第58話、閑話、クロノス定例会議

 

「……」

「……」


 スキンヘッドに盛り上がる筋肉のムキムキ男性を前に、鋭い眼差しで見極める。


 剣や刀の歪みを確かめるように、顔を近づけて状態を入念に見定める。


「……………うん、これにするよ」

「まいど!」


 いつもの八百屋さんでクウリを数本購入した。


「あっ、そうだ」


 八百屋さんの奥さんが、立ち去ろうとする俺に話しかけて来た。


「グラス君、また米を買いたいんだよ。在庫ある?」

「すぐに持って来れますよ? 明日持って来ますね」

「あらぁ〜。いつもわざわざ持って来てもらって悪いね」

「重いですからね」

「ありがとね、主人が手が空いてる時は取りに行かせるから」


 背後で居心地悪そうにしているご主人に苦笑いし、2人に別れを告げて市場の出口を目指して歩く。


「お〜い! 今日は寄ってかないのかい!」

「今日はいいですよ。来週辺りに伺います」

「おぅそうかい! 待ってんぜ!」


 果物屋さんやキノコ屋さんから次々と話しかけられる。


 どの面も見慣れてしまった常連のものだ。


 ふっ、この俺が魔王と知らずに呑気なものだよ。間抜けな人間共め、くくっ……。


「グラス! また米買いたいんだがぁ!」

「分かった! 明日持って行くよ!」



 ♢♢♢



 今日の学園での仕事を終え、買い物を終え、裏口から借家アジトへと入る。


「――お帰りなさいませ、クロノ様」

「あれ? 今日はセレスなんだ」


 黒のドレス姿のセレスが、慈しむ笑顔の後に深々とお辞儀をして出迎えてくれた。相変わらず、とんでもなく美しく愛らしい。


 どうやら今日は、モッブに影武者を任せてセレス自身がこちらへ来たようだ。


 本格的にウチに加入してからも何やらセレスは副業がかなり忙しいらしく、マリーさんと共に一日中仕事に追われていたのだ。


 なのでいつもなら執事姿のモッブが色々と世話をしてくれる。男2人で何だかんだで楽しくやっていた。


「……それはおかしいと思います」

「今のやり取り一つでおかしい部分を見つけたの!?」


 何この子!? そしたらもう何も話せなくなってしまうよ!?


 いじけた様子のセレスへツッコむと、ビシッとして言い返して来た。


「私がクロノ様を出迎える。これが本来の形です。私の至らなさ故に最近はモッブに御世話を任せてはおりますが、それを御心に留めていただきますよう、恐れながらお願い申し上げます」

「……うむ。すまぬ」


 むしろ一人暮らしは慣れてるから、忙しいならモッブ共々副業に専念してくれていいんだけど。


 いや世話係自体不要なのではないのだろうか……。



 ♢♢♢



 上質な家具が並び、外の世界と隔絶されたような気品ある落ち着いた雰囲気の室内。


 幾つかの蝋燭ろうそくが室内をロマンチックに照らし、幻想的な空気を醸し出す中でそれは始まった。


「……それでは、第一回黒の結社【クロノス】の定例会議を始めさせて頂きます」


 わざわざ黒い軍服のような制服に着替え、髪も結い上げた勤勉なセレスが、仕事モードで話し始めた。


 さっきテキトーに名付けた我が社【クロノス】の第一歩だ。


「この定例会議は、主要な者のみで行うと言う事でよろしいでしょうか」


 最初の頃は恥じらったり嬉しそうだったり、ソワソワして落ち着かない様子だったから、ちょっと安心。


 働き易い環境作りは、トップである俺の仕事の内である。


「うん、任せたんだしそれでいいよ。まぁ予定外の事態もあったけど、やっちまったもんは仕方ない。前向きに行こうじゃないか」


 やれやれ、部下を持つと一気に大変だぜ!


