第34話、送る一撃

 

 ライオネルの怒りに呼応して、翼の魔力が高まっていく。


「今の儂が、……羽虫に見えるか?」


 怒りを隠した冷ややかな笑みでクロノに問うライオネル。


 一目で業物とわかる大きめの剣を携え、脅すような態度だ。


「ううん」

「ふむ、聞き違いであったか」

「今言った通り、羽虫以下だ。羽虫は尊重できても、君にはできない」


 ライオネルの笑みが凍り、翼の魔力が一段と荒れ狂う。


 しかしクロノはつややかな黒髪をなびかせながらも、淡々と告げた。


「……見るに耐えない薄汚い羽根だ。可哀想に。同情……はしないね別に。君にぴったりだ。性根が現れたんだね、きっと」

「……魔王と言ったか。先に貴様を葬ろう」


 翼をはためかせ、魔力をほとばしらせながら剣を1つ振るう。


 たったそれだけで暴風が巻き起こり、石壁が大きく振動した。


「……ふん、魔王とは名ばかりの貧弱な魔力だな。お主が魔王なら儂は魔神よ。お主を超えるものなど、我等が組織にはいくらでもおるぞ」


 側から見守るセレスティアでさえ、油断すれば吹き飛ばされてしまいそうな程だ。


「うん。自称するなら勝手だよ。いいから……かかっておいで」


 ポケットに手を入れ、ただたたずむクロノ。


「うむ。もうよいわ」


 あからさまに蔑視べっしするライオネルが、クロノの目前まで一気に詰め寄り、


「――死ねい」


 袈裟懸けさがけに一刀両断。


 暴風が渦巻き、前方に小さな竜巻が巻き起こる。


「……」

「見かけだけは派手だね」


 剣を振り抜いた体勢のまま、ライオネルの額から冷や汗が1つ流れる。


 確かに斬ったはずであった。


 だが……刃は、魔王の身体を通り抜けた。


 不可思議な事態に、真っ先に蜃気楼しんきろうという現象を思い浮かべた。


「国を……息子を犠牲にして得た力が、この程度なのかい? だとしたら、……失敗したね」

「……ヌエエエエイ!!」


 高いプライドを持つライオネルは、その少年の言葉に容易たやすく燃え上がり、血の登った頭で次々と斬撃を放つ。力任せに、魔力任せに。


 塔が揺れる。


 暴風、竜巻、剣圧、それらで塔が悲鳴を上げる。


 だが……。


「……どんな、カラクリだ……?」

「……」


 くすぶる不安を押し殺し、理解不能とばかりの声を出すライオネルと、心底不思議そうなセレスティア。


 全ての斬撃が、クロノの身体をすり抜ける。


 雲を斬るように、何の効果もなくただただ剣が通過していく。


「……」


 セレスティアでさえ、まるで見切れていなかった。


 2人は、目の前のこの少年が実態を伴わない幽体である可能性や、何らかの魔術を行使した可能性などを脳裏で次々と考え始める。


 だが実際は、クロノは避けているだけだ。


 必要最小限の動きで素早く避けて元に戻る。それだけであった。


 あまりに技量が高く、速い動きであった為、他者には剣が通り抜けるように感じられたのだ。


「もう満足したかな? それじゃあ――」

「〈火の球ファイア・ボール〉」


 ポケットから手を出そうとした時、クロノへ大きな火の球が迫る。


「魔術まで使えるの――」

「デェイッ!!」


 火球が到達する寸前、自らの剣で火球ごとクロノを斬り伏せた。


 剛風によって散らされた火が、チリチリと石壁を焼く。


「――せっかちだなぁ」

「ッ!?」


 その声はライオネルの背後の方向、先程までライオネルの立っていた場所から聞こえた。


「最後まで喋らせてくれてもいいじゃないか」

「……今度は、どんな小細、工……………」


 剣を振り抜いた状態から身を起こし、振り向きながらたずねた。


 が、明確な変化と視界に飛び込んだ光景に汗が噴出する。


