第56話、エピローグ的なその二、魔王セミナーで開花する勇者

 

 ハクトとエリカ、更にはルルノアやセレスティアに囲まれながらもゆったりとした剣戟を繰り広げる魔王。


 そう、動き自体は決して速くない。


 その絶大な力や魔力ではなく、位置取りや身のかわし方、純粋な剣技により戦いを支配していた。


「――まだまだだね」


 黒の装飾剣を操り、戦う4人すらも魅了する華麗な剣術で舞う。


「嘘だろ!? 四人がかりでっ!?」

「口を動かしてないで姉様達を援護するよ!!」


 しかもその内の2人は、ライト王国屈指のセレスティアとルルノア。


「ッ!!」

「うりゃあ!!」


 セレスティアが斬り付けた瞬間、足の止まった魔王へと太くなった戦棍せんこんを叩き込む。


 だが、


「――うわっ!? ち、ちょっと!!」

「見事に受け流されてしまいました。すみません」


 セレスティアの剣が魔王の剣をかすり、そのままルルノアの方向へ流れたのだ。


「……弱いな。これでは遊びにもならない。……て言うか、何かぁ……不要な手助けの気配を感じる」


 四方から一気に攻められつつも余裕で戦う魔王が、つまらなそうに呟いた。


「……」


 すると、ふとした戦闘の合間に魔王は己が手にある『遺物』を眺める。


「――セレスティア」

「ッ!!」


 魔王がセレスティアへと、装飾剣を優しく投げ渡した。


「なっ!? 何をっ……」

「『遺物』を、渡しちゃった……」


 ハクトもエリカも魔王のその行為の意味が分からず、呆気に取られる。


「……」


 当のセレスティアも手元にある見事な漆黒の装飾剣に目が釘付けとなる。


「……何のつもり? 何かの罠?」

「俺のものは俺のもの。全てのものは俺のもの。いずれセレスティア共々再度手に入れればいい。それに……俺はいくらでも手札があるからね。そんなものに頼る必要なんか無いよ。でも……貧弱な君達には、それが必要だろう?」


