第46話、魔物の行方とカシューの向かう先

 

 カシューや部下を乗せた馬車が、石畳の道をゆっくりと走行する。


 急いではいても車輪や馬が傷付いては元も子もない。


 そう分かってはいても、先程のセレスティアの使用人に対する反応もあって、カシューは煮えたぎるような怒りを覚えていた。


 その感情を押し殺し、傭兵ギルドへの道すがら再度確認する。


「本当にルルノアやジークが帰還しているのか?」

「はっ。ルルノアは既に傭兵ギルドにおります。ジークもすぐに到着するようです」


 カシューや部下達に取っては、信じがたい報告であった。


「あれを使えば、再生能力、身体能力共に飛躍的な進化を遂げる。この私には一歩も二歩も劣るものの、それが討伐されるなど常識的には考えにくいな」


 カシューの数多あまたの実験を見ていた部下達もその意見に首肯する。


「ルルノアの方のモンスターですが……」

「ん? そう言えば、そちらに付けた部隊からの報告を聞いていなかったな」

「はっ。それが……」


 言いよどむ総隊長ケリーからの話は、おかしな点ばかりであった。


大穴・・……?」

「はい。変異……失礼しました。進化した魔物の観察の任に就いていた部隊からの連絡が途絶え、待機組が様子を見に行ったところ……奈落まで続くのではとも思わせる底の見えない大穴があり、足跡などからもおそらく魔物はそこへ落ちたものと思われます」


 “変異”と言う言葉に主の逆鱗げきりんに触れそうになるが、早口に興味を引きそうな報告を持ち出し、気を逸らす。


 長年カシューに仕えたケリーが未だ存命なのは、こういった能力に優れているというのもある。


「……ほう。失踪した部隊はともかく、それならばルルノア側の魔物が居なくなったのはうなずけるな」

「あの少年につきましても、どうやら魔物と互角にやり合う程度の実力はあるようです。村人の中には、ルルノアより強いかも知れないなどと言う者も出ておりました」


 カシューの顔に、純粋な感心の色が浮き出る。


「それは驚いたな。だとすると、ケリー。お前でも手を焼くレベルではないか」

「私など、試験体1体を倒し切る事もできない未熟者に御座います」

謙遜けんそんするな。あれとやり合えるだけでも大したものなのだ。倒せた者など、私とドレイクを含めて僅か数名だけなのだぞ」


 かの【炎獅子】と比べられれば、ケリーの自尊心も救われる。


「ですが、問題は……」

「そうだ。問題なのは、もう一方の魔物だ」


 これから間違いなく起きる一悶着ひともんちゃくに、厳しい視線を窓の外へと向けるカシュー。





 ♢♢♢




「――当然、断る」


 多くの被害を出したジーク達【旗無き騎士団】だが、ジークは無傷で傭兵ギルド内の酒場に戻って来ていた。


「捕縛した魔物を引き渡せなど、依頼に含まれてはいない。くれてやる筋合いは一切ない」

「……私が依頼したのは、『討伐』だが?」


 ジークにはあの変異体とも言えるオークにカシューが関わっている確信があった。


 倒せないのはしゃくであったが、それならそれで他の手がある。


 関節を極めて力が出ない姿勢にした上で、頑丈な鎖で縛り上げて捕獲した。


「依頼失敗でも構わない。何なら情報料も上乗せして返そう」


 ドンと置かれた、はち切れそうなまでに金貨の詰まった革袋によって、木製の年季の入ったテーブルがきしむ。


「ライト王国軍に引き渡せば、お釣りが来るくらいだろうからな。ドラゴンのうろこを持つオークだ。興味深いだろう?」

「……」


 思わず歯軋はぎしりをしてしまう程に、ジークのしたり顔がカシューの神経を逆撫さかなでる。


「あたしらも返そうか〜?」


 その奥のいつもの席で食事と酒盛りをしていたルルノアが間延びした声で言う。


「村から追い払ったのも追っかけってったのもあの少年だし、返して欲しいなら返してもいいけど?」


 あの程度の魔物なら難癖なんくせ付ける程ではないとばかりのルルノア。


 余裕の笑みでカシューの出方を伺っている。


「結構だ。手間賃だとでも思ってくれ」

「それは、どちらへ言っているんだ?」


 さっさと振り向き去ろうとするカシュー。


 もはや、虫の居所が悪いと言うレベルでは無かった。


「どちらにもだ。よくやってくれた。これでライト王国への借りは返せただろう。……代わりに……お前達への借りができてしまったがな」

「俺達に返すのはいつでも構わないさ。なぁ?」


 不穏な事を口走るカシューにも、ジークは何ら問題は無いという態度で返す。


「ん〜、あたしらには超々高級なお酒持って来てくれる?」

「姉さん……」

「それが嬉しいのは、お姉ちゃんだけ」


 カシューが激怒している事は誰の目からも明らかだが、【絆の三姉妹】も至ってマイペースそのものだ。


「……あぁ、考えておこう」





 ♢♢♢





「「「……」」」

「……」


 誰も、ケリーですら、静かに目を瞑るカシューへ声をかけられなかった。


 血の気の引いた顔で、ひたすらに押し黙っている。


 そんな馬車内で、ふとカシューが呟いた。


「先程のルルノアの発言だが……」

「始末しますか?」


 相手が相手だけにカシューの元を離れて自分が向かう必要があるが、ケリーは迷わず主人の意を察して提案する。


「あぁいや、そうではないのだ。……例の少年が魔物を追いかけて行ったと言っていただろう? 行方不明の部隊は魔物共々そいつにやられたのではないか?」

「まさか……いや、試験体と化した魔物と戦えるのならば……」


 精鋭部隊を倒す事も可能、カシューと同じくその考えに至る。


「……気晴らしが必要だな。連れて来た女共……は、きてきていたが、仕方ないか」

「ライト王国の賭博場とばくじょうなどは如何いかがでしょうか。最近、人気の出て来ている賭博場があるそうです」


 あらかじめ情報を収集する際に頭に入れておいた、カシューの興味が引きそうなものの一つを試す。


「新しい賭博場か……」






 ♢♢♢





 カシューが立ち去り、ジークやルルノア達も立ち去った閑散としつつあるギルドで、受付の辺りに一つの人影が。


「え? マジ?」

「え、えぇ。これがあなたの取り分としてルルノア様から預かっていたものです」


 顔を隠したクロノが、受付にて驚きをあらわとしていた。


 なんときっちりと四当分された報酬が受付に預けられていたのだ。


「ダメ元で来たんだけど……。ひょっとして今俺は……ツイテイル……?」

「いや、運は関係ないんじゃないかな。【絆の三姉妹】様が良識があるからだと思うよ?」


 金貨の袋をかかげて喜ぶクロノを、苦笑いで見守る受付の男性。


「ハハっ。結構な金額だし、少しずつ使ってそれで安全に生きる方法を探して欲し――」

「どこかにいい賭博場はありますか?」

「話を聞いて? おじさんの話聞いて? 心配になるような事訊かないで?」


 クロノから出た何とも不安になる言葉に男性の説得が続いているが、クロノの頭は失った六剣やセレスティア達の給料の事で埋め尽くされていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る