第10章、英雄と怪物編《怪物》

第201話、反則

十章です。

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ではどうぞ。


〜・〜・〜・〜





 王城の会議室では、帰還したセレスティアや主要な者達によるエンゼ教並びに魔王への対策会議が行われていた。


 ライト王は不在。けれど【旗無き騎士団】も参加しており、今後の方針を決しようという王国の思惑が見て取れる。


「リリアさん、黒騎士殿は来られなかったのかな?」

「ここのところ作業続きでお忙しいようでしたので、お伝えすらしていません」


 公爵であるマートンにも素気無く答えるリリアに、数人がギョッとする。


 当の彼女は言わずと知れた【剣聖】であるわけなのだが、どうしてなのか本日の装いはシスターが着るような礼装であった。


 そして服装よりも奇妙であるのが…………彼女の頭に留まる梟だ。


「そうですか……。ところで……その格好には何か意味でも?」

「この度、黒騎士教を立ち上げることにしました。皆様、入信の方をよろしくお願いします」

「……教祖、だからだったんだね」


 アーク大聖堂を渡した直後に、新たな宗教が生まれてしまう。エンゼ教であった多くの者は光神教に改宗していたのだが、黒騎士の博する人気を思えば、人が集まることは自明の理である。


 だが王国の得られるものも多い。これまで所在や連絡が取れなかった黒騎士に、本拠地を持たせることに成功した。


 より王都の安寧が堅固なものとなったことを意味する。


「マートン、始めよう」

「失礼致しました。では会議を行います」


 談笑よりも先に会議をと暗に告げたアルトに応え、軽く頭を下げたマートンが開始を宣言した。


「まず、天使なる生命体と判明したベネディクトです。皆さんも知っての通り、こちらを打倒しなければなりません」

「順序として、ベネディクトを匿っている貴族派をどうするのかを話した方が良いのではありませんか?」


 絶え間なくペンを動かし、手元で何か書き物をするセレスティアが非効率性をマートンへ指摘した。


「ですが“大公の玉座”はどうにもなりません」

「クジャーロとの戦いにおいて主要な拠点となり得るあれはどの道、遅かれ早かれ取り返さなければならないものです。他の貴族派の都市もクジャーロ寄り。今のうちに手を打たなければなりません」


 王家と貴族派はもはや明確な敵対関係にあった。


 エンゼ教を率先して布教し、ベネディクト本人さえも懐に匿っている。


 クジャーロとの関係も噂され、貴族派の治める領土は戦争勃発と共に奪取されかねない。


「ベネディクトの対策と言っても、マヌアの呪剣を黒騎士様か……そちらのネムさんに持たせて暗殺させるしかありません。《聖域》が発動する前に」


 一度だけ視線を上げ、対面していた男を名指しで指名した。


「お、俺かい……?」

「ネム、言葉遣いには気を付けろ。品が無さ過ぎるぞ」

「坊ちゃん……おっさんになって口調は変えられねぇよぉ。何故ならこの口調でおっさんになっちゃったんだからぁ」


 総団長のジークが注意を促すも、ネムは此度ものらりくらりと躱す。


「ベネディクトと戦闘があったのでしょう? 報告は聞きましたが、この場でもう一度あなたの口から話してください」

「戦闘ですかい? 戦闘……なんでしょうかねぇ、あれは。ん〜……」


 唸るネムが、当時を懸命に思い起こしながら語り始めた。



 ♢♢♢



 嵐により強風の吹き荒び、曇天が見下ろす野原。


 天はこの二人を出合わせた。


 第二天使ベネディクト・アークマン、そして《反則》ネム。


「おたくら、知ってる? 大地は常に揺れている」


 ネムは手始めに、震動魔術を発動した。


 足元に描いた魔術陣に伝わる大地の“揺らぎ”を、手元に集わせた魔力へ付与していく。


 魔法大国ツァルカの魔術からすれば乱暴な手法。邪道と呼ばれる代物である。されど太古に名を轟かせたライト王国の魔術師が生み出したこの震動魔術は、ネムに立ち塞がった敵の悉くを葬って来た。


