第47話、魔王とカシューの初ギャンブル

 

 受付のおじさんが、最近人気の出て来たいい感じのところをと、この『アーチ・チー』という賭博場を教えてくれた。


「緊張する……」


 ギャンブル未経験という事もあって、かなり足取りが重い。


 が、ここで一気に倍に増やせば、自分も含めたセレス達の給料数ヶ月分にはなるはずだ。


 俺は魔王。


 おくすなど有り得ない。ピンチすらもチャンスと変えてやる……!


 意を決して地球のソレと違う、一見大きな洋館のように見える建物へと踏み込んでいく。


 門にいた強面のムキムキ門番さんの視線も物ともせず、多くの馬車が停めてある庭には見向きもせず、ど真ん中の道を行き……。


 夜の暗闇の中で一際灯りの漏れる洋館へと、ひたむきに。


 すると……。


「ほう? 清潔感のある店内。テーブルの配置とディーラーや客の質。中々に私好みの……………」


 落ち着いた色合いの高級感溢れる店内に、室内を見回して感嘆した様子のカシュー王子がいた。


 しかもばっちり目が合った。


 ……あっ、そっか。


 初めてで勝つ確率の最も高い方法を思い付いた。


 この人、堂々としてるしギャンブル常連さんだろう。この人の真似をすれば、少なくとも負ける事は無い。


 あまりに上出来な自分の作戦に、笑みがこぼれる。


「――ふふっ」

「ッ!! ……ふんっ」


 俺を見て一瞬驚き、次に怒りに染まり、そして様々なゲームを行なっているテーブルのある奥へ歩いて行った……。


 なので自分も早く準備しなくてはと、慌ててしまう。


「……チップに替えるとかではないのか」


 どうやら現金のままギャンブルを行うようだ。


 ゲームの種類もあまり多くなく、カードやサイコロのような物を転がして数を当てるといったものがメインのようだ。


「おっと……」


 こうしてはいられない。カシュー王子について行かねば。




 ♢♢♢




『アーチ・チー』の2階、従業員専用の通路奥にある支配人室。


 室内からは、コン、コンと、小気味良い音が小さく聴こえて来る。


 1人の粗暴そうな男が、その扉を迷わず叩いた。


『おう、入れ』


 ノックの後すぐに、低く渋い声が扉を震わすように響いて来た。


 特に大きな声と言うわけではないのだが、その重く届いてくる声音に自然と男の背筋が伸びる。


「――失礼しやす。……ジェラルドの兄貴、クジャーロの王子が来やした」

「……んだと?」


 男の視線の先では、分厚い筋肉の鎧を纏った30代後半の男がくつろいでいた。


 中央に置かれたデスクに脚を置いて、壁に立てかけられた的をナイフで射抜いていた男。


 顔や身体には無数の古傷があり、緑の長髪を雑に後ろで束ね、危ない雰囲気と共に不思議な大人の色香をかもし出している。


「……そうかい。手筈通りにむしりとれ」

「へい」


 顔にある傷を撫で、注いであったワインの残りを飲み干す。


 机の上にあるボトルは空ばかり。


「……」

「すぐに持って来やす」

「悪ぃな」


 そう言い、ワインを取りに行った子分を細く尖った目で見送ると……。


「……バケモンだな」


 マリー経由で通達されたセレスティア・ライトの指示に思考を巡らす。


 流石のジェラルドも、ここまで他者の行動を見通した指示に驚きを禁じ得ない。


 一際強くナイフを的に投げ、突き刺す。


 そのナイフ同様に、ジェラルドの視線は恐ろしく研ぎ澄まされていた。





 ♢♢♢





「あとお一方いらっしゃいましたら、ゲームを開始させていただきます」


 ディーラーが、テーブル越しに座るカシュー達3名に向けて言う。


 王子のカシューにも引けを取らない上質な装いの富豪が2人。どちらも常連だ。


「――ふんッッ!!」


 富豪のボディガードが、気合い十分に硬い殻に覆われた木の実を専用のハンマーで割る。


「……グルミの実は、美味いのだがこの硬さが難儀ですな」

「仰る通り。我等のように力自慢の強い護衛がいなければ、軽々と手は出せません」


 護衛から差し出された実を食べ、満足げにゲームを待つ富豪達。


「……グルミの実か」


 同じくゲームの開始を待っていたカシューも目の前に置かれた皿の中の無料の木の実を見る。


 椅子の数だけ皿があるので、目の前のこれは自分用だろう。


「あまり口にする事はないが、……ケリー」

「はっ。……フン!!」


 カシューの分の皿から一つ掴み、両手の指で持ち、一瞬の力みで木の実の殻を砕くケリー。


「ッ!?」

「な、何という力だ……」

「人間とは思えませんな……」


 富豪や護衛達が、驚愕の眼差しで道具無しに砕かれた木の実とケリーを交互に見る。


(この程度で驚くとは……)


