第286話、第二天使VS化け物殺しのプロフェッショナル

 魔剣・バルドヴァルが灼魂竜の火炎を刃先から走らせ、疾走するジークの後に灼熱の道を残す。


「————悪いがここで抹殺させてもらうッ!」

『意味が無い事はお分かりでしょうに……』


 人類の抵抗はマヌアに委ねられていた。まさか天使の衣を破るまでに至るとは思わない。あれ程の呪いは天上の生命体にも届き得るのだと、幾たび目なのか人の業を感心した。


 けれど王国はそれを失った。ならば黙して時を待てば良いだろうにと、諦めの悪さを嘆く。


『では皆さん、受けて立ちましょう』

「ッ——!?」


 二つの兵器剣が蜻蛉とんぼのように、自在に方向転換してジークへ飛ぶ。前転して躱すも速度は格段に速くなり、前後左右どこからでも襲い来る飛ぶ剣に、一つ目の壁を見る。


「おおっ!」


 荒ぶる竜炎で身を隠し、豪快に兵器剣を遠ざけながら、ジークのみがアークマンへ少しずつ近寄る。


 アークマンは自らの意志でも聖域守護の兵器を操れるが、あえて“脳”の残る兵器達自身にも自己判断での行動を許可した。


 無論、条件を課して。


 まずは何よりも、〈寝所〉の揺るがない安全を保証する事。これが第一優先事項にして、絶対的な命令だった。


 次にアークマンの守護。アークマンが〈聖域〉を持つ己自身よりも〈寝所〉を優先したのは、ひとえに倒される見込みがまるで無いからだ。


 そして最後に、ネムを優先して次にジーク、そして王国軍の粛清。余裕が生まれ次第に、初めて攻撃行動を取れるよう定めた。


 自身で制御するのは剣か槍の二つが妥当だろうと、他の兵器はネムや団員の行動を見張らせる。


『あなた方は油断できない。けれどマヌアさんがあったとしても、私が倒される事はありません』

「どうだかなッ!」


 強気な言葉に反して、ジークのみを重点的に襲う兵器剣は、焼くどころか避けるだけでも余所見すら出来ない状態だ。


「……う〜ん、アレも相当な魔力圧だなぁ」


 作戦は見え透いていた。派手な炎を撒き散らすジークを囮に、魔眼により傷付く心配のないネムが〈寝所〉を破壊する。


 ゴーレムを使ってジークを補佐する素振りを見せ、〈寝所〉へ金属体を射出した。いや、アークマンがわざと、そうさせた。


 目論見通り、天使の衣と同様に、少しの傷も付けられずに跳ね返される。これでまた王国軍の士気を下げられただろう。


『……では』


 考えを纏めたアークマンが剣の操作に集中する。何が人間に対して効果的なのかを、この永き時の中で学んだ。


 例外的な人物はいる。この時代に来て想像を超える怪物もいる。だが往々にして人間とは、巨大なものを恐れる。


『————!』


 二対四翼が巨大化する。天使の魔力を陽の光が如くあまねく照らし、神殿を圧力にて支配する。


 ここには恐れられて困る信者はいない。抑圧して跳ね返る逆賊も現れない。恐ろしき天使本来の力を用いて、敵として排除できる。


「っ……、……」

「…………」


 突然に巨大な魔力を当てられた人間は、神殿を超えて地上を照らす天使に恐怖して固まっていた。


 光翼が羽ばたかれたなら、全滅だ。その手を向けられたなら壊滅だ。対処法が頭から抜け落ち、逃げる事すら考えられなくなる。


『——もう慢心は有り得ませんよ?』


 事実、アークマンは光翼を挟み込むように羽ばたかせた。神殿上層を両側から撫でるように、翼で抱擁して————


『——…………』


 突然の業火がアークマン本体を呑み込む。不思議な感覚に、人間を滅し始めた瞬間から我が身を守る為に引いてしまった。


 初めての感覚だ。肌をピリピリと突かれるようで、しかし天使の格である“衣”は破かれていない。


 宙のゴーレムへ着地したジークは、冷めた眼差しで言う。


「俺はお前みたいな奴が嫌いでな」

『……どのような所が気に障ったのか、お聞きしても?』

「改めるつもりもないのにほざくな」


 これまで以上に剣から、王の竜炎を巻き上げるジーク。団員の危機を前にして、より獰猛な右の瞳は……竜の如く縦割れている。


 剣を持つ手も竜を思わせる爪や鱗が生え、まるで竜人となりつつある。


「団長、分かってるとは思いますけどねぇ。あまり自分の血や魔力を喰わせると、戻って来れなくなりますよ?」

「あぁ、最低限の味見をさせただけだ」


 魔剣・バルドヴァルとの同化はジークにも、多大な利益と不利益を同時に齎らす。


 取り込んだ魔物の影響を受けるのもそうだ。常に激痛が血脈を走り、魔剣が身体を求めて喰らい付く。神経を焼くような鋭い痛みが常時に渡って走る。


 だが引き換えに、ジークはオリジナルにも負けない素体能力を獲得する。


「ッ————!!」

『おや……?』


 兵器剣も捉えられない速度で走るジークは、人間を超えていた。半竜とも言える状態で、灼炎を猛らせて進撃する。


 それに合わせるのは、やはりネムだった。ジークの動きを目では追わず、先読みした上でゴーレムを移動させる。


 目標は当然ながら、陽光を放つアークマン。


『…………』


 何かある。ゴーレムを足場にして空へ駆け上がるジークには、何か考えがある。


 兵器剣や兵器槍が巧く躱され、しかし第六感の正体を確かめねばと、あえて迫る炎剣に身を晒してみる。


「受けるかッ!」

『————』


 額に火刃を受けるも、やはり衣に阻まれて動じる事はなかった。赤熱の炎も燃えるばかりで、熱風に煽られるばかりだ。


 しかし、熱風・・……?