「揺らぎは揺らぎを呼び、ここで増幅していくんだなコレが……」


 穏やかな口調に反して、手元の魔力は霞がかる。それは揺らぎそのものであり、内部で連鎖して増幅される。


 白く乱気流を思わせて濁る魔力の球。


 ネムは気負うこともなく、その押し込めた揺らぎを射出した。


「今日もよく溜まったもんだ……じゃ、いってらっしゃい――――〈震えの小槌ジェイク・ハンマー〉」


 暴風にも影響されず、福音による魔力の翼を解放した大司教達へ向かう。


「下手に受けるよりも魔力で押し退けるが吉かっ……」

「では合わせるぞっ!」


 十六名の大司教達がベネディクトの前に集結し、両手を翳す。


 並々ならぬ魔力の奔流は混ざり合って前方に放出され、ネムの魔術を高波の如く呑み込む。


「あらら、そんなことしたらアンタ……拡散しちゃうよ?」


 ネムが合図代わりに指を鳴らす。


 すると案の定、ネムの魔力を失った魔術は型から外れ、内包されていた揺らぎが前面に解き放たれた。


 震動が大地にぶつかり、轟音を轟かせる。


 手始めに地面を細かく分解しながら粒子を巻き上げ、拡散。それは数瞬間の内に広範囲に広がる。


 取り巻く空気ごと激しく揺さぶられる大司教達が、恵みの魔力による抵抗虚しく肉体を消失する。散り散りに血風と変わり、嵐に吹かれて消えていく。


「…………」

「ヒュ〜っ、やるねぇ。ただのお爺ちゃんじゃないわけだ」


 血に塗れた頬と祭服。けれどベネディクト・アークマンだけは微笑みを湛えてそこにいた。


「……べ、ベネディクトさまぁ……私を、お使いくださいっ……」

「あなたの信仰心に感謝と敬意を」


 ベネディクトの背後を固めていた大司教のみは原形を留めており、使命に則って最後の奉仕を申し出る。


「…………惨いことをするねぇ」


 小雨が降り始め、フードを被ったネムが憐れみを口にした。


 視線は再び、変貌遂げる大司教へ。


 大司教の頭上に光の輪が生まれ、その生命体の有する魔力は余すところなく外部へ。魔術陣とも魔術式とも違う未知の紋様となって大司教の周りを彩る。


 更に大司教自身も緑に発光する巨大な紋様の中心で、“矢”へと作り変えられた。


 発射する力は、その生命体の魔力。


 矢の強度は、その生命体の身体が持つ強さ。


 完成したそれは、広がった紋様が弓である事を除けば確かに矢であった。


 骨とも肉とも皮とも取れる細い形状。天使が造り出した悍ましき兵器。


 光の輪が浮かぶ鋭利な矢尻は人面とも骸骨とも取れる異様なものであった。


「…………」

「…………」


 変わらず微笑むベネディクトと“聖域守護の矢”を前にしても不敵に笑うネム。その瞳には、魔眼の魔術陣が浮かぶ。


 降りしきる雨も強くなり、胸騒ぎでもしたのか風も慌てて吹き抜けていく。


 そして、矢は解き放たれた。


(――――速い)


