第184話、一流さん
ふぅ〜、終わった終わった。お仕事が完了した。
これで後は観光……と言いたいが、デューア君とトレーナー契約(口約束)をしてしまったから、そちらに付き合おう。
「……なんで付いて来るの? どの面下げて俺を頼ろうとしてんの? 部屋を用意してくれるって言うんだから、仲間達と領主さんのところに居ればいいのに」
スキップで俺に続いてくるユミ。先程、人格矯正の一環として受け付けへとベッドメイキングの件で謝罪に向かわせたところ、『ノックが聴こえへんねん、ボケぇ!』とクレーマーに豹変してしまったので、慌てた俺が必要以上に謝る羽目になってしまったばかり。
腑に落ちないにも程がある。胃もたれしそうだ。
「少し考えたら分かるやん。ウチ、弓が使えへんねん。そんな状態であんな訳分からん連中と寝泊まりできる思う? 魔王はんの近くが一番安全なんよ」
「ごめん。分からないだろうけど君が隣にいる感覚ってさ、スニーカーの足裏の溝に小石が挟まってる時と同じなんだよね。それでデパートとか歩いてカツンカツン鳴ってる時と酷似してるんだよね」
「何を言うてるかは分からへんけど、馬鹿にされてるくらいは分かるねんで?」
こめかみに血管浮かべて間近でガン付けられてまで、いい部屋に入れるメリットって何? どうせこの人、あのいいベッドでまた寝るよ? なんで? なんで俺はこの人にチャンスをあげているの?
「早く仕事が終わったから、夕食前に部屋のフルーツでもと思っただけなのに……」
「思ったよりはミッティおっさん、強かったんちゃう? どない?」
「見た通り強かったよ。壊れているようで観客にも配慮してたし、全快でやったらもっと苦戦したんじゃないかな」
ユミから奪い取った鍵で開けて部屋に入り、すぐに『しまった』と忘れ物に気付く。
「あぁ……フロントで手紙と封筒を買おうと思ってたんだ。珍しくウッカリが出ちゃった。行ってこよ」
「頭使うて生きてこうや。晩御飯から帰って来た時でええやん」
「いやでも、せっかく彼女が来てるから、今のうちに渡しておきたいんだよね」
予想通りに俺の開けたドアから俺より先にずかずかと部屋に入ったユミが、倒れ込もうとしていたベッドの側から訝しげな視線を向ける。
「……魔王はん、何言うてェーっ!?」
「おおっ、流石ぁ」
背後からの奇襲を紙一重で躱してしまう。おしおきにと助けずにいたのだが、本当に直前で気付いてしまった。素直に拍手を送る。
「死ね」
「あ、あんたも来たん? 勘違いしとるみたいやけども、今は味方やねんで? 魔王はんと仲良ぅ行動させてもろうとりますぅ」
恐ろしい目付きで窓近くに立つカゲハ。宥めようとするユミに殺気が渦巻き、いつも以上に不機嫌そうである。
「カゲハ、そのくらいに――」
「ごほんっ、んんっ!!」
えっ!? 酷く無理矢理な咳払いで俺の声がかき消されてしまう。こんな命令キャンセル有り?
