第160話、誤算のクセが凄い

 

 ギャンはとある賢きゴブリンから言葉を学び、兵という物を学び、将という物を学んだ。


 他種族を従え、生き残る術を学んだ。


 だが王というものは教わらなかった。


 賢きゴブリンは知らなかったのではなく、教えなかったのだ。


 そのゴブリンは「自分達はゴブリンであり、人間では無いのだ」と口を酸っぱくして告げた。


 ギャンは、納得しなかった。


 自分達は選ばれた存在だ。人と同等の知能を有し、人を超える生命力と繁殖力、適応力を持つ。


 種族全体を見れば弱き存在と言えど、自分達の導きをもってすれば少なくとも劣るものではない。


 次第にギャンの『願い』は『野望』へ……。


 人が国を作り統治するならば、自分にもそれができる。


 ならば迷いはない。ゴブリンの王国を作ろう。


 虫けらのような扱いで駆除され、劣等と蔑まれる筋合いなどない。


 そして国を作るには、どうする。


 一から人の集落と同等のものを作る能力が無いことは理解している。


 ではどうするのか。


 人間同士でもよくある、いたって当然の思考である。


 在るものを奪う、道理と言えた。


 古い付き合いになるあの・・人間による情報、備蓄、兵数、即ち戦備えは万全。


 言うまでもなく、これまでと同様にその人間が裏切る可能性も常に考慮の上である。種族が違うと言えど、あの男の思考の構造は理解できない。当然である。


 しかしお陰で、より確実に兵力を削らずに勝利を手にできる。


 その筈であった。


「……グッ、ギッ……!」


 突き出た岩の上から眼前に広がる誤算の絶景。


(っ、ドウなってル……っ!!)


