第111話、絢爛都市『クジョウ』

 

 すっかり虫の声が心地いい夜になり、ヒルデガルトの案内の元……案内って言うか襟首を持たれて引き摺られ、そこそこ頑丈そうな木製柵状の壁までやって来た。


「…………」


 すると俺を手離して、柵をぺたぺたと触り始めた。


「……何してんの?」

「待っていろ、子供は何も気にするな」


 そう素気無く言い、ひたすらにぺたぺたしまくる。


「…………」

「…………」


 ……まだぺたぺたしている。


「……うん、君さぁ……ひょっとして正確な抜け道の場所を知らないんじゃない?」


 ピタっと、ヒルデガルトの動きが止まる。


 もしくは何らかの抜け道を開くやり方を知らないのかだが、どちらにしろ手探りもいいとこだ。


「……コクト、斬れ」

「はい?」

「朝見た素振りの限りでは貴様の腕前は中々のものだ。だから斬れ」

「説明不足も甚だしいんだけど……」


 腕組みをして、柵を斬れと顎で指示して来た、


「……ここを斬っちゃったら侵入者の存在がバレちゃうよ?」

「奴等は間抜けだが馬鹿じゃない。私がそろそろ侵入する事くらいは想定している筈だ。だったら多少の力技は止むを得ない」

「でもそれって、わざわざ抜け道でする必要なくない? これを作った人への嫌がらせだよ?」


 午前中の門番を強行突破するのとあまり違いが分からない。


「ふん……。段取りが変わっただけだ」

「段取り変わっちゃったの? 街に入る前から? ……練り直した方がいいよ、その計画。まだ俺達、おにぎりと焼き魚食ってウトウトしてただけだもん」

「……んっ!」


 凄く可愛い子なのかも知れない。


 さっさと斬れと、いじけて再度顎で指示するヒルデガルト。


「待ってよ。もうちょっと調べさせてよ。……こういうのは何らかの痕跡が残ってる筈だから、もっと丁寧に調べてあげれば向こうから答えを教えてくれる筈さ」


 やれやれ……。


 いつの時代も男は女の為に汗を流す、そう言う定めのようだ。


 すっかり拗ねてしまったヒルデガルトの代わりに、ぺたぺたする。


「…………」


 暗闇の中、夜目の利く俺が巡回する衛兵が来る前に終わらせる。簡単な仕事だ。






 ………


 ……


 …







「……そろそろ巡回の衛兵が来るぞ。諦めて斬れ」

「あーっ、イライラするぅ!!」

「大声を出すな、馬鹿者が」


 ぺしんと軽く頭をハタかれる。


 ちっきしょー! イラつくぜ! これっぽっちも仕掛けが分からないぜ!


 柵の部分は隅々まで調べたので人の通れる隙間がない事は確認した。つまり何らかの仕掛けによって通れるに違いないのだ。


 ヒルデガルト抱えて飛び越えればいい話だが、もう許しちゃおけねぇ!! 是が非でも見つけてやる!!


「くだらん。血眼になって探すくらいなら斬ってしまえばいいだろ。この頑固者め」

「俺はねぇ! なんでもかんでもぶっ壊す自分を変えたくてここに来たんだ!」

「そんな事は知らん」


 冷たっ!? 一緒に不法侵入しようとしている者の言葉とは思えない!


