第241話、魔王の魔力を与えられし者

 膨大な闇を破って生まれたのは、もはやスケルトンなどとは呼べない未知の魔物であった。


『…………』

「…………」


 魔物っていうか…………魔王みたいなのが現れた。


 俺とモリーは揃ってアホっぽく口を開いて、舞い降りる影を見上げるばかり。


『————』


 威厳ある黒色の衣装を身に付ける異形の魔。アスラ程もある身体で飛び上がり、浮遊する暗黒の化身。


 軽く黒ずんだ白骨は、引き締まった筋肉のように分厚く変化し、骨というよりは鎧。生物らしさを大いに残した生々しい鎧のようになっていた。


 骸骨の頭も変質しており、スケルトン系とは全く別の兜か仮面のように成長。どこか笑っているような、感情を感じさせるものへと変貌していた。


 魔物というよりは魔術師のようで、あまりに知性を感じさせる姿となっている。


「わ〜お……俺達より強そぉ」

『戦闘面に優れるワイト辺りに育てば吉と考えておったが…………明らかに独自の進化を遂げておる。陛下よ、次第によっては惜しくとも倒さねばならん。警戒するのじゃ』


 魔王の更に上司みたいなのが現れ、腕を組んで俺達を眺めている。


 その様子にモリーは警戒しているが、俺としてはこの手で進化させた魔物。倒さなくてよい道を模索したい。


『陛下の“魔”を取り込んだ故、何が出来て、何をしでかすか分からん。まずは確かめねば』


 既にお得意の銀色の玉を十個展開し、謎の魔物へ少しの抜け目もなく備えている。


『付いて来るのじゃ。実験を行う』

『…………』

『はっ……?』


 至って真剣なモリーを前に、右肩を竦めて拒絶を表した。お調子者っぽい性格をしているみたい。『行きたきゃ、あんただけで行けば?』みたいなニュアンスを受ける仕草だ。


『貴様如き、今すぐにでも消してしまってもええんじゃぞ……?』

『…………』


 脅しをかけるモリーにも、どこ吹く風といった態度を取る。腕組み付きで首を傾げて見下ろし、何処までも巫山戯倒す。モリーの強さは当然ながら知っている筈。それでもなのだ。