 その一つ目。


 白昼にあっても眩い、通常では有り得ない白光の雨が降り注ぐ。


 急所を的確に射抜かれ、手下が次々と事切れていく。


 ギャンの想像を絶する早さで、兵力が削り取られていくのだ。


「ふぅ……」


 蒼穹を見上げ、一息吐く。


「……またゴブリンが片付くのを待ちましょう」


 木製の即興の高台に立つセレスティアが、弓の形状に光が輝く黒剣を片手に言う。


「セレスティア様、ご休息をされては如何でしょう」

「遺跡からまだ出て来ていない敵もいる中で休めなどしませんし、被害を小さくするにはこのやり方が最善です。それに今後の展開の為のペースは守っていますよ」


 豊かな胸や肢体を覆う軽鎧はあれど、戦闘も忘れて頰を染める男達。


 凛々しく輝きを操っていた女神がふと見せた魅惑の微笑みに、誰が抗えるのだろうか。


「しかし既に六度目の砲火です。あちらの切り札は未だ姿を見せず。こちらの切り札は疑いようもなくあなた様なのです」

「それも考慮した上で、その後のこともきちんと考えています。だからこそ消費の少ない技だけを使用しているのです。戦場でまで子供にするようなお説教はやめてください」


 そっと耳元で訊ねたクリストフも、近衛として付けられた兵士達も息を呑む。


 今し方の殲滅力をもってしても“消費の少ない”なのだ。


 これが『遺物』……いや、『遺物』を手にしたセレスティア・ライトの力なのかと空いた口が塞がらない。


 戦前に告げられた、小さな光の雨を落として援護すると言い放ったセレスティア。


 しかし、援護とは名ばかり。


 今回の集団戦において最も厄介なのはゴブリンライダーではないかと危惧されていた。機動力もあり、弓も扱えるというオーガよりも相対し難いとして。


 厄介な筈の彼等だが、セレスティアはあろうことかものの見事にゴブリンの乗るバーゲストのみを撃ち抜いていく。ばら撒くのではなく、狙撃に近い。


 粛々と凄絶に、裁きが下されていく。


「やはりこの技ではオーガなどは即死にはできませんね」

「……では、セレスティア様の負担分を軽減するべく、私も前線へ向かいます」

「お願いします。例の注意事項を忘れずに。ソウマさん達にもくれぐれもと念を押しておいてください」

「はっ、お任せください」


 クリストフが丁寧なお辞儀をし、高台を後にする。


 向かう先は、最前線。


「ズェイッッ!!」


 アサンシアの双剣が蛇を思わせる不規則な剣筋を辿り、光の雨によりバーゲストから振り落とされたゴブリンを断つ。


 無惨にも思えるほど、容赦なく頭蓋を叩き割る。


「だから腰にそんなに剣を差してたのか……」


 欠けた剣を別のゴブリンに投げつけ、新たな曲剣を抜くアサンシアにランスが呆れるように語りかける。


「……短期の戦で出し惜しみは愚行だ」

「勉強になるね。――セイッ!!」


 彼女のものとは対極にある直線的な突き。


 愚直な槍の一撃がゴブリンの心臓部分を不恰好なよろい越しにでも軽く貫通する。


「夕方からは呑みたいし、不安も残るし、やっぱり今のうちに数を――」

「ハクトぉ!! 次、用意しとけ!!」


 五十メートルは離れているであろうが、それでも響いて届くソウマの声。


「分かった……! うぉぉおおお!!」


 ソウマの指示に、気合い十分のハクトが大剣に魔力を集束させる。


「ば、バカっ! まだ早ええ、――よっ!!」

「ゴァああ!?」


 身体中に焦げ跡を作るオーガの左膝側面をソウマの足刀が突き折る。


 当然、受け身の為に左手で地面を突き、


「いいぞ!!」

「――ふんッ!」


 空いた胸を白い輝きが突き破る。


 ランスの見せた豪快なものではなく、するりと抜けるような恐ろしい斬れ味で貫いた。


「……あ、あのハクトが……オーガを一撃で」

「すげぇ、一瞬だったぞ……」


 エリカへ付けられた一流騎士達も思わず唸る。


「はぁ、はぁ……」

「多少の無理はしてもらうぞ。悪いがもうちょっと気張ってくれよ」

「魔力はまだまだ余裕があるっ、大丈夫だ」

「おう、助かるぜ。……とは言え、もうそろそろ何かありそうだけどな」


 後に控える大物の為、魔力の温存を図るソウマ。


 破壊力抜群のハクトと組み、巧く誘導する形でオーガを相手取っている。


 前線では、最も安定した戦闘により魔王軍を追い詰めていた。


 が、ソウマ達を差し置き、最も熱のある一軍があった。


「――――」


 低く構えるエリカが、深く意識を集中させる。


 目の前には――


「――ガァぉァァアアアア!!」


 僅か数日前のあの時、今の自分の刀では命に届かないと早々に諦めた大猿の魔物であるオーガが唸りを上げている。


 体毛に覆われた剛腕が、戦の場においてもその脅威を遺憾無く発揮していた。


「…………」


 鋭い眼差しで射貫くエリカは……ある日、師に問答を挑み、答えさせた。


『この世に、何でも斬れる刀はあるのか』と……。


 師は予想に反し、当然とでも言いたげに間髪入れずに答えた。


『何でも斬れる刀なんて危ないもの、あったとしてもエリカ様に渡せるわけないじゃないですか……』と。


 エリカは憤りを露わにした。


 危険物は合わせてはならんとでも言いたげな師に、ならばと続けて問うた。


 斬れそうにないものが目の前に現れたなら、どうしろと言うのだ。