 大司教の魔力により初速から矢の次元を超え、音を破る空気の波を広げて射出された。


 先程の意趣返しとなる轟音で突き抜け、雨粒も蹴散らしてネムヘ到達する。


 しかし――――


 ベネディクトの細目が見開かれる。


 聖域を穢す一切を貫く守護の矢が、曲がっていく・・・・・・


 ネムの周囲に水面の波紋を思わせる歪みがあり、入り込む矢の先から百八十度に曲がり、


「っ…………」


 射手であるベネディクトへと真っ直ぐに返された。


 ベネディクトの眉間を突いた守護の矢は、破裂音と共に弾けて消える。


 一瞬の雨上がりが終わり、再び降り頻る雨飛沫。


「これね、〈歪曲わいきょくの魔眼〉っていうんだよ」


 雨音にかき消される声は自己満足。自身の魔眼を指差して攻め手がネム自身に到達不可能であることを、ベネディクトへと暗に告げる。


「さて、とは言ってもねぇ……」


 だが攻め手が届かなかったのはネムも同様である。


「……いや、またの機会にしたら仕事が増えちまうな。そりゃ良くない。仕事は旅のついででなくちゃ、息切れするのが俺だもんなぁ…………それは歳のせいか」


 心なしか一層不真面目な様子となったネムだったが、同時に何気なく懐から何の変哲もない石を取り出した。手の平に収まる大きさで、丸みのある灰色をしている。


 一見すれば、ただの小石。


 されど、それは“封石処理”と呼ばれる技法により、ある物を保存した代物である。


「使っちゃうかぁ、テデュメルの魚卵……」


 前方に魔術陣を展開し、その中心へと封石処理された小石を放る。


「……恐ろしや、やはり人間の方々も侮れませんね」


 魔術陣を通る過程で石の殻が剥がれ、ボコボコと密集した暗緑色の物体が露わとなる。


 卵は雨による湿気を吸収し、あるいは雨粒により呆気なく膜が割れ、テデュメル達は誕生することなく弾けて消えた。


 だが世界には、驚異的な生物が無数に存在している。


 異変を察して両目をしかと開いたベネディクトが、卵が弾けた辺りに発生した暗緑色の淡い光を捕捉した。


 憎しみと怨みを宿し、怖気の走る気配を持って暗光が漂う。


 やがて近くに存在する高魔力生命体を察知。そちらへと卵の数だけ生まれた昏い光が不規則かつ緩やかに流れていく。


 秘境に住む民族間で“伝染する死の願望”と恐れられる祟りであった。


「…………寡聞にして知り得ない現象ですね」


 暗い緑の光が放つ異様な気配は異質で、天使の身であれども何か不吉な予感が拭えない。


「立ちはだかる苦難を試練と呼び、立ち向かって参りました。ですが降り掛かるそれが災難であると明白である場合には、迷える人の子と言えど払い除ける他ありません」


 ベネディクトが老いた背より、巨大に広がる白き幻想的な二翼を生やした。


 嵐の渦中で視界に広がった白く眩い両翼を見上げ、ネムは嘆息して一人呟く。


「なんだいなんだい、聞いてたものよりも馬鹿げた怪物じゃあないか……やっぱり他人からの情報なんざ当てにならないんだな、きっと」


 本来ならば狙われれば最後。どこまでも追いかけ、避けられようもないテデュメル魚卵の怨霊。


 雨や風にも左右されず、打破不能のそれ等が白き翼の羽ばたきにより打ち消されていく。


 焼かれているようにも感じられる蒸発音はテデュメルの嘆きなのか、激しい嵐の中でもくぐもって鳴り響く。


「っ……! 本当に天使ってやつなんだなっ」


 唯一の武器と言っていい聖域守護兵器もなく、されど第二天使に備わる魔力は絶大であった。


 羽ばたく度に思い知らされる上位者の気質。人とは異なる次元に位置する存在に備わる力。


「っ――――」


 天使の翼によりハリケーンを思わせる強度となった暴風に、腕で目元を覆っていたネム。


 弱った頃合いに前方へ視線を向けるもベネディクトはおらず、


「リリス様、お許しを……」


 背後に生まれた気配から、背筋も凍る魔力が解き放たれた。


 肩甲骨から左胸辺りにかけて押し込まれた天使の魔力。触れてしまえば消滅は免れないことは想像に難くない。


「…………いやはや、あなたという人はつくづく才覚に愛されている」


