第183話、ミッティ、ミッティの癖に足掻くも……やっぱり消滅す
国に背を向けた領主の一人、ギャブル・キャブル元男爵。
彼は言う。この剣闘都市アルスは“血と金の舞う街”であると。
ギャブルはエンゼ教徒ではない。貴族派という括りにも無頓着であり、求めるは
翼を生やす戦士達と凶暴な魔物との一騎打ちなどは正しく相応しい。
「…………あれが、黒騎士……」
最前列の貴族観覧席から立ち上がり、前のめりになって黒き騎士の登場に高揚する。
その全貌を誰も知らず、夢幻の住人であるのか何処からともなく現れ、秘めたる力はいつ何時も我等の想像を超えてゆくだろう。
ギャブルは自覚している。とある刹那の緊張感に、自分は途轍もない魅力を感じている。
大一番の賭け事であったり、剣闘士の首元を剣が掠めた瞬間であったり、異様に張り詰めるその一瞬に快楽すら感じてしまう。依存していると言っても過言ではない。
ならば黒騎士が放つ一瞬は、どれほどのものだろう。
「――ミッティ、王の依頼により決闘を申し込む」
“黒”の波動に身を痺れさせられて間もなく、観覧席へと剣は突き付けられた。
闘技場が誇る大司教剣闘士を歯牙にもかけず、それどころか数の暴力も押し退けて、正面から堂々と目的の人物へ辿り着いてしまった。
「……この私だけに? 他の者達には手を出さないと?」
「少なくとも、悪人と判断しなければ手を下すことはない。殺したところで大した意味はないしな」
「ふむ、散るなら派手に…………が、私らしいですな」
護衛として連れ歩き二週間。ミッティが初めて眼鏡を取り、サングラスをかける。
戦闘時には必ずかけるのだとは聞いていたが、日が落ちつつあるのに視界は確保できるのだろうか。
「それくらいの望みなら聞いても文句は言われないだろう」
「無論、ただでやられるつもりはありませんがね。死ぬのなら弾けて死ぬのが私らしいというだけです」
あのデューアに剣を教えただけあり、その双剣はこれまで数多の障害を斬り払って来た。王国騎士時代には型外れで豪快な戦い振りから、【岩星】という異名まで付いていた。
「み、ミッティさん! そんな馬鹿正直に受ける必要はないでしょう!? これだけ数がいるのだから団結して――」
「それで負ければエンゼ教は後がありません。この都市は諦めなければならないでしょう。幸いにも手は出さないと彼程の騎士が断言したのです。ならばこれが最良」
腕を引き止めるサドンの手をゆっくりと解き、ミッティは……笑った。それから傍らにあった双剣を引き抜き、その様に別れを予感させる。
「もし私に何かあれば、皆に伝えてください」
「なんと……?」
「“真に打ち勝つべきは内にあり”……と」
ギャブルに合わせて着ていた茶色のスーツ姿で双剣を握り締め、舞台へと歩む。
「デューア君にも、清く正しくあれと……」
「……伝えます。絶対にっ……」
ミッティは肩越しに力強く笑みを浮かべてサドンに応え、決闘の場に上がった。
「……もういいのか? 俺なら待つぞ?」
「勘違いしないでもらいたいですな。そもそも私はあなたを退ける為に決闘をするのです」
「それは自惚れだ。相手になるとは思えない」
「それこそ驕りです」
ミッティの福音が背より羽ばたく。翼の模様は不規則で奇抜で、前衛的にも思える。
「では…………イクぜぇぇぇぇぇぇァァァァァッ!!」
「っ……!?」
張り詰めていた緊張感を切り裂くミッティの雄叫びが炸裂した。轟く声量、強い高音、激しい
豹変したミッティに黒騎士でさえ狂気を感じ、驚きから後退りする。
「かかって来いよっ、ニイチャン!! 来ないのかっ!? ならイクぜぇぇぇぇぇオレからイっちまうぜぇぇぇェェェェェーっ!!」
相手の返答などお構いなしに早口で捲し立て、劇的な動きで駆け出した。走るという表現よりは、跳んでいた。そして滑っていた。転がっていた。
独特のリズム感で踊り狂い、黒騎士へと迫る。
「イェァーっ!!」
「…………」
頭を上下に振り、双剣を幾度となく叩き込む。奇妙極まりない見た目であった。
石柱や柵を跳び回り、大道芸人さながらの軽業も見せて斬り合う。
「ノって来た……ノって来たぁ……!!」
油ぎって汗をかき始めた頃合いで、ミッティが黒騎士の正面に降り立つ。ここからが特に異質、そしてミッティ本来の戦い方となる。
「あ――――ア――――ァァァァァッ!!」
剣と剣がかち合った後、擦り付けながら引き切る。
その際に弦楽器の即興演奏、もしくは
その威力は見る者が息を呑む。
「ッ――――!?」
受ける黒騎士を中心に歪みが生まれ、目には見えない謎の力場が発生した。重みある双剣を斬り捌く黒騎士の足元は弾け、周囲の障害物も破裂して砂塵に変わり、舞い上がる。それはとても不思議な現象で、激音の数だけ生まれていく。
(………………音か?)