 師は豚汁を器に装いつつ、こともなげに答える。


『斬れない敵ですか。私なら……斬れないのなら最終的には諦めて殴っちゃいますかね、きっと』


 こいつは何を言っているのだろうか。


 当時のエリカにはこの男が本当に何を言っているのか、まるで理解ができなかった。


 だが湖の決闘を目にした今ならば大凡の方向性を悟る程度は可能となった。


 抜刀。


「ォガァァああァァァああ!!」


 刃を返し、牙を剥き威嚇するオーガへ歩む。


 そしてオーガが、走る四足から二足へと上半身を起こし、攻撃の体勢へ移る……その独特の機を見切り――


「――――ッ!!」


 足元が弾け、エリカの姿はオーガの背後へと。


「――ギィぇ、エエッ!?」


 突如、オーガが涙を浮かべて悶え始める。


 横一筋に陥没した脛を押さえ、体験無き苦痛に苦しむ。


「シッッ!!」

「ギヒ――――ッ!?」


 厳しく続く鈍痛から立ち直れないまま、絶妙な魔力加減を切っ先のみに集められた刃に、喉元を突き破られる。


「りゃぁッ!!」


 弧を描く刃に魔力が走り、一つ気合いを入れると共にオーガの喉を斬り破る。


「ガァァァッ、ゲァッ、ッ……」


 大猿は激しい血風を首筋より噴き出させ、すぐに崩れ落ちた。


 髪と同じ陽色の魔力が見るも鮮やかな軌跡を描いて、やがて鞘へと収まる。


「…………」

「……え、エリカ王女が単騎でオーガを討ち取ったぞぉぉ!!」


 呆気に取られていた兵達が歓喜し、一層に奮起する。


「……ふむ」


 刀の峰による脛打ちから、狙い難いが柔らかい急所である喉を斬り裂いた。


 きっと師は、刃で挑めぬなら峰で打ち、時には刀に囚われず投げ、柔軟な発想で刀術の可能性を広げよ。


 このような感じの何かを伝えたかったに違いないと、エリカは湖の闘いや言葉からそう結論付けた。


「……よし。なんの俺だって……!」


 どこから聞き付けて来たのか町を訪れていた剣士や剣術家の大部分も、自ら希望してこの戦に参加していた。


 酒や宴でも冷めない熱のやり所が無かった。すぐにでも剣の腕を鍛えたい、その一心だ。


 例え相手がゴブリンでも、オーガでも関係がない。


 斬れないという“言い訳”は、もう通用しない。


 あの男はやってのけたのだから。


 ここにいないあの瞬間のグラスの背が、剣を持つ者達の心を奮い立たせていた。


 一部の者達の士気が常軌を逸して高いのも、ギャンの誤算の一つとなっていた。



 ………


 ……


 …





 殆どのトロールやオーガは、遺跡の出入り口の形状の都合からゴブリン達とは別の地点からの出撃を余儀なくされていた。


 だがそれでいい。


 鈍重ながらオーガよりも一段と格上であるトロールの部隊が戦の場に現れれば、それだけで勝利を確定付けられる。


 それまで持ち堪えれば、確実な蹂躙を目に安堵することだろう。


 ギャンが犯した最大の誤算である。


 しかし誰もギャンを責められはしない。


「――雑魚でも数が揃えば喰い甲斐もあるものだな」


 言葉とは裏腹な無感情に感じられる口調。


 飛散した鮮血に濡れるトロール達が、頭を鷲掴みにされて悶えるオーガを引き摺る……理不尽・・・な鬼に震え上がる。


「武具を着付け、武器を手に……」

「ギッ……!?」


 無造作に手首を鋭く回し、鈍く響く音を立ててオーガを亡き者として捨て去りながら、退屈そうに歩み寄る。


 鬼の通った後には、上下に分かれたトロールの死骸や首骨を捻り砕かれたオーガが散乱している。


「…………」


 アスラの援護をと息巻いて追随したオズワルドと二つの部隊が、総じて呆然と立ち尽くす。


 無論のこと、その光景に誰もが恐怖する中でも狩られる側はオズワルド達の比ではない。迫る恐怖感や焦燥感は比較になろうはずもない。


 人族が持ち得る強さの限界を優に超えている。有り得ない。と、夢幻の中にいるのではと魔物ながら疑い始める。


「……恐るるものは無しと勇み望んだ戦だろう。どうした、望み通り存分に奮ってみせろ」


 目前で見上げるアスラの眼光に、四体のトロールと三体のオーガ達が後退りする。


 自分達よりも遥かに小さく背丈は半分、腕などは比較するも馬鹿馬鹿しい細さであるにも関わらず。


「恨むなら浅知恵を与えた将を恨め」

「ッッ……!」


 身構えるよりも早く一歩大きく踏み込み、『豪快』を体現する振る舞いにて戟が払い上がる。


 三日月の黒刃が、トロールの腰元へ接触する。


 腹部がごっそりと消失する感覚を錯覚。


 次には――――上半身が千切れ飛ぶ。


「……やはり数がいればそれなりに振るえるな」


 天下無双。


 単独にて、力のままに戟を奮い、拳をくれてやり、慈悲もなく踏み付ける。


 ただそれだけが、全てが地が震える程に度の超えた腕力パワーで行使される。


 戦と身構えていたのは開幕までであった。


 この鬼に対して、この戦場はあまりにも小さ過ぎた。


 ただの狩場と落ち着いてしまっているのだ。


「これが戦か……。…………ッ」

「アスラさん!?」


 突如、何かを察知した様子のアスラが急に駆け出した。


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