第240話、成長促進の魔王魔力投与



「……う〜ん」


 気分転換がてら魔物へ魔力をあげる前に、モリーから話を聞きにやって来た。先に話を聞いてから餌をあげて、そのまま自宅へ帰る流れが効率的だろう。


 使節団の人達も帰るみたいだったし、ソルナーダに任せて問題ないと思う。


 一応、セレスから言われた通りに、普通に楽しんだだけだったな。


 外交って思ったより簡単だ。笑顔と力を見せていればいいんだってよ。


「…………」


 それはそうと……接待とか無いのかなぁ、マル・タロトには。


「タコ殴りにされたよ?」

『…………』


 城へ向けて隣を歩くミストに、切ない心情を吐露する。


 そんな愚痴混じりに向かわせてもらう。モリーの実験室は一階なので、外から回って窓から侵入でいいだろう。大した話の予感はしないし。


「王国のゲームだから知らないだろうと思って仕掛けたら、眩暈がするくらいにぶん殴られたよ? 成敗された気分だ」


 小狡い事をしたからだな、きっと。魂胆を見抜かれて、ちょっとしたゲームなのにコテンパンにされてしまった。


 年季が違うとでも言いたげに、シグウィンおじさんからお灸を据えられてしまう。怖い人だよ、ホントに……。


 もう勝てるわけないから、せめてもの反撃でお気に入りの駒二つを人質にしてやった。死ぬ駒を自分で決めろって言ってやったのだ。こういうところは流石の俺だ。この魔王の脅しに、シグウィンもビビっていた。


 あんなに焦るとは思わなかったけどな……。駒への愛着があの強さを生んでいるのだろうか。俺も見習ってみよう。


「少しここで待っててね。モリーから話を聞いてくるから」

『…………』


 ミストは出会った頃から逞しかったけど、今やトロールも朝飯前に捕食するような成長を果たしている。


 でも中身は気の優しい温厚なまま。部下達の面前で面目を潰された俺の話を静かに聞いてくれる。


 というわけで、モリーが実験中の部屋まで辿り着いたので、窓をノックして到着を知らせる。


「コンコン、コンコン」

『っ……!?』

「この魔王を呼び付けるなんて、どこの骨なのかな? 俺より圧倒的に忙しいから、君から来いとは口が裂けても言えないけどね」


 モリーはガラス玉のような水晶を眺め、何かを探っている最中だった。おそらくは森林の何処か。覗きとは趣味が悪い。


 しかし俺はそんな作業中にも容赦なく、おそらくは組織で最も多忙を極めるモリーへ声をかけた。


 ノックに気付くとモリーは浮かびながら窓へ近付き、外に開けながら苦言を告げた。


『……人間共の文化では、客は扉から訪問をするらしいが?』

「人間の文化だなんて言うようになったの? 穢らわしいっ。見習うんじゃないよ。アンデッドのプライドとかないわけ?」

『アンデッドの常識でも、皆が扉から入って来るがのっ』

「アンデッドに部屋なんてあるわけないじゃん……」

『アンデッドにだって部屋くらいあるわぃ!! 陛下が夜中も騒いどる部屋も儂が造ったんじゃぞ!? もっと感謝せぃ!!』

 

