第200話、閑話レルガ、怒る


「――やきにくがっ、したい!!」


 レルガが地面へと拳槌を振り下ろす。


 地面は金剛壁周りで遊び回って鍛えられた力を打ち込まれ、派手に巻き上がる。


「がるるるるるるるるるっ!!」


 牙を剥いて唸るレルガが、鬱積して爆発した食欲により狂気じみた眼光を向ける。


「…………」

「…………」

「…………」


 呼び出されて睨まれる俺、ドウサン、ヒサヒデは、情緒不安定となったレルガに震えるばかりであった。


 しかし今回ばかりは俺が悪い。


 時は遡る。


 それは一週間前のこと。


 金剛壁の自宅に帰還していた俺は厨房にて、ちょっといい油と卵で料理をしていた。


「やきにく、したい」

「焼き肉? いいけど、今夜はもうカツ丼を作っちゃった」

「かつ丼っ!」


 レルガは俺の策にまんまとハマり、ご飯と肉のコンボに首ったけ。丼物の旨さにも気付いてしまい、カツ丼だって大好物だ。


「やったやった、やった!」


 飛び跳ねて喜ぶレルガに、俺も否応なくホッコリしてしまう。


 “これ、そとのがベチャっとしてる……”と、衣が出汁を吸ってしまうことを忌み嫌って睨んでいた彼女はもういない。


 外がサクサクのトンカツを先に食べさせたのが良くなかったんだな、アレは。


 レルガは野菜以外に関して、食に偏見なく美味しく食べてくれるから作り甲斐がある。魚だけ骨を取ってあげる必要があるが、確かにあれは面倒だ。


 意外だったのが、秋刀魚によく似た…………いや、もう秋刀魚でいいや。秋刀魚のあの苦〜い内臓部分。レルガはあの内臓と身を一緒に食べるのが、ほんの少しだけ好きなのだと言う。