カゲハがユミへ蹴りかかってしまう。教えた前蹴りが鋭く突かれるも、ユミはひらりと躱す。
「女狐は死ね」
「あ〜あ〜、やるんなら覚悟しぃや? あん時の仕置きが足らんかったみたいやねぇ」
クジョウの街で対決した二人が、またぶつかっている。
ソーデン家にお邪魔する前のレークの街で、持て余した暇の間に稽古をつけたので、一方的だったらしい前回とは見違える程だろう。
……ふむ、あげた小太刀もユミのダガーで防がれる。なんだか弓矢無しだとタイプが似てるなぁ。
「もっとこう地道に崩していく感じの方が…………じゃなくて!」
セコンドに立つ気持ちでカゲハを観ていた俺は、自分の部屋で我が物顔で戦闘されている事実に思い至った。
「そこまでっ!」
「っ――――」
割り込んで、割り込みついでにユミのダガーを折ってポケットに仕舞っておいて、カゲハを訳あって練習中の柔道技『体落とし』でベッドに投げる。
「カゲハ、ここですることじゃないだろ? だってここはホテル。癒しと回復のユートピアなんだから」
「は、はっ……」
ベッドに抑え込んだ状態で間近で顔を突き合わせ、カゲハを嗜める。
「今の俺はエンゼ教に潜入中。彼女も使えるだろうから、やるなら後日にしなさい」
「…………」
「返事は?」
「っ、はっ!」
やたらと息が荒くなるカゲハだったが、良いお返事がいただけたところで解放する。
「……多忙なところ、ご苦労。でも近々、あのぅ……なんかの会議があるとか言ってなかった?」
「合間を縫って参上した次第」
「いつあるんだっけ。なんかもうすぐって記憶してたけど、いつまでいられる?」
「日が変わる前には発たねばなりません」
「めちゃくちゃ合間縫ってんじゃんっ! そんな一瞬の隙を突いて来てくれたのっ?」
ベッドの上に跪くカゲハは、観光しようとしている俺が恥ずかしくなる程に多忙で、忠義に厚い娘さんであった。
「どっかのユミと違って偉いなぁ、カゲハは」
「いけずやわぁ。ホンマはウチのこと気に入って来とる癖にぃ。照れんでええのにぃ」
「手に負えねぇ……」
相手にできないので、先に手紙を入手しにフロントへ向かうことにした。
「じゃあ、カゲハに頼みたい仕事があるから、ちょっと待ってて。どこまでも頼れるなぁ、君は」
「身に余るお言葉」
………
……
…
「大丈夫だと思うけどユミも悪さしないようにね。これ以上、俺の部屋を汚さないでくれよ」
「それはこの人次第やよ」
「まったく……」
魔王が扉から出て行った。手紙を購入しに向かったのだろう。
と、跪いていたカゲハと呼ばれる乙女が、その体勢のまま横に倒れる。
「…………し、しゅきっ……しゅきっ!」
真っ赤な顔を手で覆い、悶絶し始めた。熱でやられたその興奮たるや、今すぐにでも自慰を始めかねない。
「…………そこ、ウチが寝るとこやねんで?」
自然と冷めた目付きになるも、以前よりも格段に強くなった娘を前に気は緩められない。
(まぁ、まだまだやけどね。短刀の扱いもウチの方が…………ダガーの刃ぁが無くなってるやんっ!?)
慌てて辺りを見回すと、先ほど魔王が出て行った出入り口付近のテーブルに、月明かりを反射して煌めく刃があった。
(どんだけ強いねんっ! 怖すぎやって!)
ぞわりと寒気が背筋から頭の天辺まで駆け抜ける。
やはり心は許せない。あの魔王にだけは気を許せない。ベネディクトを殺させるまでは、一時の気の緩みも許されない。
♢♢♢
予約していたレストランにやって来た俺は、料理が運ばれてくるのを今か今かと待っていた。
がやがやと賑わう食堂の端で、何故か同席することになったユミに構わず食前のそわそわ感を楽しむ。
「……訊き損ねとったけど、あんた何したらあんなことになるん? デューアと何をやっとったん?」
「ん? ……マンティコア殴って追い払ったら、弟子にしてくれって言われて、凄い凄いと褒めちぎられて、気分が良くなって、気づけばあそこにいたね」
「ナンパ成功されてもうてるやん。あそこで一番に気ぃ付けなアカン奴やのに持ち帰られてんねん。強かったんやろ? エンゼ教のおる都市が近かったんやろ? そうやん。もうそれしかないやん。何で気付かへんの?」
アホやなぁとばかりに呆れ返るユミ(ほぼ敵)。ちなみに既にビールを二杯飲んでいる。
お酒はそこまで強くないようだが、気が大きくなって魔王相手に遠慮がなくなりつつある。ギャンブルで擦っていて支払いが出来ない筈だから、魔王の財布で飲んでいることになる。化け物である。
「ミッティしかマークしてなかったんだから、仕方がないでしょ……」