 ルルノアの問いにも、余裕を持って答える魔王。


 続けて腰元の剣を抜きながら語る。


「さて、セレスティア王女。それに相応しいと俺に示す事ができるかな?」

「勿論です……」


 ギラギラとした瞳の気力漲るセレスティアが、装飾剣を掲げた。


「《我は光をもたらす者なり》」


 暗雲立ち込める王都に、光の柱が生まれる。


 教会内は眩い光で満たされ、セレスティアが装飾剣を一振りすると従うように輝きが収まる。


「――参ります」


 その言葉に黒の装飾剣が神々しく輝き、所持者の周囲に光の槍を生み出す。


「……マジで?」


 まさか本当に『遺物』だったとは思わなかった魔王から、誰にも聞こえない音量で間の抜けた声が漏れる。


「この剣を受け入れた者として、必ずやご満足して頂きます」


 皮肉なのか、へりくだったようなセレスティアの言葉と共に、『遺物』が振るわれた。


 光と闇の闘い。


 殺到する光の槍や剣の閃きが、魔王へ襲いかかる。


「ふむ」

「――ッ!!」


 それらを紙一重で躱した魔王に、瞬きの速さで背後を取ったセレスティアが装飾剣を振るう。


 それすらも軽く躱されるが、知っていたとばかりに優雅にして苛烈な攻め手が加速していく。


「――っ。ふぅむ」

「……」


 ここで、やっと魔王が腰元の剣を抜き、装飾剣を受け止めた。


 ハクト達の視認の領域を超えた光速の攻防。


 剣の影は勿論、セレスティアの姿さえ途切れ途切れでしか捉えられない。


 そんな常人達は置き去りにして、白きドレス姿で光の粒子を残しながら絶え間なく魔王へと斬りかかるセレスティア。


「「……」」

「あの娘、あんなに強かったの……?」


 ルルノアでさえ置いていかれる程に強く輝くセレスティアの剣技。


 光を纏い、その美貌や金の髪を神々しく煌めかせながら戦うその姿は、正に【光の戦女神】そのものであった。


 だが……。


「……流石はセレスティア。手にしたばかりの『遺物』を、かなり使いこなしている」


 魔王は次々と向かってくる光の攻撃を、遊ぶような曲芸じみた動きも混じえて、難なく避けている。


 時には二剣を駆使して。


『遺物』とセレスティアの組み合わせを持ってしても、魔王の余裕を剥がせない。


「あたしもやるっきゃないか……。ここで魔王を逃すのは危険っぽいわ。魔眼どうこう言ってたし、たぶん未来を先読みする能力の他にもいくつも隠し球があるのかも」

「ッ!?」

「未来を……読む……?」


 棍を回して覚悟を固めながら言うルルノアの言に、ギョッとした顔で驚愕するハクトとエリカ。


 未来を見るなどという想像を絶する神の如き能力。


 理を逸脱したそのような力を、この少年の姿をした魔王が本当に持っているのだろうか。


 しかしすぐに目の前の光景に目をやり、納得する。


「じゃ、あんたらは下がってな!」


 駆け出したルルノアの先で戦う魔王は、セレスティアのあらゆる攻撃を避けている。


 先読みしているかのように完璧に。


「……よしっ!」

「ぇ……エリカ……?」


 エリカが立ち上がり、鞘入りの刀を腰元に構える。


「私も行ってくるよ。ハクトは待ってて。――ッ!!」


 駆けて行くエリカの背を、ただ見送るハクト。


 ケリーの時と同じく、無力感に苛まれる。


 ハクトは決して弱くない。


 勇者としてシーロの跡を継ぐ為、歴代の勇者達のように厳しい修練を積んでいる。


 順調に強くなっている。


 だがこの場は、彼の成長を待ってくれはしない。


「もらったぁぁ!!」


 疑うべくもなく主力であるセレスティアとの激しい剣戟の直後を狙い、ルルノアが背後から縦に一振りする。


「不意を突くなら最後まで声は出さない事だね」

「嘘ッ!?」


 背後のルルノアを見ぬまま、滑らかな動きで半身になり躱す魔王。


「悪は斬る!! 《伸魔突き》ッ!!」


 矢のように愚直に真っ直ぐ踏み込んだ、エリカによる疾風の刃。


「無駄だ」

「クッ!?」


 魔王の人差し指が、少しばかり刀の軌道を逸らすだけで無力化されてしまう。


 やはり、軌道や技を見切るような……予め未来を見ているかのような動きであった。


「半端な手出しならば無用ですッ。――セィッッ!!」


 気合い十分のセレスティアが、輝く装飾剣を地に突き刺す。


 すると、魔王の足元から巨大な光の刃が突き上がる。


「むっ」


 僅かに驚きを現すが、フワリと柔らかく4回転半のステップを踏んで軽く避けてしまう。


「……セレスティア以外はやっぱりまだまだだね」

「ッ……」

「ふふっ……こ、こほん! ……それは光栄です」

「言ってくれんじゃん……。防戦一方の癖して……」


 歯を食いしばるエリカと咳払いの後にあからさまな険しい顔で返すセレスティア、そして苦し紛れの一言を放つルルノア。


「……防戦一方?」


 そのルルノアの一言が、更なる恐怖と絶望を運ぶとも知らず。


 魔王がエリカへと体を向け、無防備に一つ踏み出す。


「ッ!! シッ!! ――えッ!?」

「気付いているか? 今もお前達が生きているのは、俺の慈悲だと言うことを」


 エリカの放った刀の斬り上げを脇を通過させて挟み、捕まえてしまう魔王。


 その隙に側面からルルノアが棍を張り上げ――


「――グッ!?」


 伸ばした脚で易々と受け止められ、そのまま地面へ器用に押しつけられる。


「ッ!!」

「気付いているか? 王都の民を殺していないのは、俺の気まぐれだと言うことを」


 続けて斬りかかるセレスティアの輝く装飾剣さえ、逆手に持った漆黒の剣により防いでしまう。


「気付いているのか? 貴様らの手で守れるものなど、何も無いという事を。――ッ」


 暗黒の魔力が3人を襲う。


「キャッ!!」

「グッ!?」

「ッ!!」


 突風により吹き飛ばされたように転がる3人を余所に、魔王は炎を纏うように魔力を漲らせる。


 黒騎士のものよりも強力に思える、黒の波動にハクトとエリカの闘志も鎮火していく。


「……ッ、取り引きだ!!」

「ん?」


 切羽詰まった様子のハクトが声を上げる。


「お前の望むものを用意する!! だからこの場からは手を引いてくれ!!」


 勝てない。


 ルルノアでさえ、そう確信していた。


 故に、誰も魔王へと叫んだハクトの提案に反論や異議を唱えようとはしない……。


「……悪くない」

「な、なら――」

「一見すると、だけどね」

「……」


 ……どれ程愚かであったとしても、誰も異を唱えない。


(これは、魔王セミナーを開講した方が良さそうだね)


