第57話、エピローグ的なその三、光の堕ち(てい)た王国
雨も止み、暗き雲の隙間から月明かりが射し込む夜。
「おぉ……!! セレス、エリカ……。よくぞ無事に戻っ――」
「すみません、お父様。疲れてしまったので今日はもう休みます。詳しいお話は
王城にて出迎えた涙ぐむライト王の抱擁をスルリと避け、セレスティアが足早に城の中へ去っていく。
汚れはあれども、陰るどころか更に美しくなったのではと思わせるセレスティア。
兵士や使用人達も、その凛としつつも麗しい美貌にいつにもまして魅了されている。
「私はお腹空いちゃったぁ……。何か用意してくれる?」
「かしこまりました」
こちらは疲労困憊のエリカ。
立て続けの激戦に、それでも勇ましく戦い抜いたが故にまた一つ成長していた。
死線を潜り抜け、愛らしき見た目なれど立派な武人となっていた。
「エリカよ、よくぞ――」
「あっ、父様。詳しい事はハクトに聞いてね。じゃっ」
ハグをまたもや拒否された涙目の王を置いて、エリカは近くの使用人と共に食堂へと直行してしまう。
「……ハクトよ。
「は、はぃ。有り難き幸せ……」
打ちひしがれた王が、傷だらけでフラフラのハクトへハグした。
「く、黒の魔王は、逃亡。行方は不明であります」
「やはりか……」
王都に出現した、黒き炎の塔。
刃の魔力を解放する。たったそれだけで生み出された、暗雲をも焼き尽くすようなその漆黒の塔。
直前に現れた光の柱や白き光を希望とするのなら、それすらも嘲笑い呑み込む絶望の顕現。
「陛下、私は再び現場へ向かおうと思います」
王女達を護衛する任務を終えたシーロが、休む暇なく次なる行動を王へと告げた。
「うむ、例の魔物とエンゼ教の容疑者はマートンが手配した兵士達へ任せ、現場の調査に専念せよ」
「はっ!」
近衛騎士団長としてシーロは、息子に構う事なく踵を返す。
「構わぬ。僅かなりとも言葉をかけてやれ」
「は、はっ」
シーロがハクトへ向き直り、微笑みかける。
「よくやった。素直に誇りに思うぞ。セレスティア様方よりお前の事を伺った。魔王を相手によく戦ったな」
「い、いや、オレよりセレス様達が……」
魔王に何もかもを見逃された事実に、どう褒められようが激励されようが素直に受け取れないと言った様子だ。
「我々としては生きて帰って来てくれた、王都が無事であった、それだけで満足なのだ」
「……」
「悔しいなら、エリカ様に負けないように精進しろ。今胸にある熱を忘れないようにして、技と心を鍛え上げろ」
王とシーロの優しい言葉。
かけられた言葉は間違ってはいない。間違ってはいないのだろうが……ようやく気付く。
自分は恵まれ過ぎていたのだ。
「――はい」
勇者として、戦士として、人として、ようやくの始まりを自覚し、決意の眼差しで首肯したハクト。
「ほう……」
「ふっ、ほんの数刻見ない間にこれ程までに成長するとはな。エリカと言い、ハクトと言い。子離れする余等の気持ちも考えて欲しいものだ」
「全くです」
王と共に子の成長の速さに、親としての少しの寂しさから苦笑いを向け合う。
セレスティアを子に持つ王の気持ちが、少しだけシーロに理解できた瞬間であった。
そんな時にふと、ハクトが逆手に持つ溶けたようにガタガタの刃となった剣に目が行く。
(……本当に、あの魔力を引き出したのか……)
そのシーロの顔は、嬉しさよりも不安の色を濃く現していた。
………
……
…
深夜の王城では、張り裂けそうな緊張感で緊急会議が執り行われていた。
ハクトからの報告を耳にし、主要なメンバーが集まり、重苦しい空気の中で執り行われていた。
「……まさか、魔王の狙いが……セレスであったとは……」
「もっと早くに気付くべきでした……。魔王が現れるところには、常にセレスティア様がおられた」
