第202話、魔王戦力外通告


 貴族派との争いでもある此度の内戦。


 王家を相手取り、命知らずにも貴族派を率いるスターコート侯爵の影響力は侮れない。


「とりあえずの上限を百と決めたのはいい。しかしセレスティアの設定した数値は高過ぎる。一般的な森ゴブリンを脅威値二としておいて、魔王に九十二では懸賞金をかけようとも誰も討伐に乗り出さない」

「ですが後になって強過ぎると知れ渡ったなら、王国が定めた数値の信用は地に落ちます」


 第一王子であるアルトに王国の至宝であるセレスティア、加えてマートン公爵や剣聖までもが参加するこの会議にはもう二人、スターコート侯爵と並ぶ貴族が参加していた。


 一人は、リッヒー・フリード伯爵。


 言わずと知れた古くからある名家で、様々な事業を展開する他にも、多くの貴族を世話する大御所とも言えるリッヒー家当主である。


 そしてもう一人、博識さと聡明さはセレスティア王女に次ぐとまで謳われるライト王家の懐刀がいる。


「白熱して来たな…………あなたはどう思う、テャマ子爵」


 テャマ・イー・ブットルトン子爵へと、隣に座るフリード伯爵が耳打ちをして訊ねた。


「吾輩ですかな? 吾輩は王女殿下に一票といったところですかな」

「まっ、でしょうな」


 小太りで身長も短く、体型的に相反する二人だが、その関係は良好そのものであった。


 狡猾と呼ばれることもあるリッヒーに対して、頭脳明晰にして穏やかかつ責任感のあるテャマ。主義主張が異なり衝突もありそうな二人なのだが、気の合う友人関係を保っている。


「ですが議論自体は進めておくのが良いでしょう。あのセレスティア殿下に臆さず、されど内容のある反論をアルト殿下がされている。若者の成長する速度たるや、我等に小皺が増えるよりもずっと早いようです」

「……昔は私もあなたに成長を褒められたものですが、とうとうこちら側に落ち着いたみたいだ」

「ほっほ、それは一人前になった証です」


 幼少期より王家を見守って来ただけに、二人の成長を微笑ましく眺めている。


「では百三十年前に確認された龍であるタイラントルギアが脅威値九十一と記載されているが、これは消すべきだろう。中位龍とは言え、龍よりも強いと言われたら誰も狙わなくなる」

「かつてタイラントルギアを討伐した皇国の部隊は、龍殺しとして今でも伝説に語られています。それを超えるからこそ、魔王殺しという夢に飛び付く者が望めるのです」


 龍殺し、確かにそうだ。


 歴史上でも龍を殺すという偉業は数える程度で、どれもが色褪せない鮮烈な衝撃を残している。


 それを上回るとなれば、王国内外から強者が続々と手を挙げることだろう。


「ふ〜む……」


 微笑み絶やさないセレスティアが、真顔で激論を交わしている。その様はウチなる熱意を物語り、幼い頃からの魔王討伐という使命への本気を表していた。


「……セレスティア殿下ほど、清廉潔白が似合う方は後にも先にも現れないでしょうな。まだお若いながら、献身的に王国を繁栄に導いておられる。長きに渡り尻尾を掴めなかったあのエンゼ教と貴族派をも、まさか取り除ける日が来るとは……」

