第229話、たとえ一人でも

 デューアが最期に見た光景が終わる。


 壮絶な戦闘とトニーの強さが浮き彫りになる。渡り合ったデューアを改めて誇りに思い、だからこそ別れは辛くなる。


 思いも謝罪も各々が受け取り、涙や嗚咽に心情を表す。


 その中で、未だかつて耳にした事のない重々しく激烈な音が鳴る。


「……く、黒騎士……」

「っ…………」


 黒騎士の握り締める拳により、分厚いガントレットが砕け散り、粉々となって床を打つ。城壁を思わせる頑強な鎧が、まるで焼き菓子のように儚く握り潰される。


 頭部を覆う鎧はあれども、激しい怒りと深い悲しみを抱いていることは明らかであった。


 そして、強い虚しさも……。


 どうしてそこまでの強い思いを抱いているのか、それは誰にも分からない。デューアとの繋がりなど数度だけである筈なのに、どうしてなのかと誰もが疑問に思う。


「…………」


 おもむろに歩み出した黒騎士は、デューアの持っていた鋼の剣を手に取り、有無を言わさぬ確かな歩みで出口へ向かう。


 魔剣などに目もくれず、ただの剣だけを選んで遺体安置所を後にしようとしている。


「――お待ちください」

「…………」


 激情宿す黒騎士を呼び止めたのは…………パッソであった。


「魔剣も役立ててください。トニーに効果があるかは不明ですが、敵討ちはあなたに任せる他ない」

「……借りていこう」


 差し出された二つの魔剣も手にして、黒騎士は悲哀で満たされる部屋を後にした。



 ♢♢♢



 遺体安置所を後にして、人目につかない場所へ歩みを向けた。


 トニーを倒すべく、二日後……明日の夜に備える必要がある。


 黒騎士の姿を捉えて後を尾ける者達の気配を感じながら、路地裏に入りすぐに、鎧を解除しながら高い建物の屋上に跳び上がる。


「…………」


 姿を見失って下で騒ぐ者達を一瞥し、左手に持つデューアへと贈った剣に目をやる。


「……こんなに早く返って来ちゃった」


 小さな声音で独りごちに呟きながら、一つの決意をする。


「もう剣を贈るのは、止めようかな……」

「何でなん?」


 いつの間にか背後に立っていたユミに問われ、驚くことなくクロノは東南の空を見て答える。


「前にも剣を贈った事があるんだ。けど、その時も望まない形で返って来た」

「そんな事もあるやろ。所詮はツイてなかったってだけやねん」

「そうなんだろうけどね。けど、念の為だよ」


 弟子のデューアが使っていた三本を手に、アルスでの日々を追憶する。


 すればする程、闘志は練り上げられる。


「……そないに腹が立つんやったら、面倒なことなんかせんと殺してまえばええやん」

「できないよ。デューア君は黒騎士に託したんだから。それに先生なんて呼んで慕ってもらっておいて、このくらいの弟子の願いも聞けないなんて不甲斐ないじゃないか」


 先生と初めて呼ばれたのが、ついこの間だとは思えない。それほどにデューアからの師事は馴染んでいた。


 トニーとの闘いを目にして、より誇らしいと思える。


 知り合えた偶然に感謝する。過ごした時間は尊く、とても価値あるものだった。だからこそ、その願いを叶えなければと強く思う。


「何より……友達をあんな風に言われて、あっさり終わりになんてできない。偽物なんかじゃない。デューア君がそうであったように、彼がそう望むなら俺は英雄としてトニーを倒す」


 友が、弟子がそう望むのなら、黒騎士は英雄となろう。


(応えてみせる。そういうのが、英雄なんだろう……?)



 ………


 ……


 …



 デューアのいなくなったエンゼ教アルス配属部隊は、光を失ったように足元が覚束ないようで……。


 特にアーチェは憔悴し切っており、自室で泣き崩れている。


 最も長い付き合いで兄弟同然であったサドンも、平静を装いながらも心は深く沈んでいる。度々顔に射し込む影が悲しみを物語っていた。


「ふんぬっ!!」


 夜、ただ一人で中庭に立ち、肉体を曝け出す男がいた。


 篝火を焚き、半裸で次々とポーズを決める。


「……他人の家でまた何をやってんだよ」

「クーラっ、君も参加していくかい!?」


 このような時に何をしているのかと、何を思ったのか歩み寄ったクーラへチャンプは笑みを返した。いつもは関わっても損をするだけとクーラは無視をするのだが……。


 しかしこの時は自然と歩みを向けていた。


「何もこんな時に……」

「こうしていれば! いつもみたいに律儀に現れて、呆れながらも付き合ってくれるんじゃないかと思ってさ!」

「…………」


 誰を指した言葉なのかなど、身内からすれば明白だ。


「知らなかったよ! 一人のショーがこんなに寂しいものだなんてね!」

「チャンプ……」


 よく見ればチャンプは笑顔を見せつつも、汗と共に大粒の涙を流していた。


 約束の夜、この日ばかりはどれだけ寂しくともショーを開かなければならない。


 約束を果たそうとあれだけ闘ったデューアへ、少しでも報いる為に。


「……しゃあねぇなぁ」


 滲み出た涙を拭ったクーラが、チャンプの前に腰を下ろした。


「おっ、参加するかい?」

「師匠の後は継がないとな」

「はっはっは、それは嬉しいね!」


 悲しみに暮れる中でも、デューアの意志は受け継がれている。


 そして……。



 ………


 ……


 …




 一日が経つ。


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