第4章、勇者修行中につき、組織拡大編

第59話、ラルマーン共和国

 

 ラルマーン共和国、首都『ケーティシー』。


 山岳地帯にあるこの国家は、他の国との交易や交流がほとんどなく、有名な魔物使いの部隊の全容も多くが謎に包まれていた。


 雪のちらつく中、“ザンコック・マーシ”少尉が部隊を引き連れて、評議会の『ケーティシー議会堂』へと躊躇ためらわず踏み込んでいく。


 吐く息は白く、ラルマーンの一年の内でも寒い季節の到来を物語っている。


「お前達はここまでだ」

「「「「「ハッ!」」」」」


 いくつかある内の警備の厳重な扉の内の一つの前で、歩みを止める事なく部下に言い聞かせ、己のみで足を踏み入る。


 まだ30代と若いながら、上司に取り入る能力や任務を確実に成功させる実績から、評議会内の評価も非常に高いザンコック少尉。


 カイゼル髭に合わせて整えてある髪型を何度も確認し、ある一室の大扉を前に叫ぶ。


 本来ならば入室の後に名乗るものだが、この一室にいるはずの神経質な者にだけはこうする決まりとなっていた。


「ザンコック少尉であります! お呼びと聞き、参上仕りました!」

『入りなさい』

「はっ!」


 ザンコックがキビキビとした所作で入室する。


 神聖さすら感じる広々とした空間には、ただ一人がザンコックを待っていた。


 背丈せたけは低く、先程のしゃがれた声からも男性の老人である事が分かる。


 彼は、このラルマーン共和国を実質的に牛耳ぎゅうじる元老院の一人だ。


「ザンコック少尉、あんたに頼みたい事がある」

「はっ! 光栄であります!」


 ヒンヤリとした室内に、落ち着いた声音とハキハキとした声音が反響する。


 老人は頼み事とは言うが、秘密裏に遂行されるべき任務である事はザンコックにも理解できた。


「先日、我等の部隊の一つがライト王国との国境付近で壊滅した。……知ってる?」

「はっ! 未だ調査中と記憶しております!」


 その応えに、近くにあったテーブルを静かに指差す。


 先程から視界に入り、否が応にもザンコックの心を躍らせる、その毒々しい紫色をした鎖の魔道具。


「『弐式』の制御器だ。あんたに貸し出す」

「はっ!」


 ラルマーン共和国の切り札の中の一つ。


 戦闘用に作られていないにも関わらず、軍一つを軽々と惨殺する事が可能だ。


 絶大なる戦力の一つを手にできる愉悦に自然と震え、鼻息も荒くなる。


「あんたにやってもらいたいのは、2つ。1つは、壊滅した部隊の近辺を再度軽く調査してもらいたい。2つ目は……」


 2つ目は、ザンコックにとっても予想だにしないものであった。


「……【沼の悪魔】での『弐式』の性能実験だ」

「性能実験、でありますか」

「実験はおまけみたいなもんだがね。そろそろ本腰を入れて【沼の悪魔】を捕獲しようと思うとる」

「おぉ……!」


 あの強力無比な魔物がラルマーンに加わるかも知れない。


 その作戦にたずさわれるという事実に、歓喜に震えるザンコック。


 何が何でも作戦を成功させなければならない。


「先んじて【沼の悪魔】へ偵察隊を出してあるから、そいつらと合流後の指揮は任せる。『弐式』ならば敵わずとも確実に撤退できる。奴の戦力を測って来て」

「はっ!」

「壊滅した奴等の二の舞にならんように、何かしらの情報は持ち帰るように」

「はっ!」


 意気揚々ようようと元老院の前から立ち去ったザンコックは、歴史に名を残すかも知れない大役に燃えていた。


 何より、あの『人造魔獣キメラ』の一つを意のままに扱える。


『弐式』を受け取りに研究所へと向かう足が早くなるのは道理とも言えた。


「……」


 そんなザンコックの去った部屋で、老人は思う。


 元老院が彼を選んだ理由は偏に、目的達成への執念……いや、その後の名声への渇望かつぼうが凄まじいからであった。


 彼ならば、手段を選ばない危険性はあれども任務を遂行できるはずだ。


 部隊の壊滅やライト王国に謎の【黒の魔王】なる勢力が現れ、『人造魔獣』の産みの親も失踪中である以上、【沼の悪魔】を飼い慣らすのは急がざるを得ない。


「大昔の魔術師達と契約し、代償として様々な魔法を得て来た破格の魔物……従えてみたいと思うは上位者のさがか……」


 窓より吹雪いて来た寒空を眺め、大望を夢見て静かに呟いた。





 ♢♢♢




 カース湿地帯。


 独特のトゲやうねる植物が鬱蒼うっそうとする霧の漂うこの場所。


 中心へ近付く程に足元の泥濘ぬかるみは酷くなっていき、中央の小さな小さな陸地を目にする頃には全身を沼に呑み込まれているだろう。


「……まるで物語に出て来るような……魔界だな」


 先行部隊の若手が、初めて見るカース湿地帯に苦々しい顔で言う。


 あらゆる魔物がうごめくが、気味の悪い骸骨や亡者のようなものが大半である。


 この湿地帯を見渡せる幾つかの奇妙な形の崖の一つ。その先端より遠見の魔法を用いて、中央の陸地に置物のように座する異形を偵察する。


「あれが……【沼の悪魔】……」


 一目でそうだと分かるおぞましさ。


 凶々しく鋭い隆起が角のようになって身体中に見られる、悪魔か何かの骸骨のような姿。