 あっという間に戦闘間近の雰囲気となってしまうので、俺もそれとなくモリーに助け舟を出す。


「……君も一回は力を試しておいたら? 何か不具合が起きるかもしれないでしょ?」

『…………』


 声をかけるとモリーへの対応とは真逆で、向き直って床に降り立ち、紳士的に恭しく頭を下げて応えられる。いい子だ。この子はモリーと違って素直でいい子のようだ。


 思えば見下ろしていたのも、モリーのみだった気がするし、パパみたいに思われているのだろうか。


『……気が変わった。実践形式で此奴の実力を見る』

「そんな大人気ない……。さっきまで自分の眷属だった魔物だろう? なんで痛め付けようとするの……」

『儂の支配下から外れておるなら敵同然よ。そして組織に属する以上、上役として上下を教えねばならん』

「嘘吐き。舐められたからでしょ? ちょっとくらいいいじゃん、怪我するわけじゃないんだからさぁ」

『ふんっ、口を挟まんでもらおうか!』


 モリーお爺ちゃん、若者に怒る。


 しかも未知の魔物の方も、引くどころかお茶目に肩を回して受けて立つ仕草を見せており、あのモリーを尚も挑発している。なんとも個性的な子だ。


『何処か空いている広い場所を探すかのぅ』


 水晶を覗き見て森林を探り、喧嘩できるスペースを探し始めた。


 庭で軽く能力を見ればいいだけの事だが、俺もこの魔物の性能を見てみたいので、両者がやる気なら口を挟まない。


『………………拙いのぅ』


 すると、ここで緊急事態が発生する。


 モリーが森林の異変を察知して、事態を危ぶむような呟きを漏らした。


『グールの娘っ子共が外部の人族に狙われておる』

「場所は?」


 聞いてすぐ予定を変更し、水晶で索敵するモリーの返答を待つ。


 窓枠に足をかけ、ミストよりも自分で駆け付ける最速の道を選ぶ。


『西の森じゃ。陛下が連れて来た魔物を放っておる場所に近い』

「俺が行き先を変えたからかっ」


 手違いに気付き、窓から外へ。


 けれど、あの辺りは強力な魔物が多いはず。わざわざあのルートを通る輩がいたのだろうか。


『猶予は無さそうじゃ。既に接敵しておる』

「分かった」




 ♢♢♢




 本日の魔王に付いているメイドは二人で、主人の跡を追って西の森へ移動していた。


 ソルナーダの指揮下にある怪鳥のスケルトンを使い、低空飛行で西の森へとやって来た。


 西側の区画にある森は背の高い木々と豊かな土壌により、大型の魔物から虫の魔物まで幅広い種が混在している。


 中でもカンタイアリは非常に危険で、次いで盲目ながら音に敏感なサイレンターが森の一部を支配していた。


「っ…………」

「…………」


 しかもこれら二体は、飼い主である魔王以外を襲う。


 魔王以外は識別できず、するつもりもなく、配下と言えども容赦なく襲撃する。


 その為、二人のグールは無言で魔王を探さねばならない。カンタイアリから逃げながら、音を立てずに魔王の元まで急ぎ、側に控えなければならなかった。


「…………」

「っ…………」


 怪鳥は鉤爪で掴んでいた二人を着地させると、木の上で待機。身振り手振りで意思を伝え合う二人を見下ろし、カンタイアリから退避している。


 いざとなれば二人を連れて離脱するようソルナーダから命じられており、万が一の対策は万全……の筈だった。


 捜索を始めて僅か二分。


 二人は、ある一団と遭遇してしまう。


「——こんなところにメイドがいるぞ」


 四人の探求者達が、特に警戒する素振りなく二人の元へ歩み寄った。


「っ……!?」

「…………」


 剣を抜いて敵対心を露わに構えるラナンキュラスだったが、スイレンは心の底では見慣れた人族の登場に安堵していた。


 しかも上等な武装をしており、魔物がやって来ても戦ってもらえる。


「……噂のグールか?」

「だろうな。村娘が死霊魔術でグールにされて、魔王の城でコキ使われてるって例の噂。真実だったらしい」


 スイレンはある指標を元に、考えを改めた。


 口振りや蔑む視線もそうだが、実際の距離感だ。


 四人組は適度な距離を取って止まり、動き易いように広がっている。先程に魔王が試した五人組等と同じく、戦いを念頭に位置を測っていた。


 彼等は、二人を魔物として見ている。少なくとも敵対は確実だった。


「都合が良い。こいつらを連れ帰ろう」

「……任された仕事は城の偵察だぞ?」

「生捕り……死んではいるが、連れて行って吐かせりゃいい」

「あぁ、その手があったか」

 

 四人組は高位の探求者のようで、慣れたものなのだろう。落ち着いた雰囲気で会話をしている。


 そう、会話をしている。木々を薙ぎ倒す怪力を持つサイレンターの棲む森で、普通に話しているのだ。


「…………」

「あぁ、声を出しても襲われないぞ? この笛を吹いているからな」


 疑問への答えは当人達から返された。


 最も後方に控える女が吹く笛を指差して、一団の長らしき男が告げた。笛は吹かれていても音は鳴っておらず、何らかの特殊な道具なのだろう。


「大人しく付いて来い。じゃないと手脚を切り飛ばして連れて行く事になる」

「……見逃してください」


 震える声で男達に懇願する。


 スイレンは男達に連行された後の未来が、薄っすらと予想できていた。


 いや、おそらくはグールの誰もが、外に出ていったならばと仮定し、そこでの扱いに関して朧げにでも想像しただろう。


 人として扱われる事などない。化け物扱いで非人道的な尋問をされ、用済みとなれば…………良くて聖なる魔術で滅され、悪くて焼き殺される。扱いが良くても、どの道最後は殺される。


