第55話、エピローグ的なその一、魔王と踊れ(強制)

 

 王城は緊迫感に包まれ、騎士や兵士が戦争前を思わせる程に慌ただしく行き交っていた。


「――陛下。現在出動可能な最大の増援を送りました」

「うむ……」

「同時に帰還中のアルト様へも早馬を送りました」

「あぁ。……ッ」


 クジャーロへの怒りに震え、歯を食いしばるライト王。


 カシューが起こした大胆不敵な事件は、配置させておいた部隊が壊滅したという情報と共にすぐ様王城へと報せられた。


「セレスティア様とエリカ様の安全を最優先としつつ、強固な包囲網を敷くよう徹底した指示を与えておきました」

「うむ、決して逃すな」

「はっ」


 マートンの目付きも心中穏やかではない様子で、執務室は2人きりながら異様な緊迫感を内包していた。


「あの一帯は住宅地だ。被害を最小げ、ん……………」


 だが、王の言葉が途絶える。


「……」


 マートンの血の気も引く。


 緊急時の多忙極まるタイミングにて、完全な静寂が王城に舞い降りる。


 2度目・・・と言えども、そちらの方面へすぐに顔を向ける事すらできない。


「まさか……こんな時に……」

「黒の、魔王……」



 ♢♢♢



「……………」

「ッ……」


 目の前の光景に絶句する。


 敵味方問わず、誰もが治まらない悪寒に震え、巨大な魔力が生まれた教会を注視していた。


 今の今まで殺し合っていた事も忘れて。


 そしてその後に襲いかかった大地の揺らぎ。


 息は乱れ、冷や汗は止まらず、全身から力が失われる。


「あの魔力は……」

「うん。黒騎士くらいの規模の魔力……」


 ハクトとエリカが、教会から視線を離さずに呟いた。


「あぁ、だが……黒騎士のものより……」

「……」


 冷えた汗を流し険しい顔付きのハクトと、エリカは収容塔で僅かに垣間かいま見た【黒の魔王】の暗黒そのもののような魔力を思い起こす。


「まさか……」

「……ッ、セレス様はどこだ!?」


 ハッとなったハクトが周囲を見回す。


 しかし……エリカやシャノンなども加わり、目を皿のようにして見渡すも、すぐに目に付くはずの麗しき姿は見当たらない。


「……そう言えば最初からどっか行ってたし、建物の中で戦ってるのかも……」

「いや、待て……。もしくは……」


 エリカとハクトの脳裏に、御前試合で【黒の魔王】が現れた塔に駆け付けていたセレスティアの姿が思い起こされる。


 以前と同様に【黒の魔王】の思惑を見抜き、先回りしたのではないか。


 そう思わずにはいられなかった。


「……行くぞ」

「うん。あの魔力が黒騎士だといいんだけど……」


 不安を加速させる2人が、今正に震える脚で駆け出そうと意気込む。


「……もし良ければ、あなたも来てくれる?」


 エリカが、ふとほんの少しの希望で背後の人物に提案した。


「……う、う〜〜ん……あの執事君に借りがあるんだよねぇ。……ヤバくなったら逃げるよ?」





 ♢♢♢




「――あ〜、すっきりした。やっぱり魔力を放出させるなんて流行りものより、手っ取り早いこっちの方がいいや」

「御見事でした、クロノ様」


 場違いな声のする教会内には、気絶し壁に埋まるヤン司教と……。


