第110話、旅は道連れ

 

 浮かぶモリーが、霧の魔術で森の中のラルマーン使者団の動きを探る。


『……どうやらあの人間共は大人しく帰っとるようじゃ。つまらんのぅ……、魔術の一つも使えんかったわぃ』

「ふ〜ん、遠路はるばるわざわざ来たのに手ぶらで帰るなんて気の毒だね」


 モリーとカゲハ、それにメイド服姿のリリアを連れて、建築途中の屋根から森を眺める。


『去る者なんぞに構う必要は無かろうて。それで、あのグール共はどうする。一度確実に死んどるし、魔物から人へは戻せんぞ』

「気持ちが落ち着いた頃合いに、彼女達の望むように」


 大して関心も無いのか何気ないモリーの問いに、最小限の言葉で答える。


『生者の考えは分からんが……彼奴等が、死を望むとしてもか?』

「死を望んだとしてもだ」

『ふむ、相分かった』


 グールにされた女性達には今後の道を選ぶ権利がある。


 一度幕を閉じた生であったとしても、グールとして在り続けるならそれもよし。やはりグールなど辛いと再び終えるのもよし。


 どうするかは彼女達次第だ。


「…………」


 城の屋根から、下の方でソルナーダにアレコレと指示されるオークの群勢を見る。


 どうやら城の建築ではなく、部族毎に森の地理を伝えて棲み分けさせるようだ。


 なんでもオークはそれぞれ部族ごとに、食べるものが違うのだとか。魚、肉、キノコ、野菜、……人間。


 さっき訊いたら、人間を食べる種族はいないらしく、ただの敵としか見ていないらしい。


 それにしてもまさか……俺が変異したオーク君にぶっ放した魔力にビビって、張本人の俺んところに助けを求めてやって来るとは……。


 不思議な縁だこと。そしてマジゴメン。


「…………」


 でもあの言語を喋れるオーク君は見込みありだな。


 知力が高いという事は、武術などを習得して強くなる可能性が非常に高い。


 俺が常に守れる訳ではないから、彼等は彼等で少しは強くなってもらいたい。


 問題は、近接戦などを訓練できる者の存在なのだが……おいおいだな。まずは彼らが生活に慣れてからだ。


「……一応、モリーとソルナーダはここの守りとして残っておいてくれ。オークが来た事は知られてしまってるだろうし、人族に攻められるかも知れないから」

『無論じゃ。それにまだ城の各所に施しとる像の仕上げも終わっとらんし、小娘等が頑なに拒みよる儂の宝石部屋も作っとらん』


 俺はてっきりラルマーン共和国がここに建物を建てた事に文句を言いに来たのかと思っていたら、何か勘違いしている風だった。


 しかしラルマーン以外にも隣接する国もあるし、好意的とは限らない。守護する者を残しておいた方がいいだろう。


 モリーならば何の不満もない。


「……ちなみにさ、ここの事なんだけど俺の指示ってどう聞いてる?」

『儂は“ここに城を築くから黙って従え”としか聞いとらんのぅ。……実際に造るのは儂じゃっちゅうのに、一々口出しして来よって。あそこのガーゴイル像なども、もうトゲは増やすなと言いよる。この者らの美的感覚はどうなっとるんじゃ……』

