第101話、君達の物語


 壊れた天井のステンドグラスから戦闘を見守るマヌア。


 人の力が、天使を上回っていく。


 現代の民は自分の時代に比べて遙かに弱い。勝てる筈もないのだから呪剣解放のために操ろう。それもまた罪となり、罰として背負おう。


 この考えを持ち、機を待っていたマヌア。


『もう、彼等の時代なのですね……』


 祭壇で倒れるハクト、地下水路で倒れるコォニー、見事に呪剣を届けたオズワルド。


 それを守り抜いたジェラルド。そして大聖堂で戦う王女達。


 呪剣は、この時代から託すべきなのだろう。


『あとは……、君達に託します……』


 マヌアの猫の身体が透けていく……。


 仲間達、家族の元へ。叱られるだろうか、いや恨まれているだろう。それでも顔を見たい……。


 ——さらば…………。


『………………――? っ……!?』


 消える直前であった。


 やっと眠れる安堵の思いも天使抹殺を見届けられずして逝く無念も、その異変により掻き消される。


「…………」

『…………』


 すぐ近くに、“えっ、猫が喋ってる……? しかも独り言だ……”とでも言いたげに驚愕する黒髪の男がいた。


 こちらを恐る恐る覗き込み、警戒心も全力でそこにいた。


『……私が、見えているのですか……?』

「…………」


 “やっぱり喋ったっ……”と表情で物語るその青年は、やがてゆっくりと頷いた。


 天使……? ……いや、内にある呪力がまるで敵対反応を見せない。それどころかすぐに逃げろと甲高い悲鳴を上げているように思う。


『あなたは……いったい何者なのです——』

「こっちが訊きたいよ」


 苛立ちを滲ませ、こちらの問いかけ終わりに被る勢いで返された。


「喋る猫に身元を問われる筋合いなんてないから。何言ってんの? そんな驚いた感じ出しちゃってさぁ……」

『その、あなたも……マヌアをご存じなのですよね……?』

「……ま、マヌア?」

『はい。……えっ、もしかして知らないのですか?』

「………………知、ってるよ? 勿論知ってるよ、有名だからね」

『…………』


 絶対に知らない。


 ただ知っている可能性が少しだけあるので、腕組みして顎先に指を当てた物知り顔の男へと無言で先を促した。


「あのぉ……最近、巷で流行ってるぅ、なんか若者が使う、やつ…………じゃない方のだよね? だったらアレかぁ」

『マヌアですよ……?』

「マヌアでしょ? うん………………スープ、とかに入れたり、する……よね?」

『…………』

「スープにマヌアはウチだけか……。してもいいと思うけどな、俺は。母ちゃんも細かく刻んだマヌアは味のアクセントにいいって言ってたし。それかお隣さんなんかはマヌアを棒で叩いたり――」

『私の名前です』


 こちらの反応を伺いながら辿り着くはずのない正解に行き着こうと足掻く男へ端的に告げた。


「……君の名前が、マヌア?」

『はい』

「分かるわけないだろっ。知ってて当たり前みたいに訊かないでくれ! 君の印象は悪くなるばかりだ!」


 踊らされたとでも言いたげに疑心を募らせる男に、慌てて弁明を試みることにした。


 が、男の方が若干だけ早く問いを投げかけてしまう。


「じゃあ君は見ず知らずの俺の名前が言えんの!? 三択でいいよ、え〜……オズワルド、ハクト、クロノ。ほら、答えられるもんなら答えてみなっ?」

『く、クロノ?』

「…………」


  世にも恐ろしいものを見る目で、口元を手で覆ったクロノが後退りする。


『お、落ち着いてっ、今のは物凄く幸運だったというだけですっ。私はあの呪剣の作成者なんです……!!』

「…………」


 男は怪しみながらも目下戦闘中の大聖堂を見下ろした。


「……なんだ仲間じゃんか。初めからそう言ってくれたら良かったのに」

『…………』

「マヌアさんも見守りに来たんだろ? ……まだ彼女達だけでやれそうだね」


 仲間……とは言えないだろう。


 ハクトの殺害未遂。無実の他宗教信者の呪殺。天使解明のために犠牲にした仲間達。そして、肉親の呪殺。


 罪深い。


 仲間などと口が裂けても言えはしない。


 だがこんな自分にも手を貸せることがあるのなら、彼らと共に……。


『…………魔力さえあれば』

「思いとか絡んでるところに俺があっさり割り込むのは違う気がするんだ。ていうか、今の人質作戦がなかったら絶対勝ってた。悔しいなぁ。そもそもあの動く像は何なんだ? …………え? 魔力が欲しいの?」

『え……?』


 かなり後になっての問い返しに、間の抜けた声が出る。


「いいよ? これはおそらく俺じゃなくて、彼女や君の物語だ。剣を作ったからには何か理由があるんだろ?」



 ………


 ……


 …



 第三天使の前に最も因縁深きマヌアを連れて、一人の男が現れた。


 黒い魔力の残り香を纏い、大聖堂に舞い降りる。


 決闘の恐々となる騒々しさも、戦いの熱も、この男に平伏すように静かに波引いた。


『…………誰?』

「……君こそ誰だよ。俺を差し置いてボス気取りとはいい度胸だな」


 すると男は、身体から黒い魔力を揺らめかせながら立ち昇らせた。


 魔力は肩に乗る青い猫へ纏わり付き、その“青”の存在感を急速に高めていく。


『マヌア』

『ナリタス……』


 留まることを知らないどす黒い魔力を流し込まれながら、鋭い猫の眼がナリタスを見据える。


『天使の暗躍をこの時代で終わらせる……、まずはお前からだ』


 呪いの青を膨張させて、天使抹殺を口にした。


『…………? これでも?』


 更なる聖堂内の床を固定、破くように持ち上げ、殻の如く浮遊。


 規模が更に上がる。その気になれば大地でも同じ事が可能だ。漠然と迫る何かを知りたくて温存していた能力の加減を上げ、人間等、武器、建築物、人類の全てを支配する神の如く、惑星のように自在に操り——


『それでもだ』


 マヌアの呪剣が、真の持ち主へと戻る。


 無尽蔵の魔力により限界値まで呪力を激らせ、呪剣を意のままに操り、極青に猛るマヌアが降り立つ。


「俺は気絶してる人達を助ける」

「…………」


 呆然となったセレスティアへ、譲る仕草で天使の方へ手を差し出す。


「俺が控えているから、周りは気にしなくていい」


 横合いから押し潰そうと伸ばされたナリタスの掌を何の気なく受け止め、剛風が巻き起こるも一度もそちらを見ることなくセレスティアへ告げる。


「何かされたんだろ?」

「っ…………」

「行っておいで」


 胸を熱くする気遣いを受け、閉幕へとそっと送り出される。


 手柄だの成果だのと疑っていた愚かな自分を見守り、窮地にマヌアを連れて現れた。


 自分もナリタスもベネディクトも、それらが隠す裏の思惑すらも超えていく。にも関わらず、あの頃から変わらない自分に向けるこの温かさ。


 思いも至らないこの存在があったから、世界に価値を見出せた。今の自分がいる。


「……あなたは、私の光です……」


 込み上げた感情により、驚く程に自然に漏れ出た微笑みと言葉。潤む瞳のままに、魔王を見る。


『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアっ!!』


 突如として、ナリタスが奇声を上げる。


 そして叫びながら、自らの首を——捥ぎ取った。


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