「吾輩もまさかとは思っていましたが、これほど早く叶うとは。殿下は幾多の改革を、さも当然に行われている。ご立派です」


 テャマとリッヒーだけではない。


 王家の討論を目にする者達全てが、ライト王国の更なる発展と大陸における確固たる地位確立を確信していた。


「吾輩もまだまだ負けてはおれませんぞ……?」

「おや、珍しい。あのテャマ子爵が対抗心を見せるとは」

「女神と称される殿下ですが、吾輩もここの勝負では負けられません」


 自身の頭を指で小突き、女神を凌ぐ革新的な政策樹立に闘志を覗かせる。


「ふはっ……世紀の鬼才である殿下とテャマ子爵がその気になってしまった。間違いなくこの代で、王国は帝国を凌ぐ大国に駆け上がるでしょうな」


 王国万歳。


 笑みが隠し切れないリッヒーは【旗無き騎士団】の座る方面へ視線を向ける。


「…………」

「…………」


 久しく顔を見ていなかった弟が気付き、暫く目を合わす。


 フリード家を出奔してすぐに自身の傭兵団を一流に押し上げ、近々国軍として取り込まれるのだと言う。


 軍事力においてもまた一段と王国が精強となる。


 セレスティア、アルト、テャマ、ジーク……そして自分。


 無敵と思えてならない布陣に、リッヒーは王国貴族として震える程に誇らしく思えていた。



 ………


 ……


 …



 強力な魔物が跋扈する魔境と化した森林には、禍々しい魔力に惹かれて生態系を一変させていた。


 魔窟には及ばずとも凶暴で手の付けられない魔物ばかりが集い、狂瀾の日々に自ずから身を投じる。


 しかし今宵は魔物達も大人しく身を潜め、不気味な静まりを見せていた。


 遠吠えもなく、悲鳴もない。夕方を過ぎた辺りから、遠くに届く筈の争う喧騒も全くない。


 中心で渦巻く複数の強者が発する魔力に、本能から屈服を強いられていた。


「――《反則》からの報告は以上になります」


 六つの席が埋まり、六席会議が始まる。


 最も上座は空席として、【クロノス】初の会議により黒衣に身を包む幹部達が集結していた。


『やはりのぅ、あのアークマンじゃったか…………で、如何にする』

「そちらは既に手を打ってあります。結果次第であなた方に動いてもらうことになるでしょう」


 隣の異業なる骸魔へと一瞥もくれず、感情に起伏のない平坦な声音で即答された。


「本日、あなた方を集めた理由は他にあります。それは組織としての在り方の説明と、それに伴う仕事を割り振る為です」

「それは誰が決めた」


 対面から放たれた重くのしかかる言葉は、重圧となって彼の周囲を圧迫する。


「言うまでもなく、クロノ様です」


 正確に言うのならセレスティアから提案し、クロノが採用したのだが、面倒事に繋がる恐れから省略して伝えた。


「続けろ」


 納得したのか、アスラは向けた視線を戻して再び目を瞑る。


 弾けてしまいそうに筋繊維の密集する極太な腕を組み、これからされる話に関心も示さず黙して座る。


「それでは、まずはこの【クロノス】の方針から」


 静寂に包まれる室内に、透き通る声音のみが通る。


「このカース森林に拠点を構えた以上は、一刻も早く軍事力を相応の高い水準まで急成長させなければなりません。これは何よりも優先されると自覚してください」

『……必要かのぅ』

「必要不可欠です。皆さんの認識がどの程度なのかは大凡推察できますが、それは誤りです」


 骸骨の顎を指で撫でつつ疑問を呟いたモリーだったが、返答は思いの外に強いものであった。


「数を甘くみてはいけません」

『…………』

「周辺諸国は仮にも国民のいる“国家”です。我等は未だ寄せ集めに過ぎず、攻められたならこの城は確実に落ちます。隠す手札もあるでしょうし、単純な戦力としても我等を上回ります」