決して見逃すまいと集中して観ていたギャブルは剣戟音の度合いと、周囲に散らばる見えない圧の数が比例していることに気付く。
ミッティがクジャーロにある〈魔声撃〉、並びに【旗無き騎士団】ネムの震動魔法に基づき、独自に編み出した剣による技法であった。
加えてミッティは抑圧された現代社会での鬱積具合により、解放時にその戦闘力が上がる。
中間管理職としてアルスの都市を任されて二週間。布教速度が遅いと、つい先日にはベネディクト付きの大司教に叱られた。営業成績一位なのに怒られた。奇妙な殺人事件が相次いだ。領主館のメイドに下着を笑われた。漏らした。事件の捜査が難航していた。黒騎士などという化け物に名指しで決闘を申し込まれた。
ミッティは思いの外に、ストレス下にあった。
「ヒャッハーっ!! みんなドゥsayつかは死ぬんだ踊って死のうぜぇぇぇーっ!!」
かつて王国騎士団に所属していた時分には、ソッドの怖さに溜まり続けたストレスが弾け、単身でトロールすら瞬時に屠ったという。
振り上げながら
「こいつが、魂の音だぁぁァァァァァ!!」
力強く擦り付けながら振り切る。高音の音を甲高く響かせる。
魔力を込められた前方へと伝わる音波は広く轟き、その威力は――
「――――ッ……」
黒騎士の重厚な身体を二メートルも押し込み、辺りの地場を砂状に破裂させるに至る。
「…………つ、強い……なんだあのおじさん、チャンプより遥かに強いぞ……」
「いい年したおっさんがイカれてるのに……強過ぎるっ」
先程まで無敵と疑わなかった黒騎士が、ミッティに押されている。
今や勝敗予想は、観衆にとって困難を極めた。
「アンコールは確定だぜ!!」
今一度、今度は下方から擦らせて振り上げられ、音波の衝撃波は床を砂塵に変えながら黒騎士へ迫る。
「…………っ!!」
黒騎士が魔力を宿した剣を払うようにして振り上げた。
剣を染めていた漆黒は、黒霧の風となって吹き抜ける。音波を呑み込みミッティの魔力を打ち消して、更に吹き付ける。
「あばばばびびびびびび」
薄い魔力と言えど呆気なく痺れ上がるミッティだが、いつまでも痙攣しているわけではない。痺れながらも双剣を交差させ、より熱い響きを返した。
「ひ、ヒャッハぁぁ!!」
「ッ……!」
歩み寄りながら剣を振り上げ、音波の度に黒霧の波で打ち消す。
「ぐっ、ヒャハハハは――」
「ふんっ……!」
後一度は同様のやり取りがあると誰もが心構えるも、ミッティが振り下そうと腰を落としてすぐ、目の前に黒騎士が踏み込んでいた。
交差する剣の接点を斬り上げられ、ミッティは万歳する形で無防備を晒す。
「終わりだッ!」
「アンコールを聞くまでは死ねぬっ!!」
両手に掴み直した剣の斬り上げを、死に物狂いのミッティは薄めの毛髪を散らしながらも双剣で受け止める。
「ヌッ――――!?」
剣から伝わる腕力に寒気を感じ、自身で跳躍して力を逃した。それでもミッティの身体は高く浮かび上がり、黒騎士に押し上げられるようにされて闘技場の淵上にまで飛ぶ。
客席の更に上にある増設工事中の四階に辛うじて着地した。
「しぶといな…………ふっ!」
後を追う黒騎士も観客席の淵を足場に、見かけにそぐわぬ身軽さで跳び上がった。
直後から聴こえ始める剣戟音。舞台上よりも過激で、音だけで熾烈さが伝わる。
「なっ!? これでは観えないではないかっ!! あぁっ……!?」
ギャブルは慌てて舞台に上がり、対面上の隠れた三階部分へ最短距離で登ることを即決。なりふり構わず駆け出した。
「待ってくれ! あなたではミッティさんの技に掠っただけで死ぬぞ!」
「臆している場合ではないのだっ! 最高の瞬間が今そこにっ!」
第六感が働いているのか、壮絶な終幕が近付いている気がしてならなかった。それはギャブル元男爵だけではない。
近くの観客達も四階への移動に混雑するのが前方に確認できる。
(ぶっ殺してやろうかっ、こいつらぁ!! 私のコンロ・シアゥだぞ!!)
そう頭に血を昇らせて激昂するも、一気に上に上がる手段を見つける。
「おい、チャンプ君! 君の錬金魔術で私を上に飛ばしてくれ! おいっ、起きるんだ!」
「――――」
壁の中で笑顔のまま気絶するチャンプの顔面を、叩き起こそうと試みる。だが揺さぶろうとも、殴ろうとも、ただ憎たらしい笑顔を晒すのみ。
そうこうしている内に、終わりは告げられた。
夕暮れに焼ける空へと、膨大な純黒の奔流が突き抜ける。
例の四階部分を消滅させ、都市壊滅を思わせる規模の魔力が夕陽の沈む西側の空を蝕み、夕空を喰らう黒翼のように羽ばたいた。
触れるもの全てを滅する天喰の翼。
やがて三度の羽ばたきを見せた黒い魔力流が収まった時には、完全なる夜となる。エンゼ教の未来を示すかの如く、真っ暗な闇夜となる。
「…………やり過ぎやろ」
この日、剣闘都市アルスでは多くのことが起こった。
しかし、その一つが契機となって、怪物が解き放たれてしまう。
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