 短パン半袖姿で、大らかに指示する。


「かしこまりました。それで……何故小声なのですか?」


 小首を傾げて不思議そうなセレスティアが、ボリューム小さめで話す俺に疑問を口にした。


 テーブルに堂々たる様で座る俺は、狭い借家で動き易くする為の10才程度の見た目で、更に小声で話すのだ。疑問を抱くのも当然だ。


「ご近所さんの迷惑になるかも知れないからだよ。夜中だし当然の配慮だね。それに……一番怖いのは、ここの存在がバレる事だ」

「それはそうですね。地下という場所故に、取り囲まれでもすれば逃げ場がありません」

「いや逃げ方なら何通りも用意してるし、最悪全部蹴散けちらせばいいんだけど、……大家さんにバレるのは非常にマズい」


 デスクへ両肘をつきあごを支え、自作のサンダルですねをかきながら司令官さながらに重々しく告げた。


 借家の地下に勝手に立派なオフィスを建築したので、あの怖い大家に発覚するのがほんの少し怖いのだ。


 この前なんて抜き打ちチェックしに来たんだから。


 お裾分すそわけをくれる優しい面もあるだけに、ないがしろにもできない。


「まぁ地下だから、そこまで気を使う必要は無いんだけどね」

「かしこまりました。その者の存在には注意しておきます」

「うん。それじゃ、進行を頼む」


 デスク越しのビシっとして使命感に燃えるセレスティアへ、大きな威厳を感じさせて仰々しく指示する。


「承りました。では、まずはクロノ様がお気にされていた、ライト王国内外の強者つわものについてです」

「うん」


 まったく予期せぬ奇想天外な成り行きで正式にブレーンが加入してしまったので、そろそろ本格的に組織の創設に向けて乗り出そうとしているのだ。


 ついでに悪役足り得る存在なんてのも把握しておきたい。


「クロノ様はあまりに強過ぎますので、私を基準に説明させて頂きます。……まず、洗礼前の私と互角、もしくは倒し切れなかった者達です」

「……それって、羽生えてる?」

「いえ、生えていません」


『福音』とか言うのがないのにセレスより強い奴がいるのか。


「【旗無き騎士団】の師団長達は省かせて頂きまして、一人は私の兄の“アルト・ライト”。公式な大会に出る事はありませんでしたが、恐らく私よりも強かったのではと思われます。……もう一人は……私とマリーとで戦い、それでも倒し切れませんでした。ですがこちらは既に解決しましたので御安心ください」


 あの兄ちゃんか。ならば納得だ。


 以前見かけた時もかなり腕を上げていたし、ライオネルなんかよりもずっと強いだろう。


 獣的な感性があり、天性の才で大剣を豪快に扱うパワー型だったはずだ。


 しかしセレスとあのマッチョ女騎士が勝てない相手ってのは、ちょっぴり気になる。


 だが、そんな俺を余所にセレスは説明を続ける。


「正体不明な【夜渡りナイトウォーカー】などの個としての勢力は省きまして、群として未知数なのは……孤島とエンゼ教です。あの者達は伝承にしか情報が無く、全貌が未知に包まれています。にわかには信じ難い伝承が多く、あまり当てにはならないかも知れません」


