第49話、魔王、暗雲の元、パーティーへ行く
曇り空の下、スカーレット商会から逃げ帰るようにゲッソ達が向かった先は、カシューが滞在する高級宿屋であった。
「……情けない。それで尻尾を巻いて逃げて来たのか」
「面目ありません、兄上……」
黒騎士やヒルデガルトに逆らうゲッソだが、父とカシューにはその気力すら生まれない。
彼等の恐ろしさは幼い頃より十分に見知っているからだ。
「……その、ジークやルルノアにも招待状を渡して来ましたが、どのような思惑があるのですか?」
「不思議か? まぁそうだろうな。何せ父の命令は、『セレスティアを何としても連れ帰れ』だからな」
己が欲望の為だけに同盟を結び、我慢ができなくなり破棄する。
それを平然と行うのが、クジャーロ王であった。
そしてその背を見て育った息子達も、歪んだ成長を見せていた。
「力があるのにそれを辛抱するのはあまりに愚かだ。だから決めた」
「何を、でしょうか……」
ぞくりと震え、ゲッソの血の気が引く。
「何という事はない。私達のやりたいようにやるだけだ」
兄の酷薄な笑みに。
「セレスティアを攫うついでに極上の女を呼び、目障りな虫を集め、盛大な
その思考に。
「皆に日頃の褒美もやらねばな。お前も愉しめ。殺したければ殺し、女を求めるのならば存分に求めろ。帰国の時間には遅れるなよ」
「は、ははぁ」
だがクジャーロの血の本質か、ゲッソも明日の宴での甘美な誘惑に
壁際に並ぶ部下達も同様に欲望丸出しに笑う。
そんな独特の異様な雰囲気の室内に、貫禄のある騎士服姿のケリーが入って来る。
「――カシュー様、奪還して参りました」
「くくくっ、流石はケリーだな。第3師団しかいないとは言え、こうも易々と試験体を取り戻すとは」
「まだまだ失態を取り戻す程では御座いません。何なりと申し付けください」
常に厳しい表情のケリーが、一段と顔の
「ハッハッハ。では、パーティーで好きに暴れろ。私はセレスティアで手が離せなくなるだろうからな。お前が最高戦力だ」
「御意に御座います」
了承の意を示したケリーに満足げに
「――宴の日、ライト王国から光が堕ちる。セレスティア・ライトという光がなぁ。くっくっく」
端正な顔を
♢♢♢
クジャーロ王子主催のパーティー開催当日。
「姫様方、くれぐれも御注意くださいませ。奴等は狂人の集まりとも言えまする。決して気を許してはなりませぬぞ」
「……断ればよかろう」
多忙の中、見送りに城門付近まで出て来ていたジョルジュ・ジージとライト王が、心配そうに言う。
「大袈裟だよ。私だって王女の端くれだもん。私達がパーティーに出るだけで国の為になるなら進んで参加するよ」
澄んだ水色のドレスを着て、アクセサリーで着飾ったエリカが苦笑いで諭す。
「おぉ……エリカ様、御立派になられて……。ジョルジュは……ジョルジュは……うぅ……ライト王国よ永遠にぃぃ!!」
「ホントに
だが表情が晴れないライト王は、正装姿のハクトと目と目を合わせて言う。
「……ハクトよ、エリカを頼んだぞ」
「はっ! お任せください!」
騎士の敬礼で頼もしく答えたハクトに頷き、エリカを託し、問題の娘に視線を向ける。
「グラスさん、今日はよろしくお願いします。私達にとって楽しい時間にしましょう」
「承知いたしました。付け焼き刃のダンスを披露する機会があれば良いのですが。あ〜、緊張する」
危機感がなく、自らで選んだ使用人と楽しそうに話すセレスティア。
未だかつて見た事のない普通の女の子のようなセレスティアに、王は複雑な驚きを感じていた。
「セレスよ、似合っておるぞ」
「お父様、いらっしゃったのでしたらお声をかけてくだされば宜しいですのに」
「い、今気が付いたのか……?」
ショックを隠し切れないが、それよりも気になる事がある。
大人っぽくも清楚な白のドレス姿はあまりに美しく、この女神の
「それでは参りましょうか」
王の心労を余所に、セレスティアは何の気概もなく馬車に入り込む。
使用人もその後に続き、別の馬車に少し頰を膨らませて不満げなエリカと未だ傷心を引きずるハクトも乗り込む。
王やジョルジュが見送る中、無情にもすぐに小さくなっていく馬車。
「せめてアルト様がいらっしゃってくだされば安心できるのですが……」
「うむ……。まさか帰還が明日とは……」
♢♢♢
「……うん、これも合格だ。全部大丈夫だね。これに文句を付けるような輩は、我が魔眼の餌食にしてくれる」
魔眼なんて無いけど。
馬車の中で、合格ラインに達していた六本の剣を再度確認する。
いつかハクトやエリカ姫にも立派な剣や刀を作ってやりたい。俺の腕ではまだまだ満足のいくものは打てていないが。
「クロノ様、本日私はどのように動けば宜しいでしょうか」
真隣にピッタリと座り、慈しむような眼差しで鑑定する俺を見守っていたセレスが、今が頃合いと
「ん?」
「全てクロノ様のご計画通りなのですよね?」
「……」
「……」
何を言いたいのかは全く分からない。
が、魔王っぽい返しを常に用意してある俺に抜け目はない。
だから言ってやる。
「計画通り……!」
ニヤリと唇の端を吊り上げ、これでもかと邪悪に笑いながら。
「やはり……」
「とりあえずパーティーを楽しんでくれていいよ? 俺は中盤まで少し忙しいけど、気にせず自由に行動して欲しい。俺が合わせるから心配しないで?」
「仰せのままに」
常軌を逸した美に、ティアラが王冠のようにも見えてしまう。
そんな子がパーティーの時でさえ魔王の部下として行動しようとしている。
やる気があるようでとても嬉しいが、折角のパーティーくらい羽を伸ばして欲しい。こんな時まで働くのは俺だけで十分だ。
かと言って1人ぼっちにしてこの娘に恥をかかせる訳にはいかないので、グラスとしてエスコートしつつも機を見て傭兵の少年姿で剣を売り捌こう。
聞くところによると、今回のパーティーにはこの前の変異オーク討伐の傭兵達も呼ばれているらしい。つまり武器に目がない者達だ。
俺はギャンブルには向いてないみたいだし、やっぱり使用人をコツコツやりながら武器を地道に売るのがいいのかも知れない。
「あっ、でも出来れば、一緒にいる人達とか知り合いに……ねぇねぇちょっとあの人いい感じじゃなぁ〜い? あたし狙ってみよっかなぁ、みたいな合コン……集団お見合い的なフォローがあると俺も売りやす……………」
「……」
「……こりゃ失敬」
断りはしないものの、不満そうに微かに目付きの鋭くなったセレスから目を逸らし、ふとカーテンの隙間を開けて窓の外を覗き見る。
もう既に、華やかな館と賑やかな庭。そして敷地の端の方には立派な教会まで見える。
会場としては申し分ないが、不安の残る空模様だ。
「雲行きが怪しいけど……」
丁度馬車が停止する。
「……楽しいパーティーになるといいね」
魔王の仲間になったと言っても、まだ学生だ。
エリカ姫やハクトと共に存分に楽しんで欲しい。
「……はいっ」
俺の差し出した手を取り、幸せそうな笑顔で応えてくれた。
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