「……確かに、俺を相手にするのは愚かな事だ。勝てようはずもない。だから交渉し、取り引きを試みるのは残された唯一の方法のようにも思える。救援への時間稼ぎという大きな利点もあるしね」

「……」


 だが、と間違いを指摘するように魔王は続ける。


「だけどね、取り引きとはお互いに相応の手札があり、互いが互いを必要とした時に行われるものだ」

「……だ、だからオレ達にできる限りのものを用意――」


 ハクトの甘い言葉を待たずして、魔王は端的に柔らかい口調で絶望を与える。







「――奪えばいい」







 ハクトの思考が止まる。


 セレスティアやルルノアには、当たり前の魔王の一言。


 エリカでさえ、薄々分かっていた言葉。


「勇者よ。悪とは、道を外れるから悪なんだ」

「……」

「中には決まりの抜け道を探して悪行を行う奴等もいるけどね。それらを正すから君らは正義なんだよ」


 幼児に教えるような魔王の言葉に、ハクトは自分の提案の浅はかさを知る。


「俺は強い。君らに提供されるまでもなく、君らから奪えばいい。決まりなど知った事ではないと、あらゆる利を力任せに掌握すればいい。例えば、金、食糧、そして……」


 ハクトと見つめ合っていた魔王の視線が、――セレスティアへと向く。


「ッ!?」

「……先程のやり取りを聞いていなかったのかい? 取り引きとなっても俺が今要求するとすれば、彼女となるよ?」

「それはッ!!」

「それはダメかな? う〜ん、君の提案する取り引きとは、随分と君に都合の良いもののようだ。やはり却下だね。全て力で奪う方が、楽だ」

「ッ……」


 自分達の安全の為の提案であったが、それでこの場を回避しても待っているのは大事なものの喪失。


 これに気付いた時、ハクトは……自分達に選択肢など初めから無かった事を自覚した。


「……分かったろう? そもそも立っている舞台が違うんだ。俺と君ら。強者と弱者。悪と正義では」


 魔王が、魔力を滾らせて非情な現実を突きつける。


「他者を踏みにじり、生をもてあそび、理不尽に奪うものなんだ。……懸命に暮らしている生命から、己が欲望の為に身勝手に奪うものなんだ」

「ッ!!」


 魔王の静かな言葉。


 この言葉だけは、まるで胸の内を悟らさないように努めて無感情に説いていた。


「……弱い君には、何一つ守れない。何一つ正せない。取り引きや交渉すらできない。指をくわえて見届けるのが精々だ」


 ハクトの胸の内に、かつてない怒りの感情が生まれる。


 甘さを見透かされ、魔王に悪や正義を説かれる未熟な自分自身に。


 情けなさで涙ぐむ瞳に、意志の炎が灯る。


「だから悪が生まれる。力があるなら、何をしても許されてしまう。……今の俺のように」


 分かっていたはずの弱者の嘆きを思い生まれた激情が、己の奥底に渦巻いて行く。


「今まさに君達がどうする事もできないようにだ。だから俺は当然の主張を続ける。……この3人は俺のものとして連れて行こう」

「……」


 セレスティアのみならず他の2人の美女を見渡しながら語る魔王。


 その言葉の数々が、ハクトの目を覚ます。


「悪に何も期待してはいけない」

「……あぁ、そうだな」


 ハクトの内から、白き魔力が滲み出る。


 暗黒の魔力を重圧として身体から放ち、ハクトの気力を押し潰す。


 徐々に、徐々に、強く、重く……。


 ハクトの内なる力を封じるように。


「世界は理不尽に満ちている」

「ッ、――みたいだな……」


 勇者を見つけ出す、その為だけに誘拐されていた者達の存在が脳裏を過ぎる。


 子供のように泣き出してしまいそうだ。


 怖いものは怖い。


「……」

「はぁ……はぁ……」


 ルルノアやエリカでさえ、魔王の解き放たれた実力のほんの一部に、闘志は蝋燭の火よりもか細くなっていた。


「あまりぼやぼやしていると、―――――何もかもが手遅れになるぞ?」

「嫌だ……」


 子供のような口調で抗い、涙の流れる眼で魔王を睨み付ける。


 超越者である魔王の力に恐怖し震えていた足に……力が入る。


 剣を持つ手も確かなものとなる。


 太腿も前腕も恐れを捻じ伏せる為に過剰に力み、血管が浮き出て固まり切っている。


「嫌か。……それで、君は魔王である俺を前にどうする? 交渉を続けるかな? 勇者ハクトよ」


