んだと言えどもだ。


 ……まぁ、あいつらのことを思うと悪いなとかは無いんだけど。


「……もういいじゃん。盗んだコレで大金を稼いだんでしょ?」

「その言いかた嫌〜い。何その……なんかつっけんどんな感じぃ……」

「…………」

「保護、儂は金槌を外の世界に連れ出したに過ぎん。だが変わらない。何も変わっていないじゃあないか。宝物庫にあるか、儂のところにあるかの違いだけ。なっ?」

「それを巷では窃盗って言うんだよっ!!」


 もう付き合っていられないので、ノールハンマーはこのまま俺が持っていることに決める。


「……表の像とか、ボボンが彫ったんだろ? 立派じゃんか。これからはそっち方面で生きていけばいい」

「趣味だから楽しいんだろう? ……強そうだよなぁ。これ、力でガツ〜ンいったら、痛い目見るのは儂だよなぁ」

「考え方がさ、根っからの小悪党なんだよ。いい機会だから悔い改めなさい」

「…………ういっ! はい、殴りませ〜ん」


 殴りかかる仕草を見せて腕っ節で驚かせようと企むボボンを、一回くらいはボコボコにしようか真剣に迷ってしまう。


「――頼もう! 妾が来たぞよ、出迎えぃ!」


 外の騒ぎもあって、早く出ようとしていたところに、幼女と格闘家らしき双子が入って来た。


「……なんでこいつら、当たり前に儂ん家に入って来んの?」

「妾が踏み入ったならば、そこはもう妾の城よのぅ。お帰りなさいませと、首を垂れて出迎えるがよい」

「過去最悪な侵略者がいるんだが……」


 得意げなしたり顔を見せる幼女の暴論に、ボボンが打ち負かされてしまう。


「君達は何者だ。外の連中は何を騒いでいる」

「なんじゃ、この無礼者は。これ、妾の前にその者を平伏させよ」


 背後に控える大男達が命令を受けて俺の前へと歩み出る。


「……野蛮だな。自己紹介も無しに、いきなり戦闘か?」

「ギモンである」

「そうだろう? 疑問に思うだろう? じゃあ名前を教えてくれ」

「ギモンである」

「……どういう事なんだ。名前は伏せたいけど、自己紹介はしたいという事か? そんなのは本名でなくとも、別に偽名とかでもいいだろう……」

「ギモンであるっ!」


 駄目だ。左の双子の人は話が通じない。


 全てに疑問を抱いている。凡ゆる点を疑問視する変に拗れた人らしい。


「君はどう思う。君も天邪鬼な性格なのか?」

「ムロンである」

「やっぱり……兄弟そっくりだな。名前くらいは教えてくれてもいいだろうに……」

「ムロンである」

「えっ、教えてくれるのか? ……じゃあ、お願いする」

「ムロンである」

「……………………言わないのかよ! 何なんだっ、さっきから! 全然まったく無論じゃないだろうが!」

「ムロンであるっ!」


 頭がおかしくなる。この二人とは会話ができない。


 向こうも俺と同様の反応をしているのが、何とも納得がいかない。


「ギモンっ、ムロンっ、何をしておるか! さっさと妾の前に跪かせるのじゃ!」


 あっ、二人のお名前だったのね……。

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