「へ、へぇ……」


 屋根の端にある不気味な像を指差して嘆くモリー。像は既にウニのようにトゲトゲだ。


 それは置いておいて、到着早々に不思議だったのだ。ここに城が築かれている事が。


 俺の、“避暑地に良さそうだからここに小屋を建てたい。適当に資材を集めておいて”、的な指示はどこに行ったのだろう。


「あ〜……」

「…………」


 薄い桃色髪が美しいリリアの方へ目をやると、澄まし顔ながら子犬のように見上げている。


「……うむ。頼りになるメイドさんだ。引き続き、よろしく頼むよ」

「かしこまりました」


 出来るメイドさんっぽく、クールながら満足げに頭を下げている。


『……ケッ。気に入らんのぅ。どれだけ猫を被っとるんじゃ。化けの皮と共に早ぅ剥がれてしまえ』

「骨粉になって世界を旅したくないなら黙ってて」

『か、カッカッ、面白い事を言う。……コツンと来たわぃ……』


 コツン? ……カチンと来たみたいな事かな。


 何故か仲の悪い2人が睨み合っているが、そろそろ俺は仕事に戻ろうと思う。


「じゃ、俺は視察に向かうよ。カゲハもリリアを頼んだよ?」

「はっ! ……その、今後のクロノ様のご予定をお訊きしても……よろしいでしょうか」


 背後に跪くカゲハが、恐る恐る訊ねて来た。


「勿論いいよ。俺はこれから温泉……………少し遠くの街に視察に行く事になってるね。その後は一度ここに帰って来るつもりだ」

「はっ。承知致しました」

「あ〜、でもその前にリリア達の様子を見に行くかも。何するのか知らないからね」

「……ご随意に」


 カゲハには、剣聖の仕事で王都へ向かうリリアの護衛をしてもらう事になっている。


「うん。では行ってくるよ」


 目的地の方角へと向きを変える。


「お気を付けて」

「行ってらっしゃいませ」


 丁寧に深々とお辞儀するリリアと、いつも通りめっちゃ睨んで来るカゲハに、鷹揚に頷く。


『陛下よ、風呂には入っていかんのか?』

「どうせこれから走って汚れるからね」

『ふむぅ……そうか……』


 ものすごく残念そうだ。さぞ自慢したかったのだろう。


 だが俺は一刻も早く秘湯に浸かりたいのだ。


 よし! そうと決まったらドロっドロになるまで温泉に浸かってやるぞ!!





