第102話、呪い


 マヌアに睨まれながらも、ナリタスは見下ろす。


 謎の男が王女と会話をしている。権能の能力を用いた固定も効かず、こちらを恐れるでもなく。


 この男に何かを感じるも、それは今までに知り得なかったものであった。


 知りたい。


 ナリタスは自分自らの手で男を殺した。


『————』


 こちらを見向きもせずに、左手を翳すのみで突き出される天使の腕力を受け止めていた。


 ぴくりとも動かない。全くの不動であった。


 不明瞭であった感覚の答えはその感触と共に訪れた。その男の手と接触して気付く。触れたその時、知ってしまった。


 ————殺される。


 どうしようもなく分からされる、想像すら絶する大いなる力の存在を前に、ナリタスは第二天使アークマンと同じく——“真の恐怖”を知った。


『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアっ!!』


 知りたくなかった。


 初めての感情に苛まれながらナリタスは、自身に発生した恐怖により、成長を始める。


〈文明、成長の停滞〉。これにより人間は何かを学ぶことが無くなる。動植物の成長も滞り、現状維持が決定する。


 ナリタスはまずこれを使用。持てる力で逃走・・を確定付けようと権能を駆使した。


 そして魔力の効率的運用を考えて使用していた保持魔術を止め、天使の魔力のみによる高威力な攻撃に切り替えた。


 だが、この男がいる。


 殺される。少しの希望もなく、殺される。


 ナリタスは無意識の内に、自身を引き裂いた・・・・・・・・


「…………」

『化け物め……』


 初めに首。首を捥ぎ、ぶちぶちと音を立てて千切り、断面からは白いさらさらとした液体を飛び散らし、白く太い繊維のようなものがワームの束を思わせる生物的な動きで蠢き始める。


 次には腕、脚、そして胴も二つに千切ってしまう。それを固定して浮遊。


 的が一つであるのは絶望的。これで、どれかだけでも逃げ切れたなら復活は可能となった。


 逃げるように周囲の旋回する物体に紛れ込み、旋回を始める。


「行きましょう、マヌアさん」

『了解しました。剣との繋がりから魔力が少しだけ通じておりますので、思念を私に送るようにしてご指示を』

「…………分かりました」

 

 マヌアを引き連れて歩み出すセレスティアに襲い掛かる違和感。マヌアが何を言っているのか理解できない。そして現状分析もナリタスが七つに分離した意味も、宙を泳ぐ法則性なども一切計算できない。


 しかし学習を封じられたセレスティアには、これが〈文明、成長の停滞〉というナリタスの権能であることにも気付けない。


「……計画通りに事を運ぶしかありませんね」

『……? 何か?』

「今までの通りに。何か違和感を感じる気がしますが、今までの通りに」

『わ、分かりました……!!』


 既に頭にある策の中から、最も状況的に好ましいものを適用させる。


「よいしょ……こんなところにも騎士さんがいるよ。なんかこの惑星みたいに回ってるの危ないなぁ……」

『っ……!?』


 壁際や柱にいる騎士達を回収するクロノに怯えながら大聖堂を右往左往して移動する物体の流動体。


 分裂して尚も成長するナリタスの手の平に一つの線が生まれ、開かれたそこには目が生まれ、膝、臍、胸にも同じものが生まれる。


「マヌアさんは翼の生えた胸部と頭部を中心的にお願いします。ッ——!!」

『はいっ!!』


 物体を足場に、光と青が剣の軌跡を作っていく。


 成長できない筈のセレスティアが、右回り左回りにと不規則に旋回する物体に適応し、複数に分かれたナリタスを効率よく斬り付ける。


 アルトとエリカが残した欠損部分を正しく辿る。


『っ……!? 王女にも効かない!?』

「…………?」


 セレスティアにはナリタスの言葉の意味はやはり分からない。


 過去のセレスティアはナリタスから〈文明、成長の停滞〉と聞き出した瞬間からナリタスが取り得るかもしれない動きを二十六まで想定し、その対策と決着までの流れを既に講じておいた。