 セレスティアは主人を戦力として捉えていない。


 であるなら【クロノス】はモリーやアスラを有していようとも、他国に対して戦力で劣っているのだと言う。


「周辺諸国において最も軍事力で劣っているのは、東の小国マル・タロトですが…………それでも戦となれば三十万人以上が集結することでしょう」


 東の小国マル・タロトは独自の魔術式を持ち、魔術の起源とされる魔法大国ツァルカとは全く異なる魔術を扱うことで名を馳せている。


「対して我等は総勢千人にも満たないのです。仮にここにいる個人一人一人が一万人分の働きをしたとしても、六万…………マル・タロトの五分の一にしかなりません」


 ライト王国や他国が慎重にならざるを得ないのは、魔王率いるこの組織があまりに未知数であるからだ。


 実際には攻められたなら半日も保たずして、敗北する。


「遺物や武具、そしてこの森林で生きていける魔物を集める必要があります。同時に、それらを使役する手駒も。ただし人族は極力少数に止め、主力はあくまで魔物とします」

「話にならないな」


 淡々と無感情に示すセレスティアの指針を、機嫌悪く一刀両断にした。


「…………」

「あいつが煩く喚くものだからわざわざ足を運んでみたが、貴様等は話にならない」


 セレスティアの斜め前に座する可憐な少女へ、自ずと視線が集中する。


 何をどうすれば、この少女を引き込めたのか……セレスティアでさえ疑問に思わずにはいられなかった。


「この組織は息をしていない」

「経済が回っていないからですね。ヒルデガルトさんの言いたいことは分かります」


 魔物を増やせば、餌がいる。調教するには、手間がいる。しかも増えるにつれて人材も確保しなければならない。


 それ以外にも、オーク以外の兵力も望ましい。武具や働きに見合った報酬も必要となる。


 即ち、金がいる。


 現状は王都にあるカジノから予算を捻出しており、既に赤字で悲鳴を上げていて限界は近い。


「どこから金の流れがあるかを辿れば、すぐに発覚する。私や商会、貴様の資産を使うことはできない。するつもりもない」

「分かっています」

「そもそも、この訳の分からない組織は何の為にある。やっている事と言えば、あの男の道楽と城作りだ。何を生み出すでもなく、何を得るでもない。ただ消費していく一方で何が組織だ」

「確かにこれまではそうです。しかしこれから軍事力を増強するのは、この組織の仕事に繋がるからです」


 急降下していくヒルデガルトの機嫌を伺うことなく、セレスティアは【クロノス】の未来を見据えて方針を打ち立てた。


「これからの【クロノス】は、国家規模の顧客を相手にした、対価と引き換えに戦力を提供する軍事組織へと変わります」


 主人の意を汲み取り、セレスティアが提示した【クロノス】の在り方。


 それは“悪として、されど粗悪にならない破壊”であった。


「我が物顔で公然と侵略する勢力、大手を振るい暴力を振るう組織、非道をさも当然と行う団体…………見返りと引き換えに、それらを蹂躙。そして同時に恐怖を刻み、我等が威を知らしめるのです」


 血を求める者達を持て余す戦力により、徹底的に破壊する。数多の魔を率いる魔王の組織として相応しく“力による介入”を、【クロノス】の生業とする。


 そして世界にとっての畏怖と恐怖の象徴となった暁には、大国と言えど魔王に逆らう愚か者は極々僅かを残していなくなる。


「これならばヒルデガルトさんにも、期待を上回る利益が見込めます」

「…………」


 これを耳にした幹部達は……。


「…………」


 迸る鬼気が増し、まだ見ぬ敵対者へと鋭い眼光が向けられた。


『……外界へは他の者を遣わしてもらうぞ。儂はここに留まる』


 条件は申し立てるも不服は無しとして、不死の魔術師も同意を示した。


「ふん、私は今まで通りに金を稼ぐだけだ」


 微かなりとも覇気を鎮めた魔女も、予想される莫大な利益に納得する。


「…………勝手にしてくれ」


 モリー越しに向けられた王女の視線に、王都の裏社会から出ることのないジェラルドは無関係と選択を委ねた。


 どの幹部からも、否はない。


「では、皆さんの同意を得られたということで、一先ずの役割を振り分けます」


 理解を得られたとして、セレスティアは作業的に流れる口調で各担当を述べる。


「アスラさんには引き続き、オーク達の訓練を。オーク達の他にも、レークの街に居たゴブリンのような魔物を支配下に置く事も念頭に置いて、指導する技術も身に付けるように」