 ♢♢♢





 深き山中にある湯気の上る岩だらけの天然温泉。


 秘湯と言う割に、途中までは街道がかなり整備されている。


 その分、有名であると思えばテンションも跳ね上がり、猛スピードで駆け抜けた。


 そして……。


「……なんでやねん」


 一日中走って、目的の街を目前にした山奥に来た時にはもう日も暮れた頃合いであった。


 この山を越えれば、すぐ視察の街なのだ。


 だから数時間単位で朝まで温泉を堪能しようと思ったんだ。


「天然の秘湯の筈なのに、脱衣所がある……」


 しかも男女別。


 しかもしかも……。


「ひっひ、子供がこんなところに来るなんてなぁ。大人より安くしとくぜぇ?」


 ものすっごい胡散臭い男が、番頭をしている……。


「……あの、ここ無料って聞いて来たんですけど」

「何の事だかなぁ〜。ここはオイラの持ち湯だ。入りたきゃ金払いな。その腰の上等な獲物でもいいぜぇ? ヒッヒッ」


 持ち株みたいに言うんじゃないよ。


 でも……本当の可能性も僅かにあるし……盗賊っぽいってだけで盗賊貯金の肥やしには出来ないし……。


「……これでいいですか?」

「まいど!!」


 お金を払ってみた。


 こう言う事があるから、俺は旅などでは8歳くらいの見た目をする時が多い。


 性根の腐った輩なら、子供が金を持っているのを見れば即奪いに来るからだ。


 さすればボコボコにして逆に有り金を奪える。ついでに背中を洗わせよう。


「おぅ坊ちゃん。来るとしてもババアだと思うけどよ。湯は汚さんでくれやな」

「う、うん……」

「…………」

「…………」

「……何突っ立ってんだ。はよ入んな」

「そうするよ……」


 ……ちっ、細々努力系の賊だったようだ。



 ………


 ……


 …






 脱衣所は温泉の前を軽く木の板で囲んだだけの簡易に過ぎるものだが、そこそこ造りはしっかりしていた。


 何も無いよりは有り難い。


「……うし!」


 普通の旅人ならば財布や服なども持って入り盗難に気を付けるのだろうが、俺は気配で分かるので安心して裸のまま湯に臨める。


「――うひゃい!?」


 突然、番頭台の方で魔力による爆発が起こった。


「……………な、なんだ?」


 すぐに、隣の脱衣所に別の客らしき気配が生まれる。


 ……まぁもう素っ裸だからほっとこ。


 気配的に番頭さんも死んでないみたいで、脱兎の如く走り去って行っている。


 なので気にせず、手拭いを頭に乗せてさっさと温泉へ向かう。


「こんばん……ん、ん?」

「むっ……」


 その時丁度、隣の脱衣所からも出て来たので挨拶しようとそちらを見たら……。


「…………」

「子供か……。こんな山奥に一人で来たのか?」


 スッポンポンの……ヒルデガルトがいた。


 物凄く愛らしくも凄まじく怖いで有名な、目付きの鋭いスカーレット商会会長さんだ。


 たった一人のようだが、旅行かなんかだろうか。


 いやそんな事より、えらい立派な体だけどもタオルとか巻いてないから……って。


 突然の浮遊感。


「……君、いきなり何するの」

「貴様のような子供は湯を汚しかねない。仕方ないから洗ってやる。石鹸だけは持って来たからな」


 いきなり抱き上げられ、温泉の端に連れて行かれる。


「素っ裸で平気な君にマナーの事を言われたくないよ。恥じらいとかないの?」

「ふっ、子供に見られたところで恥ずかしくもなんともない。それとも……変な気分にでもなったか?」


 からかうように言って来る。試しているようにも聞こえる。


 ……さっきから気になってたけど、この前とは全く雰囲気が違うな。


 あの時は初っ端から殺そうとして来たんだけど……。


「貴様、名前は?」

「魔王だよ……あてっ」


 岩に座らされ、頭を軽く引っ叩かれた。


「……気分が悪い。あんな吐き気のする輩を名乗るな。知能が低下するぞ」

「どう言う意味!?」


 名乗っただけでアホになんの!?


「名前を言え」

「……コクト」


 クロノでもいいけど、この娘に関しては身バレに気を付けておこう。


「コクトか、悪くない。貴様はここで何をしている」

「勝手に頭を洗われているね」

「早く答えろ」

「……この先の街に仕事で来たんだよ」

「何……?」


 流れるように湯をかけ、自然に俺の頭を洗い始めたヒルデガルトの手が一瞬止まる。


 どことなく洗髪に慣れているような手付きだ。


「……まぁいいだろう。丁度いい、私が通りかかった幸運に感謝しろ」

「何があブブブブブ……」


 問答無用で湯をかけられ……温泉に放り込まれる。


「そこで大人しく待っていろ。逃げるなよ、逃げても無駄だぞ」

「強盗が人質に言うやつじゃん……」


 そして、ヒルデガルトが相変わらずのスッポンポンで艶やかな黒髪や透き通るような身体を洗い、何故か仲良く湯に浸かる事になった。


 あの番頭さんが作ったのか、風呂桶のサービスくらいはあるようだ。


 ……ここまでしたんなら、多少お金を取られてもいいかも知れない。いやむしろ彼は桶とか作る職人になればいいと思う。


「…………」

「ふぅ……いい湯だねぇ……。……知ってる? この先の街は初代【剣聖】の人が持ち込んだ文化で造られてて、凄く珍しいんだってさ。丁度いいって言ってたけど、君もそこに用があるの?」

「あぁ、その街にいるある女を殺す」


 静かに湯に浸かっていたヒルデガルトが間髪入れずに答えた。


「それは大変だねぇ、捕まんないようにしなくちゃね。ふぅ……」

「ふん……」

「………………殺すっ!?」


 こんなに大胆に殺人を示唆されたのは初めてだ。


「確実にな。今回は猶予はやらん。でなければ……」

「で、でなければ?」

「……何でもない。子供が気にするな」

「君も見た目だけなら少女とも言えるじゃん」

「私を前にして尚も口の減らないその物言い、気に入ったぞ。貴様を私の下僕にする」

「う〜ん、一応悩んでみたけど遠慮させてもらうよ」






 ♢♢♢





 夜も深くなり辺りが静まった頃、焚き火の上で串に刺した肉やつくねを焼いて調理をする。遠火でじっくり、2人分。


 まぁ旅は道連れだし、街まで一緒に行動しようと思う。


 一つ前の町で売っていたネギやピーマンのような野菜と、ヒルデガルトが身嗜みを整える間に狩ったパワーラビットの肉を合わせた串焼きにトライしている。持参した塩こしょうで下味もバッチリ。