 そう言えば孤島にも魔王がいるんだっけ。ずっと引きこもってるらしいから忘れてたよ。


「【黒骸こくがいの騎士】だけは、数十年に一度その姿を確認されており、その実力は……現在の私と同等かそれ以上かと予想されます」

「……めっちゃ強いね。その【遺物】を使っても同等なんて」


『遺物』。


 神話や伝説から取り残された、現代にはあまりに手に余る遺産。


 物語や伝承に沿う様々な能力を持つ、破格の武具である。


 中には等価交換のように代償を支払わせるものもあるが、その多くが強力無比な力を授ける。


 そして、俺が普段床磨きや武器製作に使用していた装飾剣も、セレスが使うと魔力を『光』に変えて操るというとんでもないものであった。


 まぁ……つい先日まで彫刻刀代わりとしか思って無かった剣なんだけど。


 あんなに凄い【遺物】だったとは。


 セレスの所持する黒の装飾剣を思い起こし、しみじみ思う。


「ていうか、あの剣あるならソレは返してくれない?」


 セレスの腰にある、あの日あげたもう一つの剣を指差して言う。


「……これはクロノ様より頂いたものです」

「え? う、うん。俺があげたやつだね。返してくれる?」

「御下賜されたものをそう簡単に返却などできません。クロノ様の威厳に関わるからです」

「……いやでも、強いのあるんだからソレ使わないでしょ? 返してよ」


 楚々として涼しげな顔をしつつも、さりげなく俺から遠ざけるように剣を背後に隠すセレスティアへ、手を差し出す。


「勿論の事、主であるクロノ様が返せと仰るならば従わざるを得ませんが――」

「さっきからかたくなに返せと言ってるつもりだけど!?」


 思わずツッコんでしまった。


 いや、そんなに気に入ってくれてるんなら無理して返してくれとは言わないけども……。


「……」

「分かったよ。そんなに大事にしてくれるならあげるよ。続けてくれ」

「ふぅ……では続けさせて頂きます」


 一難去ったとばかりに安堵して一息吐いたセレスが続ける。


「あの装飾剣を頂いた私ですが、明らかに私よりも強い存在が複数名います。誰もが認め、怯え、避けて通る猛者が」

「……」


 ライト王国近辺だと、俺にも幾人かは予想できる。


「代表的な者の一人は、強さという点で誰しもが思い浮かべるクジャーロの【炎獅子】ドレイク・ルスタンド。……アレは一際飛び抜けた強さを持っています。危険極まりなく、クジャーロが孤島やライト王国に挟まれて尚も強気を示せるのは、あの者がいるが故にです」


 やっぱりか。う〜ん、あんまり強いとハクト達が死んじゃうからなぁ。


 セレスがここまで言うとなると、常軌を逸した強さなのだろう。そのドレイクとやらは不採用かな。


「そしてもう一人……いえ、もう一体。ラルマーン共和国との境目にある“カース湿地帯”を縄張りにする―――――【沼の悪魔】です」


【沼の悪魔】……。その名は何度か聞いた事はある。


 でもなぁ、現在我が組織が欲するのは、使い捨てできる程の悪党か、賃金のいらない従業員かのどちらかなんだよね。


 あ〜あ、ナイスなアイデアがパッと出ればいいのに。


「【沼の悪魔】と呼ばれてはいますが、悪魔のように強力な魔物です。多くのアンデッドやモンスターを従え、大昔の強力な魔法まで扱えるようです。個として強力な魔物は多くおりますが、更に一つの勢力としてここまで強力な個体はこのものだけでしょう」

