第231話、止まらない怪物



「グォォォォォンッ!!」


 集まる死霊はまだまだ底を見せない。周辺に多く分布する狼の霊を主に、鼠や魔物も続々と迫り来る。


 憤るグーリーが誰よりも薙ぎ倒すも、尽きる予兆を見せない。中でも蘇ったマンティコアは非常に強力で、剣闘士達が全員で相手をして何とか抑えられるレベルであった。


「くそぅ、ここのところの不摂生のバッキャロウ!!」

「嘆いている暇はないよ! あちらなど、僕達の比ではないのだから!」


 魔戦斧を両手に汗水垂らすベルトへ、ある一点へ視線を向けたチャンプが檄を飛ばす。


 それは魔物の死霊達と混戦するサドンやクーラの更に向こう側。人も魔物も近寄らせず、次元の違う死闘を繰り広げる二者へと向けられていた。


「っ――――!!」

「化けの皮を剥いでやらぁッッ!!」


 小手調べ、様子見、一切無し。


 赤い月に照らされる地で、夜と翠の剣が舞う。嗤う人狼と死の踊りを共にしながら、巧みに振るわれる。


 突きを主軸に目や喉などの急所を狙い、避ける手間を与えて速度で劣る面を補う。最短を行く刺突ならば尚更だ。


「おおッ……!」


 デューアを思わせる回転斬りに目の慣れていたトニーは僅かに下がって回避する。


「……ぐおっ!?」


 続けて回った黒騎士の跳び回し蹴りを横っ面に喰らい、派手に跳ぶ。


 剣だけでなく、蹴り技も混じえてトニーに挑む。


「こうでなきゃなぁーっ!!」

「っ……――――」


 トニーが跳ね返るように高速で黒騎士に駆け戻る。


 何が見えているのか、視認の速度を超えるライカンスロープの殴り付けを跳び上がって避け、トニーの肩に着地して双剣を交差。重ね合わせた剣を引き、首元を引き裂く。


「ッ……!!」

「はっ、いいねぇ! こりゃ期待大だ!」


 けれどトニーの幻獣由来の皮膚も毛も、少しも斬られた形跡はない。


「オラっ!」


 持て余していた素体の力を、全開でぶつける。ライカンスロープの右腕を、肩から飛び退いた黒騎士へ振り上げた。


「————!!」

「ッ……!」

 

 人狼の爪と夜の刃が擦れ合う。強烈な火花を放ちながら噛み合い、ズレていく。そして、辛うじて弾いた。


 が、斬り裂かれた足元の地面と共に、黒騎士が打ち上がる。


「イヒヒヒっ!」

「っ! ッ――――!?」


 宙に浮かんだところまで追って来たトニーを斬り付けるも、噛んで止められた剣ごと一回転半回され、高々と空へ投げ飛ばされる。


「ッ、——っ!」


 されど間を置く事なく上空から細かい斬撃を飛ばし、塔オックスを恐ろしい速度で駆け上るトニーを撃ち落そうと試みる。


「無駄かっ……!」


 しかしトニーは狂気じみた無茶苦茶な動きで斬撃を打ち払い、螺旋を描きながらオックスを昇り詰めていく。壁に爪を抉り込ませ、破茶滅茶に登っていく。


「っ…………」


 僅かに早くオックスの屋上に降り立った黒騎士が身構える。敵の気配は常に縦横無尽で内部を移動しており、どのように仕掛けようとしているのか掴めない。


「……………………ッ」


 別の気配を察知して視線を上げると、周囲を取り巻く死霊達が、こちらへ襲いかかるのを目にする。特に忠実な狼の霊達。


 瞬時に全てを斬り払う軌道と手数が脳裏に浮かび、現実へと反映する。


 時には取捨選択が必要だ。たとえ、斬り捌く終わりを見計らい、直下から迫るトニーへ備えられなくなろうとも、後に妨げとなる死霊は斬るべきと判断した。


 光を点々と宿す青暗い軌跡と、彩色鮮やかな翠の粒子が死霊を斬り払う。すると案の定、足首を掴む人狼の手が生える。掴む力は鎧すら軋む程で、引き下ろされる勢いに為す術はない。