 熱を感じている事になる。だがいくら竜とて、天使の格を傷つける事は出来ない。それはこれまでの人間社会での生活で実体験している。


 疑問を抱きながら、魔剣を押し込むジークと眼前で目を合わせる。


「お前達を傷付けられる存在は、マヌアだけかっ?」


 疑心を見抜いたジークにより、答え合わせがされる。


 天使の衣を焼き溶かし、嫌がったアークマンの魔力羽を避けて斬炎を叩き込む。


『っ…………!』

「聞いたぞ! 天使お前達のような白き魔力によっても、傷付けられるんだってなぁ!」


 セレスティアからの仕掛けだった。魔剣・バルドヴァルに喰わせたハクトの魔力により、竜炎が天使の衣を溶かした。ごく少量ながらにして魔剣が悲鳴を上げた未知なる魔力。


 けれど白き魔力は竜炎に溶け込み、確かに融合を果たす。


「ふははっ! ここまで驕った生き物など見た事もない! 何度となく隙を見せる愚鈍な生物なのだな、貴様等は!」


 最強格の竜を喰らった魔剣による侵蝕は、ジークをより強力に、より凶暴に変貌させる。


 これが最も困難なバルドヴァルの戦い方となる。ある程度は魔剣からの影響を受け入れ、委ねながら能力を引き出しつつ、貪欲な侵蝕に抗わなければならない。


 強くなる陶酔感、人でなくなっていく危機感は薄まり、侵蝕に対抗して受ける激痛は増すばかり。それらと戦いながら、天使にも集中する必要がある。


 不撓不屈。異常な精神強度を持つジークだからこそ、十全に扱える魔剣であった。


「いいのを媒体にしたねぇ。これなら団長だけでいけるかな?」


 アークマンが全力を出せば、ジークは一溜りもないと知っている。ただ魔力を解放するだけで神殿ごと王国軍を消滅させられる存在だ。


 出来ない理由は、〈寝所〉まで巻き込まれるからだ。


「王国はエンゼ教の祈りを一切禁止にした。今後はめっきり機会が失われるばかりだ。タイミングを統一した今回を、どうしても逃したくないよね?」

『…………』


 権能についても露呈しており、アークマンはこの機を逃せない。故に〈寝所〉の安全は、絶対的に確保しなければならない。


「さっきの翼でも今の団長の速さには意味がない。予想外にゴーレムも焼けない。ツイてないな、あんた」

『いいえ、私も運には恵まれているようです』

「…………?」


 ネムにはアークマンのこの発言が理解出来なかった。元よりアークマンにネムを殺す術はない。兵器類は魔眼で全て対応可能で、魔力も軽い火傷が関の山。


 仮にジークを倒せたとしても、ネムは単身でも天使を殺す算段が幾つもある。


 詰んでいる。マヌアの呪剣がなくとも、アークマンに取れる手段などない。


『マファエルにかかれば、あなた達の運もそれまで。少し遅れているようですが、もうすぐに現れるでしょう』

「……よく分からないけど、それまでに倒させてもらうって事でいいかね」

『人間とは不思議な生き物ですね』


 アークマンは人間を知っている。何を尊び、本能的に護ろうとするのかを知っている。


 兵器剣が振られる。兵器槍が突かれる。兵器弓が射られる。


 人間の無視できない心の隙を突いて、左殿と神殿上層を繋ぐ階段を破壊し、切り離す間際に持っていく。


「……っ!? ——ネムゥゥ!!」