「いやミッティにもやられかけてたやん。それにミッティだけやのうて、デューアとガニメデはターゲッティング必須なんよ。この三人は武闘派…………いや、あんたからしたら虫以下やな。忘れてええよ」
そう自己完結させて運ばれて来た三杯目のビールを、ぐびぐびと飲み始めてしまう。
「ガニメデって奴もデューア君くらい強いの?」
「ふぅ…………どっちも大したことあらへんよぉ。ウチがいっちゃん強いんやもん。でもぉ……まぁ、そうやね。ミッティが一目置かれとるイメージやけど、三人はほぼ同じくらいやね」
ミッティが最も強く、デューアとガニメデがそれに続くようだ。
「でも君は今、弓が使えないけどね」
「……そうやん、忘れてたわ。もう、早よ治してぇや」
「人助けしてたのが本当だったのは確認したよ? けど改心してるとは思えないんだもん……」
「ちなみになんやけど、暴言とか吐いたら殺されたりします……?」
「……許可するわけではないよ? 許可するわけでも容認するわけでもないけど、暴言なんかでは殺さないね」
「何で治さへんねん、ケチくさいねん、王様のくせに器小さいわぁ」
「なんだろう、ボコボコにしたい……」
酔っているとは言え、今までにない難敵を前に頭を抱えて果てしなく思い悩んでしまう。
「うわぁぁぁぁ!」
「まてぇー!」
家族連れで来ていたテーブルの子供が走り回り、ユミがあからさまに嫌悪を示して目を細める。
「――私の一流がぁぁぁーっ!?」
だがユミよりも遥かに不満を表す者がいた。
「いい加減にしたまえっ! 君達の騒ぎの影響で私の“一流”が脅かされているじゃないかっ! 見てみて欲しいっ!」
子供達を捕まえて立たせ、自分のテーブルに敷かれた自前のディナーセットを全力で指し示す男。かなり几帳面にスーツを着こなし、拘りが強そうな茶っぽい明るい髪も刈り上げ、仕事のできる実業家さながらの風貌であった。
「私のナイフが君達の走る振動で定位置からこんなにもズレてしまったじゃないかっ!」
物凄い神経質。
一ミリもズレていないように見える。眼鏡が曇りそうな勢いで憤慨し、ナイフに顔を接近させて振動の煩わしさを強く主張していた。それはもう身振り手振りで。
「私は何もかもが“一流”でいたいのだ! ……君達はもういいっ! 後で泣くまで説教するから待っていろとご家族に伝えてくれ!」
「は〜い」
「まったく……これだから野蛮な民のいる食堂では一流が乱れる。評判の店だからと聞いて覚悟はしていたのだが……」
これで三度目だ。近くのテーブルにいた傭兵達にも怯むことなく注意している。鍛えていそうな身体付きだから、腕に覚えはあるのだろうが……。
「お、お待たせしましたぁ」
「あぁ、その通りだとも待っていたとも。やっと来たか、ありがとう。では早速、熱い内にいただこう」
ロールキャベツ的な料理が到着。一流男性は慣れた手付きでナプキンをかけ、持参した食器で食べ始めた。
「お待たせしました、熱いのでお気を付けて」
「あっ、ありがとうございます」
俺達の分もやって来たので、一流さんに習ってお行儀よく食事する。
トマトスープのロールキャベツといった風な料理で、大人から子供までクリスマスのテンションでいただける一品だ。
「……うわぁ、美味い」
「こうなってくると、こんな美味いもんを独り占めにしようとしてたん? って気持ちになって許されへん……あっ、ビールお代わりぃ」
「人生って納得のいかないことの連続だよね。俺も今まさにそうだもん」
そんな事より絶対にお米と食べたい。ということで、笹の葉で包まれたオニギリを取り出す。
この店には本来ライスの提供があるのだが、現在、国とエンゼ教の諍いにより仕入れが制限されている。
そんなところ悪いのだが俺はお米を持っていて、持参していいか訊ねたところ、心良く許可していただいたので容赦なし。
「もし良かったら。ホテルのプロが作ってくれたやつ」
「……ええの? おおきにぃ」
「一緒に食べる方が気分がいいから。これに関しては気にしなくていいよ」
食べるかなと思って用意しておいたユミの分のオニギリも渡して、ロールキャベツと食べる。トマトの酸味がいい具合にジューシーな肉と食感のいいキャベツの甘みを引き立てる。
おにぎり、美味い。
「…………っ!?」
「…………」
むずむずと視線を感じ、そちらへ目を向けると、一流さんがこちらを凝視していた。印象としては関心のあるような目付きで、俺もしくはユミを見ている。
「……何を見てはんのやろ。ここらだとオニギリが珍しいん?」
「どうだろう……そんなことはないと思うけど」
だが一流さん……何を思ったのか食事半ばで手早く片付けを始めた。皿を除けてセットを拭いたり専用のケースに入れたり、綺麗にナプキンなどを折り畳んだりと大忙しで。