 つまらなさそうにケリーから差し出されたグルミの実を食べ、ケリーへと命令する。


「言うまでもないだろうが……尾けておけ」

「3名を既に」

「ふっ、これだからお前は手放せん」

「光栄に御座います。……しかし、あの者が何を考えてカシュー様に接近したのか不明です。念の為、御注意を」


 殻を木の実の皿の隣にある殻置きへ置きながら、のギャンブルに高揚するカシューにケリーが注意を促す。


「ほくそ笑んだのだ」

「……」

「ジークよりも好かん奴が現れるとは思っていなかったな。何が目的かは不明だが……」


 丁度そのタイミングで、最後の一席が埋まる。


「「……」」


 ケリーとカシューの視線の先には、フードとマスクで顔を隠した少年がいた。


 金貨の詰まった袋をテーブルに置き、悠然とした様子でゲーム開始を待っている。


「後で始末しろ」

「はっ」


 今だけはゲームを楽しませてやろうとでも言いたげに、ニヤリと微笑む。


(賭け事など所詮は確率論だ。折角得た報酬を無駄にするとは。ここに来なければ、命共々長く使えたであろうに)


 ディーラーを中心に半円に広がる席が埋まり、全員に賭け金があるのを確認した後、遊戯が始まる。


「お客様がお揃いになられました。それでは、ゲームを開始いたします」


 このテーブルは、ディーラーの背後にあるサーキット内でのマウスレースで、4匹のマウスの中から一等を当てるというシンプルなものだ。


 ディーラーにより倍率が定められており、当たれば大きいゲームである為に富豪に大人気なものとなっている。


「まずは……『アィガッチュウ』だな」

「ふむ、では私は『チューニ』に賭けようか」


 富豪の2人が何の躊躇いもなくテーブル上の金貨の山を押し出し、自信満々にお目当のネズミに賭ける。


「『モウムチュウ』だな。まずはこいつで様子見しようか」


 カシューも他の者と同様に早々に大金を賭ける。


(ネズミの状態も見抜けんのか、こいつらは。これだから知能の低い連中は。このレースは確実だな)


 一匹だけヘッドバンキングをするようにはしゃぎ回るネズミ『モウムチュウ』に目を向け、つまらなさそうに見守るカシュー。


「俺も、『モウムチュウ』だ」

「……」


 少年がそう言い同じ金貨を賭けるのを見て、カシューの眉がピクリと反応する。


 怪訝な顔で少年を見るが、当の本人は静かに澄ましている。


「では、レースを開始します」


 ディーラーの合図に、ネズミ達の第一レースが幕を開けた。



 ………


 ……


 …








「ど、どうなっている……」


 唖然とするカシューの視線の先では、走り抜け既にゴールしたネズミ達を余所に、ヘッドバンキングし続ける『モウムチュウ』の姿が。


 賭け金も勿論回収されていく。


「いやぁ、はっはっは。ここまでの大差が付くは」

「今回は『チューニ』でしたか。おめでとうございます」


 勝者に配当されていく金貨。


「くっ……」

「……」


 何ともなさそうに腕を組んで静かに座る少年と相まって、カシューの怒りを逆撫でる。





 ♢♢♢





(だ、大丈夫、まだ1回目だ……。まだ手持ちはかなり残っている。一発逆転すればいい。勝てば取り戻せるんだもの。彼ならきっとやってくれる、きっと……)





 ♢♢♢





 しかし……。


「……」

「……」


 第2レースも同じくカシューと少年が選んだネズミは前進せず、富豪の一人が大勝ちとなった。


「僅差でしたな」

「はっはっは、いやぁ危なかっ――」




 ――バキ、ゴリっ、ギャリっ……。




 異常な音が鳴る。


 無論の事、その発生源へ富豪やカシュー達の視線は向く。


 そして目を剥く。


「もぐもぐ……」


 バキャっ、メギっ、ガリっ!!


 少年がグルミの実をマスクの下から口へ運び……殻ごと食べていた。


 あの岩の如き殻で覆われた、グルミの実を……。


(また負けたよ……。食ってなきゃやってやれないな。……それにしても、この実……初めて食べたけど美味しいな。……特に殻が)


 ベキャっ、ゴキっ、ベキンっ!!


 次々と顔を隠しながらマスクの下に木の実を入れ、噛み砕きながら食べていく少年。


「……」

「……つ、次のレースも楽しみですな!」

「え、えぇ、全くです……」


 裏返った声で、目の前の異常を見て見ぬ振りし、ゲームに集中する事にしたようだ。


 背後の護衛達は、岩を噛み砕くように木の実を食べる少年に開いた口が塞がっていないが。


「……ますます気に入らんな」




 ♢♢♢




「……」


 言葉もないカシュー。


 第3レース、そしてそれ以降もカシューは立て続けに負け、全く同じ行動を取る少年も、持ち金をすっかり少なくしてしまっていた。


(他の者の真似をして賭けても必ず負けてしまう……。それに……)


「……ふっ」

「ぐっ!?」


 同じく負け続けている筈の少年にマスク越しにほくそ笑まれる。


 目の前の皿には、木の実は一つもない。当然、殻置きにも何もない。


(この程度の損失など大した事はないとでも言うのか……! それとも、私とは器が違うとでも!?)