「美味しそうだ……。う〜ん……いい匂いになって来た。待ちきれないね」

「…………」


 腕組みして仁王立ちで見守っていたヒルデガルトに視線を向けると、何故か顰めっ面をしている。


「どうしたの?」

「……その緑のはいらん」

「緑のはいるよ……。……あっ、もしかして食べたら体調が悪くなるとか?」


 アレルギー的なものかも知れない。凄い嫌そうだもん。


「そうだ」

「あぁ、やっぱりそうだったんだ。ごめんね、この野菜抜きの料理も作――」

「食べると腹が立つ」

「それは君の機嫌が悪くなってるだけじゃん!!」


 ただの野菜嫌いだった。夜の森に俺のツッコミが木霊する。


「ダメダメっ、とりあえず食べてみなよっ。この野菜の苦味と肉の芳ばしさが癖になると思うよ?」


 俺なんて生の野菜に焼いた肉を乗っけて食おうかと思ってるくらいだ。


「ふんっ、断る。それよりはまだ……アレの方がマシだ」

「……えっ? アレって食べられるの?」

「二度と口にはしないけどな」


 ヒルデガルトが指差した先は近くの木の根元。赤と紫の、明らかにこちらを威嚇している毒々しいキノコであった。


「見た目で“触れようもんならヤっちゃうぜ”って伝えて来てるけど……食べてみよ。あむっ」


 キノコは生食厳禁だ。よく似た毒キノコだってある。でもそんなのへっちゃらだから食べてみ……ウマッ!?


 ……ホントだった、食べられるやつだ。早速これも串に刺して焼いてみよう。


「よいしょ。……意外だったけどやるじゃないか、ヒルデ。お礼に肉だけ串焼きも作ってあげるよ」

「……ふん」


 俺を超えるサバイバル知識に敬意を表し、野菜嫌い克服は延期してあげよう。




 ………


 ……


 …





 肉汁滴るアッツアツの肉を野菜に乗せてかじる。


 新鮮な野菜がパリっと音を立て、噛み締める度に肉のジューシーさと苦味が相まってどんどん美味しくなる。


「……美味いっ。やっぱり肉と野菜の組み合わせは素晴らしいね。……この野菜の音を聴いても食べたくならないの?」

「ならない。見たくない。肉だけでいい」


 バーベキュー感覚で、肉の串焼きを頬張るヒルデガルト。


 俺には野菜嫌いの人の気持ちがさっぱりだ。こんなに美味しいのに。


 そして仲良く野菜とキノコ&ジューシー肉料理を平らげた後、俺は日課の鍛錬を始めた。


 パチパチと焚き火の小さく爆ぜる音の中、森の暗き静寂に包まれながら精神を研ぎ澄ます。


「…………」

「おい」


 瞑想と言う名の魔力トレの最中に、ヒルデガルトが声をかけて来た。


「なに?」

「何してる」

「今は独自の魔力法を鍛えながら、魔力を消費して総量も増やしてるね」

「意味が分からない。座って寝てるだけにしか見えん」

「そうなんだろうけど、実は今、俺の中ではすんごい事になってるから。……テキトーに魔力使った後は刀の稽古もするけどヒルデガルトは気にせずに寝ててくれていいよ。静かにやるから」


