第60話、慌ただしい王城に現れる者

 

 王城の会議室の一つに、王国側とカシューの一件により呼び出されていたエンゼ教の代表者代理が、テーブルを挟んで座っていた。


 外の暖かな日差しが嘘のように、冷気を孕んだ緊迫した空気が漂っている。


 感情の読めない表情の端正な顔立ちのアルトの前に、白い修道服で座る柔らかな面持ちのアマンダ大司教。


 どちらにも予想通りの展開で、譲らない主張の応酬であった。


「つまりヤンとやらと自分達とは無関係だと?」

「仰る通りですわ。私共としても遺憾なのです……。彼の独断により陛下やアルト王子に不信感を持たれているのですから」

「それは通らない」


 アルトが冷たい雰囲気のまま、困り顔のアマンダへと告げる。


「エンゼ教は例の誘拐事件に関わっていた。それを暴いたセレスティアが邪魔なのは確実。ヤンとやらがカシューと共に魔王に協力していた可能性が濃厚だ。セレスティアを誘き出した後、不要となったカシューとヤンを魔王が排除。十分に筋は通る」

「……」


 努めて冷静な面持ちであったアマンダの眉間に僅かに皺が寄る。


 王国側としては、勇者を探していた事実から【孤島の魔王】との関係に確信を持っていたが、それをここで問い詰めるつもりはなかった。


 ベネディクト最高司教でないのなら、どう問おうと“話は持ち帰る”などと言い、言い逃れられるのは目に見えていたからだ。


「……誘拐の心当たりは御座いませんが、我々が勇者様を捜索していたのは確かです。しかしそれは安否確認と保護の為。事実、多くの者達は私共の管理する孤児院で育っています」


