第135話、剣士として
拮抗する鍔迫り合い。
クロノが力で押さえ付けなければ、打ち合った一瞬の後にニダイの技によって剣は跳ね上がられ、胴はガラ空きとなっていたことだろう。
「…………」
対するニダイも交わる剣から伝わる手応えに、身体が硬直する。手応えのみで自我無き身が凍っていた。
強烈な打ち合わせによる微かな揺らぎもなく、微動だにしない……。
身体に刻まれた剣の記憶により鍔迫り合いからの崩しは無駄として、十二歩半の距離を〈縮地〉により一瞬の内に離れる。
そして……全く同じ速度で距離を詰めていたクロノへと、魔力を込めて水面を蹴り水の壁を作る。
水の壁は魔力により塩となり、クロノの前方を白く染める。
「――――」
追撃へ前傾姿勢で踏み込んでいたクロノは自然体となり、黒いオーラを纏った左手を払うように軽く振るう。
湖の中心に生まれた小さな黒い竜巻きが、眼前を遮っていた塩を巻き込んで吹き飛ばし、開けた視界に入って来たのは……。
「…………」
空中にて、片刃の剣に魔力を込めるニダイが。
刃は黒いオーラを纏い、点々と青い光を宿していた。
それは背後の星空にも似たもので、ニダイがその刃を振ると――
「ッ……」
青い八十七の光が闇夜を彩り、それぞれ異なる美しい曲線を描きながら流星の如くクロノへ降り注ぐ。
鳥肌が立つ程に繊細で美麗な技に、クロノも見入ってしまう。
「……見事だね」
そしてそれは幸か不幸か、更なるクロノの闘志を引き出してしまう。
僅かな光も塗り潰す漆黒の魔力が、黒剣に宿る。
一途に自分へ降り注ぐ青き魔力の流星群に向け、それを一振り。
「――ッ!」
黒い斬撃が大きな三日月を形取ってクロノの前に広がり、青き光を一つ残らず呑み込む。
「――――」
「ッ……!」
闇色の月を両断し、ニダイが縦に高速回転しながらクロノへと剣撃を叩き付ける。
強力な斬撃に、二人を中心に水面が大きな輪の形で迫り上がる。
「ッ――ッ――!」
「……落ち着け、ミスト」
艶やかに露出した健康的な褐色の太腿。その上の僅かなカゲハの服の裾を、危惧するミストが嘴で引っ張る。
「……心配するな。主ならば今まで通り、お怪我など一つもなくご帰還くださる。今も楽しんでおられるに過ぎん……」
湖から視線を向けたまま、ミストを撫でて落ち着かせる。
だが、情報収集の過程で耳にしていたものとは比較にならない卓越したニダイの剣技に、カゲハの心中にも不安が生まれていた。
「――――」
「ふんッ!」
覆っていた水壁が降りた時には、熾烈な剣戟が繰り広げられていた。
正面から湖が揺れる程に強烈に打ち合う二人。
カゲハがいつも目にする踊るような剣ではなく、最小限の動作かつ堅実な剣を振るうクロノ。
対して、躍動的な動きで長い刃を豪快に扱い、時に的確に鋭い突きを織り混ぜてクロノと対等に打ち合うニダイ。
耳をつんざく剣戟音が、湖に響く。
次第にフットワークによりポジションを左右にシフトして斬り付けるクロノだが、ニダイの守りは一向に崩れない。
「ッ……!」
むしろニダイの豊富な突きのコンビネーションが、クロノを襲う。
斬り技からの繋ぎ方、技の構成、更には速度や型、力の強弱に至るまで多岐に渡っている。
黒剣が軽やかにニダイの突きを跳ねのけるも、堪らず一歩後退した。
その隙間は、ニダイに技を振るう猶予を与えてしまう。
「――――」
微かな水の波紋。
静かな踏み込みで軸足に体重を移し、失った左手側から強かに斬り払う。
「――ッ」
瞬時の判断で自分も軸足に体重をかけ、同じ体勢にてニダイの剣を受け止める。
クロスする形で火花を一つ散らし、またもや膠着状態となる。
……が――
「――――」
ニダイの力が緩み……するりと剣先を引いていく。
「ん……?」
それだけで、長く鋭利な柄頭はクロノの顔面へ流れていく。
左眼を抉る、実戦にて培われたニダイの小技。
「ッ――」
刹那、クロノの背筋も震える。
「――――ッ」
いよいよあと一押しで左眼から鼻を斬り裂けるといった距離で、柄が急停止する。
(……読めないなぁ)
ニダイの前腕を掴み取ったクロノが、ほとほと困ったという様子で心中にて呟く。
そしてニダイの身体は宙を舞い、地へ叩き付けられた。
「――――」
水飛沫を巻き上げ、微かに瞳の青が揺らぐも、即座に足払いを放った。
「それはよく見える」
だがクロノは足の裏で軽く受け止め、続けて足の甲をニダイの腹の下……重心の下に差し込み、浮かび上がらせる。
すかさず指を弾き、黒の波動でニダイを吹き飛ばす。
「ッ――――」
水面と並行に飛行するニダイが、剣で地面を叩き付けた衝撃を利用し、仄かに青みの見える小さな斬撃を三つ送る。
「…………」
水滴をも真っ二つにし、クロノへ迫る。
視認困難な程に薄く、それでいて斬れ味抜群な魔力の斬撃。
クロノは無言で斬り払いつつも、超高速で疾走して来た魔力の刃に胸中で唸る。
そんなクロノへ、着地して尚も勢いのままに地を滑るニダイは青き斬光を放った。
これまでより一際大きな斬撃が、鮫のヒレの如く湖を駆ける。
「…………痺れるじゃないか」
音よりも速く襲来する線の如きそれから軽く身を躱し、真横を駆け抜けた斬撃のその後に目をやる。
波紋もなく、音もなく、ただただ純粋に……湖を両断していた。
“斬る”、一心にそれだけを具現化した神業であった。
「…………ふぅ」
通常であれば否応なく戦慄する剣技だが、カゲハは無意識に安堵の溜め息を漏らしていた。
最も強いと疑いようのなかったクロノと、真っ向から剣を合わせるニダイに冷や汗が出た。
だが未だクロノには余裕が見えており、どこか様子見の気配を感じる。
真意は分からないが、自分達の心配は杞憂に終わりそうである。
「……無駄もないし、技もたくさんだし、洗練されてるし……。凄いな、仕上がり最高のボディビルダーみたいな気質じゃないか…………ん?」
いや、杞憂に終わりそうで
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