 想定した対策を実行するのは当たり前だ。現に成長ではないとナリタスの権能自体に判定されている。


 そして何よりも……。


『呪剣よ……!!』


 真の持ち主が操る呪剣は、格が違った。


 ハクト、コォニー、オズワルド、セレスティアの元を経て、マヌアの元へと戻った呪剣。その身にはどれだけの無茶も可能とする呪力。


 青が爛々と輝き、一撃で天使の衣ごと純白の頬肉を斬り裂く。


『ぐぁ……!!』


 刃が回転してナリタスの脛を斬り付ける。


『ギッ……!?』


 短剣の牙に貫かれ、翼には穴が。


『マヌアぁぁああ!!』


 傷口から青いオーラに蝕まれ、呪いは猛毒となって天使を侵蝕していく。


『この剣を覚えているか、ナリタス。貴様が殺した粛清人達のものだ』

『ああああっ、マヌアああああああああ!!』

『貴様とアークマンが奪った生命の嘆きと恨み、その身に刻めっ……!!』


 分裂したことにより毒の回りは早くなり、セレスティアに斬り付けられて傷口は開くばかり。


 狂乱するナリタスの全身はもはやヒビだらけで、崩壊寸前となっていた。


「…………」

『下腹部、了解しました』


 青い猫が跳び回りながら、物体を置き去りにする速度でナリタスを毒していく呪剣を、更に加速させる。


 繋がっていたからか、無意識下でセレスティアから理想的な動きが思念となって送られる。マヌアと呪剣は間違いなく最高の状態でナリタスと相対していた。


『友よ、見ていてくれ……』

「————ッ!!」


 青い流星が通過し、ナリタスが気を取られた隙にセレスティアが真上から頭頂部へと光る装飾剣を突き立てた。


 得意の突き技で、最終段階へ移行する。


『っ、ゥワァァアアァアアアンッ!!』


 何よりも周りを控えめに移動し、騎士を回収するクロノに怯えて泣き叫び、ナリタスは恐怖の渦に巻き込まれながら——その実力を十全に発揮した。


 飛び交う部位に開眼した瞳から、細く白い光線が放たれる。


「っ……!?」

『ぐっ、なんという熱だ!!』


 八つの白い光線が柱も壁も大聖堂も貫通して薙ぎ払う。


 セレスティアの横合いを通っただけで、その肌から赤い鮮血が飛び散った。


 熱線は空の魔術陣さえも切り裂いた。三つの光線が魔術陣に亀裂を作る。自然復元するも、天使の魔力は王国民を絶望させた。


「…………」


 離れた場所に集めたエリカや騎士達の前に立ち、光線を人差し指で受け止めるクロノですらも密かに羨む。


 一方でナリタスは光線が有効であると知り、各部位を集結させる。


 人間が天使の命に届き得る成長を見せたように、恐怖の度合いに応じてナリタスも異様な成長を見せた。


 顔を中心に、顎に膝と胸部分が融合し、他の部位も人型を維持しようという気配もなく乱雑に混ざり合った。


 怪物そのものとなったナリタスは迷わずに全ての眼から白い光線を放ち、セレスティアへと集中させる。


 物体の動きは緩やかになり停止し、これ一つに専念して八つの線を眼前に集め、白く太い光線が解放された。


 光で逃避を阻害し、直接攻撃までするセレスティアをやればまだ可能性は残されている。


 生命体として死力を尽くすナリタス。


『王女様っ!!』

「っ…………」


 新たな対処法でなければ避けられない攻撃を前に硬直していたセレスティアを庇い、光線から真っ向で突き出された呪剣。


『おおおおおおおっ、ぐっ……!? 呪剣よっ、頼むっ……!!』

『っ、——っ、っ————!!』


 青い呪いがこれでもかと注がれるも、ナリタスが有する全力の魔力により拮抗する。


「……————」


 無意識に跳んだセレスティアが、光を足場に呪剣を突いた。


 成長できず、新たな学習を阻まれ、頭が真っ新になったことで、皮肉にも身体が自然と反応していた。


『やっ!? っ————!!』


 光と青が螺旋となって呪剣が白の中を突き進んでいく。


 拮抗は既になく、白一面の景色も瞬時に晴れる。


「————」


 セレスティアが目にしたのはナリタスの歪んだ泣き顔。それを目にし…………酷薄な笑みを浮かべて、呪剣を突き込んだ。


 ——呪剣が、…………弾かれる。