項垂れるライト王に、心痛しているジョルジュが目を閉じたまま告げた。
「僕達は、収容塔の際もセレスティア様が魔王の策を見抜き、先回りしていると信じて疑いませんでしたから。……まさかそれすらも、セレスティア様を手にする為に魔王が仕組んでいた事だったとは……」
遺跡で見初め、収容塔に誘き出し改めて見定め、そして今回……連れ去ろうとした。
「今回に至っては、カシューやエンゼ教まで利用していました。強さも頭脳でも、我々を遥かに凌いでいますね」
これ以上ない邪悪な手段を用いて。
今更ながらそれに気付いたマートン公爵の顔色も悪く、まるで戦に負けた直後のような雰囲気である。
「【絆の三姉妹】や【旗無き騎士団】が可能な限りの協力を約束してくれましたので、戦力は補えます。これからは極力セレス様には城に留まって頂く必要がありますな。『遺物』という新たな切り札の事もありますし」
「……うむ」
険しい顔付きで対策に思いを巡らすライト王に、他の面々も言葉が中々出ない。
「――戻ったぞ」
ノックなどもなく、1人の若者が会議室へと入って来る。
オレンジ色の濡れた短髪にちょこんと小さな王冠を乗せ、貴公子そのものの騎士。
「アルト様っ! お戻りになられたのですか!」
「胸騒ぎがした。やはり当たっていた」
無機質とも思える物言いで、背に担いでいた大剣を兵士に預け――
「ぐあっ!?」
「お、重い……」
大剣の重量によろめく兵士達に見向きもせず、汚れた甲冑姿のまま王の対面へと腰掛ける。
「結果的にセレスは助かった。今は他の対応が急務だ」
「……そうだな。お前の言う通りだ、アルト」
怒りと焦りに呑まれていたライト王に、僅かに普段の賢王らしさが戻る。
配下も内心で安堵の声を上げていた。
「目下の問題は、クジャーロへの対応と……ヤンとやらの尋問や関わっていたであろうエンゼ教への対応だ」
淡々としているようにも聞こえるアルト王子の言葉に、ライト王は王らしく毅然とした振る舞いで頷く。
(……“古き伝説の復活”……。【黒の魔王】は何を識り、何を成すつもりなのだ……)
♢♢♢
【絆の三姉妹】御用達の宿屋『兎の耳って長い
クタクタに疲れ果てた3名が、帰って早々に湯に浸かり、湯から上がるとすぐにベッドに入る。
「……あ〜、これは……ぐっすり眠れそう……」
「ねぇ、なんで国に協力なんて申し出たの?」
椅子に座って髪を拭くシャノンが、すぐにこの国から出て行くべきではないかと、かなり遠回しに訊ねる。
「あの魔王の少年があたし達に接近した理由が分からないじゃん。女好きだったら、あたしらも洗脳されちゃうかもよ? それなら噂の黒騎士のいるこの国に協力して一緒に戦った方が良くない?」
「なるほどね……そうだったの。やっぱりなんだかんだで頼りになるいい姉さんよね」
微笑みかけるシャノンに、照れたように顔を背け……。
「……」
同じベッドの傍らで眠るリズリットの髪を撫で、嬉しそうに続ける。
「この子のお気に入りもできたしね」
「ふふっ、そうね」
「あんたもだけどね」
「ぴっ!?」
その寝顔も、王都も、セレスティアも、誰によって守られたものなのか、知る者は誰一人としていない。
いや……。
♢♢♢
「……やってくれたねぇ。【クロノ魔王妃】だなんて。あんな破天荒なアドリブは見た事がないよ。君には女優の素質がある。お金を払ってもいいくらいだ。……でも俺はそのフォローでテンテコ舞いだったよっ?」
借家の地下に勝手に建造したアジトにて、腕を組んで説教中の10才クロノ。
その視線の先には……。
「こんなんじゃあ、まだまだ俺のご指導ご
「……恐れながら」
白い軍服姿の可憐な女性。
「何かな? 言い分なら勿論聞くとも」
