第257話、対竜人エルドン・エリカ&ソウリュウ


 その時、グラスの行いによって救われた者達が、冷やかしにも思える欠伸あくび混じりの声援を送っていたエリカとソウリュウへと、ジリジリ迫っていた。


「っ…………」


 ディア・メイズのギミックが、瞬間的に逆戻り。一際高い壁に押し潰されていたエルドン達が解放され、慈悲もなく見捨てた無情な王女達へ歩む。


「あのような場面では、“このような決着など私は望まない!”と助力して然るべしだろうがっ……!」

「ごめんなさい。この戦力差で、そんな事を言えるほど馬鹿ではないの……。そもそもあの状況で、どうやって力を貸すの?」

「確かにぃぃ……!」


 論破されたエルドンはそれでも、圧死の恐怖心が輪を掛けて、死にかけた恨みを抱いている。


 八体の竜人は様々な素体の特徴を取り込み、竜の威を借りてそれぞれの変貌にて歩み寄って来る。黒い産毛を生やし、赤い炎熱を思わせる風体、水掻きやヒレを持つ者、様々だ……。


 共通するのは生物界にて並外れた身体能力と、植え付けられた再生力。


「っ……!」

「ソウリュウっ……」


 ソウリュウが庇うように前へ出て、背に隠してエリカを下がらせる。


 万が一にでも、エリカの身に何かが起こる事はあってはならない。


 エリカ自身もそれが分かっていて、一人でエルドン達の足止めをする決断を下したソウリュウを悔しげに見る。


「……少しだけっ、あと少しだけ耐えて。すぐにグラスを呼んで来るから! ごめん!!」

「っ!」


 エリカが踵を返して駆け出す。王女であるというだけで、仲間を犠牲にしなければならない。立場故に切り捨てなければならない。理解しているソウリュウも頷きを返した。


 読み違えていたとするならば、ソウリュウもまた少しばかりエリカの読みとは異なる思惑を秘めていた事だ。


 エリカがいなければ、周りに気遣う必要がない。留めに留めた火力を惜しむ必要が無い。とするならば、【反則】に次ぐ実力を申し分なく発揮できる。


 竜人を相手に、鍛え上げた武術を存分に披露しよう。


 意気揚々と奮起するソウリュウは勝利へ向けて、強烈な青炎を両手に灯して構える。段違いに獰猛な殺意を、爆ぜる青き炎に表して。


「…………」

「…………」

 

