第90話、マヌア
旧地下水路、探検家さながらの装いと荷物量で立つ西南部入り口。
普通に民家と民家の間にある一軒家にも見える建物内にそれはあった。
「……君かぁ、また会ったなぁ……」
「よろしくお願いします。見事にやってやります。不死鳥のごとく」
「何回か失敗するつもりじゃないかぁ。燃え尽きても何食わぬ顔をして灰から立ち上がるつもりかぁ? でもいいよぉ、おじさんはそれを肯定する」
椅子に座って寝落ちしていた先程の面接官の方。肩を揺すって起こしはしたが、立ち上がる気配も目蓋が三分の一以上に持ち上がる気配もない。
「不死鳥でも番長でもなんでもいいけどぉ、仕事は……いわゆるぅ、逃げ込んだ王都民の誘導ね。犯罪者とか、浮浪者とかもいるけど空の魔術があって、一般人も入り込んでるみたいだ。色んな所に出入り口があって簡単に入れるんだわ、ここ」
「その、やり方とかは決まりがあるんじゃないですか? 名前を控えたりとか……」
「ないない。な〜いないないないないグゥゥ…………」
おかしくなってしまっている。寝落ちした彼を、もう一度ゆり起こす度胸は俺にはない。単純に怖い。
「……………………あっ、魔物がいるかもって話だから、注意をするようにな」
「了解です……」
騎士のおじさんが重要事項を説明し、再び寝入る。
「よしっ、なら俺流で避難誘導を開始しよう」
とりあえず入り口から中へと踏み込んでみる。長い梯子を踏み外さないよう慎重に降り……るのは面倒なので、かなり深いが垂直落下する。
「よっ…………ふむ、そんなに暗くはない」
旧地下水路とはいうものの微かに光る発光石の粉が壁に練り込まれており、仄かに明るい。
ランタンやダウジングなども用意して来たのだが無駄になったようだ。
おっと、ゆっくりしていられる時間はない。侵入者達を外に誘導しなければ。
「…………お〜い!」
ただ歩いていても暇なので、声の反響でなんとなく広さを探ってみる。遥か遠くまで響き渡ることからも、相当広く続いているらしい。
……しかしあまり気配はない。こちらに爆速で近寄る気配はいるが、人間ではなさそうだ。他の誘導員の方が仕事をした後なのだろうか。
せっかくなので、すぐ先の横に続く通路からモノレールくらいの速さでやって来る魔物を覗き見る。
「どれどれ――――」
………
……
…
「――あ、あの騎士さん、結構な化け物がいたんですけど……」
弾丸よりも速く戻り、梯子も無視して跳び上がり、目隠しまでして眠りこける騎士さんを揺り起こして報告する。
「はぁ……? ……そのメモ帳にでも絵に描いてみなさい。何度も面倒な実地研修を受けて魔物に詳しいったらないんだから、騎士のおじさんは」
「…………こんなやつっす」
侵入者の名前を控えておこうと手にしていたメモ帳をキャンバス代わりに、黒く塗り潰した。もう真っ黒に。
「うんうんうん……この絵を見る限りだと、そのペンか君の絵心かのどっちかが死んでるな。息をしていない」
「ぐさりと刺さりましたけど忠実に再現、このまんま本当なんですって」
すると騎士さん、再び目隠しをして眠る構えとなる。
「君が見たのはね、君自身の心の闇だよ。騎士さんを見てごらん。……あれ? 目の前が真っ暗だぞ? ……ははっ」
この騎士さん、もうダメかもしれない。
「あ〜、そっか。絵は無視して話すけど、ほとんどいないって聞いていたが、強めの魔物が残っていたのかもな? いるんだよ、地下水路って。新しい水路には下水とか綺麗にしてくれるスライムがわんさかいるだろ? あれを餌にしようって魔物がさ。どこかからスライムが漏れてたんだろうよ」
「あっ、あういうものなんですね。オッケ、ならいいや」
必要無しと分かったリュックを下ろし、汚れることもなさそうなので私服に着替え、騎士のおじさんに任せて再び降下する。そして先程の場所へ走って戻る。
すると、大ぶりの蟻がわんさかと出迎えてくれた。
通路を埋め尽くし、真ん中には巨大な女王蟻が。どうやら腹に子供を宿しており、働き蟻が横っ腹の穴から魔力を運び入れているらしい。中々に恐ろしい光景だ。