 オックスの頑強な性質も、幻獣の腕力は受け止め切れない。


「ぐっ……!?」

「オラァァ!!」


 投げ下ろされた黒騎士が床を打ち抜く。


 粉塵の舞う五層へと降り立ったトニーが、黒騎士の姿を探す。


「…………うおっ!?」

「――――」


 気配を絶って背後を取った黒騎士が、双剣を真っ直ぐ振り下ろす。薪割りで斧を叩き付けるように、腰から重心ごと落として斬る。


「ギャイっ!?」


 黒騎士の腕力もまたオックスに収まるものではなく、“夜”の力と共にトニーが四層に叩き下ろされた。


「オオオッ!」

「ノロマがぁぁっ!!」


 飛び降りながら剣を突き刺そうと試みた黒騎士だったが、何よりも速度はトニーが優れる。降り立った間際から避けられ、合わせた手を握り込んだトニーにより、大槌のように打ち付けられる。


 外から見れば、六層、五層、四層、三層と……段階的に粉塵が溢れ、身体の芯から揺さぶる重音と重なって一段ずつ下がりゆく衝撃は、圧巻の一言であった。


 まさに怪物と英雄の戦いが巻き起こっている。


 遂に二層の床まで破り、一層を揺るがした両者だったが、崩壊するオックス内で尚も激突する。瓦礫が降る中であろうと、打たれれば斬り、斬られれば裂き、殴り合うように剣と爪を合わせる。


「ッ――――!!」


 意志を託された英雄は、一歩足りとも引くものかと双剣を振るう。


 速さを技巧で補い、魔剣を駆使して渡り合う。


「アアっ!! モットダッ、モットォォォォ!!」


 望まれて生まれた怪物は、存在意義の為に止まらない。誰が相手であろうとも、怪物として馬鹿げた力を振り翳すのみ。


 けれどこれまでのように散る血潮は無い。押し退けようと打ち付けるも、拮抗する実力によりその場で動けずにいる。


 それどころか、黒騎士には〈夜の剣〉と〈痺翠〉がある。高まる重みと、削られゆく生命としての力。


「――フンッ!」

「くぉぉっ……!?」

 

 〈夜の剣〉に星が灯っていく。


 剣から星空の魔力が起こり、破壊力においてその魔剣はトニーにも並ぶ。星は強さ、夜空は重さ、満天の輝きは卓越した技量により受け継がれる。


 黒騎士が一歩、踏み出した。同時にトニーが一つ後退りし、顔色が変わる。


『あぁ、見てるか……?』


 怪物の、目の色が変わる。




 ………


 ……


 …




 一方のオックスが長き歴史を経て、完全に瓦解しようとしている。


 侵略者や革命軍からアルスを護って来た塔でさえ、彼等の戦いに耐え得るものではなかった。


 と、魔物の死霊との殺し合いも忘れて呆然とする者達が、オックスから飛び出す影を見る。


 影は凄まじい勢いで何度も地を跳ね、やがて滑りながら停止した。


「くっ……」


 膝を突く黒騎士……。


 睨むその先には、崩壊するオックスから悠然と歩み出るトニーがいる。


 しかしその姿は更に変化しており、後頭部など背中や肘から角を思わせる突起物を生やし、身体も一回り大きくなっている。形状から言っても、見るからに凶悪化していた。


 これが真の……幻獣・ライカンスロープ。


 人狼が、真の姿を現した。


『腐れ人間共ォォ、トニー様のお通りだぁぁぁ!!』


 血を思わせる紅い発光に加え、赤月の赤光を浴び、怪物が己が全てを曝け出した。


 死霊を操る史上類を見ない人狼たった一人に、黒騎士含む戦闘のプロフェッショナル達が窮地に立たされる。それはアルスを越えて領内全域の危機であり、ひいては未来の俊英や国民の脅威であった。