 人型の魔物とあって、知能もある。個体としての能力も高く、兵として高い水準を期待できる。


 問題は、一定の段階まで、どれだけ早く鍛えられるか。またどれだけ強く成長させられるかであった。


「魔術関連で多忙かとは思いますが、モリーさんは転移魔術の復元を急いでください。移動を全てミスト達に頼り切るのは、効率性の観点から言っても不便極まりありません」

『まぁた無茶を言うわぃ……』

「ヒルデガルトさんは商会のお仕事の他に、特殊な魔具や武具の情報入手を担当してもらいます」


 ジェラルドはカジノの用心棒くらいしかできない。むしろ肝心なのは、ジェラルドの部下として裏社会の情報に目を光らせているマルコだろう。


「それと、ここにいる者の中には金銭が不要となる者達がいます。各自、代わりの報酬となるものを提示してください。クロノ様にお伺いを立てなければなりません」

「奴の飼っている蛇を寄越せ」

「…………」


 視線も合わせないまま、ヒルデガルトが発した要求を思う。


 予想の範疇ではあるものの、まさか本当にされるとは考えていなかった。


「貴様の話では……武具と魔具を送れと煩く手紙を送り付けて来るこのデカ物と骸骨には兵がいるのだろう。私も使える兵力があって然るべきだ」


 うんざりとした心情を忌々しげな目付きに表し、アスラとモリーを交互に目にして吐き捨てた。


「……分かりました。お伝えしておきます」

「それでいい」


 セレスティアの理想では、三ヶ月以内には他国が恐慌とするまでに強大な組織となるのが好ましい。


 少なくとも早急にどこか一カ国に、国家もしくは組織として認めさせなければならない。


 その為にはここでヒルデガルトに臍を曲げられては困る。避けるのが賢明だろう。


「それと……」

「……それは私に言われてもどうしようもありません」


 遂にヒルデガルトが耐え兼ねてアスラとは逆隣を睨み付け、セレスティアも嘆息混じりに返した。


「ふふっ、ふふふふっ」

「ふぅ…………訊きたくはありませんが、カゲハさん。何か良い事でもありましたか?」


 張り裂けそうであった室内で、頬杖を突いて終始表情を蕩けさせていたカゲハ。


 何かを思い出しているのか、虚空を見つめて微笑んでいるのが口元を覆うマスク越しにも分かる。


「まずリリアに聞かせたかったのだが……今は何だから、すまないが後で自慢させてもらおう」

「……兄の提案により、脅威値と呼ばれる数値の制度が確立されます。おそらくあなたも討伐が好ましいとされる魔物と同様に、数値と懸賞金がかけられるでしょう」

「そうなのか? さして興味もないが……」

「慢心しないように。然るべき時には気を引き締めてください」


 冷徹そのものの見た目と違い、能天気とも思えるカゲハに呆れながらも忠告は忘れない。


「現在で既に、モリーさんは脅威値八十三。アスラさんも、八十一もの高い数値が付けられています」


 仮に王国屈指の騎士であるアルトに数値を当てはめるなら、脅威値は二十六とするだろう。


 破格と言える脅威値である。実際に的確かは不明だが。高いこともあれば、低過ぎることもあるだろう。


 けれど最強を自負する集団にとっては、充分に目指せる程度の数値と見られるに違いない。


「……くだらん」

『数字にされても、イマイチしっくり来んのぅ』


 格下と言われたアスラでさえも相手にせず、モリーも数値を疑問視する。


「数値に基き着実に実力を付けた者が、いずれあなたの好敵手となるかもしれません。大抵は予期せぬ難敵に出会い、殺されることもあるでしょう」

「…………」

「ですが脅威値十から二十、三十と、自らで敵を選べたならそのリスクは大幅に回避できます。これまでよりは格段に段階的な成長が見込まれます」

「……死線も知らぬ雑魚がここに辿り着けるとは思えんがな」


 自身が殺されて然るべき状況で見逃された経験を想い、されどその時があったからこその成長をアスラは思う。


『それならば陛下は如何程じゃ』

「九十二とさせていただいています」

『何の当てにもなっとらん。十の違いで勝てる相手か? それならこのような人族との馴れ合いなどせずに、陛下を倒す術を開発しとるっちゅうんじゃ』


 完全に関心を失い、頬杖とは逆の手でテーブルを指打つ。骨の指先が小指から人差し指まで順に、小気味良い音を立てる。


「本当のところの強さなど、真に正確な数値で反映されることはないので仕方ありませんし、これまでと大した違いはありません。王国に敵対勢力が多くなって来たので、国内外問わず強者を焚き付けようとしているのです。数値で競わせることで、ある種の遊戯感覚に陥入るでしょう」


 脅威値により探索者のような格付けをすることで、上位者は羨望と尊敬の眼差しを集め、脚光を浴び、更なる高みを目指す。そして下位者は上位者の背を見て羨み、より高き脅威値を持つ獲物に臨む。


「兄からこの話が出た際には、さして意味を感じませんでしたが、向こうからここにわざわざ強力な武器を手にしてやって来てもらえるのです。その数が増えるのだと考えたなら、悪くない話ですね」


 国軍を使わずして、魔王軍の情報を引き出す目論みが主である。


 他国もアルトの策に便乗するやもと、密かな思考を秘めたまま会議を終えた。

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