第285話、アークマンを捕捉する

 上層の貴族派は清廉潔白な【黒の騎士団】が拘束を始め、乱戦や魔物との戦いにおいて王国随一を誇る【光旗の騎士団】がアークマンを目指す。


 天使にも怯まず、行進の足音は止まず、灼魂竜の炎に導かれて神殿前の広場へ駆け上がる。


「——見えたッ!」


 とうとうジークが捉える天使の正体。上空へ伸びる中央階段の先にいる。


 本殿を造り変えたような白く発光する建造物を構築する異形。二対四枚の翼を生やし、異様な不吉さを醸す天上の大罪者。


 第二天使・アークマンがいる。


「ネムッ!!」

「はいはい、行きますよ?」


 名を告げたのみで、行動の通達と受信を済ませる。前方へジークが駆け出すと、ネムは丘の麓で待機させているゴーレムへ指示した。


 全機が起動して、遥か先にいる標的を補足する。


「とりあえず、六十くらい発射しておこう」


 射出されたゴーレムの砲弾。未知の金属で造られた鋭利な弾頭は、いま天使へ向けられる。


 空を飛ぶ飛行物体。速度を同じくして角度を変え、順序よく、高速で飛翔する重き物体。


 どのような城砦も一溜りもないだろう。山をも削り、国を相手取れる程の兵器を塞ぐ手立てはあるのだろうか。


 遥か未来から贈られた兵器であるゴーレムが、天使へ迫る。


『————……彼ですか』


 けれど天使の羽織る衣を破る事は出来なかった。


 無数の物体が寸分違わず次々とテンポ良く着弾するも、アークマンは動じる事なく受けた。


 結果、薄皮よりも薄く張り付く衣を、ゴーレムの砲弾では少しの侵略も叶わず、無力と終わってしまう。


 物理的な問題ではないと、証明されてしまう。


『……〈寝所〉は造り終えておけましたね』


 しかしアークマンを立たせる事には成功する。白い翼で覆われた身体を翻し、宙に浮かびながら到着した騎士団を見下ろす。


 〈寝所〉の完成率は、——九割を超えている。第二天使の魔力は満足いく量も注がれ、これならば侵入は不可能となっていた。


 昼の祈りはまだ僅かに先。それまでは、どのような些細な障害も排除しておく事が、確実な成功に繋がる。


 まずは厄介な魔術師から取り除かなければならない。理想を言えば、マファエルにその任を担わせたかったが、それどころではないようだ。


 よって神殿へ残しておいた最高司教を守護する親衛隊へと、最後の命令を下す。


『天女様が世界をお救いになられるまで、あと僅かっ! 皆様、お力をお貸しくださいっ!』


 天使の守護隊は声もなく、〈聖域〉守護の使命を受け入れる。


 エンゼ教の伝説が現実となる。ついに訪れた運命の日。世界を愛で満たしたとされる天女が再び舞い降り、人類を救済する時が来たのだ。


 未来の為に、幸福の為に、平等の為に。


 悲願を成就すべく、天女再誕を妨げる、利己に取り憑かれたライト王の兵からアークマンを守護する。姿形が変わろうとも、ただ世界を想って迷う事なく祈りを捧げた。


「ッ————、————」

「——ッ————」


 天使の権能が介入する。アークマンの〈聖域〉によって、福音を授けられた親衛隊の受諾を受け、内なる信仰心に作用し始める。


 人間という生物の限界を“武器”として引き出し、振るう・・・に相応しい形に落とし込む。


 骨格も血液も、筋繊維も臓物も、体液も生殖器も、全てが混じって武器へと転じていく。天使なのか骸なのか白色を基に、肉なのか血なのか赤色が混じり合った悍ましい武器。


 面相や雌雄も分かるほど“人”を残した、剣、弓矢、そして槍となってアークマンの元へ集結する。


『参りましょう。静謐な寝所にて、リリス様をお迎えしなくては』

「……化け物め」


 先程の人型兵器に変えるものとばかり考え、それならば乱戦の隙を狙えると踏んでいたジークは、予想を外される。聞き及んでいたものよりも数倍は惨たらしい光景によって。


 第二天使アークマンは戦闘型ではない。だからこそネムを倒せず、撤退を余儀なくされた。


 だが万が一を考え、権能獲得時に自らへと戦う余地を残していた。それが〈聖域守護の兵器〉だ。アークマンが英断と自負する選択だった。


『あなただけは排しておかなければ』

「あんたの魔力が効かないからね。そうなると思っていたさ」


 アークマンの魔力ならば、有象無象の人間達は広範囲にばら撒くだけで消滅させられる。


 だが一人だけは事情が異なる。ネムのみは魔力で倒せず、尚且つ何をしでかすか分からない。また〈寝所〉を破壊する術を持っていても不思議ではない。


 そして何よりも懸念すべきは、かの刃だ。


『王女様がマヌアさんを持たせるとしたら、あなたです』

「頼られるのは苦手なんだけどね。一応、お伝えした通りに殺す算段は立てて来ましたよ? 頼りになる大人だと思ってもらいたくて、年甲斐にもなく張り切ってね」

『あぁ、いけない。それはいけない。私が倒れるわけにはいかないのです』


 因縁の相手と交わす会話は短く、代わりに浮かぶ武器達が動き出す。物言わぬ人間兵器が、アークマンの念じるままに剣として振られた。


 小鳥のような軽やかさで、ジークやネムのいる前衛へ振られる。


「————」


 瞬時の判断だった。灼魂竜の炎剣にて斬り結び、焼き切って葬送せしめんとしていたジーク。宙で弧を描き、飛来する天使の剣へと微かに刃先を傾けて備えた。刃に刃を合わせるべく、構えを合わせた。