「ありがとうございます。では……あの状況ではあれが最善かつ自然だったと判断しての事でした」
「ふむふむ」
ご立腹気味のクロノを前に、落ち着いた気丈な物言いで可憐に言い訳を紡ぐ。
「それにクロノ様が――」
「あろう事か俺のせいにする始末!!」
「申し訳ありません……」
子供クロノにお説教をされてヘコみながらも、どこか嬉しそうに椅子に座るセレスティアがいた。
疲れたからもう休むと王やジョルジュへ告げ、王城の部屋に篭り、モッブに影武者を任せてクロノの元へやって来ていた。
(いや、でも……古来より姫がボスに攫われる話は山程ある。失敗という形にはなったが……結果的に……アリだったな……)
顎を撫でながら、思ったより良い展開かもと、叱り付けた事実を何とか無しにしようと画策するクロノ。
「あの……クロノ様……?」
その主人の知的な姿に見惚れていたセレスティアが、恐る恐る話しかけた。
「脈拍っ!」
「ひゃ!?」
突然、セレスの手を取って脈を測り出すクロノ。
「……よしっ! 顔色赤い! 血行よし! 反省の色……あり! 全部よし!!」
急に手を握られ赤面して目をパチパチとさせているセレスティアへ、矢継ぎ早にそう告げた。
「……さっ、メディカルチェックも終わったし、早速祝勝会をしよう。今夜は夜更かしだよ。ほらほら、早く手を洗って!」
「えっ、は、はいっ」
「おむすびとお茶漬け、どっちがいいっ?」
「そんなっ、クロノ様の御手を煩わせるなどとっ。私が御用意致します!」
上の階に元気良く向かうクロノを、セレスティアが慌てて追いかけて行く。
「あっ、そうだ」
「何か……?」
また叱られてしまうかもと、怯えと期待で胸のときめくセレスティアへクロノは謝罪する。
「ごめんね。あんなに綺麗なドレスを汚しちゃって」
「あっ……滅相もありません。他にも何着も所持しておりますので」
いつもの優しいクロノに、照れたように微笑む。
「そうなんだ。あんなに似合ってたから、お気に入りを着て来たのかと思ってた」
「ッ!!」
「また別のも着る機会があったら見せてね。勿論無理強いはしないけど」
「……」
クロノに気付かれぬよう、密かに内心で歓喜に悶えるセレスティア。
「……今から取って参ります」
「今から!? 意味分かんないから止めときなよ……」
アジト外の暗い静寂が嘘のように、その場だけは明るい雰囲気が漂っていた。
そしてクロノお手製のおむすびが作られ……。
「むぐむぐむぐ……」
「あぁっ、クロノ様っ。そんなに頬張られてはいけませんっ。破裂してしまいそうです!」
「あむあむっ」
「更に詰め込まないでくださいっ」
両手のおむすびに食らいつくクロノに、焦ったセレスティアがお茶を慌てて用意する。
「……んくっ。……そう言えばさっきのハクトだけど、気付いた?」
「……はい。あの白光の魔力の気配は……」
途端に刃のように鋭い真顔となり、急須から湯呑みに注ぐ手を止めるセレスティア。
目付きも鋭く、彼女の放つ洗練されたオーラが事の重大さを現していた。
「うん。――あの遺跡の男の魔力と似てたね」
〜・〜・〜・〜・〜・〜
連絡事項
これにて三章を終了とし、明日か明後日にこの作品初めての閑話を更新します。
そちらは読まなくてもストーリーにはあまり関係ありません。少しだけ四章以降に関係のある話が出て来るくらいです。
そして少しばかり四章を整えるお時間を頂きまして、冬休み又は年末年始のちょっとしたお楽しみとして四章を再開としようと思っています。
現在、間に合うように鋭意書き書き中です。一話目は早目に更新できると考えています。
ありがとうございました。
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