「っ————」


 ナリタスの背後に現れた巨影が、そっと白い魔力・・・・を放って呪剣を弾き飛ばした。


『…………』

『新たな……天使……だとっ?』


 青銅色の膨よかな何かの人形らしき丸い男型。その背には、小鳥を思わせる小さな羽が生えていた。


 第三天使・グルタス。


 ベネディクトの思考からでは考えられない。このタイミングで王都に新たに生み出した天使を配置するなど。セレスティアの考えでは自陣を強化する為に使用する筈であった。


 しかしベネディクトはナリタスを信用しておらず、加えて万が一にでもセレスティアがナリタスを殺すようなことになった時には、王都の信仰心を捨ててでも抹殺すべきなのではと考えた。


 迷う。それでも迷う。これまでのようにするならば、やはり信仰心は捨て難い。迷いに迷うベネディクトは賭けに出る。隣にいた子供に訊ねた。『一と十とでは、どちらが好きですか?』という問いを投げかけた。


 その結果、グルタスが生まれる。マヌア達に勘付かれないよう、王都外の空からずっと監視していた。


「————」

『————』


 呪剣が弾き飛ばされる刹那に、目を剥くセレスティアと空虚なグルタスの視線が交差する。


『アークマンの命によ——』


 グルタスの顔が踏み潰される。


 セレスティアとマヌアが天使登場に失意した次の瞬間、その目に映ったのはやはりこの男の背中であった。


「————」


 肩越しに一度だけセレスティアへ視線を送り、散歩でもするような体勢で勢いのままにグルタスごと離れていった。


 顔面の天使の衣が砕かれ、虹色の残滓を微かに残して。


 グルタスは名を告げることもなく踏み付けられたまま床へ倒れ込み、——真の恐怖を獲得した。


 男に触れ、早々に知ってしまった。


 床を盛大に破損させてバウンドする自分を置いて、顔面を踏み付けた状態で着地と同時に数歩歩いている。気も楽に、天使を相手にして。


 グルタスの成長がはじ——


『どふぅ————!?』


 振り返った男の上段回し蹴りを受け、全身の衣が弾けて大聖堂から蹴り出される。


 目にも留まらない速度で射出されたグルタスと男の舞台は修道院内へ。


 その頃には後押しされて奮い立つセレスティアは最終行動を開始していた。


 光を足場に驚きに固まるナリタスへ光剣を構え、瞬間的連続刺突を見舞う。


「ハァ————ッ!!」


 ヒビに沿って突き込まれた光剣により、ナリタスは頭部を残して小気味良い音を立てて弾け飛ぶ。


『——グウウッ!!』


 あの男がいない今が最大のチャンスである。双眼から光線を放ち、王女を始末する。


『天使よ、我等の呪いが始まる……』


 飛び退いたセレスティアの背後には、呪い渦巻く呪剣が真っ直ぐに切っ先を向けて高速回転していた。


 いや、


『ナリタス、長い付き合いになったな。次は、……アークマンだ』


 既に解き放たれ、天使たるナリタスの鼻先を貫通していた。


 天使が堕ちる。


 ぼろぼろと崩壊しながら、支配した物体等と共に地に堕ちた。


『……せい、そう……よ…………』


 何故、死の間際にその魔術を起動したのか、それはナリタスにも分からない。


 この時、二体目・・・の天使が倒された。



 ♢♢♢



 蹴り飛ばされた先は、修道院の資料室であった。


 丸々としたグルタスは本を巻き上げながら突き進み、やがて四肢で勢いを殺し踏み留まる。


 成長するグルタスは切羽詰まった様子で、四つん這いのまま権能である《拡————


「————」


 終幕は、目の前にあった。


 見上げたそこには、片脚を天へと伸ばす恐怖の権化。あまりの力強さと魔神の如き姿を前に戦慄している間に、それは落とされた。


『……————』


 王に跪くようでもあった天使グルタスが、クロノの踵落としを受けて——弾けた。


 背の辺りから権能ごと蹴り潰され、叩き込まれた理を超えた力に一瞬も保たずして全身は破裂する。


 白い粒子を撒き散らし、一体目の天使が死んだ……。


 


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