「……え〜、此度の君の働き、まっこと見事だよ。君のスパイ容疑も晴れました。おめでとう!」


 パチパチと手を叩く上機嫌な少年クロノ。


「ありがとうございます。御喜び頂けたのなら私もとても幸せです」


 無垢なるドレス姿で跪くセレスティアの前に雄々しく佇むクロノに褒められ、歓喜の雷が彼女の全身を奔り抜ける。


 そして同時に、クロノの計画通りにカシューをここに誘き出せた事に、心中で密かに安堵する。


 どうやら自分の読み通り、クロノは目障りなカシュー王子を始末する為にここのところ動いていたようだ。


「重要役職を任せる事は前から決めていたし、何かボーナス……ご褒美を上げられればいいんだけど……………お金以外で」


 う〜んと唸るクロノは、眼下で頰を赤らめて純真な眼で見上げるセレスティアの忠犬そのものの様に気が付かない。


「……その前に、一つ御たずねさせて頂いても宜しいでしょうか」

「どんと来い。略して“ドンコイ”」


 上司として、配下に教える事に何の躊躇ためらいも無いとばかりに、一文字だけ省く略称を生み出して即答する。


 そんな腕組みをして気合い十分のクロノに、セレスティアがおしとやかに問う。


「――私はいつ頃、クロノ様の元へ参ればよろしいでしょうか」

「え? 別にこのまま王都支部で勤務してもらったらいいけど」


 勝手に王城にあるセレスティアの部屋を自分の組織の支部としてしまうクロノ。


「……」

「なるほど。不満なのはこれでもかってくらいに伝わったよ。人ってここまでも不満を現せる生き物なんだね。普段の素直さが嘘みたいだもの」


 クロノとしては、家族や友人と過ごしつつ楽しく働く環境作りをしようとしていたのだが、セレスティアは不服そのものらしい。


 従順な彼女にしては珍しく、ねたような顔をしている。


「クロノ様の本来の御住まいに私がおもむかずして、他の誰がクロノ様の御世話をされるのでしょうか。少しおかしいと思います」

「す、少しって言ってる人の顔じゃないよね。どうかしてるぜ、ってくらいの顔じゃん」


 いつになく真顔となって説くセレスティアのあまりに凛とした風貌に、クロノは気圧されて困り果てる。


 セレスティアをクロノ邸に迎えるのは全く構わないのだが、まだ学生のセレスティアが突然居なくなれば家族等が悲しむだろうと思い、どうしても頷けないのだ。


「う〜む……」

「それでしたら、黒騎士様の御姿の際に憐れな少女達へ授けた“洗礼”を……私にも頂けませんでしょうか」

「……洗礼って……」


 以前に、リリアなる者達へ施したクロノ式施術だと当たりを付ける。


「まぁ……アレだったらコストもかかんないし、身体も健康的に強くなるし……セレスは今回みたいに狙われる事も多そうだし……コストもかかんないし、いっか」

「はい」


 セレスティアの巧みな交渉術に、クロノが折れてしまう。


 そして何も疑う事なくティアラを外し、儀式のように祈るセレスティアの頭に手を乗せてしまう。


 ここへ向かう者達がいる事も忘れて……。




 ♢♢♢




 雷鳴轟く中、激しくなる雨粒によってずぶ濡れの3人が、教会の扉を走って来た勢いのまま開け放つ。


 先程の強大な魔力の気配が序の口とも思える絶望に見舞われるとも知らずに。


「セレスティアさ――」






 ――ぁああァァァああアア!!






