第100話、加速するライト
無念が宿り、その剣には呪いが込められた。長きに渡り封じられるも、天使を葬り去るべく、王都の恨み辛み、負なる感情を吸い上げ、呪いの糧とした。
「……今が解放の時。念願の天使狩りを始めましょう」
直進した呪剣が、——ナリタスの衣を斬り裂いた。濃縮された呪力は天使の格を失墜させ、怨恨の刃がその身を斬る。
『ッ…………』
少しの抵抗もなく天使を穢し、呪剣は咀嚼するように衣の残滓に喰い付く。
「そのような暇はありませんよ、くだらない。食べるなら新鮮なものにしなさい」
嘆息混じりの酷薄な命令を受け、強引に軌道を変えられ、再び呪剣の切っ先はナリタスへ。
「おおっ……!!」
剛撃一閃。呪剣に続くアルトの騎士黒剣がナリタスの太ももを微かに削り飛ばした。
『ッ、ッ……?』
「っ……!!」
呪剣が眉間を縦に掠め、光の奔流から眼前に飛び出したエリカが、抜刀。
刃先だけを縦に回転させ、ナリタスの眉間に裂け目を付ける。
『ッ、ッ、ッ……?』
ライトの血筋が、加速していく。
呪剣と共に、まだ加速する。
まだまだ加速していく。
ナリタスが身体を覆う衣を再生させるよりも早く、一本と三人が加速していく。
『ッ……————』
無表情のナリタスが、一向に当たる気配のない固定人間の渦を止め、天を仰ぐ。
右目から魔力線を飛ばし、保持していた魔術陣を描く。
魔術陣から更に、十数本の鋼の刃が降り、それを固定。呪剣の真似をしようというのか人間と共に刃を渦に加える。
これまで維持を徹底していたナリタスのほんの小さな変化の始まりであった。
エンゼ教の未来を安寧とするには、状況維持が最適。その考えを無自覚に破る。
しかし、
「無駄だよ……」
あちらこちらから剣戟音が加わるのみ。
二人の疾走は止まらない。むしろ弾いて響く剣戟音が二人を鼓舞し、熱量を上げていく。
『っ、っ、っ、っ、っ、っ——』
周囲の壁、柱、階段、椅子、モニュメント、あらゆるものを固定、自身を中心に操作する。渦に組み込み、規模が大きく物質量も大きくなる。
「セレスが操る呪剣を追えば問題ない」
「むしろ足場にしてやるっ!」
渦巻く無数の物体をしても、ライトの激怒は止まらない。
『ッ……ッ、ッ……?』
これまで避けるどころか、戦闘をして来なかったナリタスは微かに狼狽えていた。
呪剣もあるが、人間が強過ぎる。
絆、人の情、思い、なのだろうか。
『…………』
ふとした思い付き。何気なく、試してみる。
「————……っ、なにぎゃっ!?」
「っ……!?」
エリカの横合いを飛んでいた騎士が固定を解除され、大聖堂の柱に激突した。血飛沫を上げ、ぐにゃりと床に落ち込む。
「このっ、貴様ぁぁ……」
『…………』
正解だったようだ。
歪に笑ったナリタスは、少しずつ人間の固定を解除する。
「——……えっ、キャア!?」
「くっ……!?」
地面に撃ち出されたルルノアを、先回りしたアルトが受け止める。
しかし人間一人分の勢いは止まらず、アルトごと並べられた椅子を巻き込み吹き飛んでしまう。
『…………』
「——…………ぇ?」
老いた小さなシスターが、壁へ射出された。
「っ……ご、ごめんっ、姉様!!」
柱を足場に跳躍し、シスターを庇って壁に激突する。
「か、はっ……」
崩れ落ちたエリカはぴくりとも動かない。
「……味を締めましたね」
『当然の戦術。でも君には効果がない』
「私は一部の特別な者しか助けません」
『魔力は足りている?』
「はい。それにここまで来れば一人で殺し切れます」
連携の為に控えていた分の魔力を解き、光の流れをより収束させる。
欲しいのは斬れ味。
光はセレスティアの求める性質を形作る。
刀。柄のない抜き身の刀身。光は数多の刀刃となって呪剣に続く。
『ッ———―』
一体となって流れるだけでなく、分離し二つの流れになって斬り、一度消えて全く別の場所から斬り付け、または大きな一つの斬撃となってナリタスを斬り刻む。
母に手を出した愚物を無慈悲に斬り刻んでいく。
「…………」
流れる人間、鋼、あらゆる物体、そしてナリタス自身の動きを把握して天使に死を与える。
無表情に立ち、凍える眼差しで死を与える。
更に、
『ッ、……?』
光の斬撃とは違う痛みが腹部を襲う。
「はぁ……、はぁ……クォッ——」
「ッ————」
チカチカと閃くオレンジの斬光。太く力強いものと、細く鋭いもの。
頭や口元から流れる血が散り、確かにナリタスを斬り付けていた。
『一人で殺し切れると……』
「知りませんでしたか? 私達、人間は嘘を吐ける」
『っ…………』
眉根を寄せたナリタスは戦闘用でないながらも、飛散する僅かな血を追う。追ったポイントへと物体をぶつけていく。
……加速する血飛沫。
それでも追い続け、物体を回転、向きを変え、工夫を始める。
『————』
瞳から魔術陣を投影して両目から各々、炎と氷の槍を無数に射出して追う。
橙色の軌跡は……止まらない。
「堕ちろっ……!!」
「……斬るっ」
ナリタスが狼狽する程の執念で、黒剣と刀が殺到する。
『…………』
ならばと五人程の騎士を、解放する。
見つめる先は突然の異常景色に翻弄される騎士達。不可思議に動きを変え、何かを下敷きに壁や柱に激突した。
オレンジの軌跡は、もうやって来ない。
『…………それは止めろ』
「ッ————」
安堵していたところに迫る呪剣に初めての苛立ちを知り、ナリタスは右眼から魔力線が放ち巨大な魔術陣を描いた。
マヌアの呪剣が魔術陣を斬る……も、呪剣は弾かれて方向を変える。
(——っ、反発したっ?)
高度な魔術であったらしく、呪剣でさえ魔術の影響を受けていた。
軌道を変えた呪剣は呪いの性なのか、呪い返しとして持ち主であるセレスティアの左眼へ。
「っ————」
咄嗟に手で目を覆う。
……けれど変化はなく、何故かセレスティアと呪剣とのリンクが切れたのみであった。
「…………っ」
セレスティアが目を開くと、そこには——眼前で完全停止するマヌアの呪剣が。
何が起きたのか瞬時に理解しようとするも、それより前に呪剣から……青を呑み込む漆黒の魔力が噴出する。
「俺達も混ぜてくれ。手を貸すくらいはしてもいいだろ?」
空から降り立ったその青年の肩には、……青い猫が乗っていた。
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