 ピリピリと、熱を放つようにまばゆく輝き始める。


「……立ち向かおう。甘さも不可能も、ここに捨てて行く……」


 純白の目醒めざめ。


 今までのハクトとは別物の荒々しくたぎる魔力が彼を覆う。


「ハクト……?」

「……こんなに魔力が上がるなんて、何者?」


 エリカやルルノアも別人と見紛う、ハクトの変貌。


 この場の誰もが、ハクトの背に白き翼を幻視していた。


「この魔力は……」


 険しい表情のセレスティアも、魔王も。


 咄嗟に視線でクロノへ指示を仰ぐが、セレスティアにしか分からないように微かに首を横に振り、干渉を拒む。


土壇場どたんばで覚醒したのは驚きだけど……残念ながらそれでも俺に殺されるよ? 魔力が上がった程度ではね。セレスティアよりもまだずっと弱い」

「ふーっ、ふーっ、……っ、だろうな。けど……逃げられないのなら、戦うしかない。仲間の危機、王国の危機ならば、立ち向かうしかない。何をどうしてでも……ッ」


 駆け出したハクトの鋼の剣に、白き力がほとばしる。





「――倒すしか無いッッ!!」





 陽光のような白光を振りかざして斬りかかるハクトを眺める魔王が、マスク越しに嬉しそうに笑った。


 そして、


「勇者の血が目覚めたか……」


 白と黒の刃が交わる。


「キャッッ!!」

「ッ!!」


 正面からまともに打ち合わされて生まれた衝撃により、ボロボロの教会が崩落していく。


「おおおおおおおッ!!」

「それでこそ勇者だ。念の為に問おう」


 一つ、また一つと白黒の剣が打ち合わされる。


 瓦解がかいする教会で、技術も何もない愚直な剣戟けんげきが繰り返される。


「この問いを間違えるのならば、君を勇者とは認められない」

「ギィッッ、グッ……アアァァアア!!」


 弾き飛ばされるのならと、内から溢れる魔力を高め続ける。


 身体に宿した突然の魔力の強さに、鼻や口、耳や傷口から血が噴出する。


 身体中の筋肉や骨が悲鳴を上げ、脱力しようと弱音を吐く。


 が、構わず更なる魔力を引き出す。


 構わず身体に叩き込む。


 ここを乗り越えなければ自分達に明日は無いと、今のハクトは理解していた。


 故に、強く―――――


「グゥゥ、ァァァアア!!」


 一際強く魔力をほとばしらせた刃を、悠々とたたずむ魔王へ走らせる。


「先程までの君にはできなかった問いだよ」


 溢れる力をそのまま思い切り迸らせる白き魔力の刃に対し、剣身を丁寧に塗り潰すように一雫ひとしずくも魔力を漏らさない漆黒の刃。


 対象的な2人の鍔迫り合い。


 魔王は勇者の正義に燃える目を間近に見つめ、楽しげに問いかけた。


「――世界の半分をくれてやろう。俺の側に付かないか?」

「断るッ!! 世界の残り半分が悪に染まるならば……何の意味もないッ!!」


 魔王の漆黒の刃に、ハクトが血を撒き散らしながら飛ばされる。


「グァッッ!!」

「よくぞ言った! この魔王が認めよう! ハクト、君は紛れもない勇者だッ!」


 予想を超える返答に、愉快な心中を抑えきれない様子で魔王は語る。


「希望を失ったその先に絶望がある……。君が強くなり、セレスティアやエリカと共に王国になくてはならない存在となった時。あらゆる悪に打ち勝つと誰もが信じて疑わない英雄となった時……」


 刃の形に綺麗に収束されていた剣の魔力が、黒い炎のように揺らめき始める。


「それが呆気あっけなく失われたならば、どれ程の絶望が訪れるだろうか。今から愉悦ゆえつを禁じ得ないよ。……それまで、セレスティアとその剣は預けておこう」


 子供のようにはしゃぐ魔王が、剣を曇天へと掲げる。


「――ここに宣言する。今日この日より、『古き伝説』が復活する」

「古き……伝説……?」


 エリカの疑問の言葉へ答えず、魔王は剣の魔力を解き放つ。





 ――これが、始まりの狼煙のろしとなる。





 黒炎の塔が、空を焦がした。






 〜・〜・〜・〜・〜・〜

 連絡事項

 これが、最終話一話手前です。

 ラストは次章との兼ね合いもあるので、遅れるかも知れません。

 むしろこれをラストとしてもいいかも知れません。


 ありがとうございました。


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