 軽い冗談だったが、めちゃくちゃ怒られた。


 あまり不機嫌にすると、我が組織の魔術部門が停滞するので、今日はこの辺りにしておこう。


 窓枠に飛び乗り、室内へお邪魔する。


「感謝してるって。でもモリーだって、毎日が楽しそうだってソルナーダが言ってたよ?」

『……まったく、シモベ風情が調子付きおって』

「この部屋なんか見ても、充実してるようにしか映ってないよ」


 部屋を埋める程の、ヒルデから支給された様々な実験器具や魔導書。これ等を使った研究。


 更には魔術開発のみならず、建築や森の管理など率先して動いていると聞く。


『外界での魔術変化を学び、新たな趣味に我が身を投じる。それらは生者や魔物に限らず、等しく喜びじゃろうて』

「はいっ、楽しいですぅ! ……ってだけなのに、照れ隠しにわざと難しく言う癖あるよね」

『…………』


 ……モリーが分かり易くイライラし始めちゃった。


 骨の五指でテーブルを打ち、イライラを俺に余す所なく伝えている。


「よ、用件って何?」

『……以前より森に立ち入る輩が増えた。これにより魔道具や武具を回収できるようになったとは言え、儂の魔物も減りつつある』

「増やせば? 大抵のアンデッドって本能で動くだけで、自我もなければ死ぬ事もないんでしょ? ほぼ自然現象と同じ存在なんだって言ってたじゃん」

『まぁ話は最後まで聞けぃ。今の言は確かに確かに。消滅する事はあるがの。それでもまた増やす事は可能じゃ。ここなら勝手に増える。ただ鬼の大将も儂も、最近は仕事が立て込んでおってな』


 モリーは置物のように突っ立っていた骨の魔物・スケルトンを指差した。下には魔術陣が描かれており、何とも邪悪な香りを醸している。


『もう一強を、森の番人として放し飼いにしてみようかと思うておる』

「……何するの?」

『儂の魔術で強引に“成長”させる。儂が小間使いの魔物から、永き時を多くの魔術に触れて自我を持つまでに至ったように、此奴らもある程度は成長できるのじゃ』


 そこで本題に入る。


 魔術陣に立たせた低位の魔物スケルトンを前に、これより行われる儀式についての説明が始まった。


『偶然にも、数百年もののスケルトンが見つかった。これならば強化も可能じゃろう。じゃが、いつものように儂が儀式を行っても、ソルナーダを超える事はない。アレは特殊じゃったからな』

「ふむ、俺が何かをするわけだ」

『なぁに、難しい事を頼むわけではない。ただ儂が魔術を起動した後に、陛下の無駄に豊富な魔力をスケルトンに食わせれば良い』

「無駄ではないだろっ。やっと立派に陛下やってんだぞっ」

 

 相手にもしてもらえず、モリーは興味津々そうに魔術陣へ手を翳した。間もなく陣を描く線が緑に光り始め、儀式は始まる。


『何でもええから……ほれ、魔力をやってみよ』

「まったく……」


 リリアやレルガに手を焼くからなのか、俺に手厳しいモリーなのはいつもの事。


 素気なく言われるがままに、スケルトンへ魔力を注ぐ。


 大きくなぁれ、大きくな〜れと、魔力を注いでいく。


『…………』

「…………」

『…………』

「…………」


 魔術陣のお陰なのか、自慢の黒い魔力が漏れる事なくスケルトンに吸収される。スポンジよりスポンジ。吸い込むわ吸い込むわ、吸収性バツグンだ。


『…………』

「…………」

『…………』

「…………」


 そう言えば、今度ヒルデのところから発売する新作の刀『コテツ・マークII』に付ける付録は何にしよう。


 刀の付録は一口アドバイスばかりだから、たまにはオシャレに日本酒なんかを添えてみようかな。


『…………』

「…………」

『…………』

「…………」


 いや、待てよ。


 飲食物はヒルデの目が厳しくなるんだったか。じゃあ、駄目だな。ハチミツとかは絶対に腐らないで有名だけど、刀にハチミツって意味分からないよな。


『…………』

「…………」


 …………………………あっ、広告欄として購入者を募集してみるか!? 儲かりそうだぞ!?


『…………』

「…………」


 ……ヒルデに下らないって怒られるかな。エリカ姫にも絶対に怒られるよな。『なんなの? グラスにとって刀とはなんなのっ?』とか、青臭い正論を説かれるだろう。


 分かってますよ、止めますよ。ちょっと頭をよぎっただけ————


『——い、いつまで続けるつもりじゃ!?』

「うおっ!?」


 そ、そうだった。俺はスケルトン成長の為に魔力を注ぐ作業をしていたんだった。


 かなり長考をしていた気もするが、そろそろ魔力を注ぐ手を止める。


『与えれば与えただけ成長するものでもないわいッ! いつまでやるつもりじゃ! 消滅しとらんじゃろうなぁ!』


 黒い魔力の渦巻く中を覗き見て、やけに心配そうなモリー。貴重な個体と言っていたし、無駄にしたくはないらしい。


 消滅しない魔力の濃さは保っているから、心配いらないはずだ。


 すると俺の心の言い訳を汲んでくれたのか、漆黒を吹き飛ばして、新たな森の番人が誕生する。


『————!!』



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