第191話、ミッティ、お前がやったんか……?



「まさか……本当にミッティさんなのかっ?」

「どこまでお姉さんに甘えよう思うてんの。ここから先は自分で考えることやね。ウチにもウチの考えっちゅうもんがあるんやから」


 犯人が分かっていながら放置する理由がない。驚きは憤りへ変わり、比例して眉間の皺は深くなる。


 しかしユミから向けられた冷笑により、二の句は告げられなくなる。


「あとなぁ……これをあの先生に言うたら――殺すで?」

「…………」

「自分でカナンの敵討つ言うんやったら、答えも自分で見つけぇや。あんたと殺人鬼の戦いやろ。なにを頼りまくってんの?」


 背もたれに身を預け、見下す目線で殺意を仄めかして正面から脅す。


 向けられる殺気は本物だ。


 周辺の客はもう平然と食事している。自分と違い、特定人物にのみ強烈な敵意を送っていた。福音もなくベネディクトの面前で大司教を殺してみせ、力尽くでその地位を奪い取った化け物であると再認識させられる。


 あのミッティをして、ユミが本気になれば誰も敵わないと言わしめたのも頷ける。


「どうしてガニメデさんやパッソさんも犯人に気付いていると分かる。お前達には何が見えている。話したのか?」

「いいやぁ? 話すまでもないわ。ウチとあの二人は確信しとる。それが事実や」


 この調子では、自分が脅したとしても聞き出せる答えはないだろう。


「言うなや? フリとかちゃうで? あの人に言うなや? ほんまにちゃうからな?」

「……お前は先生の何を知っているんだ」


 一連の会話や今の物言いから察していた。


 おそらく二人は親交がある。それは昨日からなのかどうかは分からないが、ユミは何かを知っている。


 陽気な様子で黙々と料理へ手を付けていたユミは問いかけに対して、己が歩調を乱すことなく咀嚼して飲み込み、それから返答した。


「これがあんたよりは分かるんやわぁ。ウチも知らんかったんやけど、東に沈む太陽があんねんな」

「また何を言い出したんだ……そのような現象は有り得ないだろう」

「そういう事やん」

「…………」


 “東に沈む太陽”、ユミは先生をそう例えたのだろう。


 有り得ないのだと言う。不可能、夢幻、空想、夢想……存在として有り得るとしても、それらの中でしか成立し得ないとしている。


 自分より余程に過大評価だが、果たしてそこまで別次元と評するべきだろうか。


「…………」

「うわっ……なんか怒っとるやん、こわぁ」


 その声に視線を上がると、あのユミが怯えを露わにしていた。自然と目線を辿り厨房方面へ目を向けると、こちらへと鼻息荒く足音を立てて帰って来る男を見ていた。


 男は戻るなり開口して、ユミへ告げた。


「――打席にすら立たせてくれないのかっ!」

「……いきなり何言うてますのん」

「何で注文してくれなかったのっ? あの調理場の出口から料理と一緒に帰って来るつもりで、ずっと待ってたんだけどっ。ピークを過ぎたのか料理人の方々が一息吐くまで気付かなかった俺の気持ちが分かるの!?」