 けれど剣の空気を裂く音に、判断を変える。反射的に何が向かって来ているのかを直感し、そう思ったなら叫んでいた。


「避けろォォォォ————」


 ジークの剛声が掻き消える程の音が、通過した剣から発せられる。盾や剣で受け止めようとした七名を斬り裂いても速度は落ちずに、刃で肉片を撒いてアークマンの元へ。


 早くから察しておくべきだった。


 天使の兵器。素体となったのは鍛え上げられた成人で、平均体重は七十八キログラム。つまりは七十八キログラムの剣が、鳥の速度で飛んでいる事になる。


 通常の片手剣は一キロから一.五キロ。両手で扱う剣にしても二キロから三キロ、多少の誤差を見込んだとしても、少なくともその辺りだろう。


 両手剣など、人が振ったものを受け止めたなら手が痺れ、打たれたなら骨身は砕ける。


「くっ……!? 動作も見えない上に、アークマンも空だ! 竜より厄介だなっ……!」

「って事は、あのトンデモなく速い矢が一番危ないな……。魔眼で返したから、巫山戯た威力がイマイチ分かりませんでしたよ」


 実はアークマンの武器は操れる速度に制限がない。兵器となった人間が耐えられる程度まで、速度を上げられる。


 しかし矢は違う。一度きりの射出である為に、限界を超えた速度で撃ち出せる。いわばアークマン得意の攻撃手段だった。


「ネムっ! 俺達は本体だ! 他は武器を牽制しろッ! 決して受けるな!」


 どちらにしても短期決戦は変わらない。いよいよネムを主軸に、ジークが補助しながらアークマンを討つ。


 セレスティアの筋書きにも、魔力を温存したネムの呪剣は第二天使を滅ぼすだろうと書いてある。


「…………」

「どうしたっ、ネム! 早く来いっ!」


 しかしどうした事か、ネムはマヌアの呪剣らしきものを封じた包みを手に、厳しい表情を取っていた。


「……申し訳ない。やられました」

「どういう意味だ……?」


 包みを開きながら謝罪を口にしたネムに、ジークは不安感を生じさせながらも続く言葉を待つ。


 封を切って包みを開くネムは、包装されていたそれを手にする。


「……偽物にすり替えられてますね」

「本物ではないのかっ?」


 見た目は出立時に確認した『マヌアの呪剣』そのものだが、ネムは首を振って否定を返した。


「この剣には呪いの力も、マヌアさんもいません。間違いなく偽物です」

「お前が常時携帯していたのではないのかっ……!」

「いや……今日だけは一度、手元から離れました」


 慌ただしい出発前に手渡され、そこでは確認しなかった。だからこそ致命的なタイミングで、その失態が露見してしまう。


「殿下に預け、その部下って名乗った騎士に返してもらったんです」

「……馬鹿なっ」


 アルトもしくはネムへと手渡した騎士が、マヌアの呪剣を偽物へ入れ替えた事になる。


 だがアルトは父である国王レッド・ライトの影響で、エンゼ教もベネディクト・アークマンも、そして母を狙った天使そのものを嫌悪している。


「……やれる手段でベネディクトを殺す。急ぐぞっ」

「ダンだけは先に帰らせません?」

「あぁ、そうしよう。……ダン、急いでアルトの元へ向かえ! 数人を連れてすぐにアルトの安全を確保しろっ!」


 欺いたのがアルトではないとしたら、アルトが呪剣の返却を任せる程の近しい立ち位置に、王国の裏切り者がいる事になる。


「へいっ! おい、お前ら! 付いて来い!!」


 ダンならば裏切りはない。元は暗黒街で用心棒をしていたが、その頃から真っ直ぐな男だ。寝返る事は万に一つもない。


『どうかされましたか?』


 心なしか喜色ばんだ天使の声が、二人へ降りかかる。


『もしかして、マヌアさんはいらっしゃらないのですか?』


 まさか……出し抜かれたのではと察した時、ジークは苦渋の眼差しをアークマンへ向けた。


 アークマンは己が命に届き得る呪いを得たマヌアを取り除きし、歴史的英雄への賛辞を送る。


『おぉ、敬虔なる信者に感謝を……。……王国軍の方々にも、やはり信仰深き賢人はおられるようです』


 マヌアの呪剣は盗まれていた。おそらくは、軍内に潜み、常に呪剣をすり替える機を窺っていた信徒によって。


「……無いものは仕方がない。それでも敗北が許されないのは同じだ。やる事など変わらない」


 勝機を絶たれたと言える状況下でジークは…………笑っていた。


 呪剣なき今、天使に届く術はなくなった筈だ。けれどジークの己とネムへの信頼が揺らぐ事はない。


 それはまたネムも同様で、駆け出したジークに合わせてゴーレムを操作し始める。魔術を編み始める。


「やり合って分かった事がある。あんたは殺せる。天使は難敵ではあっても、強敵ではないよ」



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