 何故なら、もはや自分達は魔物なのだから。

 

「駄目だ。さっさと来い」

「知っている事などありません。私達は城の掃除を毎日しているだけです」

「内部は知っているわけだろう? 連れ帰る価値はある」

「…………私達は森の外へ出ると自爆する魔術を、【沼の悪魔】様から施されています。連れ出す事は不可能です」

「…………」


 咄嗟の嘘を吐く機転を効かせると、効果ありだったのかリーダーらしき男は悩ましい様子で考え込んだ。


 スイレンは口元を剣を構えるラナンキュラスの陰に隠して、小声で耳打ちする。


「ラナンキュラス、逃げるわよ」

「っ……おぅ」

「合図をしたら走るから、そのまま魔物に拾ってもらって空を飛んで逃げましょう」


 後から振り返ってみても、冷静に行動できたと自賛できるだろう。


「……今よっ」

「っ……!」


 ラナンキュラスの服を引っ張りながら振り向いて駆け出す。引かれるがままに走り出したラナンキュラスと、頭上の魔物を確認する。


 魔物は、——反応して骨の翼を広げていた。そして飛び降りながら飛行して、二人に迫る。


「——やれ」


 しかし、場数を踏んだ探求者を騙せるものではなかった。囁いたスイレンの様子から、自爆は逃げる為の口実だと判断する。


 探求者の射た弓矢が、魔物を撃ち破る。スケルトンは魔力が込められた矢尻を受け、粉々に砕け散ってしまう。


「なっ——!?」

「ふっ……」


 おまけに、絶望するスイレンを嘲笑い、耳障りな笛の響きに憤っていた化け物を呼び出す。


(……何があって、ああまで育ったんだ)