「分からんなぁ、独特やもん……」


 ……沈黙が生まれる。


 間の抜けた空気の中で、真顔で顔を突き合わせる二人。


 意外にも動きを見せたのはユミであった。問題になっている白身魚と米の料理を手に、愛嬌のある微笑みと共にぬけぬけと言う。


「…………これを二人で分けよう思うててん、あんたはんは特別やよ? 仲良うしましょ」

「本当にごめんなさいを持ち合わせちゃいねぇ。そんな忘れてしもうたぁみたいな顔してるのに。奇しくもあの子の気持ちが分かってしまったよ……」


 額を手で打ち嘆くも、その後は本当に仲良く二等分して昼食を終えた。


「…………いい食べっぷりだなぁ。またお腹が空いて来たよ」

「気になるものは取り分けて食べていただいて構いませんよ。……こちらをお使いください」


 皿を次々と空けていく様を目に、感嘆を告げられる。ステーキ肉を切り分けるフォークとナイフの手を止め、取り皿を目の前に差し出して勧める。


「おおっ……弟子ってこうあるべきだよ。成長の手助けになりたいとか、強くしてあげようって気になるもん。自然となるんだもん」

「依怙贔屓やわ。うわっ、媚び売るやつにホイホイ取り込まれとるやん。うわっ、うわ!」

「……君といると情緒が不安定になって仕方ねぇや」


 自分とユミとの間に会話はなく、あっても先生を通してのみだ。加えて印象に残ったのが、やはり予想外にユミがよく喋る。常に他者を警戒する彼女にしては、思いもしない変化であった。


 食後、席を立つ頃合いを見計らい始めたのを機に提案する。


「先生、最北端にある“双塔オックス”からご案内しようと思います」

「いよいよ案内付きで観光か……ここに辿り着くまで丸一日以上かかったよ。なんだこれ」


 先生らしい愉快な物言いに、手で口元を覆って漏れた笑いを誤魔化した。


「もう行くん? ほな、ウチも化粧直しさせてもらいますぅ」

「おっけー」


 席を立つユミ。先生は上機嫌に見送るも、いいのだろうかと疑問に思う。


 正当な対価など鼻で笑う彼女なら、このまま店から出て行ってしまう気がする。そうなれば支払いは自分達がするしかない。


「………………はぁ!? あの人っ、店から出て行ったんだけど!」

「……私達も行きましょうか」


 慌てて席を立った先生が会計を済ませて食事のお礼を伝え、キッチンのシェフにも労いの声をかけてから店を出た時には、その姿は当然無い。


「消えてるし……」

「ユミの性根は誰にも治せません。気分を入れ替えましょう」


 先生は不服を表した。頬を引き攣らせて、明らかに。


 店から出て見回すも会計に時間がかかったからなのか、ユミの姿は何処にも見当たらず、快晴の観光日和ともあって人が多く、居たとしても見つけられるとは思えなかった。


 自分としては苦手なユミがいないことに不満はない。呑気で自分勝手な彼女を連れての団体行動は疲れるばかりだろう。


「こちらです。用意させておきました」

「か、観光に馬車……まるで王様になったみたいだ」


 庶民派であるらしい。


 これだけ強ければ王族に指南していてもおかしくない。望む待遇も、自ずから求められるだろう。貴族が受けるような対応をされていてもいいものだが。


「……さっ、乗ってください」

「…………」


 扉を開けた馭者に合わせて先に乗車をと手で促すも、先生は車内を見つめて動かない。


 当然に不審に思い車内へ目を向けると、


「あら、どうしました? 早く乗ってください」

「アーチェ……仕事はどうしたんだ」


 自分と違って巡回班として多忙に追われている筈のアーチェが、何食わぬ顔をして座っていた。無意識に咎める眼差しを送るわけだが、当の本人は発車してから説明するの一点張りを貫く。


 なので先生に対面する形で隣に腰掛け、馬車を出させた。


「それで、どうしてここにいるんだ?」

「カナンやジュウテンさん達に恨みのある人物をサドンと調べたから、知らせに来たの」

「……いるのか? 全員と因縁がある者など……」


 考えられるとすれば、仲間内のほぼ全員から恐れられるユミくらいなものだ。


 いや、以前ならばアマンダも該当したかもしれない。あまりにも強力な魔眼とベネディクトの信頼。かなりの嫉妬を買うこととなっていた。


「一人は、サンボ」

「…………」


 魔剣配布の部屋で、ユミの去り際に殺気をぶつけていた男だ。確かに彼なら動機はある。


 彼は獣人差別主義者として公に知られている。


 ジュウテン等……というよりは、殆どの者達の金遣いの荒さに酷く腹を立てていたのも知っている。アルスに着任してからというもの、それはもう常軌を逸したストレスを抱えていたように見受けられた。