「何で自分達の力を信じないんだよ! なぁに大丈夫! 俺達ならできる筈だ! もう少し付き合ってくれ! 俺が無事に侵入させてみせるから!!」

「……十分に時間を費やし、たった今、目の前で私も貴様も失敗したんだ。潔く認めてさっさと――」


 踏ん反り返り説教するヒルデガルトと顔真っ赤な俺の背後の柵全体が、横にズレていく。


「……あっ、ヒルデガルト様っ。従業員一同お待ちしておりましたっ。ようこそおいでくださりました」

「……ふん、行くぞ」


 ズレた柵の向こうから現れた人物はセレスくらいの齢のおっとりしてそうな少女で、ヒルデガルトは彼女を見るなりその開かれた抜け道から街へ侵入していく。


 例の如く、俺を引き摺りながら。


「引き戸だったのか……へへっ、真っ白だ……燃え尽きちまった、真っ白にね……」

「な、何ですか、この子……。何で笑いながら力尽きてるんですか?」


 これが……敗北感ってやつなのだろう……。


「放っておけ。それより現状を教えろ。奴はどこにいる」

「は、はいっ。ですがとりあえず旅館に向かいましょう。あたしについて来てください」


 つれないヒルデガルトと共に、謎の少女に付いていく。



 ………


 ……


 …







 マルコやマリーさんに聞いていた通りだった。


「……凄いね、ここは。ヒルデガルトが気に入るわけだ」


 目の前に広がる、純和風の景色。


 神社、城郭、瓦屋根の民家、松、遊郭……。


 懐かしくも、どこか日本と面持ちの違う景色。


 初代剣聖ジューベが持ち込んだとされる遥か東にある国の文化を元に、長い時を得て栄えた街。


 絢爛都市『クジョウ』。


 実は、この街の和の雰囲気に合わせて刀を持って来たのだ。


「貴様の持つその刀も、この街のモデルとなった文化から生まれたものらしい。この時期はアレも満開で、それ目当てに訪れた観光客も嫌になるほど沸いている」

「言い方はどうかと思うけど、確かに綺麗だよね」


 満開の、桜……。


 俺の知る桜ではないだろうが、そっくりな色合いで咲き誇っている。


 ヒルデガルトの経営する旅館『花月亭かげつてい』の最上階から、彼女と共に腕組みをして壮大な街を一望する。


 闇夜に浮かぶ月の見下ろす、赤い提灯の仄明るい街並み。


 あの間接照明の明るさが妙に落ち着く気分にさせてくれる。


「ヒルデガルト様、お着物のご用意が整いました」


 和室の襖が開く。


 さっきの少女ではなく、今度はそこそこガタイのいい少年が旅館の制服らしき着物姿で頭を下げている。


「“ヒデ”か……、分かった。コクト、付いて来い」

「よし行こう!」


 どうせ断っても引き摺られるだけなので、むしろ積極的に言う事を聞いてみる。


 何故か少年が目を剥いているが、構わずヒルデガルトは俺を連れて別の和室へ赴く。


「あ、あの、この子はどうされるのでしょうか……?」


 部屋の中には数人の少女達が、豪華な女物の着物を取り囲みヒルデガルトを待っていた。


 皆一様に俺に疑念の眼差しを送って来ている。


「こいつもここで働かせる」

「はい?」

「仕事を与えてやると言っただろ」

「ヒルデったらまたそんな。一度だって聞いてないよ、そんな話。それに俺の仕事は他にあ――」

「こいつの着物も用意しろ」


 俺の話をぶった斬り、いつも彼女が着る露出度の高くなりそうな着物の前に歩み寄っていく。


 て言うか……ここの旅館、子供多くない?


