第230話、怪物の主トニー



 日が沈もうとしている。


「――てめぇ等ぁぁ!! ダチ公を殺しやがったバケモンを血祭りに上げんぞぉぉぉ!!」


 怒り狂うベルトの怒号を受け、地鳴りを思わせる怒声が跳ね返る。


「俺達ぁ、剣闘士だ!! 一歩間違えりゃあ、ならず者だぁぁ!! だが仲間はファミリーっ、家族だろうがぁぁ!!」


 ベルトの熱い檄で打たれ、剣闘士達は加熱していく。


「ファミリーやられてッ……黙ってられっかぁぁぁぁーっ!?」


 爆発する怒りで、気が狂いそうな剣闘士達。まともな道に呼び戻した仲間を殺され、復讐心は煮え滾っていた。


「……僕達も負けていられないね」

「あぁ……」


 チャンプにクーラ、サドンまでもが剣を手にオックスの元に集まった。


 その他にもデューアと縁のある者達が集い、中でも怒気が著しく憎悪と呼ぶに相応しいのが……。


「…………」

「グルルルゥゥ……」


 弓を手に暗い眼差しで立つアーチェと、再び噴煙を立ち昇らせて炎を滲ませるグーリーであった。


 恨みを悲しみに上書きし、憎しみのみを力に戦場に立つ。


 そこに向かう黒い鎧騎士。街中を視線を集めながら歩む。住民達に見せびらかすように指定されたオックスまで静かに赴く。


「――トニーはおそらく、普通の夢見る少女だったのでしょう」


 ローブのフードを被り、裏路地の暗がりから黒騎士へ告げる怪しい影。


「……“そこで朽ちるつもりか。前線は若い者に任せて早く戻って来い”……ソッド・ソーデンの伝言は伝えた筈だが?」

「私が去ってカナンさんが殺され、次にはみすみすデューア君までもが殺された…………騙した立場と言えど、このまま去ることなど到底できませんでした」


 責任を感じていることは、弱々しい声を聞けば明らかであった。


「以前に、少しだけ似た事件の捜査をしたことがあります」


 その少女は、生まれながらに特異な能力を持っていた。


 他人の記憶を塗り替え、人格すらも思うがままに作り変えられる能力。人は少女を化け物と呼び、迫害した。


「しかし私の知るその少女は、自分の能力が効かない人物と出会い救われた……」

「……トニーは出会えなかった成れの果てだと?」

「そうではないかと。我等の想像を絶する裏切りや事件が、彼女の身に降りかかったのではないでしょうか。それも、一度ではなく何度も……」


 壊れるには充分過ぎる苦痛を経て、怪物と成り果ててしまったのではないか。


 救われる者ばかりではない。むしろ多くは……その殆どは、救われない。


「だとしても……そうなのだとしたら、やはりここで止めなければならない」

「あなたしかいません。任せ切りで心苦しくも、デューア君で勝てないのなら、あなたしかいない」


 ローブの男は黒騎士に背を向け、それだけを告げて去って行った。


「…………」


 黒騎士は見届けた後、改めてオックスへと歩む。


 トニーがデューアを英雄と認めなくとも、思いを一つに集結したこの者達が証明している。彼を英雄として集った仲間達が証となっている。見守る住民達が証拠となっている。


 そしてここには、英雄がもう一人。


「あと少しだけ届かなかった後押しを、任されたよ……デューア君」


 ただ一人に向けられた言葉を、誰にも聴こえない声量で紡ぐ。


 魔剣を二つ、剣を一つ、腰にしかと携えた黒騎士が、オックスに到着した。


 後はトニーが現れるのを待つばかり……。



 ………


 ……


 …



 オックスを見渡せる建物の屋上には、アルスで起きようとしている歴史的大事件をその目に収めようと領主ギャブルが立っていた。


 全てを見届けようと、身内の反対を押し切って可能な限り前線近くで戦場を見下ろす。