 その背後で、普通に間に合ったグラスとエリカが見つめ合っているとも知らずに。


「ふん、勝ち目が無いとみるや、恥も知らずに逃げるか。臆病な王女だ。王都に篭りきりのライトらしいがな。刀が泣いているぞ」

「っ…………」


 武人にあるまじき禁じ手を躊躇いなく使用したエルドンの挑発が、淀みなく届き、受信を知らせて王女の耳が動く。


「……今、なんと申した」

「申した? 将軍いません?」


 ゆらゆらと揺れながら、エリカの怒りを髪の毛が表す。


「誰が逃げるとっ……? 私は単に助走が必要だっただけっ。覚悟しなさい!」


 二十メートル程も歩いて戻り、呆気に取られているソウリュウと並び立つ。助走を完了させたエリカもまた、その場で居合い斬りの構えを取る。


 一呼吸だけ深く息を吐き、鯉口を親指で切る。


「グラス、私とソウリュウで敵の隊長を何とかするから、あとはお願い」

「っ……!?」


 ソウリュウとグラスが驚きの配分で担当を分けたエリカへと、瞠目して驚愕を露わにする。


 八、引くことの一をグラスが任されてしまう。


「か、かしこまりました……」

「っ!?」


 そして畏まったグラスへも、まん丸と目を剥いて愕然とした心境を示した。


 グラスの胸中としては、思えば適切な配分だと思い直し、戸惑いを若干だけ残しながらも受諾したのだが。


 走り出したグラスは壁を走り、先頭のエルドンを越えて指示通りに部下達の中心へと降り立った。


 エリカとソウリュウの危機感が重なる。


 急ぐべきだろう。グラスが保ち堪えている内に駆け付けなければならない。エルドンは遅くとも五分以内には倒さなければ。


 しかし、


 いざ戦闘再開となると、竜の力を手に入れたエルドンは、魔力を使わない純粋な身体的能力のみで人間の枠を大きく外れていた。


 かつて、クジャーロの王子が愉悦に浸りながら剣を奮ったように、エルドンもまた激る生命力に酔いしれる。


「素晴らしいなッ! この速度にも付いて来るかァァっ!」


 壁を蹴り、床を蹴り、高速で行き交う巨体。直線的な技の多いクジャーロ剣術と相性のいい、突進しながらの斬撃が二人を襲う。


 二人はその影を懸命に目で追い、必死に飛び退いて回避する中で、何とか攻撃する隙を待っていた。


「うわぁ……!? くっ……」

「っ……っ……!」


 元々、目が良く動きも俊敏なソウリュウと、日頃から人間か疑わしい使用人との鍛錬で鍛えられているエリカでなければ、避ける事すら叶わなかっただろう。


「無駄な事は止めたまえ! 私には完全再生能力もある! 王女等に勝ち目は無いのだッ! 一刻も早く降伏せよっ!」

「一回でも悪に屈したら二回目がある! だから私はもう・・屈さない!」


 既に一回、魔王辺りの悪に屈している過去をポロリと吐露してしまう。ならば二回目があってもいい事になる。


 だがエルドンとソウリュウは、そっと聞かなかった体を取った。


「ソウリュウっ!」


 覚悟を決めたエリカが一瞬の間に、右目の瞼を閉じてまばたきを数度繰り返し、何らかのメッセージを送る。


「……————」


 ソウリュウもまた返す。片目の瞬きが出来ない為、両目の瞬きになるも応答した。


「何を企んだところで無駄無駄ぁ!!」

「————」


 エリカが膝を突いて鞘に収めた刀を腰へ。座した姿勢から居合い切りの構えを取る。


 移動速度で追いつけないのなら、————剣速と斬れ味で挑む。


「その矜持を見たからには不粋は出来んっ! 御命、頂戴ッッ!!」


 迫るエルドンの剣を無視して腰を上げ、右足を立てる。同時に抜刀は既に終えられ、それはほんの一瞬の内に終わる。


「——クッ!?」


 エリカの額まで迫っていたエルドンの剣は……飛翔する青い炎を宿した跳び蹴りにより弾かれていた。


「————」


 ソウリュウの飛び蹴りが視界を横切った後には、エルドンの左膝には茜色の一線が閃いていた。


 着地した左脚はエルドンの重みを受け止められず、寸断された線に従いズレ落ちる。


「ぬぉぉぉ!?」

「今だぁぁぁ!!」

「ここぞとばかりにっ——ゲフッ!?」


 エリカの号令に呼応して、這いつくばるエルドンへ青炎の武人が翔ぶ。跳び膝蹴りを横っ面に見舞い、そのまま炎の乱打を喰らわす。


「くっ……竜に炎が効くものかァァァーッ!!」

「————!?」


 福音の魔力を全身から解き放ち、止まらない連打から逃れる。


 やっと生えて来た脚で立ち上がり、弾き飛んだソウリュウへ追撃せんと地を踏み締め——


「——シャッ!!」


 三拍の呼吸で気を高め……構えから一刀目が始まる。


 鞘による加速がなくとも鱗も皮も切り裂き、エルドンを袈裟懸けに斬る。


「グッ……!?」


 だがエリカは止まらない。


 あの日に見た六刀。型として落とし込んだ、隙なく逃げ場なき完成された六度の斬撃。あのニダイを押した奇跡の一瞬。


 焼き付いた記憶の断片から鮮明に想起させ、闘志が昂ぶる身体へと正確に降ろす。


「————ッ!」


 二刀目、三刀目と、ほぼ隙間がなく、大まかに見れば逃げ場も防ぎ手もないと思われる斬撃が続く。


 そして辛うじてエリカが辿れる最後の四刀目。