 念の為に連れ去った者達を半数程生かしておいた事実のカードを切る。


「エンゼ教が魔王と協力など、心外としか申せませんわ」

「ならクジャーロだな?」

「ふぅ、困りました。ですから、そのような事実も一切御座いませんわ」


 アマンダの背後にいる司教が思わず息を呑むアルトの圧力にも、困ったような柔らかな口調で受け流す。


「容疑者のヤンは?」

「犯罪者ならば法により裁かれるべきです。エンゼ教の信徒であったとは言え例外ではありません。お国にお任せいたします」

「……マートン」


 これ以上は無駄と判断したアルトが、マートン・ディー公爵へ視線を移す。


 マートンも静かに頷いた事から、アルトは会談を終わらせる。


「布教活動や主だった者達の行動は自粛しろ」

「……は、は?」


 思いも寄らない強気な言葉に、アマンダの表情が崩れる。


「当然だ。疑惑だらけだからな。立ち入り調査も行うので、そのつもりでいろ」


 そう淡々と言い残すと、呆気に取られるアマンダに構わず……。


「これで終わりとする」


 マートンを連れて早々と部屋を後にした。


「……」


 見張り役の兵士達がまだいるが、アマンダは構わず唇を噛む。


 宗教は厄介だ。心の拠り所となる事から、少しでも不穏な動きを見せれば民衆からの反発がある。


 だが、アルトに迷いは無かった。


 長い年月をかけてここまで深く根付いたものであってもだ。


 ライト王の血筋からか国民を第一に考えるアルトは、セレスティアよりも厄介かも知れない。


 そう思わずにはいられないアマンダであった。




 ♢♢♢




 王城の廊下を早足に進むアルトとマートン。


「クジャーロからはまだ返答はありませんが、兵は国境付近に密かに集めておいた方がいいでしょう」

「あの王だからな。それでいい」

「エンゼ教にも監視を付け、ベネディクト最高司教の帰りを待たずして監査を入れるのがよろしいかと」

「ん」


 セレスティアのいなくなった影響は計り知れず、王は勿論の事、アルトやマートンも寝る暇もなく動き回っていた。


「戦争になれば、ジーク達が手を貸すと言っていた」

「真ですかっ? あぁ、強者揃いの【旗無き騎士団】の助力があれば、これ以上心強い加勢はいません」


【黒の魔王】対策として協力を約束していた【絆の三姉妹】と【旗無き騎士団】だが、戦争まで協力するとは予想外であった。


 黒騎士が神出鬼没である為、マートンの顔に久々の笑みが現れる。


「残る問題は……」

「壊滅していたラルマーンの部隊。そして、壊滅させた可能性の最も高い【沼の悪魔】への偵察……ですか」

「例の受け付けや喧伝は済んでいるな?」


 マートンはアルトの頼もしさに、セレスティアをできる限り控える事となった王国の新たな光を感じた。


 流石にセレスティア程の能力は無いが、それでもライト王を凌ぐ器があるのではと、マートンの心中に奮起する思いが生まれる。


「はい、手配済みです」

「ん」




 ♢♢♢




「アルト様が……」

「予想しているよりも頭が切れるのかも知れません。マートン程では無さそうですが――」


 真剣な話し合いに水を差すように、セレスティアの部屋の扉がノックされる。


 ライト王やアルト王子の頑なな決定により、自室に軟禁状態となっているセレスティア。


 面会も最低限、訓練の時以外には易々と部屋からも出られない状況となっていた。


「……この音はエリカでしょう。入れて構いません」

「かしこまりました」


 マリーがセレスティアの指示にデスクから立ち上がり、扉へ向かう。


 そして開けるとすぐに、オレンジのサイドテールの女の子が顔を覗かせた。


「姉様、『遺物』見せてぇ〜」

「もぅ……。見るだけですよ。決して触れないでください」


 ライト王国、二つ目の『遺物』。


 その黒い装飾剣を喚び出し、テーブルへ置く。


 もう一つの剣はあの夜にクロノにもらったもので、そちらも専用に作られた上質な入れ物に入れられて、長椅子に座るセレスティアのすぐ隣に立て掛けられていた。


 大事そうに、肌身離さず。


「ちぇ〜〜」


 接触禁止を言い渡され不満そうに唇を尖らせて歩み寄るエリカだが、その腰元にはいつもの刀が揺れている。


「……今日は学園はお休みでしたか。ハクト君やオズワルド君と遊んだりはしないのですか?」


 以前まで確かにあったマグマのような嫉妬心も、今では自分の方がクロノにとって特別だと確信している事もあり、かなり弱まったセレスティア。


「遊びって……。姉様は私が男の子と野原で遊ぶような御転婆おてんばにでも見えてるの? ……あの2人は今日も特訓だって。あの時のハクトの謎の魔力を使いこなせるようにって」

「……そうですか」


 興味深そうに装飾剣をジロジロと眺めるエリカの言葉に、セレスティアの顔色が変わる。


 パーティーの日、最後の戦闘。


 あの時に感じたハクトの魔力は、ほんの少しだけ遺跡の黒翼の男と似ていた気がした。


 極限まで薄めたような、奇妙な……。


 故に現在は、過去の資料や伝承を見直して理由を調べているところであったのだ。


 そして、セレスティアは既にある仮説を立てていた。


 おそらくクロノが初めから知っていたであろう真実を。


「それも良いかも知れません。【孤島】の勢力やエンゼ教が第一の脅威となるでしょうから。今のところは、ですが」

「えっ? 黒の魔王とクジャーロじゃないの?」


 敬称のない魔王呼びに、今までにない感情的な説教をしそうになるが、ぐっと堪えて続ける。


「……片や、強大極まると言っても暗躍の段階にあり、片や反乱軍の存在などの影響で身動きの取り辛い小国。……国を汚染し、永い歴史の中で多くの犠牲者を出しているエンゼ教や、それを送り込んだ【孤島】とは比べるまでもありません」