 倒木に隣同士で腰掛けているが、彼女はそろそろ横になって休んだ方がいいだろう。


「そんなものは朝にして寝ろ。貴様目当てに寄ってくる魔物も私が殺してやる。子供は夜に寝ないと大きくなれないぞ」

「あぁ、大丈夫だよ。俺はそこんところ自由自在だから。それに朝も朝で稽古するからまた別の話になってくるよ」


 ……。


「……今度は何を始めたの?」

「訳の分からない事を言う貴様とはまともに会話が成立しない。暇を持て余したから、貴様の髪を結んでやる」


 寝ていいって言ってるのに、背後から瞑想する俺の髪を弄っている。


「ヒルデってあれだよね。そもそも美人なのに、かなり見た目に拘ってるよね、髪型もそうだし服もそうだし」

「身なりは重要だ。覚えておけ。容姿で相手より勝っていれば、少なくともそれ一つは相手を上回れる。つまり会った時に既に優位を取れると言う事だ」


 ヒルデガルトは旅路と言えど、動き易くも自分の魅力を極力損なわない可愛らしく上品な装いで、風呂上がりも整ったツインテールに髪を纏めていた。


 自分の愛らしい容姿も武器と捉えているのかもしれない。


「……確かに王様とかが立派な服着てると、それだけで偉いように感じるもん。普通の人なら自然と自分より上の立場って直感するだろうね」

「そう言う事だ。……残念ながら、貴様はこれが限界だがな」


 瞑想したままでも出来上がりが分かる……。


「……君の言う優位とやらは取れそうかい? このパイナップルヘアーで」


 頭頂部をちょこんと紐で纏めただけ。


「向き不向きがある。だが逞しく生きていけ」

「俺にこのまま生きろと言うのか、君は」


 これで都市入りしろと言うのか、君は。





 ♢♢♢





 次の日、夜通し喋っていたら朝日が昇り……。




 刀の稽古の後に朝風呂し、またパイナップルヘアーにされて山を越え、街の門まで2人で来てしまった。


「…………」

「見ろ、門に門番がいるぞ。厄介だ」


 そりゃいるだろうさ。ここ観光地だもん。君みたいな変なのが入り込まないように門番くらいいるさ。


「どうやって入る。何か案を出せ」

「愛想よく挨拶して入ればいいと思うよ」


 門から離れた草むらの陰から覗き、何の縁なのかヒルデガルトと怪しげな会議を行う。


「あれは私を探す為に行われているものだ。のこのこ赴けばバレてしまう。どうにかして秘密裏に私を街へ入れるんだ」

「君はここで人を殺そうとしてるんでしょ? 殺人の手助けなんて出来ないよ……」

「馬鹿者」

「今、真っ当な主張をした俺をバカ者って言ったの?」


 魔王よりも理不尽だな、この女の子……。


「殺人の補助をしろなどとは言っていない。街へ入りたいと言っているだけだ」

「殺人鬼を街に忍び込ませる手伝いなんか出来ないって言ってんのっ」

「仕方ない。夜まで待って秘密の抜け道から入るぞ」

「抜け道あんの!? じゃあ今のこの時間、何の時間!?」 


 エリカ姫よりもツッコミ甲斐があるとは恐るべし。


 しかも俺も抜け道から行く事になってるし。


 本当にこの子、あの苛烈で有名なヒルデガルトなんだろうか。




 ………


 ……


 …





 近くの河原で魚を獲ってまたまた串焼きにし、一緒に炊いて作った握り飯を食べながら事情を聞いてみる。


「……ふん、事情などない。この街の中に4匹の取り巻きを連れた標的がいると言うだけの話だ。邪魔だから全てを始末する、ただそれだけだ」

「びっくりした。君、全部で5人も殺す気だったの……?」


 聞かなきゃ良かった。


 分けてあげた握り飯を頬張りながら、連続殺人を宣言して来る。


 身体は子供、頭脳は魔王の俺でも仰天してしまった。


「よくそんなおっそろしい計画を子供に話せるよね」

「むっ……」


 ほっぺに付いたお米を取ってあげた。


「……奴等は私の留守を狙い、この街を武力によって占拠している。全員まとめて始末してもいいが、私の店に被害が出ては困る。だから一人ずつ暗殺する」

「悪い奴なの?」

「悪い? 違うな。あいつらは……害にしかならない存在だ」


 ヒルデガルトの目が鋭くなる。


 俺が前に見た、無慈悲な女皇ヒルデガルトの姿があった。


 やはりしばらくはこの娘を見守った方が良さそうだ。


 なんだか危なっかしいし、相手が悪党でなさそうなら説得しよう。