 けれどベネディクトから漏れたのは、呆れたのか感心したのか賞賛の言葉であった。


「悪いね、なんか“魔力透過体質”ってやつなんだわ。とは言え……少し焼かれてるけどね?」


 衣服を焼かれ、僅かばかりか煙の上がる胸元を見ながら、ネムが振り返り様に告げた。


「ちょっとこの人ぉ……じゃなくて天使さん。倒すのは骨が折れそうだなぁ……」

「あなたにも言えるでしょう。この姿を捨てる覚悟をすべきか否か…………私は今、初めてその迷いを抱いています」


 眼前で微笑み合う両者の表情は初めと変わらない。ごく自然な顔付きである。


「ふっはっはっは! ベネディクトさんとは気が合うなぁ……言ってる意味は分からないけど」


 陽気に笑うネムはベネディクトの肩へ親しげに手を乗せ、もう片方の手にある杖を空へ掲げた。


 視界は光に包まれる。


 落雷を呼び寄せたネム諸共、ベネディクトは高圧の電流に晒された。


 何度も……何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。


 乱雲の方々から突き刺さる雷は、雷神の怒りを思わせる激しさで大地を焼く。


「まっ、お互いにやれるとこまでやってみようかね……!」


 点々と火の灯る魔術師のローブから煙を上げ、ネムが大きく飛び退く。雷が剥き出しの身を走ろうとも、何ら手傷を負う様子もなく続けて魔術を発動する。


 地面に手を当てて魔術陣を描き込む。


 するとネムの周辺の地面が持ち上がり、三つに集束されて巨大な土の塊が浮かび上がった。次には物質そのものを変化させ、鉛色をした何らかの金属類となる。


「そら、いっておいで」


 ネムの合図により、三つの物体がベネディクトへと加速していく。


 見るからに重量質量共に血の気が引くもので、着地した場所は爆散すること必至である。


「タルニャ洞穴にいる厄介なゴーレムを突破する術を探してたんだ」

「…………」


 けれど物体はベネディクトに到達後、その端から弾かれ、後方に大きく進路を変えて飛んでいってしまった。


「かなりの魔術師が作った一画があるんだけど、ある部屋の中に何があるのか知りたくてね。かれこれ十三年近く探してたんだけど、遂に見つけたんだ」


 ネムは既に眠たげな眼で右手人差し指の指輪を杖ごと翳しており、無敵を思わせるベネディクトへ告げる。


「攻略した報酬は、なんとそのゴーレムの所有権だったのさ……」


 苦労のほどが伺える上機嫌なネム。指輪の先に巨大な魔術陣が発生させ、中央から正二十面体の不気味な浮遊物が姿を現した。


 面は無機質な金属を思わせる青紫に澱んで光り、線は虹色に絶えず色彩を変化させている。直径はネムを上回り、不気味な光を放つせいか途轍もない威圧感を受ける。


「さぁ、も一つ死合ってみようか」

「…………」


 出現したゴーレムにそぐわない朗らかな笑みを交わし、今一度だけ両者がぶつかる。



 ………


 ……


 …



 会議室は静まり返っていた。


 ある嵐の出来事を穏やかな口調で語られるも、内容は御伽噺そのものであった。


「……ってな感じで、結局は無傷で逃げられちまいました」

「そのゴーレムは遺物レガリアですか?」


 ネムがそれだけの攻撃を加えて尚も打倒に至らなかったと知っても、セレスティアだけは少しの気の揺らぎもなく冷静沈着に訊ねる。


「おそらくは。確信は無いですねぇ…………もしかしてお国に譲渡って感じになります?」

「いえ、最終的な判断は陛下が下すことになりますが、十全に扱えるあなたが所持すべきでしょう。ただ、あなたの死亡や手放す時が来れば、国へ献上してもらいます」

「ごもっとも。殿下の言う通り、そうしますね」


 その可能性を考えていたのだろう。


 取り上げられることが無いと分かり、安堵した様子で背もたれへ身を預けた。


「……では、ベネディクト・アークマンはネムか黒騎士に任せるとして、例の脅威値制度についても話しておこう」


 いち早く気後れから立ち直ったアルトが、新制度案の検討を口にした。

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