「…………」
そして鞄に入れたかと思えば、お皿と共に俺のテーブルへやって来て、また一からセッティングを始める。
「ホンマなんなんやろなぁ」
「……言ってくれたら俺達の方から行きましたよ?」
「行かへんし、行かさへんよ」
呆れた口調でユミが半目を向けて来る頃には、また寸分違わぬディナーセットが完成していた。
「……食事を中断させて申し訳ない」
「謝るとこちゃうねん。来んといてぇ」
「君達がライスボールを持参してまでこの皿を満喫しているので、その点がとても気になってしまったのだ」
正論、拒絶、そして無視。
拒絶は許さないとばかりにユミに取り合わず、切れ長の目で俺のみに語りかけてくる。
「そこでなのだが“一流”の私にしてみれば、この料理は噂程のものではなかった。これを誇張あるいは過大評価と言う。ひょっとして隠れたスパイスとして、それを用意する必要があったのかどうかを訊きたい」
「それ、お店の人に言わないでくださいね?」
一流さんが若干の無邪気さと驚きの無神経さを露呈させた。
「……なんや、ど三流やん」
「なっ!? い、いま、何と言った……!」
「一流やぁとか舌が肥えとるぅ言うて、美味しいもんを美味しいと感じられへんようになっとるやん。人生、損してもうてんねん。その時点で一流ちゃうねん。欠点探しで減点やのうて、美味しゅう食べること考えなあかん。その点、ウチらは本物の一流やね」
俺の水のグラスに勝手にビールジョッキを乾杯させて、二体一の構図を作る策士ユミ。楽しく食べたいから巻き込まないで欲しい。
元々この人が座ってたあっちの席が空いたなら、移動したいくらい。
「は、ははっ……これだから本物の一皿を知らない二流は相手にできないんだ。随分と酒を飲んでいるようだが、酔って味覚が曖昧になっている自覚はあるのかな?」
「これより美味しいもんはあるやろなぁ。ウチもついこの間に食べたわぁ。けどウチはこれも美味しゅう食べられるんよ? 工夫もせんと、どっちが一流? ほんま笑わせてくれるわぁ、くくくっ」
「理解した。君はあまりにも無知だ。私は私が一流であると知っているが、君は一流を知らない。知識と経験の差によって、互いに並行線を辿っているらしい」
「店内で店を貶める発言をする奴が、一流なんかぁ。ほな二流の方がマシやん。分別のつく二流の方が人として尊敬できるわぁ。来るなら二流の人が来てください。誰かこの自称一流さん氷海にでも捨てて来てぇ」
君が言うのかぁ……。
「論破したつもりのようだが! 私に言わせれば論破は論破しようとした時点で負けだ! 何故なら大抵の場合、相手側が論破しようとする側の意見を、結果的に呑み込まないからだ! いやそれどころか、議論の場から降りてしまうからだっ! 私は降りた! 相手が受け入れられていない時点で、論破を試みた君の負けだ!」
「落ち着いてもらっていい? 今やこのテーブルがどこよりも一流じゃなくなってるから……」
「真に賢き者はっ、相手が己が意見を受け入れられるよう、方法や言葉を巧みに選ぶものなのだ! 分かったかぁ!!」
「論破しようとしてんじゃん……」
オニギリを分けてあげることで事なきを得るも、乱れた髪型を直す為、自前の鏡と櫛で整え始める一流さん。
「……取り乱してすまない。だが言っては悪いが女性の好みが独特だな、君は」
「もう手遅れなんよ。この人ったら毎晩毎晩、それはもう激しいんよ? ホンマにウチが好きやねんなぁ」
下品極まりない。まだ全部合わせても半日も一緒にいないのに。
でもまた口喧嘩になっても周りに迷惑だから、下手に口を挟まずにいよう。これもまた魔王的配慮。
「ところで、私はここに黒胡椒を入れるべきだと思う。君の意見を聞こう」
「俺ですか? 俺はこのままでも満足ですけど……入れても美味しそうですね」
「そうだろう。自前の黒胡椒があるから、是非試してもらいたい」
「自分のじゃなくて!?」
そうだろうの“そう”くらいからやり始めちゃった。
了承前から持参したミルで、俺のロールキャベツにゴリゴリと黒胡椒を挽いてしまう。
「これが一流の黒胡椒だ。さっ、これなら合格点に届くだろう」
「俺が不合格を叩き付けて文句言ってたみたいに言うの止めてもらえますっ?」
君の不満も解決だとばかりに微笑み、両肘をテーブルに突いて、まずは一口どうぞと促して来る。
今日は個性的な人に何度も会ったが、この人も間違いなくその一人だ。
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