「……私は、『サンケチュウ』に残りを全て賭ける」

「ほう!」

「勝負に出られましたな」


 カシューが残りの大金を全て賭ける……と、これまでと同様に……。


「俺もだ」

「……」


 腹わたが煮えくり返るのを堪え、カシューはただ少年を睨み付けながら結果を待つ。


 少年もマスクの下で唇の端を上げ、真っ直ぐな視線を返す。


(……熱い視線を感じる。負けて辛いのは同じだ。決してこの人のせいにはしない。むしろここまで来たら最後まで付き合うのみだ。最後まで、信じるのみ……! 頼んだよ、カシュー王子……)


(この私をここまでコケにしたのは、貴様が初めてだぞ……!)


「――それでは、最終レースを開始します」





 ♢♢♢





 翌朝、カシューの姿は高級宿屋の最上階にあった。


 開かれた窓やベランダへの扉からは朝日と共に涼しい風が入り込み、カシューの長髪を揺らしている。


「――申し訳御座いません」

「……」


 バスローブ姿のカシューが長椅子に座り、目の前で深々と頭を下げるケリーを冷たく見据える。


「あの小僧を見失った、と」

「はっ……」


 優雅にティーカップの紅茶を飲み、苛立ちと共に熱い気を一息吐いて吐き出し……努めて冷静に続けた。


「……ふぅ。……もういい。だが、帰還後には部下共々鍛え直せ。良いな」

「は、はっ!」


 最悪の結末もケリーの脳裏に浮かんでいたが、どうやらまだ使い道を見出されたようだ。


「手始めに……」


 酷くつまらなさそうにベッドに倒れ伏す女2人に目をやり、残酷な指示を出す。


 ケリーが最も恐れていた結末だ。


「……あれらは飽きた。帰国後に実験にでも使うので閉じ込めておけ」

「ぇ……?」

「い、いゃッ!!」


 ヨタヨタと逃げようと惑う女2人。


「ただちに。……連れて行け」

「イヤァァアア!!」

「ヤメテッ! ヤメテェ!!」


 ケリーの合図に、配下達が素早く女を室外へ連れ出して行った。


「――悪趣味ですな」

「んん? あぁ、アマンダ大司教の犬ではないか」


 カシューの視線の先には、いつの間にか訪問していたアマンダ大司教の部下であるエンゼ教の使者、ヤン司教の姿があった。


 犬と呼ばれ、こめかみに血管が浮かび上がっている。


「……たかが小国の王子が吠えないで頂きたい」

「気に障ったのかな? すまない。だが、あなたはただのお使いだろう? そんなに粋がっていて、後で叱られないか心配なのだよ」


 一見機嫌の良さそうなカシューが、重ねて挑発した。


「……フハッ」

「……?」


 顔を赤くし、歯を食い縛っていたヤン司教だが、突然笑みを溢した。


「王子様はさぞ腹に据えかねているご様子だ。王女に振られ、傭兵にしてやられ、ギャンブルに有り金を持っていかれ―――――ガッ!?」


 ヤン司教の体が浮き上がる。


「――騒がしいな」

「ガァ!?」


 先程まで椅子に腰掛けていたカシューに、突如首を掴まれ持ち上げられるヤン司教。


「ぐ、グォォおお!!」


 もがき苦しむ彼の背からライオネル司教同様の『福音』の両翼が生え、部屋が魔力の嵐にさらされる。


「ッ、こ、これが、『福音』……ッ」

「何という魔力だッ」


 部下達は自然と身構え、ヤンの魔力に必死に堪える。


 そしてヤンは、不自然な腕力を発揮するカシューの腕から逃れようと……。


「グッ、な、ぜッ……?」


 ライオネル同様にあらゆる力が増した筈のヤン司教だが、カシューの腕はビクともしない。


「なんだ、司教と言ってもこの程度なのか。エンゼ教というのも存外に期待外れなのだな」

「ギザマぁぁ!! ヴォォおおお!!」


 己れの全てとも言えるエンゼ教を罵られ、全力を持ってカシューに抗う。


「……」


 無言で、手足をバタつかせて足掻くヤンを見詰める。


 力を振り絞って尚も自分を少しも本気にさせる事のできないヤンに興味を失ったカシューが、ゴミ屑を捨てるように床に放る。


「ゲェッ!! ごほっ、かはっ……」


(な、何故だ……。魔力では私の30分の1にも満たない筈なのに……。何故ここまでの差が……)


 そんな未だ苦しむヤンを通り過ぎ、椅子に座り直すカシュー。


 足を組み、あからさまに見下す視線でヤンへと話しかける。


「アマンダ大司教に伝えておけ。利害は一致しているが、この程度の加勢なら無いも同然だとな」


 そして思い付く。


「私はこの国が嫌いだ。どうせ繋がりが無くなるのなら……いっそ壊し尽くしてやるか」


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