 なんか大人〜。


「ご主人様のもたったいま作り終えました」

「おっ、ありがとう」


 久しぶりのメイド服を着たテンションの高いリリアが、久しぶりに手料理を振る舞ってくれた。お陰でレベルの違いを見せ付けられて、涙目になるのだが。


 俺は幸せ者だよ。魔王だって言っているのに、やたらと慕われるのだもの。見返りに洗濯前の服を要求されたのが、些か疑問ではあるが。


 ドウサンとヒサヒデにも夕食をあげて、俺もリビングで食事を頂く。


 たんまり狩って来た鹿を丸ごと呑み込むドウサン。実家周りで捕まえたネズミを啄ばむヒサヒデ。そしてカツ丼をかき込む俺。


 美味しい夕飯で、レルガもその夜はぐっすり眠れたようでした。


 次の日。


「なんかぁ……やきにく、たべたいかも」

「あらぁ…………でも、もうピザ作っちゃった」

「ぴざっ!」


 チーズのコクと苦味が癖になって来たレルガは、ここのところマルゲリータ風味のピザに飛び付いてしまう。


 トマト、チーズ、バジルらしき薬味、そして特製生地のコンビネーションをレルガに見舞う。


「う〜ん、おいしい!」

「レルガはピザだったらチーズもバジルも食べられるもんね?」

「うん! おいしい!」


 満天の笑顔で応えてくれるレルガを思えば、料理の手間も全く苦にはならない。


 ひとえにトマトの働きが大きいだろう。ナポリの風がレルガの味覚を奮い立たせている。ありがとう、イタリィ。


 次の日。


「やきにくっ! おもい出した!」

「あっ、そうだった……」


 だが広島風お好み焼きをシャカシャカ作っている最中。鉄板の端では合間に食べる海鮮も焼き終わっている。


 ホタテ、海老、イカ、タコ。レルガは海鮮も大好きなので、まさか焼き肉を思い出すとは思わなかった。


 というか当のレルガは、鉄板を目にして何か引っかかる様子を見せながら一枚目のお好み焼きを食べ終えてから気が付いていた。


「……明日。明日にしようか」

「…………ほんと?」

「人を疑うことを覚えてしまったか……」


 猜疑心に支配されたレルガはソースで口を汚しながらも、それはもう不信げに俺を見ている。なんとも悲しい眼差しである。


 フォローなのか、ヒサヒデとドウサンがレルガの服に噛み付いて止めろと言っている。


「……ごめん! ホントは明後日! 頂き物の野菜を早く食べなきゃならないから!」

「…………レルガをなめてる」

「な、舐めてないです、ごめんなさい……」


 めちゃくちゃ怖い物言いをしながら、むすっとして再び広島風お好み焼きを食べ始めた。


 で、茄子と自然薯の料理を堪能した翌々日だ。


「レルガ〜?」

「う〜ん?」

「なんか母ちゃんが雑炊を作るんだって。レルガを連れて来いって言ってるんだけど、どうする?」

「いく!」


 新米で作る雑炊。鶏肉や卵も上質で、味に煩いレルガも唸る味覚だった。


 ちょっと嫉妬したのは秘密だ。


「やき――」

「よぉ〜し。ポン酢を作ってみたから、しゃぶしゃぶで試してみようよ」

「うがぁぁーっ!」


 しゃぶしゃぶで満足してくれたら良かったのだが、やはり別問題らしい。


 そしてドゥームデイが来てしまう。


「がぁぁう! がぅがうっ、ぐぁう、ぐるるるっ!」


 じたばたと暴れて、抱き上げる俺の腕に噛み付くフリをして怒りの度合いを表すレルガ。


 西の森にわざわざ集合させられ、キツく叱られてしまったので流石に今日は焼き肉にしなければならない。


 確かに一週間は待たせ過ぎたな、反省。


「……大丈夫! 朝からレルガが反旗を翻しそうな顔をしてたから、お出迎えする準備は整えてあるから!」

「がるるるる……」


 疑心に満ち溢れている……。


 もはや何も信じられないと、今からの焼き肉を疑って止まないようだ。


 朝の内にヒサヒデとドウサンが焼き肉のスタンバイを担当し、俺は肉の調達と調理に励んである。


 昼の焼き肉は確定していた。


 末っ子の焼き肉願望を叶える為、みんな総出で駆け回ったのだ。


 そして七輪を持ち出し、玄関から金剛壁周りの大自然を見ながら焼き肉と洒落込む。


「……これ、かるび?」

「これは牛タンだね。レルガは脂が乗ったものが好きだけど、これも美味しいと思うよ?」


 美味しい肉は全てカルビだと思っているレルガに、炭火で肉を焼いてあげる。


 膝に乗るレルガは未だに不機嫌真っ盛り。辺りを睨み回して敵を探している。


「レルガちゃん、そろそろ機嫌直った?」

「がぁうっ! がるるるるるぅぅ……」


 機嫌を伺うも、頭を撫でる手に噛みつこうとされてしまう。


 けれど香ばしい肉の香りにもう上機嫌となったのは、ふりふり振られる尻尾で丸わかりだ。


 ちやほやされるものだから、不機嫌のままでいようと味を占めたらしい。


 明らかに楽しんでいるレルガのほっぺをつんつんとするも、すぐに嫌々と顔を振られる。