「だが奴には実力がない。パッソさんの右腕として経理関連の能力しかないだろう」

「協力者がいるんだと思う。そもそもミッティさんは複数人での犯行も視野に入れていたわ。あんなに馬鹿げた殺し方なんて単独では無理よ」


 カナンが誘い出されたのだから協力者はいるだろうとは思うが、一連の事件は非常に手が込んでいる。仕掛けがまるで分からないが、一人や二人では難しいと予想される。


 特に一人目ジュウテンの現場などは、高い天井に突き立てられるという目を疑うものだ。


「それに……サドンも知らなかったみたいだけど、サンボってあのディミトリィ院長の甥っ子らしいの」

「…………」


 カナンを虐げていた、かつての院長が脳裏に思い浮かぶ。執拗な差別主義を持つあの男を……。


「もう一人は、――――黒騎士よ」

「イックシっ!」


 三人のうち、真剣に車窓の外を眺めていた一人がクシャミをした。


「先生、風邪ですか?」

「……いや、何処かで噂話でもされてるんだと思う。気にしないで続けて」

「そうですか……少し騒がしくしていますが、構わず観光を楽しんでください」

「はい、そうします」


 先生への配慮不足に注意しながらも、袖を引くアーチェへ向き直る。


「……何故、黒騎士だと思う。ミッティさんだけ決闘で殺す意味は?」

「それは…………でも黒騎士は獣人の少女を奴隷にしているって噂があるのよ。カナンを狙って、抵抗が激しかったから殺したのかも」

「戦闘の痕跡は……別の場所でやったのかもしれないが、それでも……」


 どうにも動機に違和感のある仮説だ。


「……すみません。先生は他都市で黒騎士が獣人を無下に扱っているという話を聞いたことはありませんか?」

「聞いたことないけど…………むしろ伸び伸び育ってるって聞くよ? 六食昼寝付きで基本的に森を走っていると聞くよ?」

「……エンゼ教内で勝手に作り出した噂の可能性もあるのか」


 自然に飲み込める納得を探し始めれば、どこまでも犯人像は見えて来ない。考え方くらいはミッティから習っておけば良かったと後悔する。


 国軍時代の捜査経験を少しでも………………。


 体温が一気に吸い取られたようであった。


(国軍……黒騎士は王の依頼と言っていたと聞く。…………ユミの言うようにミッティさんが生きていて、それは黒騎士が逃したのだとしたら……)


 仮にミッティが国の密偵で、黒騎士の手引きで逃げたのだとしたらどうだろう。


 黒騎士は潔癖な決闘によりミッティに勝ち、他の殺人容疑から外れる。民衆に悪者として捉えられることはない。


 ミッティの死体も確認できていない。過剰なまでの絶大な技により影も形も残らず滅せられたと、誰もが探すことすらしなかった。


 ミッティを上回る超人ならば奇怪な殺人も可能だろう。存在しない怪物を犯人として徐々に大司教達を暗殺していき、エンゼ教の勢いを削ぐというライト王国の狙いを満たすこともできる。


 そして、あの一件からカナンに目をかけていたミッティならば、カナンを警戒なく呼び出せる。二重人格を思わせる個性を有することもあって、動機があっても不思議ではない。


「…………」

「……どうしたの、デューア」


 何よりユミは別としてもミッティが犯人ならば、ガニメデとパッソが自分に隠す理由に合点がいく。どちらとも長い付き合いで、酷だと考えたなら自然だ。


 先程のユミの言動が思考の経過と共に現実味を帯びていき、頭の中で明快に繋ぎ合わさって形となる。


 形になればなるほど、彼への信頼は落ちていく。


「ふわっ、見えて来たっ!」

「あ、あぁ、着きましたか……」


 背筋が凍る最悪の筋書きを頭を振って切り替え、あと一つだけ残った記憶の引っ掛かりを解くことに専念する。


 現場には確実に、何かおかしな点があった。動揺から冷静に探し出せないまま今に至るも、それが判明した暁には犯人像に繋がるかもしれない。


 その時に見えた姿次第では、仮に両者が相手でも立ち向かわなければならない。


 指導者であった大司教と黒騎士……かつてない無理難題に、一人静かに手に汗を握る。

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