 殺人鬼が現れたと知った時も、スリルや物語性をむしろ喜んだ。


 トニーというライカンスロープが犯人と知った際にも、黒騎士と戦うのではと期待感が高まり興奮していた。


 その報いだろうか、デューアが殺されて英雄を失ったアルスは、悲哀と失意に埋もれてしまっている。


 冒険譚を読むように傍観しているだけで、純に楽しんですらいた事が、これほど罪深いとは知らなかった。


「……黒騎士が負けてしまったら、トニーの思うがままだな」


 憎悪で立ち上がった者達も、今度こそは絶望に沈むだろう。


 山向こうに消えて行った夕陽を見送り、招待された夜が来る。


「――レディ〜スア〜ンドっ、ジェントルメェェン!!」


 ホストを務める人狼が、――――ギャブルの隣から開幕を告げた。


「何ッ……!?」

「さぁ、黒騎士くん……物語の締めが来たぜ」


 黒騎士と視線を交わしたトニーは、右手に持つ物をギャブルにチラつかせてみせた。


「ば、馬鹿なっ……! 隠し金庫は私しか知らない筈だ!」

「俺の好きな臭いを付けておいたんだ。狼だぜ? それを辿る事くらいはできるんだよ」


 遺物〈死霊ガ残ス光〉を手にしたトニーが肩を竦めて言う。


 そして、


「あ〜〜んっ」


 食った。


「遺物を、く、食いやがった……!」

「どうなるんだ……? 幻獣ってだけでも未知だってのにっ、畜生!」


 見上げるライカンスロープは苦しむこともなく、壊れる音を立てながら咀嚼して飲み下し、満足げに腹をさする。


 だが見上げている側は、その変化を敏感に感じ取っている。


 黒い毛色が赤く染まっていく。その赤い毛は仄かに発光し、何もせずとも周囲を漂っていた魂魄を再び死霊として顕現させている。


 トニーは死霊を眺めて得意げに頷き、これまでと同じく物語を締めにかかる。


「ッ――――」


 咆哮を空へ解き放ち、アルス領全土の数日内に死んだ魔物達を呼び起こした。


「…………」

「…………なんだよ、おいっ……」


 最北のオックス下から、アルスの街全域から空へ昇る赤い死霊達を目にする。


 地獄から悪魔達が地上を侵略しに現界したかのような絵図に、言葉を失って立ち尽くす。


 そして気付く。今宵は“赤き月の夜”と呼ばれる怪奇現象であると。


 この夜に近付くに連れて魔物達が凶暴化し、月が赤くなるその日にはゴブリンでさえ手が付けられなくなる。


 トニーは幻獣として、今夜が赤月の夜だと知っていた。


 赤く染まった月越しに、やがて雲よりも高く舞い上がった魔物の死霊達は…………死霊の主である人狼の敵へ殺到する。


「う、うわぁぁぁぁ!?」

「おいっ、あんなの聞いてねぇよぉ!!」


 開幕の一撃のみで足並みは崩れ、剣闘士も傭兵もなく逃げ惑う。


「雪崩れか津波ではないか…………っ」


 汗を滲ませるサドンが堪らず弱音を吐く。


 その時、傭兵が取りこぼした大剣を拾い上げ、その死霊の雪崩れへ歩む黒騎士を見る。


 無理矢理に黒い魔力を大剣に込め、渦巻く魔力に刃が悲鳴を上げたところで右薙に振り抜いた。片手に振られる大剣は切っ先から限界を迎え、砕けて溢れるように飛び出した漆黒の魔力が雪崩れを打ち消す。


 強引に叩き起こされた死霊を、極大の黒い斬光が送り返していく。


 同時に、トニーが魔力を突き破って黒騎士へと飛び付いた。


 巻き込まれて転がり回る二人は双塔オックスの中間辺りまで滑り込んで停止。


「…………」

「…………」


 互いに距離を取って相対し、物語のクライマックスに突入した。

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