 内側にこれらを抱え込んだままクジャーロなどと事を構えるリスクは計り知れない。


「……なんで【孤島の魔王】がエンゼ教と関係あるの?」


 ……。


 そのエリカの言葉に、セレスティアだけでなくマリーまでもが呆れ顔となってしまう。


「……この前にお父様が話されていましたよ」

「マジで!?」


 エリカの間の抜けた反応に溜め息を吐きたくなるのを堪えて、セレスティアは妹へと告げる。


「遺跡などの真実を知るお父様やシーロは確信を持っているようです。もう勇者が狙われる事は無さそうですが、エンゼ教や孤島が動き出す可能性があるのでしょう」


 装飾剣をエリカから遠ざけ、緑茶に口を付けて続ける。


「流石にこの王都には王家の『遺物』があるので、ここまで侵攻される事はないでしょうが……」

「……それ有名だけどホントにあるの? 私達でも一回も見た事ないよ?」


 戦略級の威力があると言われるライト王国の秘宝。


 そのただ一つの『遺物』存在故に、これまでライト王国は他国の侵攻を許さなかったと言われている。


「存在は確かでしょう。過去、遙か以前ですが、2度だけ使用されたようです」

「ふ〜ん。でも今は2つも『遺物』あるし【孤島】なんかやっつけられるんじゃない?」


 そう呑気に言い、マリーの差し出したお茶請けを食べ始める。


「どうでしょうか……」


 傍らの装飾剣へ視線をやりつつ、そっと呟く。


 伝承を調べた限りでは、信じられない力を持ったものが多いようだ。


 真実ならば、だが。


 現段階で、『遺物』の力を過信するのは危険なように思えた。


「……」


 装飾剣から目が離れない。


「……」


 そしてクロノを思い出し、苦しい程に激しく高鳴る胸を押さえるセレスティア。


「ね、姉様? 熱でもあるの? その剣預かろうか?」


 セレスティアの押さえる大きな胸を見て、デケェ……や、すっごい弾力ありそうなどという羨む気持ちもあって、装飾剣へと手が伸びるエリカ。


「嫌です。止めてください」


 すかさずセレスティアが装飾剣を再度抱き抱えて保護する。


「あなたもライト王国の王族ならば、エンゼ教によって数え切れない国民が犠牲となった事実くらいは把握しておきなさい」

「うん、敵なら容赦しないよ。悪党が蔓延はびこるのは……嫌だもんね」


 エリカの目の正義の炎に、父や兄の血を見るセレスティア。


(……私もお役目を果たさなければ)






 ♢♢♢





 王城の城門下で、門番でもなければ兵士や騎士でもない文官達が、机と椅子を持ち出して欠伸をしながら暇を持て余していた。


 もう夕刻にもなるが、そろそろこの退屈な時間も終わりつつある。この時間が一番辛いようだ。


「……何もしないってのが一番辛いよね」

「この後呑みに行かないか? 呑んで気晴らししたい」


 文官2人が机に頬杖を突いて眠たそうに話している。


「おっ、俺らも行っていいか?」

「おう、いいじゃん。ここんところ暗い雰囲気ばっかで兵士の方も疲れてるだろうし、みんなで騒ごうか」


 近くで門番をしていた兵士も同様に疲労の見える顔付きだ。


「よっしゃっ。そうと決まれば、日が沈むのを今か今かと待つばかりだな」

「全くだよ……。あ〜あ、こんなん何になるって――」

「――終業間近にすまないのだが、ものを尋ねたい」


 欠伸あくびを噛み殺しながら言う文官の前に、漆黒の巨影が現れた。


 夕焼けを呑み込むような、闇色の鎧。


「なっ!?」

「ば、バカな……」


 その大きな影は、驚愕して後退る兵士や文官に構わず続けた。


「ここで例の話を聞けると耳にしたのだが」

「く、黒騎士……………様」


 そこには、数度しか姿を現していないにも関わらずライト王国最大の希望となった……黒騎士が佇んでいた。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る