 淫靡いんびに思える悲鳴。


 その情欲を無理矢理に引き出してしまう艶のある声音と共に飛び込んでくる、目を疑う光景。


 膝を屈する天上の美少女と……それを見下ろす、マスクとフードを着けた平凡な少年らしき人影。


「……」

「……うそ……」


 禍々まがまがしい魔力を宿した少年の手により、セレスティアの頭部に容赦なく流される邪悪な闇。


 魔の儀式の雰囲気に当てられ、ハクト達が茫然自失となる。


「言ってる場合? ――セリャァ!!」


 ルルノアの全力の一投。


 渾身の膂力によって放たれた棍は、少年目掛けて一直線に突き進む。


「……」

「……」


 ルルノアの顔が凍る。


 セレスティアから手を離した少年により、指一本で棍を受け止められた事実に。


「ッ……」


 少年の手が離れた事により、セレスティアが崩れ落ちる。


「……う、うぅ」

「ッ、セレスティア様ぁぁ!!」

「姉様!!」


 ハクトとエリカが、うめき声を漏らしながら起き上がるセレスティアへと叫ぶ。


 何事もない事への微かな希望を込めて。


 それを魔王は余裕を持って無言で傍観する。


「……」


 そして、しきりに腕で額の汗を拭き出した魔王の前へ、起き上がったセレスティアが―――――ひざまずく。


「……魔王陛下。永遠の愛と忠誠を捧げます……」

「そんなッ!? セレスティア様!! どうされたと言うのですか!!」


 魔王と呼ぶ少年へ忠誠を示すセレスティア。


 それはライト王国の……いや世界の光が闇へと取り込まれたような、絶望的な様であった。


「陛下の御前で騒々しい」

「ぇ……」

「な、何を……?」


 肩越しに振り返り見えた、透き通る氷のような無表情のセレスティア。


 彼女が何を口にしたのか、理解できない。


「私は、陛下直々の『黒の洗礼』により……【黒の魔王妃】へと生まれ変わったのです」


 魔王の隣に立ち上がったセレスティアが、非情な現実を突き付けた。


 その大きな胸を張るように、大願を成就させたかのように。


「なッッ!?」

「そんなっ、嘘ッ!!」

「ん〜、これは控えめに言って、最悪ね……。しかもあの少年だったかぁ……。……勝てるかなぁ」


 驚愕という言葉では足りない衝撃。


 凛々しさを研ぎ澄まし、酷薄な眼差しでハクト達に宣言するセレスティアは、闇の女神そのものであった。


 美しさや気丈さはむしろ増しており、魔力までもが膨れ上がったかのようだ。


 だが……。


「……あ、これ返しとくよ。……ッ!」

「あっ!」


 ティアラをセレスティアの頭に乗っけた後に、何故か魔王が後方へ飛び退く。


「危ない危ない。でも……俺はだまされないよ、セレスティア王女」

「え……?」


 セレスティアの悲しげな声音。


「ど、どう言う事だ……?」

「分かんない……」

「……」


 ハクト達も何がなんだか分からないと言った様子で成り行きを見守っている。


 しかし、魔王は片手で棍をクルクルと玩びながら続けた。


「俺の洗脳術は直前で阻止されたはずだ。俺をたばかろうなど、流石はセレスティア王女だね」

「……そ、そのような事はありませんっ。本当に洗脳されました!」

「俺の作り上げた洗脳術だよ? できたかどうかくらい分かるとも」

「……で、では9割方洗脳されています! もう命じられれば抗う事はできません!」

「最後の1割が肝心なんですぅ。あとはオマケみたいなもので、嫌いな野菜を食べられるようになるとかそんな効果しかありませ〜ん」

「……」


 少しばかり違和感のあるやり取りの後に、セレスティアの背から漂う不満げなオーラ。


 オーラから察するに、勝ち誇った魔王を見詰めるセレスティアの顔は膨れっ面だろう。


 だがこの状況でそれは有り得ないので気のせいだと、頭を切り替えてハクト達は状況の分析を図る。


「……では“魅了の魔眼”に囚われているようです。身も心も鷲掴みです。もはや私は魔王様の虜です」

「残念だったね。俺の“百の魔眼”の中に、魅了の魔眼は存在しない!! このたわけが!!」

「っ……」


 悔しそうに拳を握り締めるセレスティアの後ろ姿。


 まるで……全く別の戦いが2人の間で行われているかのようだ。


「……どうやらセレスティア王女は、洗脳されたフリをして魔王のふところに忍び込もうとしてたみたい。見破られたみたいだけど。でも百の魔眼って……ヤバ過ぎ……」

「で、では、セレス様は御無事なのか!」

「良かったぁ……」


 騎士然とした動きでセレスティアの前へと回り、剣を構えるハクト。


「セレス様はお下がりを!! 狙いは貴女なのですから!」

「逃げた方が良くない? ……ッ!?」


 魔王が棍を足元へ軽く打ち下ろし、教会内を縦断するようにヒビを入れる。


「うおっ!?」

「きゃっ!」


 そのヒビは入り口にまで至り、出口を崩落させてしまう。


「そう連れない事を言わず、少し俺と遊ぼうか」

「……お姉さん、ここまで求められるの苦手なんだけどなぁ……」


 棍を優しく投げ返され、ルルノアは冷や汗をかきつつそれを受け取る。


 大した魔力も感じさせずに今の所業を軽くこなす魔王に、どう足掻あがいて生き延びろと言うのだと、かつて無かった窮地に恐怖する。


「なんなら、セレスティア王女にもあげるよ」


 己が持つ五本の剣の一つを投げ、セレスティア達の前へ突き刺す。


 余裕の現れか、このメンバーを4人同時に相手をするつもりのようだ。


「――折角の宴だ。最後くらいは、思い切り踊ろうじゃないか。魔王と踊る滅多にない機会だよ?」


 不敵に笑う魔王の手に、漆黒の装飾剣が現れた。





〜・〜・〜・〜・〜・〜

連絡事項

ここから章最後までの三話は、いつ改稿するか分かりません。

このまま進行する可能性大ですが、一応ご報告しておきます。


ありがとうございました。……今日はこの一話だけです。

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