第182話、黒騎士、大舞台でミッティをボコボコにしようとする
「いけない、もうこんな時間でしたか」
「何かあるんですか?」
カッチョもといミッティが窓の外を見て、慌てて立ち上がった。
時刻としては…………午後五時半くらいだろうか。何をするにしても中途半端になりそうな時間だ。
「我等は本日、闘技場午後の部を担当しておりまして、領主殿の護衛や剣闘士として出場しなければならないのです」
「へぇ、こんな時間からまた出勤なんですか……大変なんですね」
人気獲得の為だろうとは言え、エンゼ教勤めの中にも働き者はいるらしい。
俺も働こう。必要な情報も得たことだし、早く依頼を終わらせて黒騎士から魔王に戻ろう。ヒーロー臭くなったら大変だ。
「お兄ちゃん、疑ってごめんね!」
デューア君を除く同じテーブルの面々が食事を終えて席を立つも、その犬人族の少女は幼げな顔に満面の笑みを浮かべて謝罪を口にした。
「…………いや、こっちこそゴメン」
「なんで!?」
獣人は我が強いという認識が偏見であると知り、猛省する俺であった。
………
……
…
夕刻の闘技場は荒々しく、猛々しく、騒々しく……。
建立以来、人と魔の血風が舞うこの場所は常に観客の“退屈”を“過激”により破壊し、熱狂させて来た。
ライト王国最古の巨大な円形闘技場コンロ・シアゥは剣闘の聖地である。
「――むんんっ!!」
砂色の舞台でパンツ一枚でポージングを取り、黒光りする筋肉を披露する丸刈りの男がいた。
それは錬金魔術発動の合図となり、地面から全く同様の形状が隆起する。
『グッ!? グブゥゥ……!』
馬車程もあろうロックボアの岩石で出来た腹を砕き、天高く突き上げる。地鳴りを起こして落下したボアを置いて、残ったのは大きな銅像と小さな筋肉。
現闘技場の王者“チャンプ・ヨー”が、また一体の強敵を退けた。
エンゼ教大司教でありながら、その独特の魔術で闘技場屈指の人気を誇る剣闘士となっている。
「チャンプ、今日こそその鉄壁……破らせてもらうぜ」
王者が凶暴な魔物を倒す。この伝統的前哨戦が終わるのを機に、いよいよ人族による挑戦が始まる。此度の取り決めは、一対一の時間制。挑戦資格も無く、武器の使用も許可される。
王者へと、挑戦者が挑む。
首や肩の関節を鳴らし、静かな闘志を感じさせながら歩む“クーラ・キャブル”。青く透き通る球体を身の回りに浮かせ、既に白い冷気を放ち始めていた。
「カモンっ! どこからでもどんな角度からでも、このボディはパーフェクツっ! ハッツ!」
「暑苦しっ! ったく……これで強いのが腹立たしいぜ」
爽やかな笑顔でポージング。三角筋から二の腕、更には大腿四頭筋のカットを強調するチャンプに嘆息して呟く。
共感する者は多いだろう。巫山戯た戦闘スタイルに反してチャンプは若手でも二番手。活発化する魔物退治に控えている一名を除き、彼は安定した実力で未だ無敗を誇る。
「ぶぅ……」
出遅れた犬人族の少女が頬を膨らませ、相棒である火熊の背に寝っ転がった。
早くも次なる挑戦者が控える場で、戦いの火蓋が切られる。
「チャンプぅ! たまには他の技もやってみろよ! 見飽きてんだよ!」
「馬鹿言うな!! 今日も一本筋通った勝ちを決めりゃあそれでいいんだっ! やっちまえーっ!」
段々と円形に迫り上がる観客席からは怒号が上がり、一風変わった剣闘士達を焚き付ける。死者が出ようと悲劇となろうと、ここではどれもが心動かすドラマとなる。激突を急かして怒鳴り付けるのは最早決まり事だ。
「ちっ……うるせぇな」
煩わしい雑音に苛立つクーラが手を上げると、頭上の空間に白い冷気が集まり…………三つの氷剣を作り出す。
すると跳ね上がる歓声。音波により闘技場内は痺れ、あらゆる感覚を狂わせる。
「今日も満員かよ……」
大きく轟く歓声を耳に、会場外から見上げる者達は入場出来なかった憂さを晴らしに、酒場へ向かうのが殆どであった。
「最近は座るどころか立ちでも観れねぇな…………おん?」
……音が、止んだ。
余韻を微かに残し、けれども闘技場全てが何かに支配されたかのように静寂を保つ。
内部の者達は皆、舞台上の異変に瞠目する。
王者も挑戦者も、最前列に座るエンゼ教代表等も、例外なく
「…………」
突如として幽鬼の如く現れた漆黒の騎士。腰の両側に備える双剣を揺らし、闇色のオーラを滲ませながら悠然とチャンプ達の間を抜けていく。
「……黒騎士……」
誰かが無意識に口にした。その者だけでなく、一見して全員が余すことなく確信していた。
身動ぎすら憚られる圧力と見惚れるほどに洗練された挙動。たった数度の登場で王国の切り札とされる意味を思い知る。
正しく物語の英雄そのもの。かつて思い描いた憧憬が疼き、新たな英雄譚へと手に汗握る。