「ん〜んっ、レルガまだおこってる!」

「えっ、まだ怒ってんの?」

「おこってる」


 まだ許さないと改めて言われてしまったので、大人しく肉を焼いていこう。


「あらら、ならいっぱい肉を食べないと」

「いっぱいたべる」


 絶え間なく肉を網に置き、レルガが満足するまで焼き続けよう。


「拗ねるレルガも可愛いね」

「……レルガはかわいい?」

「うん、勿論」

「…………ふ〜ん」


 その気はないみたいに顔を逸らすも、満更でもないのはニヤけそうになる頬を懸命に堪える素振りで丸分かりだ。


 焼けた肉を小皿に取り分けていく。


「こちら、レモン汁でどうぞ」

「がう」


 鷹揚に頷いたレルガは自分の丼を手に、箸を器用に使い牛タンをレモン汁に付けて食べる。


「…………うみゃ〜い!」

「良かった良かった。箸は振り回さないでね?」

「がうがうがうがう!」


 すかさずレルガがご飯を掻き込み、その間に新しい肉をレモン汁へ。


 その間にロースも焼いていく。


「うぐぅっ……それ、かるびっ?」

「これはロースだね。……さて、俺の野菜も焼いていこうかな」

「それ、こっちにして!」

「わ、分かった……」


 手前は肉が占領し、レルガの指示の元に野菜は遠めに配置される。


「……いやぁ、風も気持ちいいし、気分爽快。煙も快調に上がってるよ」


 ロケーションも楽しみながら氷水で冷やしたキュウリを齧り、肉や野菜が焼けるのをゆったりと待つ。


 ロースが焼ける匂いで膝上のレルガが飛び跳ねているが、裏返してから更にもう少しの辛抱だ。


「…………やけたっ、やけた!」

「わ、わかったから、耳を引っ張らないでっ……!」


 興奮が止まらないレルガに急かされ、耳を引っ張られながらロースを特製ダレの皿へ取り分ける。


 ちなみに、我が家ではしっかり焼く。色が変わるまで焼く。


 俺の地球時代の先輩なんかは凄い焼かない。網に乗せてから三秒から五秒で、殆ど赤身肉のままで食っていた。


 ホットカーペットで寝たくらいしか、あったまってないんじゃないの? というくらいの焼き加減であった。


 いや、でも馬刺しとかユッケって美味しいから、アレも先輩には美味しいのだと思う。牛肉は表面は焼いた方がいい筈だけど。


『お前っ、肉本来の味がしなくなるじゃ〜んっ!』


 彼の言い分はコレだ。


 違う。俺は温い生肉を食いに来ているわけではない。


 焼き肉を食いに来ているのだ。焼いた肉の味を味わいに来ているのだ。


「うみゃ〜いっ!」

「美味しかった? まだまだあるから、どんどん食べな」

「はぐはぐはぐっ」


 この飯をかき込むレルガが、何より嬉しい。肉の後に飯を欲する姿が、何より至福。


 ロースを次々と山盛りに与えつつ、異世界白米布教委員会会長として愉悦に浸る。


 次は、ハラミだ。レルガの大好きなカルビは最後。


「…………これ、かるび?」

「ハラミだよ?」

「さっきの、もっとほしい」

「あら、ロースを気に入っちゃっか。ならもう少し焼こう」


 どうせ殆どレルガが食べてしまうのだ。好きなように焼いてもてなそう。


 ハラミを焼きつつ、変化球代わりにロースも焼く。


「俺も椎茸とキャベツを食べちゃお」


 俺も焼いた野菜をタレに付けて、焼く合間を縫って食事をさせてもらう。


 肉には手を出せない。ある程度だけレルガが食べ進めた後でなければ『あ〜っ!!』と注意され、盗んだと勘違いされる事態になるからだ。


 合図として、アレ・・を待たなければならない。


「クロノさま、クロノさま」

「うん? …………うん」


 レルガが俺を呼ぶものだから呼びかけに応えると、箸で焼き立てホヤホヤのロースを目の前に翳される。


 はい、これ……『一口どうぞ』などではないので要注意。食べようとしたら怒られます。俺以外だと殺されかねません。


 レルガはキラキラした純真無垢な目で肉を差し出しているが、食べさせてあげるとかでは決してない。


 これの意味は……『今からレルガがこの美味しいお肉を食べるから、お前はしっかりと見ていろ』というものになる。


「…………はい、見てるから」

「これ、うまいやつ」

「うん……」

「あむっ……う〜んっ!」


 輝く笑みで肉を食う様を見せ付けられる。すかさずご飯をかき込む様を、しっかりと目に焼き付けられる。


 ご飯粒をほっぺに付けて、恐ろしい子……。


 しかしこれで俺も肉を食べていいよという許可が下りた。


 そしていよいよカルビだ。


「……これ、かるびじゃない」

「これはカルビだね」

「かるびぃぃ〜!!」


 すっかり不機嫌ムーブを忘れたレルガと、楽しく焼き肉を食べました。

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