「キッ————!!」


 三度目で跳ね除けた剣を持つ握り手を、——断つ。


「ぐぅっ……!? 私の剣がッ!?」


 紡がれた“完成気味の四刀”により、エルドンから剣を奪う事に成功する。


 手首から先を失ったエルドン。流れが悪くなった事で、強引にでも主導権を引き戻す事に。


 魔力を込めた左拳をエリカに叩き付けた。


「くっ、フンンンンッッ!!」

「——!? セリャ!」


 慌てて納刀してから、負けじと魔力を通した鞘で迎え打つ。


「————キャ!?」


 だが渾身の打撃も弾かれ、エルドンに軍配が上がる。


 現在の技量では魔力量と腕力の差までは埋め切れず、何度も転がりながら弾き飛ばされた。


「うぅ……」

「おのれぇぇ……————っ」


 呻き声を漏らして立ち上がろうとするエリカを見るその横顔に…………死を予期する程の殺気を浴びる。


「————」


 そちらを見れば、構えて組んだ両掌に爛々と猛る青い炎を燃え上がらせるソウリュウがいる。


 彼は小柄で若くとも【旗無き騎士団】の二番隊隊長を任され、特に難しい依頼を達成して来た傭兵団のエース。


 即ち、王国最高級の強さを持つ。


「————〈双龍そうりゅう〉」


 その意味を知れと、エルドンが竦む迫力で青炎が放たれる。


 宙を駆ける双つの青竜。これまでとは比較にならない巨大な炎竜が、戯れ合うように獲物を取り合って空を駆ける。


 凶悪な顎門あぎとを開き、唸りながらエルドンへと噛み付いた。


「グァァァアああ!? アアっ、ァァァ——ッッ!!」


 竜の鱗が焼き爛れる。肌は焦げ、肉や臓物を焼くに至る灼熱の劫火。執拗に噛み付くように、巻き付くように、熱き青竜は獲物を獲えて離さない。塵も燃やして残さないと、青き炎はむしろ猛る一途だ。


 青い火達磨となったエルドンは、ただ燃焼しながらもがき苦しむばかりだった。


「ここで決めるよッ!!」

「ッ————」


 二人が揃って駆け出した。


 もがくエルドンを鮮烈な斬撃で斬り裂き、苛烈な猛打で打ち崩す。


 動きを止めずに的を絞らせず、エルドンの再生能力を超えて追い詰めていく。


「グッ——! くっ!? クソォォ——!!」


 大きくなった身体が災いする。ただでさえ依然として燃え上がる青炎により、視界が覆われている上に、敏捷性に富む二人に手が出ない。


 魔力で吹き飛ばそうにも、また今の技を撃たれたなら繰り返しに終わる。先に二人を仕留めるしかない。


 と、竜の遺伝子がそうさせるのか、本能から極太の尻尾が振られる。


「————!?」


 突如として迫る竜の尾は、着地したばかりのソウリュウへ。


 その質量たるや、丸太をぶつけられるようなものだ。軽量のソウリュウでなくとも、一撃で戦闘不能とする致命的な打撃が迫る。


「ふぅ……」

「——!?」


 高速移動の余韻で滑り、割り込みながら息を吐く。この時、徐々に高まっていたエリカの調子は、過去最高となっていた。


 一呼吸で抜刀し————上段から全力の一閃。


「っ————」


 詰まる事なく、極太の竜尾を両断した。


 まるで横転する馬車か落石のように、尾が音を立てて飛んでいった。


「捉えたッ!!」

「っ……!?」

「切られたという事はそこにいるという事だ!! そうだろう!?」


 回転するままに、やっと炎を魔力で掻き消しながら、エルドンがエリカへ掴みかかる。


 斬り終わりで身体が硬直するエリカは、——その細い腹部を掴まれる。


「取ったァァァ!!」

「グゥゥ!?」


 これで一対一に持ち込める。そうすれば負ける事などない。


 安堵しながらもエルドンは、容赦なく握り込んでエリカを潰す。


「——ガァァッ……!?」


 間際に激痛が走る。


 電流に似た強烈な刺激により、エリカを取り溢した。


「っ……!」


 ソウリュウにより肘にある尺骨神経を、曲げた人差し指の関節で打つ一本拳で強打。


 痺れが治らない内から手を取られ、捻られながら投げられる。


 手首、肘、肩関節が繋がるように極められ、巨体と言えども抗えずに投げられた。


「ッ————!」

「ぐぬっ!?」


 そして、うつ伏せで倒れる背中まで手を持っていき、逆の腕も極めてから交差させて関節を固定する。


「そいやぁぁー!!」


 その両手が重なる点へと、跳び上がったエリカがエルドンの剣を突き刺した。切っ先から鮮やかな魔力の光が溢れさせ、鋭利に、ただ鋭利にと体重を乗せて刃を落とす。


 直下する刃は————竜体へ埋まる。


「グハァァァ!?」

「ッ……ッ……!!」

「グァっ!? ま、負けてるからっ!! そんなに深く刺さんでいい!!」


 跳び乗った柄頭の上から、何度も踏み付けて念押しするソウリュウを慌てて止める。


「……無念。私の負けだ」


 力が入らない。武術を修めたソウリュウによる関節技から抜け出せないと、諦めていた。


「…………」

「…………」


 エルドンの上で視線を合わせた二人は、敗北宣言を受けて無言でハイタッチ。


 共に勝利を讃え合った。

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