見入っている間に身体中に蟻が纏わり付き、可愛く針や甘噛みで攻撃をしてくる。刺さりっこないのに、ムキになって仲間を集めてどんどんと重なっていく。
王国の地下にいていい魔物なのだろうか。地上に出てしまったら十分の一くらいならば、あっという間に侵略してしまいそうなくらいに危険だが……。
「……魔力でもあげるか」
そよ風のように心地よく、魔力風を全身から滲ませてあげる。カブトムシにゼリーをあげる心持ちで、懐かしさに浸りながら。
そうしたらすぐに味方だと分かってくれたのか、群れがさっと引いてしまう。女王蟻に纏わり付き、まるでモコモコ過ぎるコートを着るセレブのようになり、やがて全ての蟻がお腹に収まってしまう。
残されたのは、微動だにしないクイーン。
「ん〜、きび団子代わりの魔力ならいくらでもあげるから、仕事に付いて来る? 今なら魔王直属護衛隊の席、空いてるよ?」
仲間に、大きな蟻達が加わった。
………
……
…
『…………』
今度は妙に腕の長い強そうな魔物に出会う。ナナフシみたい。
でも目はなく、色素も薄くて白っぽい。これもまた力強そうな魔物だ。
でも女王蟻の上で魔力を与えながらも胡座をかく俺を前に、ぷるぷると震えている。
「…………」
『…………』
無言で視線を交わす。
どうやら音に反応しているみたいなので、侵入者探しにうってつけ。給料に魔力を与えて仲間にする。
仲間に、強そうな魔物が加わった。
…………
……
…
「…………」
角の生えた兎が震えている。
仲間に、兎が加わった。
………
……
…
一気に賑やかになった新生魔王軍だが、避難したという人がいない。
ここまで来ると国に騙されたのではと思える程だ。しかし給金は貰えるみたいではあった。
「…………ホラーゲームみたいだな」
急に雰囲気が楽しくなって来た。わくわくとする……まるで謎の地下施設に潜入したような気分。
薄気味悪い静寂とヒンヤリとした湿気、そして終わりのない通路という行けども行けども同じ光景。
「凄いな。化け物とか出てこないかな…………みんな、そういう時に取り乱すのが一番良くない。落ち着いて行こう」
隣を行くナナフシもどきと、膝に座る角兎、そして俺を乗せて音もなく進む蟻に釘を刺しておく。
別に化け物とかなら出て来てくれてもいいのだが、急にうわっとか言われたら飛び上がってしまう。突然の挙動も厳禁だ。
「……………………っ!?」
「っ……!!」
ナナフシもどきが案の定、何かの物音に反応して振り向いた。そのせいで蟻くんとウサギくんがビクッとなってしまい、『お前、ふざけんなよ』という視線を向けている。
「ん? ……侵入者?」
「…………」
気まずそうなのっぺらぼうのナナフシもどきがコクコクと頷いて肯定の意思を示した。
「やっと仕事か。ナナフシ君、先に行って逃がさないようにしておいてくれ」
「――――」
走り去るナナフシくんを追いかけようと指示する間際、地上から微かに轟く振動を感じ取った。
「……なんか新しく事件か?」
♢♢♢
アーク大聖堂。
アルト率いる国軍に対して、エンゼ教側は僅かに四名。
「ガンバレ〜、ガンバレ〜」
一人は聖堂の高い梁に腰掛け、単調な声援を淡々と送る少年。戦闘員では無さそうで、実質的に三名であろう。
しかし皆が粛正部の長。エンゼ教の安寧を掲げ、若き頃よりその手を背信者の血で穢し、けれど捕まることのなかった歴戦の処刑人だ。
剣殺人は曲がりくねった刃が特徴的なフランベルジェ、暗殺人は出血毒を塗ったショートソード。どちらも斬り傷のみならず、失血しも狙うという凶悪な武器構成である。
代々の粛正部から受け継がれてきたエンゼ教内部で培われた暗殺術ともいえる。
これを功績といえる形で上回れるとするならば、どのような戦術を思い浮かべるだろう。
「――クオッ……!!」
急加速の影響だろうか。苦々しく何かを堪えるアルトが、――射出された。
橙色の魔力が滲む足裏を爆発させ、強靱な足腰で姿勢を保ち四回転の滑走。しながらに――
「――――ぅぅ……!!」
肺に残っていた僅かな空気も吐き出して、遠心力に力を加えて騎士黒剣を振り抜いて通過した。
刃が残すオレンジ色の軌跡が円を描き、鮮やかに駆け抜けた。