 ボロボロの腰巻を身に付け、陸にて胡座あぐらを組んで固まっていた。


「……ッッ!? オイッ!!」

「え?」


 その若手から少し離れた場所で他の隊員に指示を与えていた指揮官が、焦燥感をにじませて叫ぶ。


 丁度その時、背後では……。


『……』


 骨董こっとう品と化していた【沼の悪魔】が、砂埃すなぼこりを落としながら片手を上げる。


 その骨の手に轟雷が生まれ、槍のように細くなり握られる。






 ――〈トリゴールの雷槍〉……。






 沼地をあまねく照らす閃光が奔り、深緑色の稲妻が十数キロメートル離れた崖の先端ごと偵察隊を削り飛ばした。


 崖を削り尚も突き進んだ雷槍は、空で弾け……深緑の電流を四方八方に弾けさせる。


 役目を終えて散った雷は魔力へと変わり霧散する。


 片手間に打った魔術。


 その一撃が、沼地に轟く爆雷を生み出した。


 周囲の崖が奇妙な形をしているのは、全てこの沼の主によるものであった。


 この沼を包む霧はこの魔物の魔術によるもので、そこに徘徊するモンスター達は、ほぼ全てが下僕。


 異変があれば即座に下僕から主へと伝わり、その魔術の塵と化す。


『……』


 再び元の姿勢に戻り固まる【沼の悪魔】。


「……失礼します」

『……』


 霧の中から陸地に現れた影に、【沼の悪魔】が軽く手を振り去るように命じる。


「それでは……」


 執事服を来た人族のような人影が、頭を下げて霧に消え行く。


 魔物のひしめくこの場所において、非常に理知的な存在である。


 頭部が、山羊の骸骨のようである以外は。


『……』


 今日もカース湿地帯は、変わりなく魔物の巣窟そうくつである。







 〜・〜・〜・〜






 ライト王国。


 王の執務室に、セレスティア、ライト王、ジョルジュ、そしてアルト王子が長椅子で向かい合い、会議を行なっていた。


 いや、会議と言うよりも通達である。


「……しばらくは、軟禁ですか」


 ジョルジュの用意した紅茶に口を付け、静かに口を開いた冷たい雰囲気のセレスティア。


「そのようなけんのある言い方をするでない。余等はお前が心配なのだ。賢いお前ならば分かるはずであろう」


 ライト王が身内以外には決して見せない機嫌を伺うような物言いで、セレスティアを諭す。


「黒の魔王から『遺物』を奪取したとは言え、それがあれども歯牙にもかけぬ強さであったと言うではないか。対策が万全となるまで、お前にはできる限り城にいてもらう」

「……」


 久しぶりの紅茶を楽しむ素振りもなく、そっとテーブルへ置き、僅かばかりの抵抗をする。


「クジャーロやラルマーンの問題もありますが?」

「そちらは俺が受け持つ」


 今の今まで口を開かなかったセレスティアの兄、アルト・ライトが、意外にも積極的に発言をした。


 あまり政務に関わって来なかったアルトだが、カシューの事件より政治にも関心を持つようになっていた。


「……何か心境の変化でもありましたか? このようなお仕事は、お父様や私に任せきりだとばかり考えていましたが」

「お前が狙われているなら俺がやるしかない。仕事は忘れて学生でも楽しめ。エリカやハクトと遊ぶでもいい」


 いつもの低い調子で淡々と告げるアルト。


「【剣聖】も他の者に譲っておいた方がいいだろう」

「……私は構いません」


 今代の【剣聖】の称号も持っていたセレスティアだが、その地位が役立った時は無い。


 断る理由は無いが、アルトに何らかの思惑がある事は確かであった。


 しかし、セレスティアは即座にアルトの思考を見透かす。


 現状をかんがみれば、他でもない彼女にとっては容易であった。


 そして……。


「婚約者を決めたのだろう? 俺はいいと思う。了承されていないから仕方ないのかも知れないが、早く紹介しろ」

「う、うむぅ……」


 アルトの言葉に、ライト王が難しい顔で唸る。


「……セレス様。どなたなのか、陛下にはお伝えしては頂けませんかな?」

「まだ申し込んでもいない内から報告したくありません。お父様と一緒になって悪巧みをしようとしても無駄です」

「わ、悪巧みだなどと、ジョルジュめはただセレス様が心配で心配で」


 あからさまに焦るジョルジュと澄ましたセレスティアの他愛無いやり取り。


「婚約など、まだ早いと思うが……」


 ライト王の呟きもあって、和やかな雰囲気となる。


「……早くはない。エリカも婚約している。むしろセレスこそ早くに身を固めておくべきだ」

「ぐぬぅ……」


 またもや呻くライト王を余所に、アルトは紅茶を楽しみ始める。


「……」


(私を政務から遠ざけたのは、やはりお兄様ですか。まさかとは思いますが……疑っている?)





〜・〜・〜・〜・〜・〜

連絡事項

ここから一日一話にします。もう四章かっていう感じなので。

未読かつ一話ずつが物足りない方で黒騎士中心の物語を見てみたい方は、


別タイトルの『古き魔窟の物語をっ!』をどうぞ。のんびり更新しております。

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