第233話、アルスの日常



「ち、ちょっと待ってください! ユミさん!」

「はよ来ぃやぁ。置いてくでぇ〜」


 気晴らしにカジノに連れて行ってやると無理矢理に連れ出しておいて、自分は相変わらずの軽快さでアルスの街を行く。


 激戦後のアルスは昨夜の話題で溢れており、何処へ足を運べども黒騎士達を讃えるものばかりだ。見ていたわけではないだろう。皆が皆、逃げていたのだから。


「…………」


 思うところがあるユミも心中で苛立ち、それでも彼から言われた通りにアーチェをカジノへ連れて行く。


「あのっ、ユミさんは今後どうするつもりなんですか……?」

「ん〜? そやなぁ……少し鍛え直そかなぁ思うてるかなぁ」

「えっ!? ユミさんが……?」

「そういう気分になる時もあるっちゅう話やん」


 魔弓は持ち逃げするとして、軍資金も文句無し。自由が許される就職先もある。


 しかしベネディクトが倒されれば、福音の翼が残るか分からない。ならば何よりも、師匠との旅路以来の修練にでもと考えていた。


「あんたらはデューアとカナンの葬式やってから逃げんのやろ?」

「はい……本当は定住先に埋葬したいんですけど」

「はぁ〜ん……ほな、もう少しだけ待ってみたらええやん」

「えっ……?」


 事件は終わり、すぐにでも葬儀が行われるだろう。


 おそらくエンゼ教は直に解体される。剣闘士を尊ぶという一点を動機に動く領主の性質上、王国はギャブルをそれほど強く咎めないと予想される。罰は課せられるだろうが、貴族派にはっきりと加担したとも言えない。


 そしてデューアやカナンに好感を抱くギャブルの計らいで、アルスの者達は捕縛して取り調べを受ける程度に終わる筈だ。無論、信仰の度合いにもよるだろうが。しかし領主の息子クーラなどが投獄される事はない筈。


 このままこの都市にいれば葬儀も万全に執り行われ、国軍からも護られる。


「あとは……あのジジイが何かする前に殺せるかやろなぁ。まっ、あの人なら、あっちゅう間やろ」


 カジノに辿り着き、メラメラと瞳に賭博欲を燃やしながら、ユミは許可を得てギャンブルに飛び込む。


「行くで。まずはウチに財布を預けとき」

「ええっ!? い、嫌ですよ……!」

「悪い事は言わんて」


 素早くアーチェから財布を奪い取る。


「まぁ……ええ事も別に言わんけど」

「ユミさんっ!」

「手本を見せようっちゅう話やのに、ウチのお金で見せるんは違うやん? ええから見とき〜」

「やり方くらい分かりますっ!」


 財布を強奪して中身を数えながら、ユミがカジノに消えていく。


 その頃、コンロ・シアゥでは……。


「覚悟しやがれ! テメェは王者の器じゃねぇ!」

「はっはっは! 正々堂々と勝負しよう!」


 ベルトがチャンプに挑む。観客席は昨夜の熱が収まらない血気盛んな者達で埋め尽くされ、過去最大の賑わいを見せていた。


 やさぐれていた期間を終え、怪物との決戦を乗り越えたベルトに死角はない。絶対王者から王位を奪うべく、魔斧を握り締める。


 そして……。


「…………」


 遺体安置所に、剣を手にする影があった。


 台に横たわる一人の遺体を前にして、静かに佇んでいる。


「……君くらいの剣士になったら、これが無いと寂しいだろうから…………やっぱり君がもらってくれる?」


 英雄へと剣を手向け、惜別の祈りを捧げる。


「…………お墓ができたら、また顔を見せるよ。近いうちに必ずね」


 再び約束を交わし、影の主はその場を後にした。





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