「…………」
「……油断をするからよ」
勇ましく翳したフランベルジェごと、上半身と下半身に斬り千切られた剣殺人を前に蔑みを吐き捨てた。
「……いや、今のは福音を展開させていても一撃死だったろう。剣を砕いたのは力任せだが、銅を斬ったものには何かある。両刃の直剣で出せる切れ味ではない。もっとも……」
「…………」
「……回数は限られているようだが」
暗殺人がショートソードを抜く。
「大方、魔力にどれだけ富んでいようとも一撃で葬れば只人に同じ……とでも吹き込まれたのだろう。……ここにいればその邪な黒甲冑を赤黒く塗り替えてやったのだが」
「お前の返り血ならば私が浴びてやろう」
「小癪小癪小癪ッ!!」
皆が、初めて目にする魔力の翼。
体内から熱く焼け付く量の魔力を羽ばたかせ、暗殺人は存在を格上げする。
まさに物語の天使である。
「……一転して乱暴だな。そのように急変するようでは女性に好かれないぞ」
臆することなく、アルトは大剣を低く構える。通常に大剣を振るう際に要する初動からの劇的な力みはもう必要ない。魔力操作があればあの破格の一撃を繰り出せる。
「……俺は、モテる……」
「嘘を吐くな」
「……嘘ではなぁい」
嘘であった。
「そんなことで傷つくの? 男って……」
「えぇ〜? 女だってそうじゃない?」
「……ルルノア」
ウェーブがかる金髪を揺らし、不敵な褐色肌のダークエルフが気分上々に現れた。いつもの棍を担ぎ、その澄んだ眼差しの戦意は増すばかりと見える。
「あたしはモテるから分からないけどね」
「私もモテるから分からないわぁ」
「はい嘘っ。眉がピクピクってしたもん」
魔殺人の女もまた魔力の翼を解き放ち、掌に魔術陣を浮かべて蛇のような水流を作り出した。
「前日に酒を抜いたあたしが、そんなチンケな魔力如きで止まると思う?」
♢♢♢
オズワルドとハクトは大聖堂より程々に離れた周辺にて、調査を行っていた。
「……ふわぁ」
「ほら、次に行きますよ」
「う〜すっ」
大剣を背に朝早くからの調査で欠伸をするハクトを先導し、セレスティアから与えられた本当の使命を果たさんと焦る。
瞬間、アーク大聖堂方面から地面を揺らす轟音が鳴り響く。
「…………」
「…………」
急かしているように感じられ、二人の歩みは自然と早くなった。
「で、ここからどうすんだ?」
一人だけ特別に呼び出されたオズワルドは、自身がソレを見つけられなければ王都崩壊の危険性が非常に高まると聞かされた。
理由も納得のものだ。内密かつ自分にだけ告げる点にも。
「ハクト君にしか見えない何かがある筈なんです。しかしそれが見えない場合、ある人物を見張るよう命を受けました」
「……お前に付いて行けばいいってことか?」
「そう言うことです。もう君は僕の傀儡と思って、言われたことだけやってください。妙な知恵は付けないように」
「人権の危機なのに最善だから何も言えねぇよ……」
特定の人物は、“青い猫”が見えるらしい。
しかしハクトに見えない場合には、エンゼ教粛清部呪殺隊の男の動向を見張る必要があるのだと告げられた。
『その……マヌアとは何なんですか?』
セレスティアは未だ正確には把握していない様子ながら確定している正体を口にした。
『……マヌアは、大昔のエンゼ教徒です。粛清部呪殺隊の者であって、一際忠実で、歴代最多の粛清率を誇ったと記述されていました。記載が真実ならば伝説的な呪術師と言えるでしょう』
敵の正体や探し物の詳細を伝えられた時には、あまりに重大な責任に押し潰されそうであった。共にハクトがいなければプレッシャーに負けていたことだろう。
とにかく“青い猫”だ。最も解決に近付く道は、ハクトにしか見えない“青い猫”が握っている。
「…………ん?」
「ほ〜れほれ、オレと遊ぼうぜ」
目を離した隙に、ハクトが塀の上の虚空に向けて引っこ抜いた雑草をフリフリと振っていた。まるで何か小動物に構うかのような素振りだ。
「…………いるのっ!?」
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