 そう言えば、ジェラルドが『朧組』とかいう組織が危ないから要注意とか言ってたな。そっちも気になる。


「……ふ〜ん。相手次第だけど、悪党なら止めはしないよ。むしろ……………」

「…………」


 険しい目付きのまま、俺のほっぺのご飯粒を取って来る。


「…………」

「…………」


 無言のご飯粒戦争が勃発した。


 相手を世話すれば、面倒を見てあげている手前、相手より優位に立てるのだ。


 昨日からやけにお姉さんぶるヒルデガルトだが、年長者……いや魔王として世話を焼かれる訳にはいかない。


 ……あれ? 魔王って世話焼かれがち……まぁ細かい事は気にしない。


 黙々と食べながら、相手がご飯粒を付ける隙を窺う。





 ♢♢♢




 大きな屋敷から漏れる怒号。


 かつて、【剣聖】ジューベの愛した遥か東国の建築法により造られた屋敷と庭園には、本来ある筈の厳かな雰囲気は影を潜めている。


 血や傷跡、手入れのされていない松や池。


「……ウチに入りてぇだぁ?」

「お、オスっ。使いっ走りでも何でもします!! よろしくしゃっす!!」

「何言ってるか分かんねぇよ」


 四六時中行われる名物喧嘩祭りの中、門前にて喧嘩自慢の歳若い男が入門を願いに訪れていた。


 片目に刀傷、スキンヘッドに無数の火傷の男を前に、自慢の拳も汗で濡れている。


「……テメェ、ここがどうゆうとこか分かってんのか?」


 障子を破り、2メートルの筋骨逞しい大男が吹き飛ぶ。


「…………」

「今飛んでった奴が、ここの使いっ走りだ」

「なっ!?」


 石の灯篭を砕き、その上に倒れる巨体を驚愕の眼差しで見る。


『朧家』。


 武闘派を唱い、“負け知らず怖いもの知らず命知らず、死以外の破門無し”のみを呑み込む事だけが入門の条件というタガが外れた者達の集まりだ。


「どうする。テメェが門潜ったらぁ、こっちも家族として迎えらぁ。……アレの後輩になる訳だけどなぁ」


 顎で、未だ倒れたまま流血し続ける使い走りの大男を指す。


 誰も助けに向かう気配はない。


 キリが無いからだ。


「…………」


 言葉が無いどころか、足が竦み逃げる事も出来ない青年。


「自信がねぇなら止めときな。ワシらも暇じゃあ――」

「はぁん、ここがそうじゃん?」


 青年の背後から、長身の……飛び出すように固められた奇妙な髪型の男が声を上げた。


「……ちっ、今日は多いな。めんどくせぇ」

「あ〜、そんな邪険にしないでくれよ。まぁ、こっちはこっちで勝手にやるから、手間は取らさないじゃん?」

「あぁん? 何言ってんだ? ……あぁ、ひょっとしてアレか? 最近ここらで腕っ節の強い奴を片っ端からノシてるっつう大男ってのは、てめ――」


 男の頭部が弾け飛ぶ。


「ヒィィ!?」

「……意味わかんね。お前ら虫に殴る程の価値も無いじゃん?」


 デコピンで門の男を殺害したその男は、冷徹な視線を足元にくれた後、尻持ちを突き怯える青年を無視して、


「よっ――」


 男は異常な脚力で屋敷の屋根へと飛び乗った。


 そして、グローブをはめた拳を握り……。


「まぁ、選ばれし翼持つ者として地を這う虫にくれてやる時間は無い。一撃で終わらさせてもらうじゃん?」


 ネジ切れそうな程に身体を捻り、拳を引く。


 更に力と魔力を入れていくと、限界近くまで力みを入れられた拳は細かく振動し始め――


「5割ってとこだが、こんくらいでいいか……。――あばよ」




 ………


 ……


 …





「……ん? まだいたのか兄ちゃん」


 男が青ざめた顔の青年に声をかけた。


「ん〜……良かったじゃん? 今日から君がここの頭だ。家は……また建てればいいじゃん?」

「…………」

「じゃあなっ」


 唖然とする青年の肩を叩き、……無残に倒壊した屋敷に背を向け去って行く。


「…………」


 先程まで怒声の巻き起こる屋敷は今はなく、打ち込まれた拳から伝わる波動で解体されていくように崩れ去ってしまった。


 その威力は地面まで届き、いくつかの地割れまで生まれている。


 これは現実とは思えない。


 奇抜な髪型の男が拳を放つ瞬間に、気を失いそうになる圧を感じる翼を羽ばたかせたように見えたのがその証拠だ。


「……………実家の牧場継ごう」


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