第258話、斬られずに斬れば勝てる

「っ……!?」


 勝利の喜びもひとしおだったが、まだ一人目。我に帰ったソウリュウが、竜を取り込んだ七人を任されたグラスへと振り向いた。


 集中していて気が付かなかったが、すぐ近くで自分達以上に喧しく騒ぐ雑音が生まれていた。それはまだグラスが存命である証で、すぐにも救援が必要との報せだった。


「っ————」


 しかし、ソウリュウの目に飛び込んだのは、救援などという思い上がりを粉砕する“不条理”だった。


 ——竜の跳弾が、通路でひしめき合っていた。


 竜人達の処刑は残酷的に強引で、肉体的で、とにかく切れが良い。壁も床も踏み鳴らし、そこは今や竜人達の狩場にして巣と化している。


 獲物に向かって上も下もなく跳び出し、轢き潰すのみだった。


 入り込む隙が無い。割って入れる見込みが無い。


 渦中に飛び込む想定を脳内でどれだけ繰り返そうとも、二歩目を成功する自分の幻影が見えては来ない。


「っ…………?」


 グラスが倒れた瞬間に、大技で通路を埋め尽くす決意を固める。蒼炎で満たした状態を維持し、竜人が絶命するまで焼き尽くす。


 切り捨てると決めてから、冷静さを取り戻せたのか、エリカの様子に意識が向いた。


「————」


 ゾッと寒気がする程、ある一点に集中していた。


 呼吸しているかすら怪しく、恐ろしく感じるまでに何かを凝視している。


 そして、————完全にソレ・・へと没頭していた。


 目にするソレは、激戦中などよりも重苦しい緊張感をエリカに強制し、垂れる汗や纏う鳥肌がそれを表現していた。


 ソウリュウは眼の捉える先を追い、エリカからその原因へと身を投じる。彼もまたそれを見てしまう。


 思えば、至極真っ当な話だった。


 竜人達の跳ね回る音は途絶えない。エルドンとの戦闘中も、終わった後も、じっくりと思案する今も。


 つまりエルドン隊の戦闘は、未だ続いているのだ。獲物を狩れずに、まだ狩猟を続けている。


 そしてソウリュウは跳弾の向かう先を、やっと目にした。


「————」


 震える。如何ともし難く、震えてしまう。


 見ていた景色が、反転していた。狩人に見えていた竜人達が、泣きっ面でいるのが今ならよく分かる。


 通路の真ん中で、『斬』を纏うグラス。縦横無尽に襲うエルドン隊を、刀の切っ先が描く孤の斬光が容赦なく切断していく。


 竜鱗も骨肉も、手脚であれ首や胴であれ、向かって来るものを唯斬り飛ばす。真っ向から、時に避けながら、前を斬っては後ろを斬り、上下からは縦回転で斬り裂き、刀一つで竜人達を斬り伏せている。


 “斬れば勝てる”。エリカへ告げた提言を、その身で体現していた。


 グラスを中心に斬撃の繭があるようだ。斬閃の煌めきは常に最適な位置で、最善に振られている。


 強度無視の斬剣で不死身の竜人達を一心に断つ。その集中の度合いは、ニダイと舞っていたあの一時を思わせる。つまりは————最高潮。


「このバケモンがぁぁぁ!!」

「ウァァァァアアアア!!」


 気付かなかったエルドン隊の悲鳴。金切り声気味に嘆きが発せられている。


 彼等には、他に取れる手段は無かった。全員で攻め続ける。襲い続ける。剣でも拳でも竜尾でも激突タックルでも、地を駆け壁を蹴り、上から横から攻め続ける。無尽蔵な体力と驚異の再生力を最大限まで駆使して。


 そうでもしなければ勝てる筈がないと確信するだけの攻防は、既に終わっていた。


 一人でもエルドンの加勢に向かえば、この男との兼ね合いバランスが崩れるのではと思えて、攻め手から離れられなかった。それは今も変わらず、止めたくとも“形式ばかりの均衡”が壊れそうで、動きを止められない。


「————ッ」


 斬る、斬る、斬る。


 その姿は、未だに高みを見据えているように見えた。極みにあると疑わなかったグラスは、誰かの背中を見ている。


 ニダイとの闘いは、まだ終わっていないとでも言うように、あの日の続きを見るように、まだ彼の背中へと手を伸ばしている。


 それと、気のせいか、ニダイとは異なるもう一人の影も感じられるような……。


 兎にも角にも、グラスはまだその刃の先を目指して、七人の竜人を斬り続けていた。


「————」


 襲い掛かる竜人の脚を斬り飛ばす。血を撒き散らし、体勢を崩した隊員はまだ別方向から向かっていた竜人と接触。絡まって転がってしまった。


 部位を斬り捨て、味方同士を激突させる。これを、明らかに狙って三度も続ける。


 狙い澄まして作られたこの『混雑』は、すぐに他の隊員達の動きを止めた。襲撃の脚を止め、まさにいま納刀し終えたグラスを前に凍り付く。


「……そろそろ倒しましょうか」


 昇り高めた気を依然として張ったまま、たった一言。どれだけ恐ろしい発言であるかを、本人は自覚しているのだろうか。


 刀一本を片手に告げるその姿はソウリュウにとってさえ、脚が竦む文言だ。エルドン隊はもう戦うなど考えもしていないだろう。不死身の彼等を、どう殺せると言うのか。


 だがしかし、この男はやってしまう。それは皆が確信している。


 斬られる……満場一致で察した時、救いの言葉は、憎きライトから発せられる。


「…………グラス、もういいよ。それだけやったら、もう逆らう気なんて起こりっこないから。普通にやり過ぎだから」

「……そうでしたか」


 返り血を浴びる死神のようなグラスが、刀を脇に抱えて眼鏡を拭き、エリカの元へ。隊員達が転がりながら慌てて開けた道を行く。


 エリカの前で眼鏡をかけ直すと、唐突に拍手を送った。


「な、何、その拍手は……」

「観ていましたよ。正直に言うと、ソウリュウ君主導でなければ難しいと考えていました。しかし、これならエリカ様が倒したと言えるでしょう」


 弟子の成長を心から喜ぶグラス。次々と賞賛の言葉をかける。


 “観ていた”という恐怖の出だしに白目を剥く、二人と土台のエルドンに気付かずして。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る