 まさに今のトニーは、怪物を超えた死神となり、走り出した。


『ヒィィッ――――』


 ――――先程よりも更に疾く。


「っ、クオッ!!」


 息吐く暇もなく眼前に到達しつつあるトニーへ、並べた双剣を振る。


 けれど姿勢低くされて空を斬り、代わりに軸足である左足が掴まれる。まるでタオルケットを扱うようにフワリと振り上げられ、地面を割る勢いで叩き付けられる。


「グぁッ……!?」

『だよなぁ! こんなんで死なネェよなぁ!? 最高だぜぇ!!』

「っ——————!?」


 出鱈目に打たれ、何度となく地面を砕く黒騎士。ひび割れる鎧は、次には再び空へ投げ上げられる。


『オラァァ!! ご主人様の命令だぁぁぁよッ!』


 まだまだ限りなく集まる死霊達が上から降り注ぎ、黒騎士を空から地に撃ち込んだ。


 人狼に加えて死霊王と呼ぶに相応しい能力が、黒騎士一人を襲う。


「……こ、こんなもん、どうしようもねぇよ……」

「っ…………あのような存在に、誰が勝てると言うんだっ」


 諦めざるを得ない。剣闘士も傭兵も、大司教達にも武器を握る手に力はない。


「…………」


 中には自暴自棄となり、散った生命の後を追うことも考え始める者までいる。


 だが溢れる純黒が死霊を吹き飛ばし、その一人だけは決して歩みを止めない。


「――――」

『ヒヒヒッ』


 闇を噴出させて立ち上がる黒騎士に対し、死霊を周囲に渦巻かせて笑うトニー。


『愚かにも、その姿に一定の馬鹿は希望を抱く。根拠のないものでも縋り付いて信じてしまう。何の理屈も道理もなくてもだ。世の中の馬鹿は馬鹿である事に気付けない。何故なら馬鹿だから』

「随分と苛立ってるな。まるで自分に言っているよ――」


 過去最高速度でトニーが飛び出した。漆黒の魔力を突き破り、黒騎士を巻き込んでもう片方のオックスを突き破る。


「ッ――――!!」

『――――』


 振った〈痺翠〉は牙に挟まれ刃が欠け、右腕を抑えられ、オックスを貫通すると同時に頼みの綱である双剣は宙に放り出される。


 怪物打倒に対して唯一の要とされる武器である〈夜の剣〉が飛ばされてしまう。


 二人はそのまま、組み合った状態で転がり回る。


『剣が無くても強がれるかなぁ!?』

「ッッ――――!!」


 放られる速度は、遠目に見る事しかできない数多の観客が辛うじて視認できる速さであった。視界を超え、その度に首を振ってその後を追う。


『——っ!』


 投げる黒騎士を、指笛で操る死霊の竜巻きが打つ。


 けれど打ち飛ぶ事なく、またトニーが蹴り付ける。死霊とトニーの狩猟が始まった。


 トニーらしき紅い光が線を生み出し、死霊らしき赤い集合体が同調して空を走り、黒い影を交互に襲いながら何度も視界を行き交う。


「っ……――――」


 何とか体勢を整えて剣を抜いて打ち付けるも、身体に受けながら構わず叩き付けられる。


 誰が見ても明らかだ。これは彼が死ぬまで続く。


 黒騎士は間違いなく、最も適当な英雄だ。武術も剣術も極め、魔力は限りない。


 だが人の築き上げた武術も、人が編み出した武具も、幻とされる獣には届かない。


 ましてや、ただの鋼の剣などは何の痛痒も与えられない。


「っ――――」


 鋼の剣に、亀裂が入る。


 紅い発光体が軌跡を生み出す度に、約束の剣はひび割れていく。


『はい、どんなもん?』

「ぐっ……!?」


 死霊群に飛ばされた先で背を踏み付けられ、地面が陥没する。


『もっととんでもない神仏なのかとも思ってたんだけどなぁ……』


 頭を鷲掴みにされ、宙吊り状態となる。


「…………ッ!」

『あ〜むっ』


 苦し紛れに振られた最後の剣が、噛み砕かれた。


『……終わりかなぁ〜?』

「…………」

『今回は中々だった。デューアを民に格下げして正解だったな。今までと同じで、見せ物にするには物足りないものになるところだった。協力に感謝だ感謝』


 壊れた人形のように吊るされる黒騎士に、多くの者達は目を背ける。


 けれど当の本人は、至って平坦に告げた。


「……そんなに怖かったのか?」

『………………何?』

「彼は間違いなく英雄になれた。本物に殺されそうになったのが、そんなに怖かったのかと訊いてるんだ」

『…………』


 本当に恐ろしいのは、本物の英雄が現実にいるという事実。その肯定だけは、受け入れられなかった。


「英雄だの怪物だのは関係ない。今、殴られて分かった。君はただの復讐心から人を殺している。この世界を憎み、手にある力を延々とぶつけている。理由は察せられる筈もないけど、死ぬまでそうするつもりだろう? だったら彼から頼まれた通り、倒すだけだ」

『ほぅ……? この状況からまだ言うかねぇ〜』


 トニーが黒騎士を手から落とす。


 地面に落ちた瞬間に、上半身を噛み千切る。頭から丸々齧り付き、鎧ごと噛み砕く。


『ッ――――!?』


 口を開いたトニーだったが、何故か打ち飛ばされていた。失速してから痛む胸元に目をやると、穿たれて凹んだ痕ができている。


 トニーのみならず、視線は自然と黒騎士へ。


「ここで、この場で必ず倒す…………それが、約束だ」


 左手に持つハンマーで剣を打ち、刃を復元させた黒騎士が断じる。

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