「うぅっ……グーリーっ、やっちゃいな!!」
「っ……!? ガキがっ、早まるなっ!」
犬人族の少女が火熊のグーリーを解き放った。
音の無くなっていた闘技場にただ一つ、牙を剥いて走る火熊の唸りと足音が生まれる。胸元や手先の毛根から炎を噴き出し、辺りに撒き散らしながら猛進する。
「…………」
向き直った黒騎士は、剣を――――
『――――っ!?』
剣を取ることすらせず、飛びかかる勢いで四足から二足へと立ち上がり、振り下ろされた右前脚を軽く受け止めた。そしてそのまま抱え込みながら背を向けて担ぐ。
背負うように持ち上げられたかと思えば、グーリーは宙を舞っていた。何百キロもあろう鈍重な身体が浮かび上がり、背から叩き付けられてしまう。
地響きが起こる。
『グゥゥ……――――ッ!?』
未だ治らない野性の闘争心で立ち上がるも、左前脚と襟口の毛を掴まれ、足首を蹴り払われて再び倒れ込む。
『……ゴァウ――――っ!?』
「グーリーっ!!」
威勢良く立ち上がったばかりのグーリーの前脚を取り、逆の手を腰に回し、巨体を自らの腰に乗せる形で持ち上げ、三度も軽々しく投げ倒す。
『…………』
「…………」
これは関わってはいけない類だなと冷静になって怯え始めた火熊へと、黒騎士は獣人の少女の方へ手を差し向けて撤退を促した。
「火熊を……素手で投げたぞ……」
「……何者なんだ」
足取り重く敗走する巨大な熊。観衆はまだ始まりに過ぎないことを予感し、その背から彼に視線を移す。
その時には既に放たれていた氷剣が鎧に着弾し、込められた冷気が黒騎士のみに留まらず辺りを凍結させる。
「クソがッ――――!!」
険しく力むクーラの表情からは慢心など微塵もない。
手元で浮かせたアイススフィアで氷剣を次々と作製し、射出し続ける。
実際に闘っていた舞台上の二人は、グーリーがどれだけ強いかを知っている。すかさず瞬間的に二人して視線を交差させ、互いの意志を確認。
グーリーは火熊とアカバナクマの混合種で双方の特性を有し、純粋な個体能力も段違いに高い。人が腕力と耐久力でグーリーに勝るなど有り得なかった。
「これが私チャンプのっ、フリーポーズっだーっ!!」
オリジナルポーズ完成直前のチャンプ。
「――――っ!?」
黒騎士を氷漬けにしていた氷塊が弾け飛ぶのを目にして、寸前で停止する。
遅く感じられる世界で、黒騎士が人差し指をこちらへ振っていた。指先から放たれた小さな黒い点は次第に膨張しながらチャンプへ疾走する。
「マッスルっ!? ――ハァァァイッ!!」
驚きの声を上げながらも、福音を展開。彫像を盾として隆起させた。
しかし黒球は失速することなく像ごと直進し、チャンプを巻き込み尚も止まらない。チャンプは全く同形の像ごと壁へ打ち込まれてしまう。
「ち、チャンプっ……!」
「――――」
彫像が倒れて現れたのは、壁にめり込んでいようとも溌剌な笑顔を浮かべてポーズを取り…………静かに気を絶たれる王者の姿であった。
「……黒騎士よ、噂以上の強者である」
「しかし舐められたものだ。我等の懐にのこのこと現れるとは……」
空と地から黒騎士を取り囲む大司教と司教達総勢二十一名。福音により魔力の翼を具現化させ、天使降臨を観客達に思わせる。
解き放たれた魔力は一人でも破格。それがこの数。宵の口を白く染め上げる輝きと熱量を放つ。
真に迫るその光景を前に、黒騎士は何を思うのだろうか。焦りか、絶望か、もしくは高揚か……。
「…………」
黒騎士は何気なく剣を抜く。更に剣身を一度目にしてから、おもむろに天へと翳した。
宣誓とも捉えられる動作に、大司教達は一大決戦を覚悟する。
だがこの日、失われる命は一つだけ。
「――王の依頼で来た……」
鋼の刃に純黒が集う。注がれる速度と量は想像もつかず、その様だけで総じて無意識に仰け反っていた。
そして剣は魔力を受け止められる限界を迎える。
――限界を超えた刃は弾け、内包されていた魔力が波動となって広がる。
「ぐぁぁぁああぁ!?」
「うおおっ!? く、くぉおおおぉぉ!!」
爆風の如くぶつけられる魔力に、大司教達は撃ち落とされ、吹き飛ばされて一掃される。
巨大な闘技場の観客席でさえ、未経験の圧に打ち据えられ、痺れて固まっていた。
「……ミッティ・カッチョ、王の依頼により決闘を申し込む」
砕けた鋼が粉状となって舞い落ちる中で、もう片方の剣を抜いた黒騎士は、貴族観客席に座する“裏切りの大騎士”へと正面からの果し合いを望んだ。
「…………」
名指しされたミッティは、眼鏡越しの細目を開ける。薄黒い魔力の波動に、頭頂部を覆う髪を剥がされながら……。
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