 咄嗟に左殿へ視線をやったジークが、考えるよりも早く叫んだ。叫んでから、アルトからの忠告に反したと自覚する。


 けれど叫んだからには、ネムに任せる他ない。


「っ……! やってくれるじゃないのっ!」


 遅れて目をやった左殿には、ベネディクトが住まわせていた子供と女性達がいた。貴族派や関係者の子供だろう。不安や怯える表情で顔を覗かせている。


 そして切り離された左殿は、——空へ向かって徐々に浮かび上がっていく。どのような造りなのか、足場ごと浮上している。


 このままでは左殿内にいる子供達がどうなるか分からない。地上に帰って来られるのか、急に落ちてしまうのかすら分からない。


「——〈地壊の流土コラド・ウェイブ〉」


 石なのか鉱石なのか、神殿上層の床を錬金術系統の南国魔術が物質変化させる。硬い性質から柔らかな土流となって波打ち、中央に陣取っていたネムから左殿の階段へ向かう。


 団員達の足元を蠢いて走り抜け、段差も駆け上がり、切り裂かれた階段を食い付くように巻き込む。


「うおお!?」

「退けっ! ネムさんの邪魔になる!」


 左殿の浮上は止まる。泥は瞬時に固まり、辛うじて左殿と神殿上層を繋ぎ止めた。


 左殿で懸命に祈りをくれる子供達が見える。それはエンゼ教の作法によるもので、皮肉にも教祖により寸断されたとは思っていないのかもしれない。


『人間は幼さに対して甘い。女性に対して緩い。あなた方が成人で、男性ならば尚更にです』


 アークマンは情を理解しながらも、それを持ってはいない。子供達にも関わらず存在意義に従い、次々と階段を破壊していく。


「っ————」


 ネムは急いで懐から縦長なケースを取り出し、中にある魔具から一つを取り出した。


 それは小さな種子であり、迷わず足元の土壌に埋める。親指で捩じ込むように埋め、温存していた魔力を惜しみなく流し込む。


 芽を出す『一夜樹の種子』。流れる魔力を吸い込み、土壌の栄養を吸収し、新緑色の根が伸びていく。巨大なミミズのように土を辿って進み、枝分かれして階段を強固に繋ぎ止めていく。


 切られても断たれても、また別の根が左殿ごと絡み取って繋ぎ止める。


「っ…………」

『ネムさんの魔力を削るのは殊の外、容易なようです』


 隙を突いて背後から斬りかかったジークの刃は、焼かれた衣無しの素のまま受けられた。バルドヴァルの火斬は確かに素のアークマンを斬った。


 陶器にも見えるアークマン自身の手応えを感じ、密かにジークの背へ寒気が走り抜ける。


 素の方が厚い。苦労して焼き切った天使の衣よりも、巫山戯た見た目の第二天使自身の方が遥かに、分厚い・・・。竜王の剣を以ってしても、命を掻き切るまでが、遠い。


 戦闘型でないとしても、第二天使という存在そのものが、地上のものとは別種の体躯をしていた。


『言いましたよね。マヌアさんがいようと私は倒せません。あなたがた人間は非常に、弱小な種族なのだから』


 一瞬の輝きにして、天使は再び“衣”を羽織った。


『第三天使や“羽衣”などに手間取る人類では、私を滅するなど考えられないと思います』

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