第161話、メイドの不運は焼き焦げる


 

 ホブゴブリンの中で、ギャンに見出されたボンゴとブンゴ。


 恰幅のいいこの双子は根が素直で、群れの初期から共にいるギャンの側近であった。


「あがぁ!?」

「ぎぃゃああ!!」


 阿吽の呼吸で繰り出されるメイスとバトルアクスの乱舞は、この人族優勢の戦場にあってもっとも多くの人間を打ち倒していた。


 代わる代わる鈍重な武器を振り回し、重戦車の如く前線を踊るように蹂躙する。


「ボンッ、ボンッ、ボンゴッ!」

「ブンゴッ! ブンゴ! ブンゴッゴッ!」


 間の抜けた掛け声ながら、鎧ごと人肉を容易く抉り、砕き、更に軽快な足取りで突き進んでいた。


 しかし――その横合いから、小さな影が入り込む。


「――えいっ!」


 姿勢低く舞踏家を思わせる回転で、カットラスが閃く。


 血に濡れた戦場に似つかわしくない声音で、ボンゴの太腿裏、更にはブンゴの腹部にかけて斬撃が見舞われた。


「ンゴッ!?」

「ゴゥグッ!!」


 下げた曲剣の切っ先から滴る鮮血、砂塵で汚れたメイド服、愛らしい少女。これ以上ないくらいに戦場に相応しくないその風貌。


「け、【剣聖】さま……」

「おお……! あの戦振りっ、彼女はまさしく剣聖であられる……!」


 その少女の実力を疑っていた者達も目を見張る活躍であった。


「……カゲハにゴブリン退治を経験させてもらっておいて良かった」


 “問題は技巧にあらず”……。


 僅かに呼吸を乱しながらも友の言葉を思い起こし、初めての戦に震える手でしかと曲剣を握り締める。


 ただの王国の民であったか弱き少女。


 大きな緊張もあるが、積み重ねた剣技と大規模な戦闘の高揚感で闘争心に火が着いていた。


 彼女は手柄を求め、誰よりも最前線で戦っていた。


「流石は名高き黒騎士殿のお弟子だ」

「クリストフさん……」


 最前線へ到着したクリストフが、剣気を迸らせながらリリアと合流する。


 身なりの綺麗さに反して、そのレイピアからは既に血が滴っている。


「一度下がってください。ここは私が受け持ちましょう」

「いえ、まだやれます」


 こちらを睨み付けるボンゴとブンゴへレイピアを構えたクリストフが、小さな身体で頑なに主張するリリアへと、今一度横目を向ける。


「……剣士、ですな」

「え……?」

「失礼ながら、同類ということです。あなたは紛れもなく剣士だ。あの戦いの熱が抜けず、どうしようもなく血が滾るのでしょう?」

「…………」


 らしくないとは思っていた。


 臆病なはずの自分が、ここまで来るなどと。


「そしてそれは私も同じ。少しは発散する機会を譲っていただかなければ。……シゥッ!」


 踏み込み、刺して、引き、元の位置へ。


 忍び寄って来たバーゲストの眉間を、飛びかかられる前に【瞬剣】と呼ぶに相応しい手際で貫く。


「……剣士……」


 指摘され、自覚したリリアの胸にむず痒い感情が生まれる。


 以前よりも少しだけ、自分が誇らしい。


「――ッ!? 剣聖殿ッ!!」


 クリストフの叫びに我に帰る。


 視線を敵陣へ移した時、周囲の景色が遅くなっていく。


 ゆっくりに見える中で、上空から降り掛かる……球形の岩。


 視界の端には、仲良く投擲し終えた体勢から起き上がり、にやりと嘲笑うホブゴブリンの兄弟。


 どうやら遺跡上にて岩石の投擲役をしている一体のトロールが投げたものを再利用したようだ。


 だがこの程度、まだ回避できる段階だ。


 しかし――


「――――」

「ッ……!?」


 危機的状況の中で、剣を振り上げたリリアに老剣士は目を剥く。


 剣を軽く握り、魔力を流す。


 薄く、刃に沿うように……。


 教えた人物も、教わった剣術も最高なのは証明済みであった。


 ならばやれない道理はない。


 技巧は問題ではない、自身にとって問題なのは意志であると友は言う。


(斬る……斬るっ)


 ふわりとスカートが浮かび、体重を乗せながら上段から縦に一閃。


 剣速は、並。


 通した魔力を操ることに重きを置き、主人を信じて疑わず、確信を持って振り抜いた。


「…………」


 感覚が速さを取り戻し、元に戻ると同時に背後から落石の重音が二つ響く。


「…………似ている…………」


 唖然としたまま身震いするクリストフ達が思い浮かべるは、あの日のグラスの太刀。


『完成された六刀』、その六太刀目である。


 遠く遠く、練度は遥か薄く、しかしあれを思わせるには十分の一振りだ。


「――ッ!!」

「ンゴゥッッ!?」


 続けて突撃するリリアの冷徹な瞳に、ボンゴとブンゴの背筋が冷える。


 しかし不運が訪れる。


「ッ――――――」


 戦場での不運とは気付いた時には既に手遅れであるものだ。


 リリアが足元を炸裂させて矢の如く飛び出したタイミングで、偶然にも後方のトロールより投擲された岩石が……真上から落ちて来た。


 高くからの落石であった為、視界より外れていたのだ。


 先程と違い一気に飛び出したリリアに回避の隙はなく、斬るしかない。


 だが此度は驚愕により動揺と硬直が生まれている。


 つまり必要な集中と脱力が間に合わない。


 果たして今の自分に――――


 迫る岩球を前にして、リリアに葛藤の手間が入った。


 命取りとなった。


 助けられる者は限られる。


 セレスティアは離れた位置にて指揮を取り、アスラは完全に別場所。唯一巨岩に気付いたクリストフにも特別な歩法はない。


 電雷の速度でもなければ、救出は不可能。リリアは散り散りに弾け飛ぶ。


「ッ――!!」


 慈悲無き岩石は、法則通りに落下した。

















『――――焼けぃ、〈トリゴールの雷槍〉』











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