「…………」

「おい、聞こえたのか?」

「っ、も、申し訳ありませんっ。すぐにご用意します!」


 驚愕の視線が少女達から向けられていたが、ヒルデガルトのどぎつい睨みに跳ねるように動き出す。


「少し待っていろ。直ぐに“タマキ”が着替えを持って来る」

「俺はこのままでいいよ。何なら近くの川で洗濯すればいいし」

「この街では着物が一般的だ。その服装では注目される」


 そう言いながら、服を大胆に脱ぎ始める。


「ふ〜ん、なら部屋の外で着替え終えるの待ってるから、終わったら呼んで」

「駄目だ。貴様ならそこから飛び降りてでも逃げかねない。そこにいろ」

「ここ、かなり高いよ……?」


 出来るけどさ。


 すると、様子を伺っていた少女達が互いに視線で示し合わせ、恐る恐るヒルデガルトに着物を着付け始めた。


 勿論そっちは見ない。着替えを覗く無礼は無しだ。


 ライト王だけは、少し王様の着替え方を参考にしたくて覗いてしまったが。胸毛が凄かった事しか覚えてない。


「――悪くない」

「ん?」


 着替えを終えたヒルデガルトは、紅の着物の効果か普段よりも妖艶で小悪魔的に見えた。


「…………」

「どうした、見惚れて言葉もないか?」


 豊かな胸を張り、尊大な態度のままドヤ顔で言って来る。


「うん。柵を必死にぺたぺたしてた娘とは思えないね。着物もそうだけど、その蝶の髪飾りもとっても似合って――」

「黙れ」


 懸命に褒めたのに頭を軽やかに叩かれた。


「あ、あのぉ、ヒルデガルト様。そこの子供の着替えなのですが……つい先日に新人が入り子供用の着物を支給したので、大人用しか予備がありませんでした……」


 さっきのタマキなる女の子が、大人用の着物を持って現れた。


 作務衣ではなく、地味な色の動き易そうな着物だ。


「寄越せ。それでいい」

「よくないでしょ。折角着るんならビシっとしたのがいい……んだけど……」


 ヒルデガルトが自分で俺に着せてくるが、着ていた半袖のシャツや伸縮性の高いズボンなどをそのままに上から羽織らせる。


 そして紐などで、長過ぎる裾などをあっという間に直してしまった。


「おぉ……やるね、ヒルデ」

「……一先ずはそれで働け。貴様は何が出来る」

「何が出来るって……う〜ん、結構多芸だと思うんだけど、用心棒が一番自信があるかなぁ。どんな暴れん坊も指先一つでダウンだよ」


 周囲からクスクス漏れる笑い声。嘘を言ったつもりはないが、見た目とのギャップでユニークなとこは見せられたかな。


「緊急時でもない限り専門の警備は必要ない。……おい、こいつは調理に回しておけ」

「お? それはやぶさかじゃないね。悪くないよ。むしろワクワクして来た」


 セレスが用意する特製出汁に負けっぱなしだから、ここらで本格的に料理を学びたくなって来た。しかもカジノで出す新料理の着想を得られるかも知れない。一石二鳥だな。


「調理……ですか? 洗濯や掃除の方が新人には相応しいような……」

「刃物の扱いが他の者達に比べて遥かに上手い。怪我をする事も無いだろう。調理場に回しておけ」

「は、はいっ。本日の調理場業務は終わっている筈ですので、明日の朝一に料理長へ伝えておきます!」


 年上っぽい子がヒルデガルトを見下ろして恐縮する姿は、何だか不思議なもんだな。


「明日の朝からならぁ……俺はちょっと観光がてら小遣い稼ぎでもしようかな」

「逃げる気か? タマキ、鎖……いや、くいを持って来い」

「杭っ!? ……ドラキュラじゃないんだから。鎖は何となく分かるけど、杭って何するつもりなの……」


 幼気な俺に何をするつもりなのだ、この子は。


「米が余ってるから焼きおにぎりを作って、それを深夜に働く人達にお弁当として売り歩きたいだけだよ。夜中ってお腹が空くからね」

「……いいだろう。ただし二時間以内には戻れ。信用はしていないから刀は置いていけ」

「……信用してもらえるよう努力するよ」


 泣く泣く厨房を借りに向かった。





 ♢♢♢





 案内役のタマキと共に歩き売りに出かけたコクト。


 それを見送り、少年少女から現在のこの街の状況を聞く。


「“カエデ”、奴はどこにいる」

「はい、マダムは“翠嵐亭すいらんてい”の最高ランクの部屋に宿泊し、ヒルデガルト様の捜索は共に来た部下達に任せて、自分は部屋に篭りきりのようです」

「だろうな。翠嵐亭くらいだろう、奴のワガママを許容出来る宿は」


 闇に輝く月を睨み、因縁の相手を思い浮かべるヒルデガルト。


 ヒルデガルトと同程度の少女カエデの話の後、隣の少年が負けじと口を開いた。


「先日、一度だけここに来ました……。ヒルデガルト様を待っているような物言いをしていました。お気を付けを」

「それだけか? あの女の事だ。散々文句を付けた後、捨て台詞でも吐いただろう」

「……首を洗って待っていろ、と」


 年長者の少年ヒデの言葉に、ヒルデガルトが目付きを鋭くする。


「ふん、待っているつもりはない。こちらから出向いて、私自ら一匹残らず根切りにしてくれる」

「俺もお供致します」

「必要ない。貴様らはいつも通りここで働いていればいい」


 即座に拒絶を言い渡し、女の子のような少年ランが差し出した茶を飲む。


「お、俺もこのような時の為に道場に通ってましたっ! お役に立ってみせます!! 是非連れて行ってください!!」

「あんたが行ったって死ぬだけなのが分かんないの?」

「……何だと?」


 勝ち気な性格の少女カエデの物言いに、必死に願い請うていたヒデが声を低くする。


「騒ぐな、くだらん事で争うな」


 ランがそっと差し出した和菓子を一口食べ、ヒルデガルトが2人を制止した。


「っ、申し訳ございませんっ!」

「ご、ごめんなさい……」


 畳に額を付けて謝る2人に、ヒルデガルトは続けた。


「分かればいい。だがカエデの言う通りだな。お前では翠嵐亭の用心棒すら倒せない。ましてや、今回はあの女だ……。何をするか分からない。目障りな取り巻きもいるらしいからな」

「…………」


 ヒルデガルトの正論に言葉を失うヒデに代わり、カエデが説明する。


「あの朧家が屋敷ごと潰されたという話です。なんでも、遊郭の女に頼まれた派手な髪型の男がやったとか……。方々から情報を集めたのですが、傷一つ付けられない異常な強さだとかで、街の皆も手が付けられません。情報通りなら、そいつもマダムの仲間の一人です」

「……分かった。明日、コクトを連れて神社に行く。諸々の用を済ませてから、後日纏めて始末する」

「分かりました。……くれぐれもお気を付けて」

「あぁ」


 不安げなカエデの心配を余所に、欠伸を噛み殺すヒルデガルト。


「その強い奴、ずっと遊郭に出入りしてます」


 隣から、物静かなランがボソリと付け加えた。


「そうか、それは捜し易くていい。どちらにせよ明日以降だ。……待て、コクトはどこに行くか言っていたか?」


 一般的な常識を持っているのなら、子供が遊郭に歩き売りで近づくとも思えないが、一応訊ねる。


「聞いていませんが……タマキが付いていますし、ご心配は無用かと」

「……そうか、ならいい」

「あのコクトって子も賢そうな子でしたし、きっとすぐに飽きて帰って来ますよ。まともな子供なら遊郭に行こうなんて考えもしません」

「そうだな。まともならな」


 呟かれたその言葉に、ヒルデガルトへのそこらの者と変わらないコクトの態度を思い出す。


 それはとても普通とは言えず、誰もが万が一の可能性を考えてしまう。


 無いだろうとは思いつつも……。




 ♢♢♢




「おぉ、ここが遊郭かぁ……」




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