「やっと気付いたね。痛覚はないのかな?」


 その手には……千切り取られた、まだら模様の片翼。


「ぁ……あ、ぁ……」

「馬鹿みたいだろ? 楽して手に入れた力が、あっさりと奪われる様は」


 先程のすれ違い様にいだ羽根をポイと捨てながら、力強い笑みを浮かべるクロノ。


 ライオネルははかなく霧散していく翼を見送りながら、徐々にその顔を憤怒に染め上げていく。


「貴様ぁぁ……!! ヌンッ!!」


 血走る目でクロノを捉え、疾風の如き速度で詰め寄り、渾身の魔力を込めた斬撃を繰り出した。


「通用しないのが分からないのかな」

「グォアッ!?」


 暴風付き纏う刃がクロノへと迫る刹那、ライオネルの剣を持つ手をめる。


 そしてそのまま剣を奪い取り、腕を引いてライオネルを前のめりにさせ――


「――」


 逆手で持った剣で、残りの片翼を斬り飛ばす。


「ッアアァァァアア!?」

「うるさいよ」


 魔力の霧となる翼を余所に、ライオネルの背を蹴り飛ばす。


「グウゥゥッ!!」

「……さっきから考えてたんだけど……」


 無様に転がったライオネルが、この状況で尚もクロノを睨もうと振り返る。


「――ヒッ!?」

「……」


 恐怖に呑まれた。


 完全に人が変わっていた。


 初めて・・・静かな怒りを表に現したクロノが、漆黒の魔力を解き放っていた。


 先程まで無感情のようであった黒い瞳には、確かな強い感情が。


「……」


 その瞳と、王都を押し潰さんばかりの圧倒的な魔力に発言すらも封じられて震え上がる。


「……本当は君をハルマールさんとやらの元に引きずっていって、その人にどうするか聞きたいんだけど……。もうお亡くなりになっているみたいだから……」


 瞑目めいもくしながら静かに言う。


「……だから」


 目を開ける。


「ッ!?」


 青褪あおざめた顔で怯えるライオネルと、静かに激怒するクロノの見下ろす視線が交差する。


「ッ……ッ……」

「……あちらで裁きを受けてくれ。他にも苦しませた人が居るんだろう? 送る役目は俺がになうよ。君はただ覚悟しながら逝くといい」


 そう言い、逆手に持った剣を順手に持ち替えながら、歩き出す。


 引導を渡す時が来たのだ。


「ま、待っ! わ、儂をあなた様のしもべにっ」

「要らないよ。君は、相応しくない」


 懸命に後退りしながら壁を頼りに立ち上がるライオネル。


 見苦しい命乞いをしながらも、どうにか逃げられないかの算段を立てていた。


「無駄だ」

「は……?」

「今まではどうにかやって来れたから、今回も何とかなると思ってるんだろう?」

「ッ、ッ……」

「ならないよ。何をどうしても俺からは逃げられない」


 更に1つ、クロノの魔力の質と量が増す。


 自分だけに向けられた圧力に、呼吸や動きを封じられる。


「ア、ガッ!?」

「俺の物語に――」


 やっと自らに迫る絶対的な死に気付いたライオネルへと、クロノがゆっくりと剣を振り上げる。


「ッ!!」


 ライオネルが、刻まれた記憶と経験で真剣白刃取りを試みる。


「――誇り無き『悪』は必要ない」


 塔が、割れた。


 体重移動、フォーム、力み、魔力操作、それら全てが完全な調和の元に振られた。


「……ガ、ぁ……」


 中央から縦にズレていくライオネル。その手が、頭上にてむなしく打ち合わされる。


「ハルマールさんによろしくね」


 血糊ちのりすら付く暇も与えない一撃ながら、漆黒の剣を軽く振って崩れ落ちていくライオネルへ告げた。


 そのあまりに冷たい眼差しに、死に行くライオネルはクロノの元から去れる事にかすかな喜びを覚えていた。

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