 探求者は薄暗い地下で生息するサイレンターを、二度だけ見た事がある。どちらも成人男性の倍程の大きさだった。


 けれど、それでも二十人を超える討伐隊が組まれた。


 だが笛を吹き止めた事により、今やって来ている個体は…………通常の三倍はある巨体。太い樹から樹へ飛び移り、遠方からもうすぐそこにいる。


 そして、一っ飛びで標的を捕食圏内に収めた。


 サイレンターが捉えたのは、荒い息遣いと足音を立てて逃げていた二人だ。笛を吹いていたであろうと察する二人を八つ裂きにすべく、怒るサイレンターが襲い掛かる。


「っ————!?」


 振り向いたラナンキュラスの視界を染める、サイレンターの陶器のような真っ新な顔面。口だけは大きく裂けて開き、丸呑み寸前の瞬間を見る。


「っ…………」

「…………」


 ところが刹那の対面後、サイレンターは長い首を伸ばしたまま止まり、腰を抜かしたラナンキュラス達を殺そうとはしない。


 音を見失ったのか、動きは完全停止していた。


「……落ち着いて。君を怒らせたのは、この二人じゃない」


 同時にラナンキュラスは、肩を抱く腕の温もりを感じていた。


 もう片方の手でサイレンターを制し、震える二人から自身へと注意を逸らす。


「この子達は獲物じゃないよ。見逃してあげてくれ」


 声音は柔らかく、まるで飼い犬を宥めるようだ。


 人に懐く筈もないサイレンターは言語も理解しない筈だが、大人しく言葉に耳を傾けているかのように振る舞っていた。


「…………」


 ゆっくりと後退りし、魔王の言う通りに——


「ッ——!?」


 苦しみ踠き、再び発生した耳鳴りによって、その場を離れていった。樹の枝へ飛び乗り、棲家の洞窟目指して去って行った。


「……止めてくれよ、嫌がってるだろ」

「いいか、皆。状況次第じゃあここで殺す」


 魔王が向けた視線の先には、突然の大物に臨戦態勢を取る探求者達がいた。笛も吹いて、蟻除けの粉も身体に振りかけ、武器を手に魔王を睨む。


「魔王……」

「思っていたより普通だな。やれない事もなさそうだ。俺の勘は正しい。いつもそうだ」

「借金野郎は黙ってな」

「じゃあ、一緒に黙るぞ。せ〜の」

「…………」


 独特の雰囲気を保ち、緊張を程良く緩和しながら戦闘に備えている。腕に覚えあり。それがヒシヒシと伝わる。


 ところが臨戦態勢を取る探求者等とは裏腹に、魔王はメイド等へ目を向けた。


「……申し訳ない。もうここを出発する予定だったから、君達ともあそこで別れたつもりになっていた」

「ま、魔王さま……」

「もうすぐミストが到着する。彼に城まで送ってもらおう」


 二人へ言って聞かせた魔王は、改めて探求者等へと対峙した。


「なるほどな、探求者シーカーの持つ魔物の知識か。正直、侮っていたよ。ここは抜けられないと思っていた」


 魔王は敵対心を微塵も感じさせずに、探求者等へ話しかけていた。


 その様を見て、改めて勝てない相手ではないと判断した。強大な魔力は感じるが噂程ではなく、メイドですら持っていた剣もない。


「ところで一つ訊かせてくれ。どうして彼女達を助ける道を取らなかった。今のを見る限りだと、殺そうとしていただろう?」

「……そいつらはもうグールだぞ?」


 ジリジリと包囲しながら、必殺の連携技を構築していく。


 カース森林攻略に際して高値で購入した一撃限りの魔剣。これを当てたなら、魔王と言えども生き残れはしない。


「グールでも心は人のままだ。そこらの娘と変わらないこの子達を殺す事に、躊躇いはないのか?」

「悪いが仕事なんだ。グールでも人間でも変わらない。公国の法に触れていなくて、依頼をされたなら稼ぎにさせてもらう」

「君たち探求者なら、そういうものなのかもな。その理屈も理解できる」


 魔物や魔窟を専門とする探求者は、日頃から命懸けで実力のみを頼りに依頼をこなしている。感情的に動く者は馬鹿を見て、毎日世界の何処かでお人好しが死んでいる。


 魔王はそのような探求者に理解を示しながらも、ある警告を述べた。


「私は過度に魔物を保護しようとは思っていない。頼って来るものに戦う術を与え、仕事を与え、住み着くものには場所と環境を与える。ただし、君達を含めた『自然な競争』の範疇から逸脱しない限りの話だ。何故なら人間と魔物を含めた生態系のバランスが著しく崩れれば、必ず破綻する時が来る」

「…………?」

「だから好きにするといい。けどさっきの彼女等はどうだろう。君達にとっては敵なのかもしれないけど、今みたいに悪戯に殺されていいとは思わない」


 グールのメイド等を庇うように立ち、魔王は冷淡に宣告した。


「先程の彼女達のように理不尽な目に遭う者がいれば、こちらも相応の“理不尽”を振り下ろす」


 青い霧が吹いた。


「グッ————!?」

「なんだなんだッッ……!」

「ッ……!? ぶ、武器がっ!」


 四人へ霧が吹き付ける。その瞬間、探求者等の手にあった武器が砕かれ、後に残されたのは何の価値もない残骸ばかりとなっていた。


「いい子だ」

『————……』


 魔王の言う“理不尽”が、その背後でグール等を守護するように形を成していく。


 鷲を彷彿とさせる勇ましい嘴と翼を持ち、闘牛の如き逞しい肉体で立つ。


 巨象の大きさの体躯もさる事ながら、四つ眼から受ける怪物の圧迫感と霧からの具現化現象が、未知の恐怖心を彼等に植え付ける。


「なっ!? なんなんだ、あれはっ……!」

「し、知るかよっ、なんだあの化け物はよぉッ……!」


 知識としてラルマーン共和国から奪った人造魔獣を、魔王が飼い慣らしているとは知っていた。


 しかし情報よりも、魔物としての格が違う。


 サイレンターや魔王ならば戦闘できただろう。だが目の前に現れた青い怪物は、瞬時に殺されると分かってしまう。仮に切り札であった魔剣が残っていたとしても、倒せる気がしない。


「っ…………————」


 そして、新たな“理不尽”もまた舞い降りる。


 

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