「セレス君、君がいてくれて良かったよ」

「身に余る光栄で御座います」


 真剣そのものだったセレスが頰を染めて嬉々とした様子でお辞儀しているが、ナ〜〜イスあいでぃ〜あ。


 アンデッドか……。食事の要らないものが多く、基本的に疲労を感じないらしい。


 人種ばかりを考えていたものだから、魔物を雇うという考え方が出て来なかった。


 時間が空いてタイミングが合えば少し調べてみるか。


 それにしても……柔軟な発想はこれからの課題として、やはりセレスは頼れる人材だ。


 残る問題は、定期的な収入源くらいか。


 ……。


 もうエリカ姫の執事に……面倒だな、却下。


 そんな毒にも薬にもならない思案をしながら壁にかけられた剣や槍を眺めていると……ふと、仮採用のアスラの事を思い浮かべる。


「アスラはもう戻って来てるんだろうか……」


 だとしたら、掃除もしたいし一度確認しにクロノ邸に戻った方がいいかも知れない。


「……そのアスラなる者は、何者なのでしょうか」


 小声で呟いた俺にセレスが微かな反応を見せ、酷く無機質な声で訊ねて来た。


「ん〜アスラは、以前襲いかかって来て知り合った仮の組員だね」

「通り魔にしか聞こえませんが……」

「完全に通り魔だったからいいんじゃない? 稽古けいこつけたら仲間にして欲しいって。セレスの先輩になるのかな」

「……御言葉ですが、正式な配下でないのなら私が“一の配下”なのではないでしょうか」

「そうだったかも」


 ……めっちゃ不満げやん。


 キリっとした騎士感を出されながら強く言われると、何でもかんでも正論のように聞こえて来る。


「そのアスラは、クロノ様の配下足り得るのでしょうか」

「強さはダントツだね。当たり前だけど、あの遺跡の強過ぎる男は別としてね」


 カシューやライオネルよりも遥かに強いアスラだが、弱った様子で鎖に繋がれた状態にも関わらず神と見紛う強さを見せたあの黒翼の男は、次元がいくつも違った。おのれ、全然殴り足りないよ。


 でもウチは戦闘力よりやる気を重視するアットホームな組織を目指してるから、アスラの強さどうこうはあんまり関係ない。


「……うん、そうだね。近々一度城へ帰って来るよ。ペットも心配だし」

「かしこまりました。至急準備を整えます」


 俺の準備……では無いよな。だって剣を腰に差して最低限の荷物持って、一直線に走り抜けるだけだもん。


「キリっとして言ってもダメだよ。副業が忙しいんでしょ? 他の人にも迷惑かかるんだから、セレスはいなくちゃダメじゃないの?」


 と言うか、モッブには俺の代わりにグラスをやって欲しいから、セレスの影武者は当然できない。


「……」


 これまた不満げなワガママ姫。エリカ姫のお姉さんだな、やっぱ。


 いっそ我が必殺の『魔王セミナー』で論破してやろうか。なんかハクトへの講義で自信付いたし。


 そして様々な議題を聞き流しつつ、会議が終わると……。




 ♢♢♢




「……」

「……ふふっ」


 将棋盤をまん丸に見開いた、血走った目で凝視するクロノ。


 その姿を胸をキュンキュンとさせながら見詰めるセレスティア。


「……」


 クロノが考えに考えた末に『金』の駒に手を伸ばす。


「あっ……」

「……」


 セレスティアの微かな声に反応し、手を引っ込めた。


「……」


 少し思考した後、次に隣の『銀』の駒へ手を伸ばしてみるクロノ。


「……」

「……」


 今度は無言のセレスティア。


 心から楽しそうなお淑やかな笑みだ。




「――フェアじゃねぇぇぇ!!」




 だがクロノは慟哭する。


 カシューとの闘いの晩から朝方まで、祝勝会と称した食事会の後にゲームの数々を楽しんだ。


 将棋、オセロ、チェス。


 クロノが用意してあった三つのゲームにて、初めてプレイする筈のセレスティアに惨敗。いや、全敗。


 リベンジとなった今日、早くも窮地にあったクロノを見かねて、セレスティアが最善と思われる手に導き始めたのだ。


「情けなど魔王には不要! 教えちゃダメじゃん!!」

「ですが先程の駒ですと、あと五手で詰みとなってしまいます」

「俺の“王”はそんな死地にいるの!?」


 少しばかり茶目っ気のあるセレスにより、思ったよりも遥かに劣勢であった事実が発覚し、仰天して将棋盤を睨み付ける。


「……ちなみに、どのくらいまで“待った”使っていい?」

「お好きなだけお戻しになってください」

「……ちなみに、どのくらいまで戻ったら対等になる?」

「二十手程でしょうか」


 淀みなく答える眩しい微笑のセレスティアに、魔王は絶望する。


「……ほぼ最初じゃん……」

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